傷病手当金の不正受給、会社はどこまで確認できる?

傷病手当金の不正受給、会社はどこまで確認できる? メンタルヘルス対応
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「休職中のはずなのに、SNSで旅行の写真を投稿している」「知人から、元気そうに歩いていたと聞いた」——そういった話が耳に入ったとき、経営者や人事担当者の頭に浮かぶのは「傷病手当金の不正受給では?」という疑念ではないでしょうか。しかし、何をどこまで確認してよいのか、どう動けば逆にトラブルにならないのか、判断の軸がなくて困っている方が多いのが実情です。この記事では、会社が合法的に取れる確認手段と傷病手当金の不正受給対応における限界を、実務の観点から整理します。

傷病手当金の仕組みと会社の立ち位置

傷病手当金は、会社ではなく健康保険(協会けんぽまたは健康保険組合)から支給される給付です。会社は「支給するかどうか」を決める立場になく、申請プロセスの一部に関与するにとどまります。この基本構造を押さえておくことが、適切な対応の第一歩です。

誰が・誰に・何を支給するのか

傷病手当金は、業務外の病気やケガで働けなくなった健康保険の被保険者に対して、保険者(協会けんぽ・健保組合)が支給します。支給額はおおむね標準報酬日額の3分の2で、最長1年6か月が上限です。会社が直接お金を動かすわけではなく、あくまで保険制度の給付です。

申請書における会社の役割

傷病手当金の申請書には「事業主記載欄」があります。ここで会社が記載するのは、「労務不能であったと確認した期間」と「賃金の支払い状況」の2点です。この欄を正確に記載することが会社の義務であり、逆に言えば、会社の関与が制度上認められているのはこの範囲が中心です。知っている事実と異なる内容を証明することはできませんし、すべきでもありません。

「会社が止められる」は誤解

「申請書に証明しなければ傷病手当金を止められる」と考える方がいますが、これは誤解です。事業主記載欄の記載を拒否しても、傷病手当金の支給可否を最終的に判断するのは保険者です。証明欄の不備があっても、保険者が独自に確認して支給するケースがあります。むしろ正当な理由なく証明を拒否すると、労使トラブルの火種になりかねません。

会社が確認できない情報と法的な限界

傷病手当金の不正受給を疑わしく感じる場面は多いものの、会社が実際に確認できる範囲は制度上・法律上かなり限定されています。ここでは、その限界を明確にします。

レセプト情報は保険者だけが持つ

診療報酬明細書(レセプト)は、医療機関が保険者に提出する書類であり、保険者が管理します。事業主にはこの情報へのアクセス権限がありません。会社が独自に医療機関へ受診記録の照会を行うことは、個人情報保護法および医師の守秘義務の観点から認められません。「何科を受診しているか調べたい」という動機であっても、方法として取ることはできないのです。

主治医への照会も原則として本人同意が必要

主治医に対して「この社員の病状を教えてほしい」と問い合わせることも、本人が書面で同意(情報開示同意書への署名など)していない限り、医師は回答できません。休職規程に「会社が必要と判断した場合、主治医への照会に同意すること」を明記し、休職開始時に同意書を取得しておくことが実務上の対策になります。ただし、この同意取得自体を強制することには慎重であるべきです。

公開情報(SNS等)の参照は違法ではないが限界がある

本人が公開設定で投稿しているSNSの内容を会社が確認すること自体は、違法ではありません。しかしSNSの投稿だけをもって「不正受給だ」と断定し、懲戒処分や返納請求を行うことは困難です。投稿が「その日に撮影されたもの」かどうか、「就労に相当する活動をしていた」ことを証明できるかどうか、という証拠の質の問題があるからです。参考情報として記録しておくことには意味がありますが、それのみで動くことには法的リスクが伴います。

不正受給の疑いがある場合、会社が取れる合法的な手段

不正受給の疑いがある場合、会社が取れる最も適切な対応は、保険者(協会けんぽ・健保組合)への申告です。直接動こうとするよりも、権限のある機関に委ねることが、法的にも実務的にも正しい選択です。

