業績悪化時に給与を上げられない、どう伝えればいい?

組織運営

「今期は給与を上げてほしいんですが」——社員からそう切り出された瞬間、頭の中で言葉を探した経験はないでしょうか。業績が思わしくない時期に、この会話ほど答えに詰まるものはありません。「業績が悪いから無理」と言い切れば関係が壊れそうで、曖昧に濁せば不信感だけが積み重なる。専任の人事担当者がいない環境では、誰かに相談することもできず、結局その場の感覚で乗り切るしかない——そういった状況に置かれている経営者・人事担当者の方は少なくありません。この記事では、業績悪化時に給与据え置きを伝える際の「言葉の組み立て方」と、その後の関係を守るための実務対応を具体的に解説します。

「業績が悪いから」だけでは逆効果になる理由

給与を上げられない理由を「業績悪化」だけで説明すると、頑張っている社員ほど傷つき、不信感を抱きやすくなります。業績の問題と個人評価の問題を必ず分けて伝えることが、信頼を守る最初の一歩です。

社員が本当に聞きたいこと

給与交渉をしてくる社員のほとんどは、単純に「お金が欲しい」だけではありません。その背景には「自分の仕事はちゃんと見てもらえているか」「この会社に将来性はあるか」という問いかけが隠れています。そこに対して「業績が悪いので」という一言だけで返してしまうと、社員は「自分の努力は関係なかったのか」と感じてしまいます。

「業績」と「評価」を切り分ける伝え方

たとえば、次のように言葉を分けるだけで、受け取り方は大きく変わります。

  • 誤った伝え方:「今は業績が厳しいので、給与アップは難しい状況です」
  • 改善した伝え方:「あなたの仕事ぶりはきちんと評価しています。ただ、会社全体の財務状況として、今期は給与テーブルを動かせる状況にありません。それはあなたの評価とは切り離して考えてほしいのです」

「業績の問題」と「あなたの評価の問題」を明確に分けることで、社員は「自分が否定されたわけではない」と理解できます。この一言の違いが、その後のエンゲージメント(社員の会社への関心や愛着度)に大きく影響します。

なぜ「業績のみ説明」が関係破壊につながるか

説明が端折られると、社員は「自分への関心が薄い」と感じます。特に、これまで成果を出してきた社員にとって、業績の話だけで切られることは「貢献を無視された」という体験になります。その積み重ねがエンゲージメントの低下、最終的には離職へとつながるリスクがあります。

給与据え置きを伝える前に確認すべきこと

給与の現状維持は法的には原則として使用者の裁量の範囲ですが、過去に交わした言葉の内容によってはリスクが生じる場合があります。伝える前に、口頭約束の有無と就業規則の内容を必ず確認してください。

口頭約束の有無が重要な分岐点

労働契約法第8条・第9条によれば、使用者と労働者が合意なく一方的に労働条件を変更することは原則として認められません。「現状維持(引き上げない)」は合法ですが、「来期は上げる」「評価次第で上げる」といった口頭での約束があった場合、それを反故にすることは労働契約上の問題になり得ます。過去の面談記録やメールのやり取りを振り返り、約束に近い発言がなかったかを確認することが先決です。

就業規則・賃金規程との整合性

労働基準法第89条では、賃金の決定・計算・支払方法は就業規則の絶対的記載事項とされています。給与を据え置く判断が、現行の就業規則・賃金規程の範囲内であることを前提として、社員への説明を組み立てる必要があります。就業規則が未整備、または賃金規程があいまいな場合は、まずそこを整備することを検討してください。就業規則がない場合でも、今回の伝え方の工夫で信頼は守れますが、中長期的には整備が不可欠です。

パワハラリスクを回避するための基本姿勢

労働施策総合推進法第30条の2(いわゆるパワハラ防止法)に基づき、事業主はパワハラ防止のための措置を講じる義務があります。給与交渉の場で、社員の要求を感情的に否定する・圧力をかける・「不満なら辞めれば」といった発言をすることは、パワハラ認定のリスクに直結します。どんな状況であっても、社員の申し出を丁寧に受け止める姿勢が法的にも実務的にも必須です。

「断り方」の実務——場所・タイミング・言葉の設計

給与据え置きを伝える場面では、「何を言うか」だけでなく「いつ・どこで・どう言うか」が社員の受け取り方を大きく左右します。セッティングを整えるだけで、同じ内容でも伝わり方が変わります。

