「育休が明けて、久しぶりに職場に戻ってきたと思ったら、すぐに体調を崩してしまった」——そういった相談が、人事担当者のもとに突然舞い込むことがあります。育休明けすぐに休職となった場合、最初にぶつかるのが「傷病手当金はもらえるのか?」という疑問です。育休中は育児休業給付金を受け取っていたけれど、今度は傷病手当金に切り替わるのか、それとも給付の空白が生じるのか。手続きの順番もわからず、本人への説明も急を要する——そんな状況に置かれた経営者・兼務人事担当者のために、この記事では制度の仕組みと実務の手順を整理します。
育休明けでも傷病手当金は受け取れる
結論からお伝えします。育休明け直後に休職となった場合でも、要件を満たせば傷病手当金を受け取ることができます。育休中も健康保険の被保険者資格は継続しているため、受給資格自体は失われていないのです。
傷病手当金の3つの受給要件
傷病手当金は健康保険法第99条に基づく給付です。受け取るためには次の3つの要件をすべて満たす必要があります。
- 業務外の傷病による療養であること(労災対象の業務上疾病は除く)
- 連続した3日間の待期期間を完成させていること(有給・休日も含む)
- 待期期間を除く4日目以降に労務不能の状態が続いていること
育休明けに体調不良で休み始めた場合、この3日間の待期が復職初日から起算されるかどうかは、実際に出勤したかどうかによって変わります。育休の最終日の翌日から一度も出勤せずに休んだ場合は、育休終了日の翌日が待期の起算点となります。主治医の診断書(傷病手当金申請書の医師記載欄)で「労務不能」の証明を取ることも必要です。
育休中も被保険者資格は継続している
育休中は給与が支払われませんが、健康保険・厚生年金の被保険者資格は継続しています(保険料は育休中免除)。つまり「育休中に保険料を払っていなかったから傷病手当金が受け取れない」という心配は不要です。育休が終わった時点で保険料の免除も終わり、以降は通常通り保険料の納付義務が戻ります。
傷病手当金の支給額——育休期間はどう影響するか
育休中の「無給期間」が傷病手当金の計算にどう影響するかは、多くの担当者が不安を感じるポイントです。結論として、育休中の期間は計算対象から外れる仕組みがあるため、必ずしも不利になるわけではありませんが、状況によっては協会けんぽへの個別確認が必要です。
支給額の計算の基本ルール
令和4年1月の健康保険法改正以降、傷病手当金の支給額は次の計算式で求めます。
「支給開始日以前12か月間の標準報酬月額の平均額」÷ 30日 × 3分の2
標準報酬月額とは、毎月の給与をもとに決定される保険料の基準となる金額のことです。育休中は給与が発生しませんが、育休前に設定された標準報酬月額がそのまま適用されています。このため、育休中の無給期間も「育休前の標準報酬月額」として計算に含まれる形になります。
直近12か月のほとんどが育休だった場合
支給開始日以前12か月を遡ったとき、大半が育休期間だった場合は計算上の取り扱いが複雑になります。協会けんぽの実務では、育児休業等で報酬が支払われなかった月の標準報酬月額の扱いについて個別の判断が入ることがあります。特に、産休→育休と長期にわたって職場を離れていた社員が復職直後に休職した場合は、必ず加入している健康保険(協会けんぽまたは健保組合)に個別に確認してください。担当者が独自に判断して社員に説明してしまうと、後から訂正が必要になるリスクがあります。
育休終了後の標準報酬月額変更届の扱い
育休が終了して復職した際には、健康保険法第43条の2に基づく「育児休業等終了時報酬月額変更届」を提出することで、実際の復職後の給与に合わせて標準報酬月額を改定できます。しかし、育休明けにすぐ休職となって給与が発生しない場合は、この届出を提出すべきかどうか、タイミングも含めて慎重な判断が必要です。この点は社会保険労務士への確認を強くお勧めします。
育児休業給付金と傷病手当金は「切り替え」の問題
「育児休業給付金と傷病手当金が重複してしまうのでは?」と心配される方もいますが、原則として二重受給は発生しません。育休が終了した時点で育児休業給付金の受給も終わり、以降は傷病手当金への「切り替え」になります。
給付の流れを整理する
| 期間 | 受け取れる給付 | 根拠 |
|---|---|---|
| 産休中 | 出産手当金(健康保険) | 健康保険法第102条 |
| 育休中 | 育児休業給付金(雇用保険) | 雇用保険法第61条の7 |
| 育休終了後・休職中 | 傷病手当金(健康保険) | 健康保険法第99条 |
