「内定を出した後に、応募者の犯罪歴が発覚した。取り消してもいいのか、それとも取り消したら逆に訴えられるのか——」専任の人事担当者がいない中小企業では、こうした判断を経営者や兼務担当者が一人で抱え込むことになります。焦りながらネットを検索しても、法律用語ばかりで結局どう動けばいいのかわからない、という状況はよくあることです。この記事では、犯罪歴が発覚した場合の内定取り消しの合法性・要件・手順を、中小企業の実務目線でわかりやすく整理します。
内定取り消しは「解雇」と同じ扱いになる
採用内定は「ただの約束」ではなく、法的には労働契約が成立した状態です。そのため、内定取り消しは解雇に準じた厳格な扱いを受けます。この前提を知らずに動くと、大きなトラブルに発展する可能性があります。
内定の法的性質とは
最高裁判所は昭和54年の大日本印刷事件判決において、「採用内定通知により解約権留保付き労働契約が成立する」という解釈を確立しています。つまり内定を出した時点で、会社と内定者の間には労働契約が発生しているのです。内定取り消しはその契約を解除する行為であり、解雇と実質的に同じ法的リスクを伴うことを理解しておく必要があります。
「留保解約権」の行使に必要な条件
採用内定には「一定の事由が生じた場合に会社側が契約を解除できる権利(留保解約権)」が含まれています。ただし、この権利は無条件には行使できません。大日本印刷事件の最高裁基準によれば、内定取り消しが適法と認められるには次の二つの要件を満たす必要があります。
- 採用内定当時、知ることができず、かつ知ることが期待できなかった事実であること
- その事実に基づいて内定を取り消すことが、客観的に合理的で社会通念上相当であること
犯罪歴が「内定当時に知れなかった事実」であっても、それだけでは足りません。業務との関連性・犯罪の重大性・経過年数など、総合的な判断が必要です。
採用選考で犯罪歴を調査することは合法か
犯罪歴の調査そのものは、方法と範囲を誤ると違法になる可能性があります。「調べる行為」が適法かどうかを先に確認することが、後のトラブルを防ぐうえで欠かせません。
犯罪歴は「要配慮個人情報」にあたる
個人情報保護法第2条第3項は、「要配慮個人情報」として本人に対する不当な差別・偏見が生じうる情報を特別に保護しています。犯罪歴に関する情報はこれに該当する可能性が高く、本人の同意なく取得することには慎重な対応が求められます。また、職業安定法第5条の4が定める指針では、採用選考で収集できる個人情報は「業務の目的達成に必要な範囲」に限定されると明記されています。
警察照会・公的機関への照会は企業にはできない
「警察に前科を照会すれば確認できるのでは」と考える方もいますが、前科照会を行政機関に依頼できるのは法令上の権限を持つ公的機関に限られます。一般企業がこれを行うことは認められていません。採用担当者が独自に警察や公的データベースへ照会しようとすることは、そもそも法的に不可能であることを理解しておく必要があります。
バックグラウンドチェック業者への委託に関する注意点
外部のバックグラウンドチェック会社を利用する場合でも、個人情報保護法上の委託元としての責任は企業側が負います。業者が行う調査が、公開情報の範囲内に収まっているか、本人の同意を取得しているかを必ず確認してください。「業者に任せたから問題ない」とはなりません。厚生労働省の「公正な採用選考の基本」においても、本人の適性・能力と関係のない事項の収集は不適切とされており、犯罪歴を一律に調査する行為はこの観点から問題になりやすいです。
犯罪歴の「内容」によって判断が変わる
犯罪歴があれば一律に内定取り消しできる、というのは誤解です。犯罪の種類・重大性・業務との関連性を個別に評価することが、適法な対応の前提になります。
業務関連性が最も重要な判断軸
たとえば、現金を扱う経理担当として採用予定の人に横領や詐欺の前歴があるケースと、社内の庶務担当として採用予定の人に軽微な交通違反歴があるケースでは、業務上のリスクがまったく異なります。内定取り消しの「合理的理由」として認められやすいのは、採用予定の職務と犯罪の内容に明確な関連性がある場合です。
判断に使える五つの軸
具体的な判断材料として、以下の観点を総合的に検討することが求められます。
| 判断軸 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 犯罪の内容と業務の関連性 | 採用予定の職務において同種のリスクが生じるか |
