ある日突然、裁判所や税務署から封筒が届く。差出人の名前を見て「うちに?」と思いながら開封すると、社員の給与を差し押さえるよう求める公文書だった——こうした場面は、専任人事のいない中小企業ほど対応に戸惑いがちです。「無視したらどうなるのか」「いくら引けばいいのか」「本人にどう伝えるのか」。判断しなければならないことが一気に押し寄せてきます。この記事では、給与差し押さえ通知が届いてから毎月の送金管理まで、会社側がやるべき対応を順を追って整理します。
届いた書類の「種類」をまず確認する
給与差し押さえの通知は、送り元によって手続きの内容と期限が異なります。最初にやることは、書類が「裁判所系」か「税・自治体系」かを見極めることです。
裁判所から届く「債権差押命令」
民事執行法に基づく差し押さえで、裁判所が「第三債務者(=会社)」に送付します。この書類が届いた会社には、2週間以内に「陳述書」を裁判所へ返送する義務があります(民事執行法第147条)。陳述書には「対象社員が在籍しているか」「給与はいくらか」「すでに他の差し押さえがあるか」などを記入します。期限を守らないと損害賠償リスクが生じるため、受け取ったらすぐに期限を確認してください。
税務署・自治体から届く「給与差押通知書」
国税や地方税の滞納に対して、国税徴収法または地方税法に基づいて発行されます。裁判所系と異なり、陳述書の返送義務はありませんが、通知に記載された金額・期日に従って控除・送金を行う義務があります。書類の形式や送金先が税務署・自治体ごとに異なるため、不明な点は発行元に直接確認するのが確実です。
どちらか判断できないときは
書類の左上や差出人欄に「○○地方裁判所」とあれば裁判所系、「○○税務署長」「○○市長」などとあれば税・自治体系です。判断に迷う場合は、書類に記載された問い合わせ先に電話して確認することを優先してください。間違った対応をするよりも、確認してから動く方が安全です。
差し押さえ可能な金額の計算方法
差し押さえできる金額には法律で上限が定められており、計算の基礎は「額面」ではなく「手取り額(税・社会保険料控除後)」です。この点を間違えると、引きすぎ・少なすぎのどちらにも転びます。
基本の計算ルール(民事執行法ベース)
民事執行法第152条では、給与の4分の3が「差し押さえ禁止額」として社員に保護されています。つまり、会社が差し押さえできるのは手取り額の4分の1が上限です。ただし、手取り額が高い場合は別の計算式が適用されます。
| 手取り額の水準 | 差し押さえ可能額 |
|---|---|
| 手取り額の4分の1が33万円以下の場合 | 手取り額 × 1/4 |
| 手取り額の4分の1が33万円を超える場合 | 手取り額 − 33万円 |
| 養育費・婚姻費用が対象の場合(特例) | 手取り額 × 1/2まで可能(民事執行法第152条第2項) |
たとえば手取り額が24万円の社員であれば、差し押さえ可能額は24万円 × 1/4 = 6万円です。手取りが150万円の場合は150万円 − 33万円 = 117万円が上限になります。
「手取り額」に何を含めるか
計算の基礎となる「手取り額」は、基本給・各種手当・時間外手当など定期的に支払われる賃金から、所得税・住民税・社会保険料(健康保険・厚生年金・雇用保険)を差し引いた金額です。通勤手当については、差し押さえ命令の記載内容によって扱いが異なるケースがあるため、書類をよく確認してください。賞与については、差し押さえ命令に賞与が対象として明記されている場合のみ控除が必要です。
国税徴収法ベースの計算との違い
税・自治体系の差し押さえには国税徴収法第76条が適用され、「生活に必要な最低限度額」として一定額が保護されます。計算方法は民事執行法とやや異なりますが、保護される金額の水準は概ね近いです。正確な控除額は通知書に記載されている場合も多いため、記載がある場合はそれに従い、記載がなければ発行元に確認するのが最も安全です。
計算に不安がある場合や、複雑な事例に直面した場合は、無理に判断せず専門家に相談することをお勧めします。
会社が果たすべき法的義務
給与差し押さえ通知は、会社が「第三債務者」として法的に拘束される書類です。無視・拒否は認められず、義務を果たさない場合は損害賠償責任を負うリスクがあります。
裁判所系で発生する「陳述義務」
債権差押命令が届いた会社は、到達から原則2週間以内に陳述書を裁判所へ返送しなければなりません(民事執行法第147条)。陳述書の書式は通常、差し押さえ命令と一緒に同封されています。「社員が在籍している」「給与がいくらある」「他に差し押さえはない」などを正確に記入して返送します。記入内容に虚偽があった場合も法的責任が生じます。
