給与を手渡しから振込に変更するには何が必要?

給与を手渡しから振込に変更するには何が必要? 採用・定着
Photo by Jonathan Borba on Pexels

「そういえば、うちってまだ給与を手渡しにしてるんだよな……」。テレワーク導入や人員増加をきっかけに、そう気づいた経営者・担当者の方は少なくありません。でも、いざ変更しようとすると「同意書は必要?」「就業規則はどこを変える?」「口座を教えてくれない社員はどうする?」と疑問が次々と出てきます。この記事では、給与の手渡しから銀行振込への切り替えに必要な法的手続き・就業規則の変更・口座登録の実務フローを、専任人事がいない会社でも対応できるよう順を追って解説します。

給与の口座振込は「例外」——法律の立場を押さえる

労働基準法では、給与は「現金で直接本人に手渡す」ことが原則です。口座振込はあくまで法律上の例外措置であり、一定の要件を満たしたときに限り認められています。この前提を知らずに手続きを進めると、後で「無効」と判断されるリスクがあります。

賃金支払いの五原則とは

労働基準法第24条は、賃金の支払いについて以下の五つの原則を定めています:通貨で支払う、直接本人に支払う、全額を支払う、毎月1回以上支払う、一定の期日に支払う。この五原則がベースです。口座振込は「直接本人に」という原則の例外として、労働基準法施行規則第7条の2に基づき認められているにすぎません。

口座振込が認められる三つの条件

施行規則第7条の2が定める要件は次の三点です:

  • 労働者本人の同意を得ること
  • 労働者が指定する本人名義の口座であること
  • 振込日に全額が引き出せる状態になっていること

この三点がそろって初めて、口座振込が適法な支払い方法になります。一点でも欠ければ、形式上は「賃金未払い」に相当する状態となりえます。

「デジタル給与」との違いを混同しない

2023年4月以降、厚生労働大臣が指定した資金移動業者(いわゆる〇〇Payなど)の口座への給与支払いが可能になりました。これは「給与デジタル払い」と呼ばれ、通常の銀行振込とは別の制度・要件が適用されます。本記事が扱うのは通常の銀行口座への振込変更であり、デジタル給与への移行を検討している場合は別途確認が必要です。

本人の同意は必ず書面で取る

給与振込への変更で最も多い誤解が「就業規則を変えれば同意は不要」というものです。しかし法令上、就業規則の変更とは別に、個々の労働者から同意を得ることが必須です。この二つは独立した手続きであり、どちらかを省略することはできません。

口頭同意では後日トラブルになる

法令は同意の形式を「書面」と明示してはいませんが、行政解釈(昭和63年1月1日 基発第1号)では、同意を得た事実が確認できる記録を残すことが求められています。口頭だけでは「同意した・していない」の水掛け論になりかねません。書面または電磁的記録(メールやフォーム)で同意を取得し、記録として保管することが実務上の標準です。

同意書と口座届出書は一体化すると効率的

「給与振込口座届出書」の書式に、「銀行口座への給与振込に同意します」という一文と署名欄を設けると、口座情報の収集と同意取得を一枚の書類で完結できます。社員への配布・回収の手間も減り、記録の管理もシンプルになります。提出期限を明示した上で全員に配布し、回収状況を名簿で管理しましょう。

同意しない社員がいた場合の扱い

同意を拒否した社員に対して、会社が強制的に振込に切り替えることはできません。その社員については引き続き手渡しで支払う義務があります。ただし、「手渡しを続けることの業務上の負担」を丁寧に伝えながら話し合いを続けることは問題ありません。なお、銀行口座を持っていない社員(外国人労働者・高齢パートなど)については、口座開設のサポートを会社側が検討することも一つの選択肢です。

就業規則の変更手順

就業規則に「現金払い」や「手渡し」と記載がある場合、口座振込に変更するには就業規則の改定と労働基準監督署への届出が必要です。手順は法律で定まっており、順序を間違えると届出が受理されないこともあります。

変更が必要な記載箇所

就業規則の「賃金」「給与の支払い方法」に関する条文を確認してください。「賃金は通貨により、直接従業員に支払う」などの記載があれば、「賃金は、従業員の指定する本人名義の銀行口座に振り込む方法により支払う。ただし、従業員の同意を得られない場合はこの限りでない」といった内容に変更します。変更案は社労士に確認を依頼すると安心ですが、ひな型を使って自社で作成することも可能です。

労働者代表の意見聴取と届出の流れ

就業規則を変更するには、労働基準法第89条・第90条に基づき次の手順を踏む必要があります:

  1. 変更案を作成する
  2. 過半数労働者を代表する者(労働者代表)から意見を聴取し、意見書を作成してもらう
  3. 変更後の就業規則と意見書を管轄の労働基準監督署に届け出る
  4. 変更内容を全労働者に周知する(掲示・配布・イントラネット等)

意見書は「同意書」ではありません。労働者代表が反対意見を記載していても、届出・変更は有効に行えます。ただし、変更内容が従業員に不利益な変更に当たる場合は、労働契約法第10条に基づく「合理的な理由」が必要になるため注意が必要です。給与の受け取り方法の変更は一般的に不利益変更には当たりにくいですが、会社の規模や状況によって判断が異なる場合もあります。

就業規則がない場合・変更したことがない場合

常時10人以上の労働者を使用する事業場では就業規則の作成・届出が法律上義務付けられています(労働基準法第89条)。9人以下であれば作成義務はありませんが、作成している会社も多くあります。就業規則の変更手続きを一度も経験したことがない場合は、最初の一回だけ社労士に依頼してフォーマットと手順を確認しておくと、次回以降の対応が格段にスムーズになります。