| 犯罪の重大性・再犯性 | 刑事罰の内容(有罪・起訴猶予・不起訴)、複数回かどうか |
| 刑事手続の結果 | 有罪判決・執行猶予中・服役済みなどの状況 |
| 経過年数・更生状況 | 発生からの時間、その後の生活状況 |
| 申告義務違反の有無 | 誓約書等で申告を求めていたにもかかわらず虚偽申告をしたか |
「申告義務違反」があると取り消しの正当性が高まる
採用時に「業務に支障をきたす犯罪歴については申告すること」を誓約書等で明確に求めていた場合、それを隠して申告しなかったという事実が加わります。この「虚偽申告・不実告知」は、内定取り消しの合理的理由として認められやすい事由の一つです。逆にいえば、申告義務を書面で設計しておくことが、企業側のリスク管理において非常に重要な意味を持ちます。
誓約書・申告書の設計で事前リスクを下げる
採用時の書類設計は、後のトラブルを防ぐための最も有効な予防策です。ひな形をそのまま流用している場合、必要な記載が漏れている可能性があります。
申告書に盛り込むべき内容
「業務に支障をきたす犯罪歴・刑事罰がある場合は申告すること」「虚偽申告があった場合は内定取り消し・入社後であれば解雇事由になること」を明文化し、内定者の署名・捺印を取ることが基本です。ただし、調査・申告を求める犯罪の種類や期間の範囲は、業務関連性に即して設定する必要があります。すべての犯罪歴を無制限に申告させようとすると、プライバシー侵害・差別的取り扱いとして問題になるリスクがあります。
就業規則との連動も確認する
就業規則がある企業では、内定取り消し・採用取り消しの事由として「採用選考時の虚偽申告」が明記されているかを確認してください。就業規則と採用書類の内容が矛盾していると、いざというときに効力が弱まります。就業規則がない、または最終改定から年数が経っている場合は、この機会に社労士に点検を依頼することを強くおすすめします。
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内定取り消しを実行する際の手順と記録
取り消しを行う際は、手順と記録が適切でないと後日の紛争リスクが高まります。口頭だけで済ませることは避けてください。
内定取り消し通知に必要な要素
まず内定者本人に事実確認の機会を設けることが先決です。一方的に通知する前に、発覚した事実について本人の説明を聴く場を設けることが、手続きの公正性を担保します。その後、取り消しを判断した場合は書面で通知します。通知書には、取り消しの理由・通知日・会社の担当者名を明記します。口頭で伝えた場合でも、その内容・日時・場所・本人の反応を社内記録として文書化してください。
記録化すべき情報の一覧
- 犯罪歴が発覚した経緯と日時
- 本人への事実確認の記録(発言内容・日時・対応者)
- 内定取り消しを判断した理由と根拠
- 取り消し通知の内容・送付方法・送付日
- 本人の反応・申し出があった場合の対応内容
内定時期によって対応の重みが変わる
内定通知直後と入社直前では、内定者が被る不利益の大きさが異なります。入社が近づくほど、内定者は退職や引越しなどの準備を進めているケースが多く、損害賠償請求のリスクも高まります。発覚のタイミングが入社直前であるほど、法的アドバイスを早急に受けることを検討してください。企業規模にかかわらず、こうした場面では社労士・弁護士への相談が実務上の判断基準になります。
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まとめ
内定者の犯罪歴が発覚した場合の内定取り消しは、「犯罪歴があれば当然できる」ものではありません。採用内定は法的に労働契約の成立と解されるため、取り消しには客観的な合理的理由と社会通念上の相当性が必要です。判断には、犯罪の内容・業務関連性・申告義務違反の有無など複数の軸を使った総合評価が求められます。また、バックグラウンドチェックの方法・採用時の誓約書設計・取り消し通知の手順と記録が、後日の紛争リスクを大きく左右します。
専任人事がいない環境で、これらを一人で正確に判断するのは簡単ではありません。「うちのケースはどう判断すればいいか」という具体的なお悩みがあれば、ウェルセンス株式会社までお気軽にお問い合わせください。採用・労務まわりの判断でお困りの経営者・人事担当者からのご相談をお受けしています。
よくある質問
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