昇給予算の決め方に悩んだら試したいシンプルな逆算法

昇給予算の決め方に悩んだら試したいシンプルな逆算法 人事制度
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「今年の昇給、どうしよう……」と毎年この時期になると頭を抱えていませんか。気づけばAさんに3,000円、Bさんに5,000円と個別に積み上げていき、最後に合計したら予算を大幅にオーバーしていた——そういった経験を持つ経営者・人事担当者は決して少なくありません。昇給額の決め方に明確な根拠がないと、社員からの信頼も積み上がらず、評価制度そのものへの不信感にもつながります。この記事では、専任人事がいない20〜50名規模の企業でも実践できる「昇給予算の総額先決め」という逆算アプローチを、シンプルかつ実務的に解説します。

なぜ「積み上げ方式」はうまくいかないのか

個別の昇給額を先に決めて最後に合計する「積み上げ方式」は、予算オーバーと不公平感の温床になります。まず構造的な問題を整理しておくことが、正しい設計への第一歩です。

個別交渉の積み重ねが引き起こすこと

「Aさんはよく頑張ってくれているから+5,000円」「Bさんは少し物足りないけど+2,000円」という判断を繰り返すと、最終的な合計額が予算と合わない事態が起きます。さらに、判断基準がばらばらなため、社員間で金額の差に不満が生まれやすくなります。「なぜ自分はこの金額なのか」と問われたとき、明快に答えられないのが最大の問題です。

評価と昇給がつながらないと何が起きるか

人事評価を実施しているにもかかわらず、評価結果が昇給にどう反映されるかのルールが明文化されていない場合、社員は「評価されても給与は変わらない」と感じるようになります。評価制度への不信感が広がると、目標設定や面談への取り組みが形骸化し、制度そのものが機能しなくなります。評価と報酬の連動は、評価制度を「生きたもの」にするための土台です。

昇給設計の順序が逆になっている

多くの中小企業が無意識に「単価→合計」という順序で昇給を設計しています。しかし正しい手順は逆で、「会社が出せる昇給予算の総額を先に決め、その範囲内で配分を設計する」のが財務を守りながら納得感を生む方法です。この順序の違いが、昇給設計の成否を分けます。

昇給予算の「総額」を決める考え方

昇給設計の出発点は、会社が無理なく支払える昇給予算の総額を決めることです。この総額は「感覚」ではなく、財務数値から逆算することで根拠が生まれます。

労働分配率を基準にする

昇給予算の原資を考えるとき、「売上高人件費率(人件費÷売上高)」だけを見るのは危険です。外注費や仕入れが多い業態では、売上高が大きくても手元に残る利益は少なく、昇給原資を過大評価してしまうリスクがあります。より実態に即した指標は労働分配率(人件費÷粗利)です。粗利とは売上高から売上原価を引いた売上総利益のこと。業種によって適正な労働分配率は異なりますが、自社の過去3期分の数値を計算して推移を把握するだけでも、昇給予算の上限感が見えてきます。

逆算のステップ

具体的には、次のような流れで総額を決めます。まず今期の粗利予測を出し、目標とする労働分配率から許容できる人件費総額を計算します。次に現在の人件費総額との差額を求め、その範囲内で昇給予算を設定します。たとえば粗利予測が6,000万円、目標労働分配率が55%であれば許容人件費は3,300万円です。現在の人件費が3,100万円であれば、昇給予算の上限は約200万円という試算になります。この200万円を従業員数(例:30名)で割ると、一人当たり平均約6,600円が昇給の目安になります。

採用・離職コストも視野に入れる

昇給予算を決める際、既存社員への投資と採用コストのバランスも考慮に入れてください。既存社員の昇給を抑制して採用に回す戦略も一つの選択肢ですが、離職が増えれば採用コストはさらに膨らむという悪循環に陥りやすいです。「昇給によるリテンション(定着)効果」と「採用コスト削減効果」を並べて考えると、どちらに重点を置くかの判断軸が明確になります。