面談のセッティングで避けるべきこと

廊下や共有スペースでの立ち話、他の社員がいる環境での回答は避けてください。個室または閉じた会議室で、1対1の状況を整えることが基本です。また、社員から申し出があった当日にその場で即答するより、「改めて面談の時間を取らせてください」とワンクッション置くことで、「きちんと検討してもらえる」という誠実さを演出できます。ただし、「いつまでに回答する」という期限を必ずセットで伝えてください。

伝えるべき3つの要素

給与据え置きを伝える際は、以下の3軸を組み合わせると社員の納得感が高まります。

伝える内容 具体例
経営状況 なぜ今上げられないか(財務的根拠) 「今期の売上が前期比で大きく落ち込んでおり、固定費の維持が優先課題です」
個人評価 社員の貢献をどう見ているか 「あなたの仕事への取り組みは、会社として高く評価しています」
将来の見通し 次に上げられる条件・タイミング 「来期の売上が回復した段階で、最優先で見直しを検討します」

特に「将来の見通し」を示すことは重要です。「終わりのない我慢」ではなく「見通しのある現状」に変換することで、社員は現状を受け入れやすくなります。ただし、見通しを伝える際は現実的な範囲に留め、根拠のない約束は避けてください。

面談後は必ず記録を残す

面談終了後、簡単なメモでも構いませんので「いつ・誰と・何を話したか」を記録として残してください。後日「言った・言わなかった」のトラブルを防ぐためです。記録は手書きのメモでも、メールで要点を共有する形でも有効です。可能であれば「本日の面談の内容を確認の意味でお送りします」として、社員にメールで要旨を送ることをお勧めします。

「検討します」という保留が信頼を壊すメカニズム

その場を収めるために「考えておきます」と返し続けることは、誠実さの演出ではなく不信感の蓄積につながります。保留するなら、必ず期限と判断基準をセットで伝えてください。

曖昧な保留が招くもの

社員が給与交渉をしてきた背景には、それなりの勇気と期待があります。その問いかけに対して「検討します」だけを繰り返すと、社員は「ずっと引き伸ばされている」「真剣に向き合ってもらえていない」と感じます。この状態が続くと、モチベーションの低下はもちろん、チーム内での不満の拡散にもつながります。

誠実な保留の伝え方

保留自体は悪いことではありません。問題は、期限と基準が伴わない保留です。たとえば次のように伝えることで、保留でも誠実さを保てます。「今すぐお答えできませんが、来週の月曜日までに経営状況を確認したうえでお伝えします。判断の軸は今期の収支状況と、来期に向けての採用・投資計画です」。期限と基準を明示することが、社員に「ちゃんと考えてもらえる」という安心感を与えます。

断った後の関係修復——信頼を再構築するための実務

給与を上げられないと伝えた後こそ、フォローアップが重要です。一度の面談で完結させず、継続的な対話を設けることが関係修復の核心です。

面談後のフォローアップの設計

給与据え置きを伝えた翌週以降、「先日の話についてどう感じているか」を確認する短い対話の場を設けることをお勧めします。社員は「あの話はもう終わったこと」として扱われると、孤立感を感じます。一方で「話し続けてもらえている」という体験は、たとえ給与が変わらなくても信頼を維持する大きな要素になります。

非金銭的な評価・動機づけを活用する

給与以外の動機づけとして、業務の裁量拡大・スキルアップ機会の提供・役割の見直しなどは、すぐに着手できる選択肢です。「給与は今すぐ動かせないが、あなたに任せたい仕事を増やしたい」という姿勢は、社員の「自分への投資」として受け取られます。全員に同じ対応をする必要はなく、給与交渉をしてきた社員個別の関心・キャリア志向に合わせた提案が有効です。

メンタル不調の兆候を見逃さない

給与不満が解消されないまま放置されると、エンゲージメントの低下がメンタル不調の入口になることがあります。具体的なサインとしては、表情が暗くなる・会話が減る・ミスが増える・欠勤や遅刻が増えるなどが挙げられます。専任の人事がいない環境では、こうした変化を捉える仕組みが特に重要です。1on1(上司と部下の一対一面談)の頻度を上げる、日報などで状態を把握するなど、観察の機会を意識的に設けてください。