控除額の送金先と方法
差し押さえた給与の控除額は、裁判所系であれば申立人(債権者)の指定口座に送金するか、法務局に供託します。送金方法・口座は差し押さえ命令や別途の指示書に記載されています。税・自治体系は通知書に記載された口座・納付書を使って送金します。送金記録は必ず保管しておいてください。万一トラブルになったときの証拠になります。
継続管理の仕組みを作る
給与差し押さえは、債務が完済されるか取下げ通知が届くまで毎月継続します。担当者が変わっても対応が途切れないよう、対象社員名・控除額・送金先・開始月・終了条件を一覧で記録し、給与計算のチェックリストに組み込んでおくことを推奨します。完済・取下げの通知が届いたら、その月の給与から控除を止めます。勝手に止めることはできません。
本人への伝え方と情報管理
本人への通知は法律上の義務ではありませんが、事前に伝えず給与明細を渡すと、本人が驚いてトラブルになるケースが少なくありません。実務上は、控除を開始する前に事実を伝えることを強く推奨します。
本人への伝え方の基本姿勢
伝えるのはあくまでも「会社に通知が届いたこと」と「法律に基づいて給与から控除が発生すること」の事実です。債務の内容や金額の背景について詮索したり、コメントしたりする必要はありません。面談形式で伝える場合は、個室で、人事担当者または経営者が1対1で行うのが基本です。「裁判所(または税務署)から通知が届き、法律上の義務として対応します」と事務的に伝えることで、感情的な衝突を避けやすくなります。
情報管理の範囲を明確にする
給与差し押さえの情報は、給与計算に関わる担当者・経理・経営者など「知る必要がある人」だけに限定してください。他の社員への口外は、プライバシー侵害として問題になりえます。人事ファイルへの記録は「差し押さえ命令写し・陳述書控え・送金記録」をセットで保管し、鍵のかかる場所や閲覧制限のあるフォルダで管理します。記録を残しておくことは、後日のトラブル対応にも役立ちます。
本人が感情的に反応したときの対処
「なぜ会社がこんなことをするのか」と反発される場合がありますが、会社は法律上の義務として対応しているにすぎません。「法的な命令に従っているだけで、会社として選択できる余地はありません」と冷静に説明し、感情論には踏み込まないことが大切です。もし本人が「差し押さえは不当だ」と主張する場合は、対象の裁判所や税務署に直接異議を申し立てるよう案内してください。会社はその判断に関与できません。
対応フロー全体の整理
給与差し押さえへの対応は、書類確認から毎月の送金管理まで、複数のステップを継続して行う必要があります。全体の流れを把握しておくことで、抜け漏れを防げます。
初動から控除開始まで
書類が届いたら、まず差出人を確認して裁判所系・税自治体系を判別します。裁判所系であれば同封の陳述書に必要事項を記入し、2週間以内に返送します。次に、対象社員の当月の手取り額を確認し、法定の計算式に従って控除可能額を算出します。本人への通知は控除開始前に行い、翌月の給与から控除を開始します。給与明細には「給与差し押さえ控除」などの名目で記載します。
毎月の継続管理と終了確認
控除した金額は当月中に指定口座へ送金し、送金記録を保管します。手取り額は月によって残業代や欠勤控除で変動するため、毎月控除額を再計算することが必要です。完済・取下げの通知が届いたら控除を停止します。通知が届く前に勝手に止めることはできません。終了後は関連書類を一定期間保管してください(労働関係書類の保存期間は原則5年)。
まとめ
給与差し押さえ通知が届いたら、まず書類の発行元を確認して「裁判所系」か「税・自治体系」かを判別し、裁判所系であれば2週間以内に陳述書を返送します。控除額は手取り額を基準に法律で定められた上限を超えないよう計算し、控除前に本人へ事実を伝えることを推奨します。差し押さえは完済・取下げ通知が届くまで毎月継続するため、送金記録と管理台帳を整備しておくことが重要です。
「書類が届いたが何から手をつければいいかわからない」「計算の仕方に自信がない」「本人への伝え方で悩んでいる」——そのような場合、人事対応を一人で抱え込む必要はありません。ウェルセンス株式会社では、給与差し押さえへの対応を含めた人事・労務の実務的課題について、専任人事がいない環境でも安心して進められるようサポートしています。
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