産業医に話した内容を会社に教えろと言われたら

産業医に話した内容を会社に教えろと言われたら メンタルヘルス対応
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「産業医との面談で、うちの社員が何を話したか教えてほしい」——経営者や人事担当者として、こう思うのは自然なことです。休職中の社員への対応や職場復帰の判断をするうえで、産業医が把握している情報は非常に重要に見えます。ところが社員から「面談内容を会社に漏らすな」と苦情が来て、初めて「産業医って、全部報告してくれるわけじゃないの?」と気づくケースが少なくありません。この記事では、産業医の守秘義務のルール、会社に伝えてよい情報の範囲、そして本人同意の正しい取り方を、実務目線で整理します。

産業医は「会社のスタッフ」ではなく「医師」である

産業医は会社が選任・費用負担するため、「会社側の人間」と誤解されやすい存在です。しかし産業医はあくまで医師であり、守秘義務を負う専門職です。この前提を押さえておかないと、産業医との連携でトラブルが起きます。

守秘義務の法的根拠

産業医の守秘義務は、刑法第134条(秘密漏示罪)を根拠とします。医師は「正当な理由なく」職務上知り得た秘密を漏らしてはならないと定められており、産業医も例外ではありません。違反した場合は6か月以下の懲役または10万円以下の罰金という刑事罰の対象になります。つまり産業医が面談内容を無断で会社に伝えることは、法律上「できないこと」なのです。

「産業医=会社のスタッフ」という誤解が生まれる理由

産業医は労働安全衛生法第13条に基づいて事業者が選任するため、費用を会社が払い、契約関係も会社と結びます。このため「うちが雇っているんだから情報をもらえるはず」という感覚になりがちです。しかし同法は産業医に対して「労働者の健康管理を行う専門家として独立した立場で職務を遂行すること」を求めており、会社の指揮命令の下で動くスタッフとは位置づけが根本的に異なります。

「守秘義務があるから何も言えない」も間違い

一方で、守秘義務を理由に産業医が就業上の意見すら出してくれないケースも問題です。労働安全衛生法第13条の2・第14条・第66条の5は、産業医が就業上の配慮に関する意見を事業者に述べる義務・権限を明確に定めています。「情報を一切渡せない」という解釈は法令の趣旨に反します。守秘義務と情報共有は対立するものではなく、正しく線引きすれば両立できます。

会社に伝えてよい情報・伝えてはいけない情報

産業医が事業者に提供できる情報とできない情報には、明確な区別があります。厚生労働省のガイドラインが示す基準を理解しておくことが、トラブル防止の第一歩です。

伝えてよい情報:就業上の意見

産業医が会社に伝えることが法令上想定されているのは、「就業上の措置の要否と内容に関する意見」です。具体的には次のような形になります。

  • 「現時点では残業を月20時間以内に制限することが望ましい」
  • 「現在の業務内容への復帰は可能だが、当面は深夜シフトを避けること」
  • 「職場環境の調整を検討する必要がある」

これらは診断内容ではなく「職場でどう対応すべきか」という産業医の専門的意見であり、会社が労働者の安全配慮義務を果たすために不可欠な情報です。

原則として伝えてはいけない情報:診断名・面談内容の詳細

一方、以下の情報は原則として本人の同意なく会社に伝えることはできません。

  • 具体的な診断名・病名
  • 服薬内容・治療内容
  • 面談中の発言・やり取りの詳細
  • 主治医の診断書に記載された症状の詳細

健康情報は個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)上の「要配慮個人情報」に該当します。要配慮個人情報は取得・第三者提供の際に原則として本人の明示的な同意が必要であり、会社であっても例外ではありません。

「産業医意見書」を活用する

この区別を実務で運用するうえで有効なのが「産業医意見書」という形式です。診断名や症状の詳細には触れず、「就業上どのような配慮が必要か」という意見のみを書面にまとめてもらう方法です。これにより守秘義務を守りながら、会社が必要とする情報を正式に受け取ることができます。産業医との契約・取り決めの段階で、この形式を採用することを合意しておくと運用がスムーズになります。

