「あいつ、最近来てないけど…どうすればいい?」——創業期をともに走り抜けた仲間が、メンタル不調で出社できなくなった。しかも少数株主でもある。そんな状況で、「休んでほしい」「場合によっては退職を」と切り出せずにいる経営者・人事担当者は少なくありません。感情的なしがらみ、株式をめぐる不安、就業規則の未整備——複数の問題が重なり合い、対応が宙に浮いたまま時間だけが過ぎていく。この記事では、そんな行き詰まりを一つずつ解きほぐすための実務的な考え方と5つの対処法をお伝えします。
株主だから解雇できない」は法的には誤り——立場の整理から始める
創業メンバーへの対応が止まってしまう最大の原因の一つが、「株主だから特別な立場」という誤解です。法的には、株主としての権利と労働者としての権利はまったく別の制度に基づいており、混同することで無用な萎縮が生まれています。
株主権と労働者権は別の法律が根拠
株主としての議決権・配当請求権などは会社法に基づく権利です。一方、休職命令・退職勧奨・解雇といった労働関係の処遇は、労働契約法・労働基準法に基づきます。つまり、株式を保有していることは、労務上の対応(休職命令を出す・退職を勧奨する)を妨げる法的根拠にはなりません。「株主だから手が出せない」という認識は、法的には誤りです。
役員兼務の場合は「労働者性」の確認が先決
問題が複雑になるのは、創業メンバーが取締役などの役員を兼務しているケースです。原則として役員は労働基準法上の「労働者」ではありませんが、実態として会社の指揮命令下で働いている場合、判例上の労働者性判断により労働者として扱われることがあります。この場合、一方的な退任通知では不当解雇・不当解任として損害賠償請求を受けるリスクがあります。対応を始める前に必ず、社労士または弁護士に「その人の法的立場」(雇用契約書の有無・役員登記の有無・日常の業務実態)を確認してもらうことが出発点です。
「解雇できない」ではなく「解雇しにくい」が正確な理解
労働者性が認められる場合、解雇は労働契約法第16条の解雇権濫用法理により厳しく制限されています。メンタル不調のみを理由とした即時解雇は「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」を欠くと判断されるリスクが高く、実務上は現実的な選択肢ではありません。解雇できないのではなく、「解雇は最終手段であり、その前に踏むべき手順がある」と理解することが重要です。
就業規則の整備状況を確認する——休職命令の根拠を作る
休職命令を業務命令として出すには、就業規則に休職規定があることが実務上の前提です。規定がなければ交渉力が大幅に下がり、相手も応じる義務を感じにくくなります。
就業規則がない・未整備の場合にとるべき行動
従業員10人以上の事業所には就業規則の作成・届出義務があります(労働基準法第89条)。10人未満であっても、就業規則がなければ休職・解雇・退職に関するルールの根拠が曖昧になり、トラブル時に会社側が不利な立場に置かれます。まず就業規則を整備し、休職規定(休職事由・休職期間・復職要件・休職期間満了時の扱いなど)を明文化することが先決です。既存の従業員がいる場合は不利益変更にならないよう注意が必要ですが、規定を新設すること自体は問題ありません。
創業メンバーへの適用を曖昧にしない
「創業メンバーは役員扱いだから就業規則は関係ない」と思い込んでいるケースがあります。しかし労働者性が認められる実態があれば就業規則は適用されます。雇用契約書がない場合も、黙示の労働契約が成立している可能性があります。就業規則を整備するタイミングで、創業メンバーを含む全員の雇用・委任の形態を明確にしておくことが、将来のリスクを大きく減らします。
医師の診断書を取得させる——「不調の程度」を客観化する
メンタル不調への対応で最初に行うべきことは、主観的な判断を排し、医師の診断という客観的な事実を確認することです。「本当に病気なのか」という迷いは、診断書一枚で整理できます。
受診勧奨と診断書取得の進め方
産業医がいない中小企業では、まず本人に「専門医(精神科・心療内科)への受診」を促すことから始めます。これは業務命令ではなく、安全配慮義務(労働契約法第5条)に基づく会社としての配慮として行います。受診後、「就業可否に関する意見書」または「診断書」の提出を求める旨を事前に書面で伝えておくと、後の対応がスムーズになります。
診断書が取れた後の対応分岐
診断書の内容によって、次のアクションが変わります。
| 診断内容 | 会社が取るべき対応の方向性 |
