従業員の家族から給与明細を求められたら

従業員の家族から給与明細を求められたら コンプライアンス
Photo by https://kaboompics.com/ on Pexels

「御社の〇〇さんの給与明細を送ってもらえませんか。妻(夫)なんですが」——ある日突然、こんな電話がかかってきたとき、あなたはどう対応しますか。家族からの問い合わせだと聞くと、断るのが失礼な気がして、つい応じてしまいそうになるかもしれません。しかし、この対応を誤ると、会社が個人情報保護法違反を問われたり、従業員本人からプライバシー侵害として損害賠償請求を受けるリスクがあります。本記事では、法的根拠とともに、担当者がその場で使える具体的な対応フレーズまでを解説します。

家族からの給与明細請求、原則として開示できない

結論から言えば、従業員の家族から給与明細の開示を求められても、原則として応じることはできません。これは会社の意思ではなく、個人情報保護法に基づくルールです。

給与情報は「個人情報」にあたる

給与明細に記載されている基本給・各種手当・控除額・振込額などの情報は、特定の個人を識別できる「個人情報」(個人情報の保護に関する法律第2条第1項)に該当します。会社は「個人情報取扱事業者」として、この情報を適切に管理する法的義務を負っています。

配偶者や親でも「第三者」にあたる

個人情報保護法第27条第1項は、本人の同意なく第三者に個人情報を提供することを原則として禁止しています。ここで重要なのは、配偶者・親・子であっても、法律上は「第三者」として扱われるという点です。「夫婦は一体だから」「親なんだから当然」という感覚的な判断で開示すると、法令違反になります。

例外規定は、家族への任意開示にはほぼ当てはまらない

個人情報保護法第27条第1項各号には、同意なしに第三者提供が許される例外が定められています。しかし、「法令に基づく場合」「人の生命・身体・財産の保護のために必要で、本人の同意を得ることが困難な場合」などの例外は、家族からの日常的な問い合わせには該当しません。裁判所から給与の差押命令(民事執行法に基づく)が届いた場合は別途対応が必要ですが、それは家族からの任意の問い合わせとは明確に異なります。

「本人が同意している」と家族が言う場合の対処法

電話口で「本人から頼まれた」「夫(妻)は開示してよいと言っている」と主張される場面があります。この場合も、家族の言葉だけで開示するのは不十分です。会社は必ず本人に直接確認する必要があります。

本人確認は直接・書面で行う

電話口での本人確認は、なりすましや偽称のリスクがあるため、信頼性が低いと判断されます。本人(従業員)へのメールまたは書面で「○○さん(家族)に給与明細を提供することに同意しますか」と意思確認し、明確な返答を得ることが必要です。口頭確認の場合でも、その記録を残しておくことが望ましいです。

同意が確認できれば開示は可能

本人から書面またはメールなど明確な形での同意が得られれば、家族への提供は個人情報保護法上、問題ありません。ただし、同意の範囲(何の情報を、誰に、どこまで提供するか)を明確にした上で対応してください。「給与明細全体」を提供するのか、「特定月の支給総額のみ」なのかによっても、情報の取り扱い方が変わります。

休職中で本人と連絡が取れない場合

従業員がメンタルヘルス不調などで休職中であり、本人と直接連絡が取れない状況で家族から問い合わせが来るケースがあります。この場合も、本人の同意を確認できない限り、原則として開示できません。ただし、本人が意識を失っているなど、生命・身体に重大な危機が生じているような緊急性の高い状況では、例外的な判断が求められる場合もあります。判断に迷う場合は、社会保険労務士や弁護士など専門家に確認することをお勧めします。

会社が開示した場合・断った場合のリスク比較

開示するリスクと断るリスクを正しく把握しておくことが、担当者が自信を持って対応するための土台になります。結論として、根拠なく開示した場合のリスクは断った場合のリスクをはるかに上回ります。

対応 リスク・注意点
同意なく家族に開示した場合 個人情報保護法違反/本人から不法行為(民法第709条・第710条)による損害賠償請求を受ける可能性/社内の信頼失墜
法的根拠を示して断った場合 家族が不満を示すことはあるが、法令に従った正当な対応であるため会社の責任は問われない
本人の書面同意を確認した上で開示した場合 適法な対応。同意の記録を保管しておくことが重要

特に注意が必要なのは、背景に夫婦間の不和・DV・財産隠しなどが絡んでいるケースです。会社には見えない事情があり、善意で開示した結果が、従業員本人の不利益につながることがあります。

担当者がその場で使える対応フレーズ

法律上の原則を理解していても、電話口で感情的になっている相手に対して、どう言葉にすればよいかが難しいと感じる方は多いです。以下のフレーズを参考にしてください。

基本的な断り方

「ご連絡いただきありがとうございます。誠に恐れ入りますが、給与に関する情報は個人情報保護法に基づき、ご本人の同意なく第三者の方にお伝えすることができない規定となっております。これは会社のルールというより、法律上の義務となっておりますので、どうかご理解をいただけますと幸いです。」

「法律上のルール」であることを明示することで、担当者個人の判断や会社の恣意的な対応ではないことが伝わりやすくなります。

「本人が同意していると言っている」と主張された場合

「ご本人様のご意向を確認させていただく必要がございますので、一度ご本人様から直接ご連絡をいただけますでしょうか。確認が取れましたら、適切にご対応させていただきます。」

