月曜日の朝、いつも早く来ていたAさんが今日も遅刻してきた。最近ミスが増え、会議中もぼんやりしている。「どうした?」と声をかけたいが、何と言えばいいかわからない。産業医がいれば相談できるのに——中小企業の経営者・人事担当者から、こうした声をよく聞きます。従業員50人未満の会社には産業医の選任義務はありませんが、メンタル不調への対応義務は等しくあります。この記事では、産業医がいない場合でも今日から動ける対応手順と、外部専門家の正しい使い分けをわかりやすく解説します。
産業医がいなくても「安全配慮義務」は免除されない
「うちは小さい会社だから産業医がいなくて仕方ない」という認識は、法律上は通用しません。産業医がいなくても、会社は社員のメンタルヘルスを守る義務を負っています。
安全配慮義務とは何か
労働契約法第5条は、使用者(会社)が労働者の生命・身体・精神の健康を守るための必要な措置を講じなければならないと定めています。これを「安全配慮義務」といいます。メンタル不調のサインに気づきながら放置し、社員が休職・離職・最悪の事態に至った場合、「産業医がいないから対応できなかった」は免責理由になりません。実際に安全配慮義務違反を理由とした損害賠償請求が認められた裁判例も複数存在します。
50人未満の会社が使える公的な相談先
産業医の選任義務がない50人未満の事業場に向けて、厚生労働省は「地域産業保健センター(産保センター)」の活用を案内しています。産保センターは各都道府県の労働局が委託している無料相談窓口で、産業医や保健師に産業保健に関する相談ができます。「産業医がいない=専門家に頼れない」という誤解は捨てて、まずこうした公的窓口の存在を知っておくことが重要です。
ストレスチェックは義務がなくても活用できる
ストレスチェック制度(労働安全衛生法第66条の10)も、義務が発生するのは常時50人以上の事業場からです。ただし、50人未満でも任意で実施できます。ツールは市販・無料のものが複数あり、社員のセルフチェックとして活用することで、不調の早期発見につながります。「制度がないからやらない」ではなく、予防的に取り入れることを検討する価値があります。
メンタル不調のサインを見逃さない
メンタル不調は突然起こるのではなく、必ず前兆があります。「なんとなく元気がない」で終わらせず、会社として把握すべき具体的なサインを知ることが、早期対応への第一歩です。
職場で観察できる変化のチェックポイント
以下のような変化が2週間以上続いているときは、メンタル不調の疑いとして対応を検討するタイミングです。「性格の問題」や「一時的な疲れ」と決めつけず、変化の継続性・複数性に注目してください。
- 遅刻・早退・欠勤が増えた、または突発的な休みが続く
- 仕事のミスや抜け漏れが目立って増えた
- 口数が減った、表情が乏しくなった
- 業務の速度や質が以前と比べて明らかに落ちた
- 身だしなみや清潔感に変化が出てきた
- 「もう消えてしまいたい」など、気になる発言があった
これらが複数重なり、かつ本人に変化が自覚されていない場合は特に注意が必要です。
本人への声かけはハラスメントにならない
「心療内科に行ってみては?」と言ったら訴えられるのでは、と萎縮する管理職・担当者は少なくありません。しかし、業務上の変化を事実として伝え、本人の状況を気にかけて声をかけることは、適切に行えばハラスメントにはなりません。問題になるのは、「メンタルが弱い」「気合が足りない」など人格を否定する言い方や、受診を強制・脅迫するケースです。「最近少し疲れているように見えて心配している。何か困っていることがあれば聞かせてほしい」という声かけは、むしろ安全配慮義務を果たす行為です。
本人が「大丈夫」と言い張る場合の対応
本人が「大丈夫です」と言い続ける場合でも、会社は放置してよい理由にはなりません。大切なのは「本人が否定したから終わり」ではなく、「会社として観察・記録を続けること」です。上司や担当者が気づいた変化を日付とともにメモしておく習慣を持ちましょう。この記録は、後に受診勧奨や休職判断をする際の根拠にもなります。
外部専門家の選び方と使い分け
社労士・EAP・産業医・地域産業保健センター……名前は聞いたことがあっても、誰に何を相談すべきか整理できていない方がほとんどです。それぞれの役割の違いを正確に理解することが、適切な対応への近道です。
メンタル不調対応における専門家ごとの役割
| 専門家・機関 | 得意な相談内容 | 対応できないこと |
|---|---|---|
| 社労士(社会保険労務士) | 休職規定の整備、傷病手当金の手続き、就業規則の確認・修正 | 本人面談、医療的判断、心理的アセスメント |
| EAP(従業員支援プログラム) | 本人へのカウンセリング、管理職向けコンサルテーション、職場復帰支援 | 労務手続き、法的判断 |
| 産業医(選任または嘱託) | 就業適性の判断、復職判定、受診勧奨の医療的根拠の付与 | 治療行為、労務手続き |
| 地域産業保健センター | 産業医・保健師への無料相談(50人未満事業場向け) | 継続的なサポート体制の構築 |
| 心療内科・精神科 | 診断・治療・診断書の発行 | 職場環境の改善、労務対応 |
「社労士に全部投げる」は危険なパターン
顧問社労士がいる会社では、メンタル不調の相談もすべて社労士に持ち込むケースがあります。しかし社労士の専門は「労務管理・手続き・制度設計」であり、「本人にどう声をかけるか」「復職のタイミングをどう判断するか」「本人の状態を医療的にアセスメントする」といった領域はカバーできません。社労士は「制度の箱を整える人」、EAPや産業医は「人の状態を見る人」と役割を分けて考えることが重要です。