評価結果と昇給額を連動させる配分設計

総額が決まったら、その原資を評価結果に応じてどう配分するかをルール化します。ポイントは「評価分布の想定比率を当てはめて単価を逆算する」順序を守ることです。

評価ランク別の単価を逆算で決める

よくある失敗は「S評価は+8,000円、A評価は+5,000円」と先に単価を決めてしまうことです。しかし実際の評価分布(S評価が何人いるか)によっては総額が予算を超えます。正しい手順は次のとおりです。まず評価ランクと想定分布比率を設定し(例:S=10%、A=30%、B=50%、C=10%)、従業員数に掛けて各ランクの人数を試算します。次に総原資をこの人数比に応じて配分し、各ランクの昇給単価を逆算します。

評価ランク 想定比率 人数(30名の場合) 昇給単価(目安)
S(卓越) 10% 3名 約12,000円
A(期待以上) 30% 9名 約8,000円
B(標準) 50% 15名 約5,000円
C(改善必要) 10% 3名 0〜2,000円

※上記は考え方を示すための例示であり、各社の原資・人員構成・評価制度に合わせて調整してください。

等級制度がない場合の対処法

等級制度がないと昇給の傾斜配分の根拠が持ちにくくなります。ただし20〜50名規模であれば、大企業のような10等級以上の複雑な制度は必要ありません。「一般社員・リーダー・管理職」の3区分程度から始めるだけで、昇給配分に一定の論理が生まれます。等級ごとに昇給の上限・下限レンジを設けると、「なぜこの金額か」を説明しやすくなります。

評価者バイアスへの対策

専任人事がいない企業では、評価者が経営者や一握りの管理職に集中しがちです。評価者訓練が不十分なまま昇給連動評価を導入すると、評価のばらつきが不公平感に直結します。まず評価基準を文書化し、評価者間で「どの行動がどのランクに該当するか」を事前にすり合わせるだけでも、バイアスは大幅に減らせます。昇給設計と評価制度の整備はセットで進めることが重要です。

就業規則・賃金規程への反映と法的注意点

昇給ルールを制度として運用するには、就業規則・賃金規程への記載が必要です。ルールを文書化することは、社員への説明責任を果たすうえでも不可欠です。

就業規則への記載義務

常時10人以上の労働者を使用する事業場では、労働基準法第89条により就業規則の作成・届出が義務付けられています。「昇給に関する事項」は相対的必要記載事項(定める場合は必ず記載しなければならない事項)に該当します。昇給予算の決め方や評価連動のルールを制度として運用する場合、就業規則または賃金規程に明記してください。10人未満の事業場であっても、ルールを書面化しておくことは社員との信頼関係を守るうえで強く推奨されます。

不利益変更と最低賃金への注意

昇給ルールを変更する際、実質的に賃金水準を引き下げる方向に働く変更は、労働契約法第10条に基づき、労働者との合意または合理的な理由が必要です。一方的な変更は後のトラブルにつながるため、変更の背景・理由を丁寧に説明し、できる限り労働者の理解を得てから実施してください。また昇給予算を抑制した結果、等級の低い社員の賃金が地域の最低賃金(最低賃金法)を下回らないか、毎年必ず確認することも忘れてはなりません。

賃金台帳・給与計算ツールの整備

等級×評価の昇給マトリクスを設計しても、給与管理の仕組みが整っていなければ運用できません。20〜50名規模ではクラウド型の給与計算ソフトを活用している企業が増えていますが、等級コードや評価ランクを入力できる設定になっているか事前に確認しておくと、運用時のミスを防げます。制度設計と同時にツール面の整備も進めておきましょう。

昇給設計を「仕組み」として定着させるために

単年度で終わらせず、毎年同じプロセスで回せる「仕組み」にすることが、昇給設計の最終ゴールです。ここでは定着のための実務的なポイントを整理します。

昇給設計カレンダーをつくる

昇給は毎年4月実施が多い日本企業では、前年の秋ごろから原資の検討を始め、評価期間終了後に配分を確定し、3月中に個別通知するという流れが標準的です。このスケジュールを年間カレンダーに落とし込み、いつ・誰が・何をするかを明文化しておくと、毎年「どうしよう」と悩む時間が大幅に削減されます。特に兼務人事担当者にとって、この「型」を持つことが業務負担の軽減に直結します。

