「もう戻ってきてもらうのは難しい…でも、どう伝えれば違法にならないのか全くわからない」——メンタル不調の社員への対応に悩む経営者・人事担当者から、こうした声を多く聞きます。退職勧奨は正しく進めれば合法ですが、一歩間違えると「退職強要」として訴訟リスクが生じます。この記事では、中小企業が安全に退職勧奨を進めるための実務手順を解説します。
退職勧奨と解雇は何が違うのか
「お願い」と「命令」の決定的な差
退職勧奨とは、会社が社員に対して「退職してほしい」と申し出る行為です。あくまで合意を求める「お願い」であり、社員が断れば会社はそれを受け入れなければなりません。一方の解雇は、会社が一方的に雇用契約を終了させる行為です。社員の同意は不要ですが、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がなければ不当解雇として無効になります(労働契約法16条)。
重要なのは、退職勧奨で「断ったことを理由に降格・減給・配置転換などの不利益を与えると違法」になる点です。「辞めないなら給料を下げる」といった言動は、たとえ退職勧奨という形式をとっていても、実態は強迫として退職合意の取消し原因になり得ます。
メンタル不調の場合に特に注意すべきこと
うつ病や適応障害などのメンタル不調は、障害者雇用促進法上の「精神障害」に該当する場合があります。この場合、退職勧奨に踏み切る前に「合理的配慮」を提供したかが問われます。具体的には、業務内容・量の調整、復帰支援プログラムの実施、時短勤務の検討といった対応を尽くしたかどうかです。こうした配慮なしに退職勧奨を進めると、障害を理由とした不当な取扱いと判断されるリスクがあります。
退職勧奨が「違法」になる三つのパターン
脅迫・強迫的な言動
「辞めなければ解雇する」「このまま会社に居ても居場所はない」といった言葉は、たとえ事実であっても退職勧奨の場で口にするべきではありません。裁判所は「退職の意思決定を自由に行える環境であったか」を争点にします。上司から追い詰めるような言葉をかけられた状況で署名した退職届は、強迫による意思表示として取消し可能と判断されたケースが複数存在します。「会社が困っている状況の説明」と「脅迫」の境界線は、言葉の選び方で大きく変わります。
執拗な繰り返しによる退職強要
退職勧奨の面談を何度も繰り返し、事実上断る機会を与えない状態は「退職強要」として違法になります。判例では、同一日に複数回呼び出した事例や、数週間にわたって毎日面談を実施した事例で会社側が敗訴しています。面談の回数は一般的に2〜3回程度が目安であり、それ以上続ける場合は弁護士への相談が不可欠です。また、面談に応じないことを理由に業務を与えないといった行為も違法評価を受ける可能性があります。
本人の心身状態を無視した強行
メンタル不調の状態にある社員に対して、回復を待たずに退職勧奨の面談を強行することはリスクが高い行為です。「その時点で正常な判断能力があったか」が後から争点になります。主治医や産業医から「面談に応じられる状態にある」という意見を事前に得ておくことが、会社を守る重要な証拠になります。
休職期間満了による自然退職を有効にする条件
就業規則の規定と周知が大前提
就業規則に「休職期間満了後も復職できない場合は退職とする」という規定がある場合、退職勧奨の面談を経ずに退職扱いにできる可能性があります。ただし、この「自然退職(自動退職)」が有効となるためには、まず就業規則が社員に周知されていることが必要です(労働基準法106条)。社内のどこかに保管されているだけでは足りず、社員がいつでも閲覧できる状態にあることが求められます。
復職可否の判断プロセスを記録する
休職満了による退職を有効にするためには、「復職できるかどうかを会社が合理的に判断した」という事実が不可欠です。具体的には、休職満了の少なくとも1ヶ月前には本人に満了日を書面で通知し、産業医や主治医の意見書を取得して復職可否を判断するプロセスを経ていることが重要です。このプロセスを経ずに突然「満了日に退職となりました」と伝えると、解雇と同視されて無効と判断されるリスクがあります。3〜4年にわたってずるずると休職延長を繰り返してきた企業が多いのは、こうした手順を知らないことが一因です。