保険者への疑義申告

健康保険法に基づき、保険者は被保険者の給付に関して調査する権限を持っています(健康保険法第60条等)。事業主は、不正受給が疑われる事実(具体的な情報、日時、内容など)を保険者に伝えることができます。保険者はその情報をもとに独自調査を行い、必要であれば支給停止・返還請求を行います。会社が「告発」するのではなく、「事実の申告」を行うというスタンスです。

申請書の事業主記載欄で事実と異なる場合の対応

申請書の事業主記載欄に記載する際、本人の申告内容と会社が把握している事実が食い違う場合は、「確認できない」「事実と異なる情報があるため証明できない旨」を記載することが可能です。虚偽の内容で証明する義務はありませんが、証明を一方的に拒否することとは異なります。記載の仕方に迷う場合は、社会保険労務士に確認しながら進めることをお勧めします。

就業規則に基づく定期報告の要求

休職規程に「月1回以上、療養状況を報告すること」「復職可否に関する主治医の診断書を提出すること」などを定めておけば、会社はそれを根拠に状況確認の連絡をすることが許容されます。この連絡はメールや郵便を原則とし、頻度・内容を記録しておくことが重要です。ただし連絡頻度が過多になると、精神疾患系の休職者に対してはハラスメントと判断されるリスクがあるため、月1回程度が目安です。

休職中の社員への連絡・確認、どこまでが許容範囲か

休職中の社員への関与には、許容される範囲と越えてはならない境界線があります。以下の表を参考に、自社の状況と照らし合わせてください。

確認手段 許容範囲 注意点
メール・郵便での定期連絡 休職規程に定めがあれば可。月1回程度が目安 頻度が多すぎるとハラスメントになるリスクあり
電話連絡 緊急時・生存確認として限定的に可 精神疾患の場合は特に慎重に。事前に連絡手段を合意しておくと良い
自宅訪問 原則として本人の同意なく行うことは推奨されない 精神疾患の場合はリスクが特に高い
主治医への照会 本人の書面による同意がある場合のみ可 同意書を休職開始時に取得しておく
SNS・公開情報の確認 公開情報の閲覧は違法ではない それだけで不正認定・処分は困難
保険証使用履歴の照会 不可 個人情報保護法・守秘義務により禁止

精神疾患の休職者への対応は特に慎重に

うつ病や適応障害などの精神疾患で休職している社員に対しては、過剰な連絡・確認行為が病状を悪化させ、会社の安全配慮義務違反として問われるリスクがあります。産業医がいる場合は産業医を通じたアプローチを、いない場合は社労士や外部の専門機関に相談しながら進めることが重要です。

連絡が取れなくなった場合の対応フロー

長期間連絡が取れない場合は、まずメール・郵便で連絡を試み、記録を残します。次に、緊急連絡先として届け出がある家族への確認(生存確認の目的に限定)が考えられます。いずれの場合も、行動の記録を残しておくことが後のトラブル回避に直結します。自宅への訪問は、家族への連絡でも状況が確認できない場合に限り、慎重に検討する手順が現実的です。

不正受給が確認された場合の会社の対応

仮に不正受給の事実が確認された場合でも、会社が取れる対応は就業規則の整備状況によって大きく変わります。規定がなければ、事実があっても処分できないというケースが実際に起きています。

懲戒処分・解雇のための前提条件

傷病手当金の不正受給は、就業規則に「不正行為」「虚偽申告」などの懲戒事由として明記されている場合に初めて、懲戒処分(戒告・降格・懲戒解雇等)の根拠となります。就業規則に該当条文がない場合は、懲戒処分を行うことが難しく、処分を行えば逆に不当解雇として訴えられるリスクがあります。今すぐ就業規則を確認してください。

傷病手当金の返納請求は保険者が行う

不正受給された傷病手当金の返納を請求する権限は保険者にあり、会社が直接社員に返納を求める法的根拠は通常ありません。会社に損害(たとえば健康保険料の増加など)が生じた場合は別途検討が必要ですが、まずは保険者への申告が先です。

証拠の収集と記録の重要性

不正受給の疑いがある段階から、日時・内容・情報源を記録しておくことが重要です。SNSのスクリーンショット(日時が確認できるもの)、第三者からの証言(書面で記録)、会社が把握する就労実態などを整理しておくことで、保険者への申告や、その後の労務対応の根拠となります。ただし、証拠収集の過程でプライバシー侵害に当たる行為は避けなければなりません。

