「業績が悪かった月は給与が下がる、それは最初から説明している」——そう思っていたのに、社員から「これでは生活できない、違法ではないか」と詰め寄られた。こうした場面は、業績連動給与を導入した中小企業で実際に起きています。問題は、制度の説明や同意書の有無ではなく、設計そのものに法的な欠陥が潜んでいることが多い点です。本記事では、最低賃金違反のリスクを自社でチェックする方法と、問題が見つかった場合の是正手順を実務レベルで解説します。
業績連動給与でも「最低賃金」は絶対に下回れない
業績連動給与であっても、実際に支払われる賃金が最低賃金を下回ることは法律上許されません。これは制度設計の巧拙や従業員の同意とは無関係に適用される絶対的なルールです。
最低賃金法の適用範囲
最低賃金法第4条は、すべての使用者に対して最低賃金額以上の賃金を支払うことを義務づけています。歩合給・インセンティブ・業績連動型の月次支給であっても例外はありません。「本人が同意した」「就業規則に業績連動と明記してある」という事実は、最低賃金を下回る支払いを合法にする根拠にはなりません。労働基準法第13条は、法令に違反する労働条件を定めた部分を無効と定めており、同意書があっても効力は生じません。
時間額換算で比較する
最低賃金との比較は「時間額」で行う必要があります。月給制の場合、実際に支払われた賃金(後述する算入除外分を除いたもの)を、その月の所定労働時間数で割って時間額を算出します。たとえば所定労働時間が月160時間の社員に対し、業績連動部分が下がって支給総額が16万円を切るような場合(東京都の最低賃金1,163円×160時間=約186,080円)、明らかに違反状態です。毎月の支給額が変動する設計の場合は、業績が最も落ち込んだ月を想定してシミュレーションしておく必要があります。
算入除外となる賃金に注意する
最低賃金の計算には「算入しない賃金」が定められています(最低賃金法施行規則第1条)。以下の手当は比較の対象外です。
- 精皆勤手当・通勤手当・家族手当
- 時間外・休日・深夜割増賃金
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
裏を返せば、業績連動給与を毎月支給している場合は算入対象になる可能性が高いのです。「賞与として処理すれば除外できる」と考える経営者も多いのですが、実態が毎月の定期払いであれば賞与とは認められません。名称より支払い形態・頻度で判断されます。
労働条件の明示義務——「書いてある」だけでは足りない
業績連動給与の合法性を問われたとき、「就業規則に書いてある」「入社時に説明した」は必ずしも法的な要件を満たしません。労働基準法が求める「明示」には、記載すべき具体的な内容があります。
労働基準法第15条が求める書面記載事項
労働基準法第15条および同法施行規則第5条は、雇用契約締結時に賃金の決定・計算・支払いの方法を書面(2024年4月以降は電磁的方法も可)で明示することを義務づけています。業績連動給与については、「業績連動により変動あり」と一行書くだけでは不十分です。最低限、以下の内容が書面に記載されている必要があります。
| 記載が必要な項目 | 不足しがちな記載例 |
|---|---|
| 算定の基礎(何の数字を使うか) | 「業績に応じて」のみ |
| 計算方法(係数・割合など) | 「会社が決定する」のみ |
| 支払い時期・タイミング | 記載なし |
| 変動の上限・下限 | 記載なし |
「下限の記載がない=最低賃金を下回る可能性を排除していない」と判断されるリスクがあります。
後から変更する場合は「不利益変更」のルールが適用される
すでに運用中の業績連動給与の算定方法を会社側の都合で変更する場合は、労働契約法第10条の要件を満たす必要があります。具体的には、変更の合理的な理由があること、変更内容を労働者へ周知することが求められます。単に「業績が悪いから計算式を変える」という理由だけでは合理性が認められにくく、実質的な賃金カットが伴う場合は個別の同意取得も検討すべきです。
自社が違反状態かどうかを確認する
まず確認すべきは「今月の支給額が最低賃金を下回っていないか」という事実確認です。感情的な場面では法的な議論より先に、この事実を数字で把握することが解決への第一歩です。
違反チェックの手順
以下の手順で自社の状況を確認してください。
- 当該社員の当月支給額から算入除外の手当(通勤手当・精皆勤手当・家族手当等)を差し引く
- その金額を当月の所定労働時間数で割り、時間額を算出する
- 自社所在地の最低賃金(都道府県別・産業別の特定最低賃金に注意)と比較する
時間額が最低賃金を下回っていれば違反状態です。所定労働時間は雇用契約書または就業規則を確認してください。残業時間は算入除外の割増賃金部分を除いた基礎部分のみで計算します。
就業規則と雇用契約書の整合性も確認する
