メンタル不調で退職後に損害賠償を防ぐ対応の残し方

メンタル不調で退職後に損害賠償を防ぐ対応の残し方 メンタルヘルス対応
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「退職のとき円満だったのに、半年後に弁護士から通知が届いた」――そんな話が、決して大企業だけの問題でなくなっています。メンタル不調を抱えた社員が退職した後、安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求されるケースは年々増加しており、専任人事がいない中小企業ほど「記録が残っていない」「対応の根拠を示せない」という状況に陥りがちです。この記事では、メンタル不調による退職後の損害賠償請求を防ぐために、在職中から何をどう記録しておくべきかを、実務レベルで解説します。

退職後でも損害賠償請求ができる理由

時効は最長5年――退職で終わりではない

多くの経営者が「退職したら関係が終わる」と考えますが、法律上はそうではありません。安全配慮義務違反による損害賠償請求は、法的性質によって時効期間が異なります。不法行為責任の場合は「損害および加害者を知った時から3年」(民法724条)、債務不履行(安全配慮義務違反)の場合は「権利を行使できる時から5年」(民法166条、2020年改正後)です。つまり、退職から数年が経過していても、元社員が弁護士に相談して訴訟を起こすことは十分に可能なのです。

労働契約法第5条が根拠になる

安全配慮義務の法的根拠は労働契約法第5条です。「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定められており、ここでいう「安全」には身体的な安全だけでなく、精神的健康(メンタルヘルス)も含まれると判例・行政解釈で明確にされています。「うちはブラック企業じゃない」という自己評価は、法的な根拠にはなりません。

労災認定が訴訟の呼び水になるケース

退職後に元社員が労災申請を行い、精神障害の労災認定を受けた場合、その認定が民事裁判での証拠として使われることがあります。労災認定そのものが直ちに民事賠償責任につながるわけではありませんが、「業務と発症の因果関係が公的機関に認められた」という事実は裁判で大きな重みを持ちます。さらに、労基署の調査が入るだけで、会社の信用・採用活動・取引先との関係にもダメージが生じます。

損害賠償請求につながる典型的な会社対応のパターン

「様子見」が過失と見なされるとき

遅刻の増加、業務ミスの頻発、無断欠勤が続いているにもかかわらず「本人から特に相談がなかった」として対応を先送りにしていたケースは、裁判で「気づけたはずなのに対応しなかった」という過失として認定されることがあります。重要なのは、本人が「しんどい」と申告するかどうかではなく、会社として異変に気づける状況にあったかどうかです。管理職が遅刻・欠勤・業務パフォーマンスの変化を把握していた記録があれば、それ自体が「知り得た」証拠になります。

復職後の再燃は会社の責任になりやすい

休職から復職した直後に、休職前と同等の業務負荷をかけてしまったために再燃・再休職・退職に至り、その後訴訟になるケースは判例上も多く見られます。「本人が復帰を希望した」「主治医の診断書があった」だけでは不十分で、会社として段階的な復帰プランを立て、業務量を記録しながらフォローアップした事実が問われます。

退職勧奨が「自由意思による退職」と認められないケース

メンタル不調が明らかな状態の社員に対して、「会社のために辞めてほしい」「このままでは居場所がなくなる」といった言葉をかけて退職に至らせた場合、自由意思による退職とは認められない判断が下ることがあります。退職勧奨自体は違法ではありませんが、不調状態での退職合意は「真意に基づくものではない」として後から争われるリスクが高く、その場面の記録がなければ会社は証明手段を失います。

在職中から始める「対応の記録」の残し方

面談記録は「会話の要点」ではなく「事実」を残す

面談をした記憶はあっても、記録がなければ法的には「やっていないのと同じ」になります。面談記録に最低限残すべき項目は、日時・場所・出席者・話した内容の要点・次のアクションの4点です。特に重要なのは、本人の言葉をできる限り原文に近い形で残すことです。「最近しんどいと言っていた」ではなく、「『毎朝起きるのがつらい、眠れていない』と本人が発言」のように記録します。メールや社内チャットのやりとりは、削除前にPDF保存または印刷して保管しましょう。