育休終了日の翌日から傷病手当金の待期期間が始まる流れが、最もシンプルなケースです。
育休終了日と休職開始日の「ズレ」に注意
注意が必要なのは、育休の終了日と休職の開始日の間に数日のズレが生じるケースです。たとえば「育休は月末までだが、休職の開始を翌月1日付にした」という場合、その数日間は育児休業給付金も傷病手当金も支給されない空白が生じる可能性があります。給付の空白をなくすためにも、育休終了日と休職開始日の日付の整合性は人事担当者がしっかり確認する必要があります。社員本人への説明前に、まず日付の確認を行いましょう。
会社がまず動くべき手続きの順序
育休明けすぐに休職となった場合、会社側には複数の手続きが同時並行で発生します。「何から手をつければよいかわからない」という声をよく聞きますが、大きく分けると「育休の終了手続き」→「休職の開始手続き」→「傷病手当金の申請サポート」という順序で進めます。
育休終了に伴う手続き
育休が終了したら、まず事業主としてハローワークへ育児休業給付金の支給終了通知書(育児休業給付金終了届)を提出します。育休終了後は、本人が職場に復帰する予定だったわけですから、復帰できない状態であっても「育休の終了」は確定した事実として手続きを進めます。この手続きを後回しにすると、後続の傷病手当金の申請との整合性が取れなくなります。
休職開始後に行う社会保険の処理
休職中も社会保険(健康保険・厚生年金)の被保険者資格は継続します。育休中は保険料が免除されていましたが、育休終了後は本人・会社ともに通常の保険料負担が戻ります。給与が発生しない休職期間中の保険料は、会社が立替払いして本人に後日請求するか、復職後の給与から精算するかを就業規則や社内慣行に沿って処理します。事前に本人へ「休職中も保険料が発生すること」「会社が一時的に立替払いをすること」を書面で説明しておくと、後のトラブルを防げます。
傷病手当金申請のサポート
傷病手当金の申請は原則として本人(被保険者)が行います。しかし育休明けで体調を崩した状態の社員が、一人で申請書類を揃えるのは困難なことも多いです。会社ができるサポートとして、申請書の「事業主記載欄」を速やかに記入・押印すること、協会けんぽの申請書の様式や提出先を案内することが挙げられます。社員規模が20〜50名の企業では専任人事がいないことも多いため、対応が滞りがちです。不安がある場合は社会保険労務士に手続きの確認を依頼することを検討してください。
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本人への説明で気をつけるポイント
育休明けという精神的・身体的に繊細なタイミングで休職となった社員への説明は、内容の正確さと伝え方の両方が重要です。誤った情報を伝えてしまうと、経済的な見通しが狂うだけでなく、会社への信頼も損なわれます。
「いくらもらえるか」は自社で断言しない
傷病手当金の支給額は、その社員の標準報酬月額と育休の期間によって個別に異なります。「だいたい給与の3分の2です」という説明は概ね正確ですが、育休期間が長かった場合の計算の特殊性を含め、確定的な金額を会社側が伝えることはリスクがあります。「協会けんぽに確認して正確な金額を把握しましょう」という言い方で、会社が一緒にサポートする姿勢を示しながら、確定的な断言は避けるのが賢明です。
就業規則の「休職規定」を事前に確認する
休職の開始、期間、復職の条件、休職期間中の待遇などは就業規則の休職規定に基づきます。育休明けという特殊なケースでは、「育休の期間が休職可能期間に通算されるか」「休職期間満了後の扱いはどうなるか」といった点も確認が必要です。就業規則に明記がない場合は、この機会に整備することを検討してください。社員に口頭だけで説明すると、後日「聞いていない」という問題になりやすいため、書面での案内が基本です。
まとめ
育休明けすぐに休職となった場合でも、健康保険の被保険者資格は継続しているため、傷病手当金の受給資格は原則として失われていません。育児休業給付金との二重受給は発生せず、育休終了後は傷病手当金への「切り替え」として処理します。ただし、育休中の期間が支給額の計算にどう影響するかは個別の状況によるため、協会けんぽや健保組合への確認が不可欠です。会社側の手続きとしては、育休終了の届出・保険料の立替処理・傷病手当金申請のサポートが並行して発生します。専任人事がいない中でこれらを同時にこなすのは容易ではありません。
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