本人同意はどのように取るべきか

健康情報を産業医から会社へ提供してもらうには、本人の同意が必要です。「同意を取ればよい」と頭ではわかっていても、実務の形に落とし込めていないケースが多く見られます。

同意に必要な3つの要素

法的に有効な同意には、次の3点を特定することが求められます。

要素 具体的な記載例
何の情報を 産業医面談における就業上の意見・配慮事項
誰に 人事担当者および直属の上長
何のために 職場復帰および就業上の配慮措置の検討のため

この3点が曖昧なまま「同意書にサインしてください」と求めても、後で「そういう意味で同意したつもりではない」というトラブルになりかねません。

口頭同意と書面同意の違い

法律上、同意は口頭でも成立します。しかし後の紛争リスクを考えると、書面(または電磁的記録)での取得が実務上は必須です。特にメンタルヘルス不調に関わる場面では、本人の状態が不安定なこともあり「言った・言わない」の問題が起きやすい。同意書には、同意する情報の範囲・提供先・目的・保管方法・同意の撤回方法を明記し、本人が内容を十分理解した上で署名できる環境を整えてください。

同意を取るタイミング

同意取得のタイミングは、産業医面談の実施前が理想です。「面談の結果を会社と共有することがある。その際は事前に説明し同意を取る」という運用ルールをあらかじめ就業規則や産業保健体制の規程に明記しておくと、社員も会社も共通の理解のもとで面談に臨めます。面談後に慌てて同意を求めると、「プレッシャーをかけられた」と受け取られるリスクがあります。

産業医との連携は重要でも、対応方法がわからないことが多いもの。本人同意の書式作成から産業医との契約見直しまで、状況に応じたサポートが必要です。

社員から苦情が来たとき、会社がとるべき対応

「産業医に話した内容を勝手に教えてもらった」と社員から苦情が来た場合、まず事実確認と誠実な対応が求められます。感情的な対立に発展させないためにも、初動の対処が重要です。

まず事実を確認する

苦情を受けたら、まず「何がどの程度共有されたのか」を産業医と人事の双方から事実確認します。「守秘義務の範囲を超えた情報が共有されていたか」「本人の同意なく伝えられたか」によって、その後の対応が変わります。感情的に謝罪してしまう前に、まず事実関係を把握してください。

本人への説明と今後のルール整備

事実確認の結果、守秘義務の範囲を超えた情報共有があったと判断された場合は、本人に対して何が共有されていたかを正直に説明し、再発防止策を示すことが信頼回復につながります。一方で、就業上の意見の範囲内であった場合は、その旨を丁寧に説明することで誤解を解消できる可能性があります。いずれの場合も、今後は同意取得のプロセスを明文化することを本人に伝え、会社として真剣に受け止めた姿勢を示すことが大切です。

法的リスクの見極め方

守秘義務違反・個人情報保護法違反・プライバシー権の侵害に当たるかどうかは、共有された情報の内容・経緯・使われ方によって異なります。自社での判断が難しい場合は、社労士・弁護士・産業保健の専門家に相談することを検討してください。早期に専門家の意見を得ることで、問題が拡大するリスクを下げられます。

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産業保健体制が整っていない会社が今すぐできること

従業員数が50人未満の企業には産業医の選任義務がありませんが、メンタルヘルス対応の必要性はどの規模の会社にも生じます。体制が整っていないからこそ、最低限の仕組みを先に作っておくことが重要です。

従業員規模別の対応の目安

まず自社がどの状況に当たるかを確認してください。

  • 常時50人以上:産業医の選任が法令上義務。選任している産業医との契約書に情報共有の範囲を明記する。
  • 常時50人未満:産業医選任の義務はないが、地域産業保健センター(地産保)を通じて無料で産業医相談を利用できる。休職者が出た場合に備え、外部の産業医・EAPサービスとの連携を検討する。
  • 就業規則が未整備:休職・復職のルールと、健康情報の取り扱い方針を就業規則に盛り込む。書式がない場合は専門家の支援を受けて整備する。

