「内定者のSNSを見たら、過去に炎上した投稿が出てきた……」。採用担当者や経営者がそんな場面に直面したとき、まず頭をよぎるのは「内定を取り消せるか」という問いではないでしょうか。しかし同時に、「SNSを調べたこと自体が問題にならないか」「取り消したら訴えられないか」という不安も湧いてきます。本記事では、SNS調査の法的グレーゾーンから内定取り消しの要件、入社後の対処法まで、実務的な視点で整理します。
SNSを調べること自体は違法か
結論から言えば、採用選考中や内定後に候補者のSNSを閲覧すること自体を明示的に禁じる法律は現時点では存在しません。ただし、複数の法令・行政指針に抵触するリスクがあり、「法律に書いていないからOK」とは言えない状況です。
個人情報保護法との関係
SNS上の氏名・顔写真・投稿内容は「個人情報」に該当しうる情報です。個人情報保護法は、個人情報を取得する際には利用目的を特定・通知し、その目的の範囲内でのみ利用することを求めています。採用選考という目的を超えて、入社後の監視や第三者への提供に使った場合は法令違反となります。また、閲覧した情報を記録・保管するのであれば、個人情報の適正管理義務も生じます。
職業安定法と公正採用選考の問題
職業安定法第5条の4は、求人・求職の条件として人種・民族・社会的身分・思想信条等を理由とした差別的取扱いを禁じています。SNS調査を通じて候補者の宗教・政治信条・出身地などが判明し、それが選考判断に影響した場合、この規定に抵触するリスクがあります。厚生労働省の公正採用選考指針も、「応募者の能力・適性と関係のない事項を選考に使わない」ことを求めており、SNS情報の取り扱いには慎重さが必要です。
外部調査会社(バックグラウンドチェック)の利用
調査会社に依頼すること自体は一般に行われていますが、「本人の同意なく、知らせずに行う調査」は法的リスクが高い行為です。利用する場合は、採用応募書類や内定承諾書に「バックグラウンドチェックを実施することがある」と明記し、本人の同意を取得することが最低限のルールです。収集した情報は採用判断の目的にのみ使用し、目的外利用をしない体制を整えることが求められます。
内定取り消しは「解雇」に準じる重い行為
内定を取り消すことは、「気に入らないから断る」という感覚で行える行為ではありません。法的には、内定承諾の時点で労働契約が成立しており、取り消しは解雇に準じる扱いになります。
内定の法的性質を理解する
1979年の最高裁判決(大日本印刷事件)で示されたとおり、内定は「始期付解約権留保付労働契約」です。簡単に言えば、「入社日を始まりとし、一定の条件が満たされた場合に会社側が解約できる権利を留保した労働契約」のことです。この契約はすでに成立しているため、会社の都合や感情的判断で一方的に取り消すことは許されません。
内定取り消しが有効となる3つの要件
判例・通説上、内定取り消しが有効と認められるには、以下の3点をすべて満たす必要があります。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 事後的な事実の判明 | 内定時点では知ることができなかった事実が、その後に明らかになったこと |
| 客観的な重大性 | その事実を選考時に知っていれば採用しなかったと、客観的に認められる程度のものであること |
| 社会通念上の相当性 | 取り消しという手段が、社会一般の感覚として相当と認められること |
SNS投稿で内定取り消しが認められるラインとは
「炎上したことがある」「口が悪い投稿がある」という程度では、上記の要件を満たすことは困難です。内定取り消しの根拠として機能しうるSNS投稿は、具体的には以下のような内容に限られます。
- 採用予定の職務に直接関わる重大な不正・違法行為の投稿(例:前職での横領告白、資格詐称の示唆)
- 自社または自社顧客への誹謗中傷・守秘義務違反に該当する内容
- 差別的・暴力的な内容で、継続的かつ労働契約上の信頼関係を著しく損なうもの
単なる「炎上経験」や「個人的な失言」を理由に取り消しを行うと、内定者から損害賠償請求を起こされるリスクがあります。感情的な判断は禁物です。
内定取り消しを行う場合の手続き
仮に要件を満たす事実が判明し、取り消しを決断した場合でも、手続き上の要件を守らなければ後のトラブルを招きます。