まとめ

業績悪化時に給与を据え置く判断は、適切に伝えれば信頼を損なわずに済みます。重要なのは「業績の問題」と「個人の評価」を分けて伝えること、経営状況・個人評価・将来の見通しの3軸で説明すること、そして面談後も継続的に対話の場を持つことです。口頭約束の有無の確認、就業規則との整合性、パワハラリスクへの注意も必ず事前に確認してください。「断り方」に正解の一文はありませんが、社員の問いかけを丁寧に受け止め、誠実に向き合う姿勢そのものが、関係を守る最大の手段です。

「伝え方はわかったが、自社の状況に当てはめるとどうすればいいか」「評価制度がなく、説明の根拠が作れない」「社員の状態が心配で、どこから手をつければいいかわからない」——そうした具体的な悩みをお持ちの場合は、ウェルセンス株式会社にご相談ください。専任人事がいない中小企業の現場を熟知した視点で、御社の状況に合った対応方法を一緒に考えます。

よくある質問

Q. 給与を上げないことは法律的に問題ありませんか?

A. 現状の給与を「据え置く(引き上げない)」こと自体は、原則として使用者の裁量の範囲であり、労働基準法上も問題ありません。ただし、過去に「来期は上げる」「評価次第で上げる」といった口頭約束があった場合、それを反故にすることは労働契約法上の問題になり得ます。また、現行の給与を一方的に引き下げる行為は法的に問題が生じるため、「据え置き」と「引き下げ」は明確に異なります。まず口頭約束の有無と就業規則・賃金規程の内容を確認することが先決です。

Q. 社員に業績の数字をどこまで開示すべきですか?

A. 詳細な財務諸表を開示する必要はありません。「今期の売上が前期を大きく下回っている」「固定費の維持が経営上の優先課題になっている」といった概要レベルの説明で、十分な根拠として機能します。ただし、まったく根拠を示さずに「業績が悪い」とだけ伝えると社員には伝わりにくいため、具体的とは言えなくても「どのくらい深刻か」を言葉で表現することが重要です。他の社員への情報波及が気になる場合は、個別面談の場のみで共有し、「この場での情報として扱ってほしい」と添えることで対応できます。

Q. 評価制度がない場合、どうやって給与を据え置く理由を説明すればよいですか?

A. 評価制度がない状態では「制度上の理由」として説明することが難しいため、経営状況と将来の見通しを中心に据えた説明が現実的です。「現時点では給与テーブルを動かせる財務的余裕がない」という経営上の理由と、「あなたの貢献は認識している」という個人への評価を分けて伝えてください。中長期的には、評価基準を簡易的にでも言語化しておくことで、次回以降の給与交渉時の説明が格段にしやすくなります。評価制度の整備は一度に完成させる必要はなく、まず「どういう状態を評価するか」を文書化するところから始めることをお勧めします。

Q. 給与交渉を断った後、社員が退職しそうで怖いです。どう対応すればよいですか?

A. 給与を断った直後は、フォローアップの対話が最も重要な時期です。翌週以降に「先日の話についてどう受け取ってもらえたか」を確認する場を短くでも設けてください。また、給与以外で「この社員に投資している」というメッセージを送ることが有効です。業務の裁量拡大・スキルアップ機会の提供・役割の見直しなど、社員のキャリア志向に合わせた提案を検討してください。退職の意向がすでに強い場合は、無理な引き留めより本音を聞き出す対話を優先し、退職後の引き継ぎ計画も並行して考えておくことが現実的な対応です。

Q. 給与交渉を断った社員がメンタル不調になった場合、会社はどう対応すべきですか?

A. まず、表情・会話量・業務パフォーマンスの変化など、不調のサインを早期に察知することが重要です。サインが見られた場合は、業務の状況確認を名目に個別に話す機会を設け、「最近どうですか」と本人の状態に関心を向けることから始めてください。従業員数50人以上の事業場では産業医の選任が義務付けられていますが、50人未満の場合は産業医がいないケースも多いため、外部の相談窓口や支援サービスの活用を検討することをお勧めします。給与不満が直接の原因であっても、メンタル不調への対応は給与の問題とは切り離して、健康管理の問題として丁寧に向き合うことが重要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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