就業規則と個別の雇用契約書の記載内容が一致していない場合、「聞いていなかった」という社員の主張が認められやすくなります。特に、就業規則には業績連動と書いてあるが雇用契約書には固定給額しか書かれていない、という不整合はよくある落とし穴です。社員から指摘を受けたタイミングで、この整合性を確認しておくことが重要です。
最低賃金違反が「かもしれない」段階でも、人事と経営で判断に迷ったら、早めに相談することをお勧めします。後々のトラブル拡大を防げます。
違反が見つかった場合の是正
最低賃金違反または労働条件明示義務違反が確認された場合、放置するほどリスクが拡大します。早期に是正措置をとることが、罰則リスクと社員との関係悪化を最小限に抑える唯一の方法です。
差額の遡及払い
最低賃金を下回っていた期間の差額は遡って支払う義務があります。賃金請求権の時効は労働基準法第115条により原則3年(2020年4月以降の分)ですので、長期間違反が続いていた場合は相当額になることがあります。支払い額・対象期間・対象者の範囲を明確にし、書面で記録を残したうえで速やかに支払いを行います。最低賃金法違反には50万円以下の罰金(最低賃金法第41条)、労働基準法違反には30万円以下の罰金が規定されています。
就業規則・雇用契約書の修正
是正の核心は、今後同じ問題が起きない制度設計への変更です。具体的には、算定方法・支払い時期・変動の下限(最低賃金以上を保証する旨)を就業規則と雇用契約書の両方に明記します。就業規則を変更する場合は、労働者代表への意見聴取と労働基準監督署への届出が必要です(常時10人以上の事業場)。10人未満の場合でも、変更内容を全社員に周知する義務があります。修正後は、該当する社員に対して変更後の労働条件を書面で再交付することを忘れないでください。
社員への説明と関係修復
「生活できない」という訴えに対しては、法的対応と並行して誠実な対話が必要です。差額を支払う意思を明確に示し、今後の制度設計の変更内容を具体的に説明することで、多くのケースでは感情的なトラブルを収束させることができます。対応が遅れたり曖昧な回答をしたりすると、労働基準監督署への申告・ハラスメントとしての主張・退職につながるリスクが高まります。対話の記録(面談メモ・メール)は必ず残してください。
🔗 最低賃金違反が「かもしれない」段階でも、人事と経営で判断に迷ったら、早めに相談することをお勧めします。後々のトラブル拡大を防げます。 →
再発を防ぐ制度設計のポイント
業績連動給与を適法に運用し続けるためには、「最低賃金を下回らない構造」を制度のなかに組み込むことが最も重要です。事後的な調整ではなく、設計段階での安全装置が必要です。
固定部分と変動部分の分離
最も安全な設計は、固定給(基本給)を最低賃金以上の水準に設定し、業績連動部分はその上乗せとする構造です。固定給が最低賃金を上回っていれば、業績連動部分がゼロになっても法的な問題は生じません。逆に、基本給を低く設定して業績連動部分で全体を補う設計は、業績悪化時に即座に最低賃金割れを起こすリスクがあります。固定給と変動給の比率は、業種・職種の性質を踏まえながら、業績が最も落ち込んだシナリオでも最低賃金を下回らないことを確認してから決定してください。
算定方法の明文化と定期的な見直し
業績連動の計算式・評価指標・支給時期は、就業規則および個別の雇用契約書に具体的に記載します。特に中小企業では、業績評価の基準が経営者の裁量に委ねられすぎているケースがあり、「恣意的な賃金決定」として争われることがあります。また、最低賃金は毎年10月頃に改定されます。制度導入時に適法であっても、最低賃金の改定後に固定部分が下回るケースがあるため、年1回以上、最低賃金改定時期に合わせて設計を見直す習慣をつけることが重要です。
人事・労務は一人で判断するものではありません。設計段階での相談で、後のトラブルを大幅に減らせます。
🔗 人事・労務は一人で判断するものではありません。設計段階での相談で、後のトラブルを大幅に減らせます。 →
まとめ
業績連動給与は「本人が同意した」「就業規則に書いた」だけでは合法性を担保できません。最低賃金法は業績連動であっても例外なく適用され、算定方法・下限の明記がない設計は労働条件明示義務違反のリスクを抱えます。違反が確認された場合は、まず差額の遡及払い、次に就業規則・雇用契約書の修正、そして社員への誠実な説明という流れで対応します。制度の再設計では、固定給を最低賃金以上に設定し、変動部分はその上乗せとする構造が最も安全です。
「自社の業績連動給与が適法かどうか自信がない」「社員から指摘を受けて対応に困っている」という場合は、ウェルセンス株式会社にご相談ください。就業規則・雇用契約書の内容確認から、社員との対話サポート、是正後の制度設計まで、専任人事のいない中小企業の実情に合わせて一緒に整理します。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
不調者対応を、人事だけで抱えない。
メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。