社員への説明と透明性の確保

昇給額の通知だけでなく「なぜこの金額か」を説明できる状態にすることが、社員の納得感と信頼感を高めます。「総額から逆算し、評価ランクに応じて配分した」というプロセスを概要レベルで共有するだけでも、社員の受け取り方は大きく変わります。全額の内訳を開示する必要はありませんが、ルールの存在と考え方を伝えることが大切です。

毎年の検証と改善サイクル

昇給設計は一度つくって終わりではありません。実際の評価分布が想定と大きくずれた場合は単価の見直しが必要ですし、会社の成長ステージによって労働分配率の目標値も変わります。年度末に「総原資は適切だったか」「評価分布の想定は現実と合っていたか」を振り返る習慣をつけることで、設計の精度が年々上がっていきます。

まとめ

昇給予算の設計は「個別積み上げ→合計」の順序から、「総額先決め→配分逆算」の順序へ切り替えることで、財務的な安全性と社員の納得感を両立できます。具体的には、粗利ベースの労働分配率から昇給予算の上限を決め、評価分布の想定比率を当てはめて各ランクの昇給単価を逆算するというプロセスが基本です。さらに、決めたルールを就業規則・賃金規程に反映し、年間スケジュールとして型化することで、毎年の昇給対応が「仕組み」として機能するようになります。

「そもそも自社の粗利や人件費の数字をどう整理すればいいかわからない」「評価制度と昇給をセットで整備したいがどこから手をつければいいか」——そういった段階からのご相談も、ウェルセンス株式会社では承っています。人事の専門担当者がいない中小企業の実情に寄り添いながら、実務で動かせる仕組みづくりをご支援しています。まずはお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 昇給予算の原資の目安となる労働分配率はどのくらいが適正ですか?

A. 業種によって大きく異なるため、一律の「適正値」を示すことは難しいです。まずは自社の過去3期分の労働分配率(人件費÷粗利)を計算し、推移を把握することから始めてください。その数値が毎年上昇傾向にあるなら、昇給予算を増やす前に生産性向上の施策も並行して検討する必要があります。同業他社や業界団体のデータと比較できる場合は、それを参考にすることも有効です。

Q. 等級制度がない場合、いきなり昇給マトリクスを導入できますか?

A. 等級制度がない状態でも、評価ランク別の昇給配分は導入できます。ただし等級がないと「同じB評価でも入社1年目とベテランで昇給額が同じ」という状況が生まれ、長期的には不満の原因になりえます。まずは「一般社員・リーダー・管理職」程度の3区分を設けることを検討し、その区分ごとに昇給レンジを設定する形で段階的に整備することをお勧めします。

Q. 昇給ルールを変更する際、社員への説明はどこまで必要ですか?

A. 少なくとも「どのようなルールに変わったか」「いつから適用されるか」を書面で全社員に周知することが必要です。変更が実質的に賃金水準を下げる方向(不利益変更)に当たる場合は、労働契約法第10条の観点から、変更の必要性・合理的理由を説明し、できる限り社員の理解・合意を得るプロセスを踏んでください。変更内容は就業規則・賃金規程に反映し、労働基準監督署への届出も忘れずに行いましょう(常時10人以上の事業場の場合)。

Q. 業績が悪化した年は昇給ゼロにできますか?

A. 就業規則・賃金規程に「会社の業績に応じて昇給額を決定する」または「昇給しないことがある」と明記されている場合、昇給ゼロは原則として可能です。ただし「昇給する」と規程に明記されている場合や、慣行として毎年必ず昇給している場合は、ゼロにする際に法的リスクが生じる可能性があります。賃金規程の記載内容を事前に確認し、不明な場合は社会保険労務士や専門家に相談することをお勧めします。

Q. 昇給設計と人事評価制度はどちらを先に整備すべきですか?

A. 理想的には同時並行で進めることですが、リソースが限られる場合は「昇給予算の総額先決め」と「評価ランクの定義(3〜4段階)」だけを先に整えることから始めることができます。精緻な評価制度が整う前でも、「どの行動・成果が高く評価されるか」の基準を言語化することで、昇給との連動性は高まります。完璧な制度を待ってから動き出すよりも、シンプルな形で動かしながら毎年改善していくアプローチが、中小企業には現実的です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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