産業医がいなくてもできるメンタル相談体制の作り方

産業医がいなくてもできるメンタル相談体制の作り方 メンタルヘルス対応
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「うちは50人未満だから産業医は不要。だからメンタルヘルス対策も後回しで大丈夫」——そう思っていませんか?実は、産業医の選任義務がないことと、メンタルヘルス対策が不要であることはまったく別の話です。規模にかかわらず、すべての企業には安全配慮義務があります。専任人事がいない会社でも、今日からできる相談体制の作り方を、具体的にお伝えします。

「産業医がいないから何もできない」は誤解

選任義務がない=対策不要ではない

労働安全衛生法第13条は、常時50人以上の労働者を使用する事業場に産業医の選任を義務づけています。つまり、49人以下の事業場には選任義務がありません。しかし「義務がない=やらなくてよい」という解釈は大きな誤りです。

民法415条および労働契約法第5条に定める安全配慮義務は、従業員数に関係なくすべての事業者に課されます。メンタル不調のサインを把握していたにもかかわらず適切な措置を取らなかった場合、損害賠償請求に発展するリスクがあります。実際、小規模企業でも精神障害の労災認定が認められた事例は少なくありません。「何もしていなかった」という事実は、紛争時に事業者側に不利な事情として扱われます。

ストレスチェック制度の努力義務も見逃せない

ストレスチェック制度(労働安全衛生法第66条の10)の実施義務は50人以上の事業場に限られていますが、50人未満にも努力義務があります。また、任意で実施した場合でも、医師面談の対応など一定の手続きが必要になります。「義務ではないから放置」ではなく、「任意でも取り組む姿勢」が従業員の信頼につながり、結果として離職率の低下にもつながります。

まず認識を変えることが体制づくりの出発点

多くの中小企業で見られるパターンは、メンタル不調者が実際に出て初めて慌てて対応するというものです。しかし、その時点では手遅れになることも多く、休職の長期化や退職につながるケースもあります。「産業医がいないからできることは限られる」という発想から、「産業医がいなくてもできることをしっかり整備する」という視点に転換することが、メンタルヘルス対応の第一歩になります。

相談窓口を「見えるかたち」で設置する

窓口の不在が相談をつぶしている

専任人事のいない企業では、メンタル不調のサインを最初に受け取るのが直属の上司や経営者本人になりがちです。しかし彼らは専門的なカウンセリングスキルを持っているわけではなく、「どこまで聞いていいのか」「何を言ったら逆効果か」がわからないため、相談を受け流すか、あるいは必要以上に抱え込んでしまうかの二択になります。どちらも従業員にとっては「相談しにくい環境」につながります。

窓口は「役職」ではなく「役割」で決める

大切なのは、誰でもいいので「話を聴く担当者」を明示することです。総務兼務の担当者でも、代表者本人でも構いません。重要なのは「この人に話せばよい」という安心感を従業員に届けることです。名前・連絡先・相談できる曜日や時間帯を社内に掲示したり、入社時のオリエンテーションで案内したりするだけで、相談のハードルは大きく下がります。

また、「相談しても人事評価には影響しない」「秘密は守られる」という安心の宣言をあわせて伝えることが重要です。メンタルヘルスに関する情報は個人情報保護法上の要配慮個人情報(第2条3項)にあたるため、取得・管理・共有のルールを整備し、その内容を従業員に示すことが信頼構築につながります。

外部窓口を組み合わせることで間口を広げる

社内に相談窓口を設けるだけでは十分ではないケースもあります。「上司や経営者には話しにくい」「知人に知られたくない」という従業員には、外部の相談先が有効です。地域の産業保健総合支援センター(各都道府県に設置・無料)、かかりつけ医、心療内科・精神科のリストをあらかじめ整備し、従業員がいつでも参照できるようにしておきましょう。こうした外部連携先を「会社が用意しているリスト」として渡すだけでも、メンタルヘルス対応の厚みが変わります。