不正受給リスクを減らすための事前の制度整備

不正受給への対応より効果的なのは、事前の制度整備です。休職に関するルールが明文化されていれば、不正のリスクを下げると同時に、万が一の際の対処もスムーズになります。

休職規程に盛り込むべき主な内容

  • 休職開始・終了の条件と手続き
  • 休職中の定期報告義務(頻度・方法)
  • 主治医情報の提供・照会に関する同意条項
  • 復職可否の判断基準と診断書提出の義務
  • 不正申告・虚偽申告を行った場合の懲戒規定
  • 休職期間満了時の扱い(自然退職・解雇等)

専任人事がいない会社ほど「仕組み」が重要

専任の人事担当者がいない中小企業では、問題が起きてから動こうとしても、判断を下せる人材も社内ルールも整っていないケースが少なくありません。逆に、就業規則と休職規程がきちんと整備されていれば、兼務担当者でも規定に沿って動くことができます。「規程を作るのが難しい」と感じる場合は、社会保険労務士や外部の人事支援サービスを活用することが現実的な選択です。

まとめ

傷病手当金の不正受給を会社が独自に追う手段は、制度上・法律上かなり限られています。保険証の使用履歴は確認できず、主治医への照会も本人同意なしでは不可、SNSの情報だけでは処分根拠にもなりません。会社が取れる最も適切な行動は、事業主記載欄を正確に記載すること、そして具体的な疑義がある場合は協会けんぽや健保組合へ申告することです。

そして、何より大切なのは「問題が起きてから動く」のではなく、休職規程と就業規則を整備し、休職開始時から適切なルールのもとで社員と関わり続けることです。

「うちの会社は規程があるか不安」「今まさに疑わしい案件を抱えている」という方は、一人で判断せず、専門家に相談することをお勧めします。ウェルセンス株式会社では、中小企業の人事・労務担当者が直面するこうした休職・復職に関わる判断を、実務に即した形でサポートしています。まずはお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 休職中の社員が別の会社でアルバイトしている疑いがあります。会社として確認する方法はありますか?

A. 会社が直接調査できる手段は限られます。ただし、就業規則や休職規程に「休職中の就労禁止」や「副業・兼業の申告義務」が明記されている場合、定期報告の連絡の中で状況を確認することはできます。具体的な疑いがある場合は、協会けんぽや健保組合に事実を申告し、保険者の調査に委ねることが適切な対応です。

Q. 傷病手当金の申請書の事業主欄に「確認できない」と書いてよいのですか?

A. はい、把握している事実と申告内容が食い違う場合や、事実を確認できない場合は、その旨を記載することは可能です。ただし、証明を一方的に拒否することとは異なります。記載内容に迷う場合は、社会保険労務士に相談しながら対応することをお勧めします。虚偽の証明を行うことは避けなければなりません。

Q. SNSで旅行写真を投稿している休職者を懲戒解雇することはできますか?

A. SNSの投稿だけで懲戒解雇を行うことは、現実的には困難です。投稿が「就労に相当する活動の証明」になるかどうか、病状との関係はどうか、就業規則に懲戒事由が明記されているかどうか、といった要素を総合的に判断する必要があります。証拠として記録しておくことは有意義ですが、単独の証拠として処分の根拠にするには不十分なケースが多く、専門家への相談を強くお勧めします。

Q. 休職規程がない場合、今から整備するとしてどれくらい時間がかかりますか?

A. 社会保険労務士に依頼した場合、ヒアリングから規程完成まで概ね1〜2か月程度が目安です。ただし、既存の就業規則の状態や会社の規模・業種によって異なります。進行中の休職案件がある場合は、並行して個別対応の方針も定めながら進める必要があります。早めに動くほど、次の問題が起きたときの対処がスムーズになります。

Q. 不正受給が確定した場合、会社は返納を求めることができますか?

A. 傷病手当金の返納請求権は保険者(協会けんぽ・健保組合)にあります。会社が直接社員に返納を求める法的根拠は、通常の状況では存在しません。会社が取るべき行動は、保険者への事実申告です。一方で、不正行為を就業規則上の懲戒事由として対応することは別途検討できます。いずれも専門家への相談が必要な場面です。

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【監修】ウェルセンス株式会社
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