|---|---|
| 休業・療養が必要との記載あり | 就業規則の休職規定に基づき休職命令を発令 |
| 業務軽減・配慮が必要との記載あり | 業務内容・時間の調整を行いつつ状況を観察 |
| 就業に問題なしとの記載あり | 業務遂行状況を記録し、別途対応方針を検討 |
診断書がない状態で「病気だから」と判断して休職命令を出すことは、本人から異議を申し立てられるリスクがあります。必ず医療的な根拠を先に整えてください。
一人の判断で進めると見落としが生じやすい段階です。診断書の解釈や対応方針について、専門家に相談しながら進めることで、後の紛争を防げます。
退職交渉は「任意・分離・記録」の三原則で進める
感情的にこじれやすい創業メンバーとの退職交渉は、三つの原則を守ることで法的リスクと関係悪化の両方を避けられます。任意であること、株式交渉と分離すること、記録を残すこと——この三点が核心です。
退職勧奨は「任意」が絶対条件
退職勧奨とは、会社が退職を提案し、本人が自由意思で合意することで成立する「合意退職」への誘導です。繰り返し・強圧的・長時間にわたる勧奨は違法な退職強要とみなされ、損害賠償請求の対象になります。面談は原則1対1を避け、同席者を設ける、面談回数は最低限にする、「辞めなければどうなるか」という脅迫的な発言は絶対にしない——これらを守ることが前提です。
株式の買取交渉は退職交渉と「切り離す」
退職と株式の保有は法的に連動しません。退職しても株主のままでいることは法律上可能であり、「辞めるなら株を返せ」という要求は根拠がなく、かえって交渉を感情的に悪化させます。株式の取扱いについては、定款に譲渡制限規定(会社法第107条)がある場合はその規定に従い、株主間契約(SHA)でドラッグアロング条項や買取条項が設定されていればそれに基づいて交渉します。いずれの規定もない場合は、株価算定・買取価格の合意が別途の交渉事項となります。退職交渉と株式交渉を同時に一つのテーブルで進めようとすると、どちらも着地しにくくなります。並行して進めつつ、論点は分けることが重要です。
面談の記録を必ず残す
退職交渉の全過程において、面談日時・参加者・発言内容の要点をメモし、できれば面談後に本人にメールで内容を確認送付する習慣をつけてください。「言った・言わない」の紛争を防ぐとともに、万一訴訟になった際の証拠にもなります。口頭合意だけで進めることは避け、最終的には退職合意書を書面で締結します。
🔗 複数の判断が必要な段階では、専門家に相談しながら進めることが後の紛争防止につながります。 →
組織全体への影響を最小化する並行対応
創業メンバーの問題が長引くほど、残っている従業員の士気・業務分担・心理的安全性に影響が出ます。個別対応と並行して、組織全体のケアを行うことが経営者・人事担当者の重要な役割です。
「なぜ動かないのか」という不信感を防ぐ
20〜50名規模の企業では、創業メンバーの状況は従業員に筒抜けになりがちです。会社が何も動いていないように見えると、「あの人には特別扱いがある」「自分たちが不公平に扱われている」という感情が生まれます。個人情報に配慮しつつも、「会社として状況を把握し対応中である」という事実は、チームリーダー層に対して適切に伝えることが必要です。
業務分担の暫定的な再編と過重負担の防止
創業メンバーが担っていた業務が宙に浮くと、周囲の従業員に負荷が集中します。休職が決まった時点で、業務の棚卸しと暫定的な再分配を行い、特定の人への過重負担が生じないよう手を打ちます。「誰がいなくても会社は回る」という状態を早急に作ることは、組織の健全化という点でも重要です。
🔗 経営者や人事が一人で抱え込まず、複数の専門知識を組み合わせた対応が実務的な解決への近道です。 →
まとめ
創業メンバーが株主であっても、株主権と労働者権は法的に独立しており、「株主だから何もできない」は誤解です。対応の出発点は、その人の法的立場(雇用か委任か・役員登記の有無・実態)を社労士・弁護士に確認することです。その上で、就業規則の整備、医師の診断書取得、退職勧奨の三原則(任意・分離・記録)という順序で進めることが、法的リスクを最小化しながら問題を解決する現実的なルートです。また、株式の処遇は退職交渉と論点を切り分けて並行交渉することが、どちらもこじれさせないポイントになります。
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よくある質問
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