勤怠・業務量の記録が「過重労働の証拠」を打ち消す

時間外労働の実績(タイムカード・PCログ等)は、少なくとも退職後5年間は保管することを推奨します。「月80時間を超える残業が続いていた」という事実は、それだけで会社の過失認定に直結しやすいためです。逆に言えば、月次で管理職が業務量の確認を行い、「高負荷状態が続いていることを把握し、是正措置をとった」という記録があれば、それが会社の安全配慮義務履行の根拠になります。

受診勧奨・産業医面談は「実施した日時と本人の反応」まで記録する

「受診を勧めた」という事実だけでは不十分で、いつ・どのような方法で・本人がどう反応したかまで記録に残す必要があります。産業医が選任されている場合は、面談日・意見書の内容・就業制限の指示内容を書面で残します。産業医が選任されていない規模の企業でも、外部の医療機関や産業保健スタッフへの相談記録・紹介状のコピー等が「配慮の証拠」になります。

休職・復職の手続きを「属人的」にしないための規程整備

規程がないこと自体がリスクになる

休職規程や復職支援プログラムが存在しない場合、対応が担当者の判断で変わりやすく、「あの人のときと対応が違う」という不平等の主張を招きます。また、「会社が何もルールを持っていなかった」という事実が、安全配慮義務を果たしていない証拠として使われることもあります。規程は完璧なものである必要はなく、「休職の要件」「休職中の連絡ルール」「復職判断のプロセス」「段階的復帰の考え方」を明文化するだけで、法的な防御力は大きく変わります。

復職支援プランは書面で合意する

復職の可否を判断した根拠(主治医意見書・産業医意見等)、復職後の業務内容・労働時間・配置、段階的復帰のスケジュール、フォローアップ面談の頻度――これらを「復職支援プラン」として文書化し、本人と会社双方が確認・合意したことを残すことが重要です。「会社として計画的に復職支援を行った」という事実は、再燃・退職後の訴訟において会社側の重要な防御材料になります。

ルールは全員に均等に適用することが前提

どれだけ丁寧な記録や規程があっても、特定の社員だけ異なる対応をしていた事実があると、「差別的扱い」「恣意的な運用」として訴えの根拠にされることがあります。休職・復職の判断基準は社内規程に明記し、誰が対応しても同じ手順が取られるよう標準化することが、個別の訴訟リスクを下げるだけでなく、組織全体のトラブル予防にもつながります。

専任人事がいない企業が今日からできる対策

「知らなかった」を防ぐ相談窓口の設置

社員がメンタル不調を早期に打ち明けられない環境では、会社は問題を把握できないまま悪化を見守ることになります。外部の相談窓口(EAP:従業員支援プログラム等)を設置することで、社員が上司や人事を介さずに相談できる経路が生まれます。これは社員のためだけでなく、会社にとっても「相談できる環境を整備していた」という安全配慮義務の履行証拠になります。10〜30名規模の企業でも活用できるサービスは増えており、月額数万円程度から導入できるものもあります。

まず「記録フォーム」を一枚つくるところから始める

専任人事がいない状況で、いきなりすべての仕組みを整えることは現実的ではありません。メンタル不調対応の記録について、まず最初に着手すべきは面談記録の標準フォームを一枚つくることです。「日時・出席者・話した内容・本人の様子・次のアクション」の5項目を埋めるだけのシンプルなフォームでも、記録を残す習慣が組織に定着します。次に、そのフォームを実際に使いながら、勤怠記録・受診勧奨記録の保管ルールを加えていく――そのような段階的なアプローチが、継続につながります。