銀行口座の登録・切り替えの実務フロー

法的手続きと並行して、実務面での切り替えも計画的に進める必要があります。社員への案内から初回振込の確認まで、抜け漏れなく進めるための全体フローを整理します。

社内アナウンスのタイミングと内容

変更方針が固まったら、まず全社員に対して「いつから」「なぜ変更するのか」「何を提出してもらう必要があるのか」を伝えます。突然の案内は不信感や混乱を生むため、変更予定日の少なくとも1〜2か月前にアナウンスするのが理想です。変更理由(事務効率化・セキュリティ向上など)を添えると、社員の理解を得やすくなります。

口座情報の収集から給与計算システムへの反映まで

フェーズ 内容 留意点
書類配布・提出依頼 口座届出書(同意書兼用)を配布し、提出期限を設定する 未提出者へのフォローアップ担当者を決めておく
口座情報の確認 金融機関名・支店名・口座種別・口座番号・名義を確認する 名義は本人名義であることを必ず確認する
システムへの登録 給与計算ソフト・賃金台帳に口座情報を入力する 入力後は担当者以外がチェックするダブルチェックを推奨
初回振込の着金確認 初回振込後、社員に着金を確認してもらう 振込エラーが出た場合の連絡フローをあらかじめ決めておく

口座を持っていない・開示を拒む社員への対応

銀行口座を持っていない社員(外国人労働者・高齢パートなど)には、口座開設の方法を案内するか、引き続き手渡しで対応するかを検討します。口座の開示を嫌がる社員に対しては、情報管理の方法(誰がどのように管理するか)を丁寧に説明することで、不安を解消できるケースが多くあります。それでも同意が得られない場合は、前述のとおり手渡しを継続する義務があります。

手続きの全体像を確認する

変更手続きで抜け漏れが起きやすいのは、「就業規則の変更」と「個別同意の取得」をどちらかだけ行って終わりにしてしまうケースです。自社の状況に応じて、必要な手続きを確認しましょう。

就業規則に「現金払い」の記載がある場合

就業規則の変更届出(労働基準監督署への提出)と、個別同意の取得、この両方が必要です。どちらか一方を省略すると、法的に不完全な変更となります。変更届の提出前に、労働者代表からの意見書を取得することも忘れないようにしてください。

就業規則に給与支払い方法の記載がない場合

就業規則に支払い方法の記載がない(または就業規則が存在しない)場合でも、口座振込への変更には個別同意の取得が必要です。就業規則がある会社では、この機会に支払い方法に関する条文を追加・整備しておくことを推奨します。

全員の同意が揃わなかった場合

同意を取れた社員については振込に切り替え、同意が得られなかった社員については手渡しを継続する、という併用状態は法律上問題ありません。ただし、手渡しの対応負担を考慮し、引き続き丁寧に説明・交渉を続けることが現実的な対処です。

まとめ

給与の手渡しから銀行振込への変更には、「個別同意の取得」と「就業規則の変更・届出」という二つの手続きが両方必要です。どちらかを省略すると法的に問題が生じるため、手順を正しく理解してから進めることが重要です。同意書と口座届出書を一体化した書式を活用し、社内アナウンスから初回振込の着金確認まで計画的に進めることで、トラブルなく切り替えることができます。

「手続きの順序が合っているか不安」「就業規則の変更文案を確認してほしい」「社員の一部が同意しない場合の対処を相談したい」——そのような場合、ウェルセンス株式会社では人事労務に関するご相談を受け付けています。専任人事がいない会社でも対応できるよう、実務に即したアドバイスを提供しています。まずはお気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 就業規則を「口座振込」に変更すれば、社員の個別同意は不要ですか?

A. いいえ、就業規則の変更と個別同意の取得は別々に必要な手続きです。労働基準法施行規則第7条の2では、口座振込には労働者本人の同意が条件として定められています。就業規則に記載するだけでは個別同意の代替にはなりません。両方の手続きを必ず行ってください。

Q. 口頭で同意を得た場合、後から問題になりますか?

A. トラブルになるリスクがあります。法令は書面同意を明文で義務付けていませんが、行政解釈(昭和63年1月1日 基発第1号)では同意の事実が確認できる記録を残すことが求められています。「同意した・していない」の争いを防ぐため、書面またはメール・フォームなどの電磁的記録で同意を取得し、保管することを強く推奨します。

Q. 一部の社員が銀行口座を持っていない場合、どうすればいいですか?

A. 口座を持っていない社員に対して会社が強制的に振込にすることはできません。口座開設の方法や手順を案内した上で、開設が困難な場合は引き続き手渡しで対応する必要があります。外国人労働者の場合は在留資格によって口座開設の手続きが異なるため、金融機関への事前確認を促すと良いでしょう。

Q. 就業規則の変更届は、労働者代表が反対しても提出できますか?

A. はい、提出できます。意見書は「同意書」ではなく、「意見を聴取した」という記録です。労働者代表が反対意見を記載していても、その意見書を添付した上で届出を行うことは法律上認められています。ただし、変更内容が労働条件の不利益変更に当たる場合は、労働契約法第10条に基づき合理的な理由が必要になりますので注意してください。

Q. 「給与デジタル払い」と通常の銀行振込は何が違いますか?

A. 給与デジタル払いは、2023年4月施行の省令改正により認められた制度で、厚生労働大臣が指定した資金移動業者(キャッシュレス決済事業者など)の口座に給与を支払える仕組みです。通常の銀行振込とは適用される要件・手続きが異なります。本記事で解説しているのは通常の銀行口座への振込変更であり、デジタル給与の導入を検討する場合は別途対応が必要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

詳しく見る →

タイトルとURLをコピーしました