初動対応の「フロー」を文書で持っておく

属人化した対応がリスクを生む

不調者が出たときの対応が場当たり的になっているケースは非常に多く見られます。「もう限界です」という従業員の発言を受けたとき、誰が・何を・どの順番で対応するかが決まっていないと、担当者のその場の判断に委ねられます。毎回手探りで対応した後に「あの言い方はまずかったのではないか」と不安を引きずることになり、適切な判断ができなくなります。

初動フローに盛り込むべき要素

初動対応マニュアルに最低限盛り込んでおくべき内容は以下のとおりです。

(1)最初の対応者を決める
誰が最初の話し手として対応するかを明確にしておきます。

(2)話を聴く際のNG言動を明記する
「気のせいでは?」「みんな同じ状況で頑張っている」など、無意識に相手を傷つける言葉を避けるための具体例を示します。

(3)受診勧奨の進め方を整理する
本人の意思を確認しながら、かかりつけ医または心療内科を案内する流れを文書化します。

(4)上長への報告・情報共有の範囲を定める
誰にどこまで情報を共有するかを事前に決めておくことで、個人情報保護の観点からも適切な対応ができます。

(5)休職手続きへの接続を明確にする
最終的に休職が必要になった場合、就業規則上の手続きをスムーズに進めるための流れを定めておきます。

このフローは完璧なものでなくても構いません。A4用紙1〜2枚の簡易なものであっても、「フローが存在する」という事実が、対応する担当者の心理的負担を大きく減らし、判断の質を高めます。

ラインケア研修は最小投資で最大効果

管理職や上司向けに「傾聴の基本」「受診勧奨の仕方」「やってはいけない言動」を共有するラインケア研修は、外部講師を呼ばなくても、厚生労働省のポータルサイト「こころの耳」などの無料資料を活用して社内で実施できます。年に1回、30分〜1時間の勉強会を行うだけでも、初動対応の質は大幅に変わります。

外部EAPは「大企業向け」ではない

EAPの基本的な仕組みと中小企業への誤解

EAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)とは、従業員が職場・家庭・健康などの問題について専門家に相談できるサービスです。「大企業しか使えない」「コストが高い」というイメージを持つ経営者は多いですが、近年では20〜50名規模の企業向けに月額数万円程度で提供されるサービスも増えています。

重要なのは、EAPは産業医の代替ではなく、「話を聴いてもらえる場所がある」という安心感を従業員に届けるものだという点です。実際に利用される頻度は企業規模に関係なく低めですが、「利用できる環境がある」こと自体が従業員の安心感と定着率に影響します。

導入時に確認すべきポイント

外部EAPや相談サービスを導入する際には、次の点を確認しましょう。

相談方法:電話・メール・オンライン面談に対応しているか

対応時間:夜間・休日の相談が可能か

情報報告:利用状況の報告形式は個人を特定しない形で会社側にフィードバックされるか

料金体系:初期費用・月額費用はどうなっているか

また、「導入しても使われない」という懸念に対しては、入社時・人事面談時・社内掲示物での周知を徹底することが有効です。サービスの存在を知らなければ使われないのは当然です。導入と同時に「知らせる仕組み」をセットで設計することが重要になります。

公的支援機関との併用も現実解

有料のEAP導入が難しい場合は、公的機関との連携が現実的な選択肢になります。各都道府県に設置されている産業保健総合支援センター(さんぽセンター)では、小規模事業場向けの産業保健サービスを無料または低コストで提供しています。専門家による訪問支援やメンタルヘルス相談なども受けられるため、まずはここに問い合わせることをお勧めします。

整備した内容を「発信」して採用・定着につなげる

取り組みを黙っていてはもったいない

相談窓口を設け、初動フローを整備し、外部連携先を用意したとしても、それを従業員や求職者に伝えなければ存在しないも同然です。「産業医がいないからアピールできない」と思い込む経営者は多いですが、産業医の有無は必須要件ではなく、対策の姿勢が伝わることの方が重要です。