一人で抱え込まず、外部の専門家に相談する

メンタルヘルス対応・休職復職支援・記録の残し方は、人事の専門知識がない状態で一から整備するには限界があります。社労士・産業医・メンタルヘルス支援会社などの外部専門家を活用することで、自社のリスク状況を客観的に評価し、優先度の高い対策から効率的に整備することができます。「何か起きてから対応する」よりも、「何も起きていない今、仕組みをつくる」ことが、経営者として最もコストパフォーマンスの高い選択です。

まとめ

メンタル不調による退職後の損害賠償請求は、退職から最長5年間リスクが続く問題です。「円満退職だった」「本人が希望した」という認識は法的な防御にならず、会社が在職中に何をしたかを証明できる記録こそが唯一の根拠になります。面談記録・勤怠データ・受診勧奨の記録・復職支援プランの文書化――これらは特別なシステムがなくても、今日から始められる対策です。また、休職・復職のルールを規程として明文化し、全社員に均等に適用することが、個別トラブルだけでなく組織全体のリスクを下げます。

「何か起きてから考える」では間に合わないのがメンタルヘルス対応の難しさです。現状の対応に不安がある方は、ぜひ一度ウェルセンス株式会社にご相談ください。記録の残し方・規程整備・相談窓口の設置まで、貴社の規模と状況に合わせた実務サポートをご提供しています。

よくある質問

Q. 退職時に「一切の請求を行わない」という合意書を交わしました。それでも訴えられますか?

A. 退職時の合意書(清算条項)は有効ですが、万能ではありません。メンタル不調の状態で締結した合意書は「真意に基づくものではない」として効力を争われることがあります。また、合意書作成時点で損害の全容が把握できていなかった場合、後から発覚した損害については請求が認められるケースもあります。合意書の内容・作成時の状況・署名取得の経緯を記録として残しておくことが重要です。

Q. 産業医がいない小規模企業でも安全配慮義務を果たすことはできますか?

A. はい、可能です。産業医の選任が義務付けられているのは常時50人以上の事業場ですが、それ以下の規模でも安全配慮義務は課されます。産業医がいない場合は、地域の産業保健センターの無料相談、かかりつけ医への受診勧奨、外部のメンタルヘルス支援サービスの活用などが代替手段になります。重要なのは「何らかの配慮をした事実と記録」であり、規模に応じた対応を誠実に行うことが義務履行の証明につながります。

Q. 面談の記録は本人に見せる必要がありますか?開示を求められたらどうすればよいですか?

A. 個人情報保護法に基づき、本人から開示請求があった場合は原則として開示義務が生じます。そのため、記録には事実のみを客観的に記載し、主観的な評価や不必要な情報は含めないことが重要です。「本人が〇〇と発言した」という事実ベースの記録は、開示されても問題になりにくく、むしろ会社の誠実な対応の証拠になります。記録の保管・管理ルールをあらかじめ社内で定めておくことも大切です。

Q. 「自己都合退職」であれば会社の責任は軽減されますか?

A. 自己都合退職という形式だけでは、安全配慮義務違反の責任は軽減されません。裁判では、退職の形式よりも「会社として不調に気づけたか」「適切な対応をとったか」が問われます。メンタル不調の状態で「自ら辞めた」場合でも、その不調が会社の対応不足に起因すると認められれば損害賠償請求は成立しえます。退職理由の記録と、不調への対応記録はセットで残しておくことが重要です。

Q. 記録の保管期間はどのくらいを目安にすればよいですか?

A. 安全配慮義務違反による損害賠償請求の時効が最長5年であることを踏まえると、退職後5年間は関連記録を保管することを推奨します。具体的には、面談記録・勤怠記録・受診勧奨の記録・復職支援プラン・メールやチャットのログ等が対象です。労働基準法上の書類保存義務(3〜5年)とも合わせて、メンタルヘルス関連の記録は退職後5年を基準に保管ルールを設けると安心です。

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【監修】ウェルセンス株式会社
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