産業医との契約・取り決めを事前に整備する

産業医がいる会社でも、情報共有の範囲を契約書や覚書に明記していないケースが多く見られます。「残業時間の超過者には面談を実施し、就業上の意見書を会社に提出する」「診断名・症状の詳細は本人の書面同意がある場合のみ共有する」といった運用ルールを文書で合意しておくことで、産業医・会社・社員の三者が同じ理解で動けるようになります。

同意書の書式をあらかじめ準備する

何かが起きてから同意書を作ろうとすると、書式が整っていないために対応が遅れたり、本人が混乱したりします。「健康情報の共有に関する同意書」の書式を事前に準備し、産業医面談の案内と一緒に渡せる状態にしておくと実務がスムーズになります。書式には、同意する情報の範囲・提供先・目的・保管方法・同意の撤回方法を必ず記載してください。

中小企業の人事担当者だけでは判断が難しい部分も多いもの。どこから整備すべきか、優先順位の相談からお気軽にどうぞ。

まとめ

産業医は医師として守秘義務を負っており、面談内容のすべてを会社に報告する義務はありません。ただし、就業上の配慮に関する意見を事業者に述べることは法令上の役割として定められており、「何も言えない」も誤りです。会社が取得できる情報は「就業上の意見・配慮事項」であり、診断名や面談の詳細を共有してもらうには本人の書面による同意が必要です。社員から苦情が来た場合は、まず事実確認を丁寧に行い、今後の運用ルールを明文化することで信頼回復につなげてください。こうした産業保健体制の整備は、何か問題が起きてからでは対応コストが大きくなります。

ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・兼務人事担当者を対象に、休職・復職対応や産業保健体制の構築を支援しています。「うちの会社の状況で、何から手をつければいいかわからない」という段階からでも、スポットでのご相談や、契約書・同意書の書式整備などのサポートが可能です。まずはお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 産業医面談で社員が「うつ病です」と話した場合、会社はその診断名を知ることができますか?

A. 原則として、本人の書面による同意なく産業医が診断名を会社に伝えることはできません。会社が必要とする情報は「どのような就業上の配慮が必要か」という産業医の意見であり、診断名そのものでなくても対応は可能です。同意がある場合でも、情報の利用目的を明確にした上で取り扱う必要があります。

Q. 従業員が50人未満で産業医がいません。休職者への対応はどうすればよいですか?

A. 50人未満の事業場は産業医の選任義務はありませんが、都道府県の地域産業保健センター(地産保)を通じて産業医への相談を無料で利用できます。また、外部のEAPサービスや産業保健の専門家と契約することで、休職・復職対応の体制を整える方法もあります。まずは就業規則に休職・復職のルールを整備することから始めることをお勧めします。

Q. 本人が同意書へのサインを拒否した場合、会社はどう対応すればよいですか?

A. 同意を強制することはできません。ただし、同意がない場合でも産業医意見書(就業上の配慮事項のみを記載したもの)を通じて必要最低限の情報を得ることは可能です。本人が同意を拒む背景には不信感や不安があることも多いため、情報がどのように使われるかを丁寧に説明し、本人が安心して同意できる環境づくりが重要です。

Q. 産業医が守秘義務を理由に就業上の意見すら出してくれません。どうすればよいですか?

A. 就業上の配慮に関する意見を述べることは、労働安全衛生法上の産業医の役割として定められています。「守秘義務があるので意見を出せない」という対応は法令の趣旨に沿っていません。まず産業医に「就業上の配慮事項のみを記載した意見書」という形式であれば提出可能かを確認してください。それでも対応が得られない場合は、産業医との契約内容の見直しや、産業保健専門家への相談を検討してください。

Q. 社員から「面談内容を漏らされた」と苦情が来ました。会社として謝罪すべきですか?

A. 先に謝罪するのではなく、まず「何が・誰に・どのような経緯で共有されたか」を事実確認することが重要です。共有された情報が就業上の意見の範囲内であった場合は、その旨を丁寧に説明することで誤解が解けることもあります。守秘義務の範囲を超えた情報共有があった場合は、事実を認め誠実に説明した上で再発防止策を示してください。状況によっては法的リスクが生じる可能性もあるため、早めに専門家に相談することをお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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