退職勧奨面談の安全な進め方
面談前に整えておくべき四つの確認事項
面談に臨む前に、次の四点を必ず確認・整備してください。まず、就業規則の休職・復職規定が現状に合っているかを確認します。次に、主治医または産業医から「復職が困難である」「面談に応じられる状態にある」という医療意見を書面で取得します。そして、休職中の会社の対応記録(面談履歴・通知書・業務調整の経緯)を整理します。最後に、本人の現在の精神状態を把握し、面談のタイミングが適切かを判断します。この四点が揃っていない状態での面談は、後のトラブルリスクを大幅に高めます。
面談は二名体制・記録必須で進める
退職勧奨面談は必ず2名体制で臨んでください。面談担当者と記録者を分けることで、「何を言ったか・言わなかったか」を後から客観的に証明できます。第1回面談では会社の現状と本人の意向をヒアリングし、退職の提案を行います。この時点では「断っても構わない」という旨を明示することが重要です。第2回面談では本人の回答を受け、条件(退職日・退職理由・退職金等)の調整を行います。面談の記録は毎回作成し、可能であれば本人にも内容を確認してもらいましょう。
面談中に「死にたい」と言われたときの対応
退職勧奨の面談中に本人が泣き崩れたり、「死にたい」「もう終わりだ」といった言葉を口にするケースがあります。こうした場合は即座に面談を中断し、「今日はここまでにしましょう」と伝えてください。絶対にその場で退職の合意を取ろうとしてはいけません。後日「精神的に追い詰められた状態で署名した」と主張される根拠を与えてしまいます。面談後は産業医や相談窓口へのつなぎを行い、本人の安全確認を最優先にします。この対応自体が、会社の誠実さを示す記録にもなります。
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退職合意書で後から覆されないための書き方
合意書に必ず盛り込むべき内容
口頭で「わかりました」と言ってもらえても、後日「強制された」と主張されるリスクがあります。退職合意書には次の内容を必ず含めてください。退職日・退職理由(会社都合か自己都合か)・退職金等の条件に加え、「本人が自由な意思に基づき署名した」旨の文言を明記します。また、「本合意書の内容について争わない」という清算条項(いわゆる「本件に関しては今後一切請求しない」旨の条項)を入れることで、後のトラブルを防ぎやすくなります。
熟慮期間と署名のタイミング
面談当日にその場で署名を求めることは避けてください。「その場の雰囲気で断れなかった」という主張を招きます。合意内容を説明した後、数日から1週間程度の熟慮期間を設け、「持ち帰って検討してください」と伝えましょう。この熟慮期間の存在が、後から「自由意思だった」と証明する重要な根拠になります。また、退職届と退職合意書は別々に取得し、会社都合・自己都合のどちらであるかを書面上で明確にしておくことも重要です。
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まとめ
メンタル不調社員への退職勧奨は、正しい手順を踏めば合法的に進められます。大切なのは、退職勧奨が「合意を求めるお願い」であることを徹底し、本人が自由に意思決定できる環境を整えること。就業規則の整備、医療意見の取得、面談の記録、熟慮期間の確保、合意書の適切な作成——これらのステップを一つひとつ丁寧に踏むことが、会社を守ることにつながります。
とはいえ、実際の場面では「この言い方は問題ないか」「面談を何回やれば十分か」「合意書にこの文言は入れてよいか」といった細かい判断に迷うことも多いはずです。ウェルセンス株式会社では、メンタル不調社員への対応から休職・退職に関わる人事労務の相談まで、専門家が中小企業の実情に合わせてサポートしています。「まず状況を聞いてほしい」という段階からでも、お気軽にご相談ください。
よくある質問
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