社内への発信と採用への活用

既存の従業員には、年に一度のメンタルヘルス方針の周知、相談窓口の案内ポスター掲出、1on1面談でのメンタルヘルス確認の仕組み化などが有効です。求職者向けには、採用ページや面接時の説明に「相談しやすい環境を整えています」「外部相談窓口を利用できます」といった情報を盛り込むことで、心理的安全性を重視する候補者への訴求力が高まります。

規模の小さな企業ほど、一人の退職が組織全体に与えるダメージは大きくなります。整備したメンタルヘルス対応を積極的に発信し、採用ブランディングと定着率向上の両面に活用することが、経営上のリターンをもたらします。

まとめ

産業医がいなくても、メンタルヘルス相談体制は構築できます。「相談窓口の明示と安心の宣言」「初動対応フローの文書化」「外部連携先のリスト化」「ラインケアの最低限の共有」——この4つを整えるだけで、何もない状態とは大きく異なります。

ただ、これらを一人で整備しようとすると、何から手をつけていいかわからなかったり、本当にこれで大丈夫なのかという不安が残ったりするものです。ウェルセンス株式会社では、産業医のいない20〜50名規模の企業を対象に、メンタルヘルス相談体制の設計・初動対応マニュアルの整備・外部相談窓口としての機能提供を行っています。「何から始めればいいか」という段階からでも、お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 従業員が20人程度の会社です。メンタルヘルス対策を何もしていないと法律上問題がありますか?

A. 産業医の選任義務やストレスチェック実施義務は50人未満の事業場には課されていませんが、安全配慮義務(労働契約法第5条)は従業員数に関係なくすべての事業者に適用されます。メンタル不調のサインを把握していたにもかかわらず何も対処しなかった場合、損害賠償請求のリスクが生じます。「義務がない=対策不要」という解釈は避け、リスク管理の観点から適切な体制を整えることをお勧めします。

Q. 外部EAPの導入費用の目安はどのくらいですか?

A. サービス内容や提供会社によって異なりますが、中小企業向けのEAPサービスでは月額2万〜5万円程度から提供されているものもあります。一方、各都道府県の産業保健総合支援センター(さんぽセンター)では、小規模事業場向けに無料または低コストで産業保健サービスを提供しています。まずは公的支援機関を活用し、必要に応じて有料サービスを検討する流れが現実的です。

Q. 従業員のメンタル不調に関する情報を上長と共有する際、注意すべきことはありますか?

A. メンタル不調に関する情報は、個人情報保護法上の「要配慮個人情報」にあたります。本人の同意なく第三者(上長を含む)に共有することは原則として認められません。ただし、安全配慮義務の履行や業務上の必要性がある場合は、本人の同意を得たうえで最小限の範囲で共有することが適切です。共有範囲・方法・保管ルールを事前に文書化しておくことをお勧めします。

Q. 従業員が「もう限界です」と言ってきたとき、最初に何をすべきですか?

A. まず最初に、否定・評価・アドバイスをせずに「話を聴く」ことが最も重要です。「気のせいでは」「みんな大変だから」などの言葉は状況を悪化させます。話を受け止めたうえで、本人の意思を確認しながら医療機関(かかりつけ医や心療内科)への受診を案内します。そのために、あらかじめ受診先のリストを整備しておくことが実務上の備えになります。緊急性が高い場合(自傷・希死念慮の危険性)は、即座に専門家への連絡が必要です。

Q. 相談窓口を設置したいのですが、社内に適任者がいません。どうすればよいですか?

A. 社内に専門的なスキルを持つ担当者がいなくても、窓口として「名前と連絡先を明示した担当者」を置くだけで相談のハードルは下がります。その担当者に対して、傾聴の基本や受診勧奨の仕方を記した簡易マニュアルを用意することで、専門知識がなくても対応できる体制を整えることができます。また、社内窓口を補完するかたちで外部の相談サービスや公的機関を組み合わせることで、担当者の負担を抑えながら機能する体制を作ることが可能です。

【監修】ウェルセンス株式会社
社会保険労務士・産業カウンセラーと連携し、中小・成長企業の人事課題に向き合う実務ノウハウをお届けします。
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