規模別・状況別の相談先の選び方
自社の状況に当てはめて、まず連絡すべき窓口を判断してください。従業員数が50人未満で産業医がいない場合、まず地域産業保健センターへの相談と、EAPサービスの導入検討を並行させるのが現実的です。顧問社労士がいれば休職規定の有無を確認し、規定がなければ整備を依頼することを優先しましょう。すでに社員が「受診が必要な状態」と思われる場合は、主治医や精神科・心療内科への受診勧奨と、EAPへの相談を同時に進めることを検討してください。
受診勧奨と休職制度——法的に正しく動くために
社員のメンタル不調が明らかになった場合、「病院に行くよう伝える」「休ませる」という対応は、就業規則の規定の有無によって法的な根拠が大きく変わります。思いつきで動くのではなく、制度の整備状況を確認したうえで行動することが重要です。
受診勧奨は就業規則の規定で法的根拠が変わる
「受診するよう命令できるか?」という質問をよく受けます。結論として、就業規則に「会社が必要と認めた場合、指定する医師または本人が選んだ医師による診断を受けることを命じることができる」といった受診命令規定がある場合に限り、業務上の必要性が認められれば命令が可能とされています(裁判例あり)。規定がない場合は、あくまでも「お願い・推奨」の域を出ません。まず自社の就業規則を確認してください。
休職制度がなければ休職させられない
「とりあえず休ませよう」と思っても、就業規則に休職規定がなければ法的根拠が生まれません。規定なしで休ませると、欠勤扱いになり、場合によっては懲戒や解雇の問題に発展するリスクがあります。休職規定には「休職開始の要件」「休職期間の上限」「復職の条件」「休職期間満了時の取り扱い(自然退職か解雇か)」を明記する必要があります。これらがない会社は、まず社労士に就業規則の整備を依頼することを最優先にしてください。
医療情報の取り扱いには細心の注意を
社員の診断名・受診状況・服薬情報などは、個人情報保護法第2条第3項が定める「要配慮個人情報」に該当します。本人の同意なく上長や他の社員に共有することは原則として禁じられています。「Aさんがうつ病だと聞いたんですが、部長に伝えていいですか?」という状況は会社側に情報漏洩のリスクをもたらします。誰が・何の目的で・どの範囲の情報にアクセスできるかを、事前にルール化しておくことが必要です。
🔗 社員のメンタル不調に、精神科・心療内科医によるスポット産業医サービス →
相談前に整理しておくべき情報
外部専門家に相談しようと決めたとき、「何を伝えればいいかわからない」という状態で連絡しても、的確なアドバイスを引き出すことはできません。事前に情報を整理しておくだけで、相談の質は大きく変わります。
専門家に伝えるべき基本情報
相談前に、以下の情報をメモしておきましょう。すべて揃っていなくても構いませんが、できる限り把握してから連絡することをお勧めします。
- 会社の従業員数(産業医・ストレスチェックの義務適用を確認するため)
- 就業規則の有無と、休職規定・受診命令規定の有無
- 対象社員の年齢・役職・雇用形態・勤続年数
- 気になる変化が始まった時期とその具体的な内容(遅刻の回数、ミスの内容など)
- 本人への声かけの有無と、その際の反応
- 本人が受診しているかどうか(把握している範囲で)
- 会社として何をしたいのか(受診を促したい・休ませたい・復帰を支援したい など)
記録する習慣が後の対応を助ける
日々の小さな変化を記録しておくことは、専門家への相談時に非常に役立ちます。「最近おかしい気がする」では専門家も判断しにくいですが、「3週間前から週2回の遅刻があり、先週は2日連続で無断欠勤。面談では『問題ない』と言うが、目に覇気がなく涙ぐんでいた」という記録があれば、具体的なアドバイスが得やすくなります。Excelやメモアプリで構いませんので、日付・状況・本人の言動を記録する習慣をつけてください。
相談の目的を自分の中で整理しておく
相談の目的が「情報収集」なのか「今すぐ動くための判断支援」なのかによって、相談すべき窓口も変わります。「どんな専門家が何をしてくれるか知りたい」段階なら地域産業保健センターへの電話相談でも十分です。「すでに対応が必要な社員がいて、今週中に動きたい」という状況なら、EAPや専門の支援会社への相談が適しています。自分が今どの段階にいるかを意識してから動くと、迷いが減ります。
🔗 人事だけで抱えない。メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談 →
まとめ
産業医がいない中小企業でも、メンタル不調の社員への対応義務は変わりません。まず「安全配慮義務がある」という前提を確認し、次に自社の就業規則に休職規定・受診命令規定があるかを確認する。そのうえで、社労士・EAP・地域産業保健センターそれぞれの役割を理解して、状況に応じた専門家に相談する——これが産業医不在の会社における正しい対応の流れです。
「誰に相談すればいいかわからない」「うちの状況でどう動けばいいか確認したい」という段階からでも、ウェルセンス株式会社はご相談をお受けしています。メンタルヘルス対応・休職復職支援・人事労務の課題について、まずは状況をお聞かせください。お悩みに応じた具体的なアドバイスをいたします。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
不調者対応を、人事だけで抱えない。
メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。