この対応により、本人確認のプロセスを経ずに開示するリスクを回避できます。

給与以外の情報を同時に求められた場合

給与明細に限らず、在籍の有無・雇用形態・勤怠状況・有給休暇残日数なども個人情報です。「同様の理由により、雇用に関する情報についても、ご本人の同意なしにはお伝えすることができません」と一貫した説明ができます。問い合わせの内容に関わらず、「本人の同意があるかどうか」が判断の基準になります。

中小企業が今すぐ整備しておくべき社内対応

20〜50名規模の会社では、個人情報取扱規程が整備されていないケースが多く、担当者がその場の判断で対応せざるを得ない状況が生まれやすいです。今後のリスクを減らすために、以下の点を確認・整備しておくことをお勧めします。

個人情報取扱規程の有無を確認する

就業規則とは別に、個人情報の取り扱いに関する社内規程(個人情報取扱規程)が存在するかどうかを確認してください。規程がある場合は、「第三者への情報提供手続き」に関する条項に従った対応が必要です。規程がない場合は、個人情報保護法の原則に立ち返って判断することになります。規程の整備は、社会保険労務士や弁護士に相談しながら進めることをお勧めします。

対応窓口と判断権限を明確にしておく

専任人事がいない会社では、経理担当者や総務兼務の方が突然この種の問い合わせを受けることがあります。「このような問い合わせが来た場合、誰が判断し、どのように回答するか」を事前に決めておくだけで、現場担当者の心理的負担と誤対応のリスクを大幅に減らすことができます。

休職者への対応フローを別途設ける

メンタルヘルス不調による休職者がいる会社では、「休職中の従業員の家族からの問い合わせ」という場面が起きやすいです。休職開始時に、本人と「家族への情報提供の範囲」を書面で確認しておくことが理想的です。事前に同意の範囲を明確にしておけば、いざという場面での対応がスムーズになります。

まとめ

従業員の家族から給与明細を求められた場合、配偶者・親・子であっても法律上は「第三者」にあたるため、本人の同意なく開示することは個人情報保護法第27条第1項に違反します。断ることは法令に従った正当な対応であり、担当者が責任を問われることはありません。一方で、開示してしまった場合は、本人から不法行為による損害賠償を請求されるリスクがあります。対応の基本は「本人の書面・メールによる同意があるかどうか」の一点です。また、休職中の従業員の家族からの問い合わせや、在籍確認・勤怠情報の開示要求も同じ原則で判断できます。

こうした対応を担当者が一人で抱えるのは、専任人事のいない会社では特に負担が大きいものです。「給与情報の開示トラブル」「休職中の情報管理」「個人情報取扱規程の整備」など、人事労務まわりの対応に不安を感じている場合は、ウェルセンス株式会社までお気軽にご相談ください。貴社の規模や状況に合わせて、実務に即したアドバイスを提供しています。

よくある質問

Q. 従業員の配偶者から「生活費のために給与総額だけ教えてほしい」と言われました。金額だけなら教えてもよいですか?

A. 給与総額も個人情報にあたるため、本人の同意なく配偶者に伝えることはできません。「金額だけ」であっても原則は変わりません。本人に直接メールや書面で確認を取り、同意が得られた場合にのみ対応してください。

Q. 裁判所から給与の差押命令が届きました。この場合も家族への開示と同じ対応ですか?

A. 異なります。裁判所からの差押命令(民事執行法に基づく)は「法令に基づく場合」にあたるため、個人情報保護法第27条第1項の例外として対応義務が発生します。命令書の内容をよく確認し、不明点は弁護士や社会保険労務士に相談した上で対応してください。家族からの任意の問い合わせとは明確に区別して判断する必要があります。

Q. 断ったことで従業員本人が「会社が妨害した」と怒ってきた場合、どう説明すればよいですか?

A. 「個人情報保護法第27条に基づき、ご本人の同意なく第三者にお伝えすることが法律上できない規定となっています。もしご家族への提供を希望される場合は、ご本人からの同意確認を書面またはメールでいただければ、速やかに対応いたします」と説明してください。会社の恣意的な判断ではなく法律上のルールであることを明示することで、本人の理解を得やすくなります。

Q. 個人情報取扱規程がない場合、どのように対応を判断すればよいですか?

A. 規程がない場合でも、個人情報保護法の原則(本人同意なしの第三者提供の禁止)がそのまま適用されます。社内規程がないことで「特別な判断ができる」わけではありません。むしろ、規程がない状態は担当者が判断に迷うリスクを高めるため、社会保険労務士などに相談して早めに整備することをお勧めします。

Q. 休職中の従業員の親から「給与はどうなっているか、傷病手当金の金額を教えてほしい」と連絡が来ました。どう対応すればよいですか?

A. 休職中であっても原則は同じで、本人の同意なく親に情報提供することはできません。本人と連絡が取れる状態であれば、メールや書面で意向を確認してください。なお、傷病手当金は健康保険から支給されるものであり、申請・受給の手続きは原則として本人または委任を受けた代理人が行います。連絡が困難な状況が続く場合は、産業医や支援機関と連携しながら対応を検討することをお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

詳しく見る →

タイトルとURLをコピーしました