内定者への対応
取り消しを行う際は、内定者に対して取り消しの理由を明確に伝えることが必要です。「なんとなく不安になったから」という曖昧な説明は許されません。また、内定者が就職活動を再開できるよう、充分な猶予期間を設けることも求められます。突然「明日から来なくていい」という対応は、損害賠償リスクが高まります。
ハローワークへの届出義務
労働施策総合推進法(旧・雇用対策法)の改正(2020年施行)により、一定の要件を満たす内定取り消しを行った場合、ハローワーク(公共職業安定所)への届出義務が生じます。届出を怠ると、会社名の公表といった行政上の対応を受ける可能性があります。取り消しを決断する前に、この手続きが必要かどうかを確認しておく必要があります。
内定取り消しをしない場合の入社後リスク管理
問題投稿を発見しても取り消しの要件を満たさない場合、あるいは判断を保留した場合、入社後のリスクをいかに管理するかが重要になります。事前の整備がトラブル発生時の対応力を大きく左右します。
SNSポリシーと誓約書の整備
入社前または入社時に、会社のSNS利用規程と守秘義務誓約書を締結することが有効です。「個人のSNSであっても、会社や取引先に関する情報を無断で投稿しない」「差別的・暴力的な投稿を行わない」といった内容を明文化することで、入社後のルール違反に対して懲戒処分や損害賠償請求の根拠を持つことができます。就業規則がない企業(常時10名未満の場合は作成義務なし)でも、誓約書単独での整備は可能です。
就業規則の懲戒規定への明文化
常時10名以上の従業員を雇用する企業では就業規則の作成・届出が義務付けられています。就業規則の懲戒規定に「会社の名誉・信用を傷つけるSNS投稿」「職場秩序を乱す情報発信」などを明示しておくことで、入社後に問題投稿が発覚・継続した場合に懲戒処分の根拠となります。既存の就業規則にこうした条文がない場合は、早期に見直しを検討してください。
試用期間中の対応
入社後、試用期間中に問題が顕在化した場合には、本採用拒否という手段があります。試用期間終了時の本採用拒否は通常の解雇よりもやや広い範囲で認められますが、労働契約法第16条の「客観的合理的理由と社会通念上の相当性」は依然として必要です。SNS投稿だけを理由に本採用を拒否する場合も、投稿が業務上の問題として具体的に顕れていることを記録しておくことが重要です。
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採用フローに組み込むべき予防策
問題投稿への対処は「発見してから考える」ではなく、採用プロセスにあらかじめルールを組み込んでおくことが根本的な対策です。事後の対応コストを大幅に減らせます。
応募書類・面接でのSNS調査ルールの整備
内定者のSNSを閲覧する場合は、どの段階で・どんな目的で・何を確認するかを社内ルールとして文書化することをお勧めします。「採用担当者が個人的に検索する」という曖昧な運用は、後から「差別的選考だった」と主張された際に反論できません。確認する内容は「職務遂行能力や会社への重大なリスクに関わる事項」に絞り、宗教・家族構成・出身地などのプライバシー情報を選考判断に使わない旨を明記しておきましょう。
内定承諾時に同意事項を明確にする
内定承諾書に「バックグラウンドチェックを実施する場合がある」「SNS等のオープン情報を参照する場合がある」といった記載を加えることで、調査の透明性を担保できます。また、「入社前に重大な事実の虚偽・秘匿が判明した場合は内定を取り消す場合がある」という条項を明記することで、取り消し時の根拠を強化できます。
まとめ
内定者のSNSを調べること自体は現行法で明示的に禁止されていませんが、個人情報保護法・職業安定法・公正採用選考の観点から複数のリスクが伴います。内定取り消しは解雇に準じる行為であり、「炎上経験がある」「投稿が気になる」という感覚だけでは有効な根拠になりません。取り消しが難しい場合でも、SNSポリシーの整備・就業規則の見直し・誓約書の締結といった予防策を講じることで、入社後のリスクを管理することができます。
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