PIPを使いたい中小企業の人事担当者へ:正しい進め方と注意点

PIPを使いたい中小企業の人事担当者へ:正しい進め方と注意点 組織運営
Photo by Lukas Blazek on Pexels

「何度注意しても改善しない社員に、PIPを使ってみようか」——会社の規模が小さいほど、一人のパフォーマンス問題が組織全体に影響します。しかし、いざ調べてみると「日本でPIPは法的に有効なのか」「目標設定をどうすればいいか」「後でトラブルにならないか」という疑問が次々と浮かぶのではないでしょうか。この記事では、中小企業の経営者・兼務人事担当者の方が、PIPを正しく・安全に運用できるよう、法的な位置づけから実務の手順、よくある落とし穴まで整理しました。

PIPとは何か、日本では何ができるのか

PIPはもともと米国の雇用慣行から生まれた人事ツールであり、日本の法律にPIPという制度は存在しません。ただし、「使用者が労働者に業務上の改善機会を与える指導手段」として、日本の雇用ルールの範囲内で活用することは可能です。

PIPの本来の意味と日本における立ち位置

PIP(Performance Improvement Plan)とは、業績や行動面で課題のある社員に対して、具体的な改善目標・期間・支援内容を文書で示し、改善を促すための計画書です。日本の労働基準法や労働契約法には「PIP」という用語は一切登場しません。しかし、業務指導や改善勧告そのものは使用者の権限の範囲内であり、それを文書化したPIPは「指導・改善機会の付与を記録した書面」として機能します。

解雇権濫用法理との関係

日本では、解雇は「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」を両方満たさなければ無効になります(労働契約法第16条)。つまり、PIPを実施しただけで解雇が正当化されるわけではありません。逆に言えば、PIPを適切に運用することで「会社として改善の機会を与えた」という記録が残り、万が一、後で解雇の相当性が問われたときに手続きの正当性を示す根拠になりえます。

能力不足解雇はハードルが高い

日本の裁判実務では、能力・パフォーマンス不足を理由とした解雇は容易には認められません。「採用時に期待した能力が著しく欠ける」「配置転換などで対応してもなお改善しない」「会社として指導・機会付与をしたが効果がなかった」という複数の条件が揃って初めて、解雇の合理性が認められやすくなります。PIPはそのプロセス記録の一部として位置づけるものです。

PIPを始める前に確認すべきこと

PIPを開始する前に、「過去の指導記録があるか」「就業規則は整っているか」「社員の健康状態に問題はないか」という三点を必ず確認してください。この準備が不十分なままPIPを導入しても、後のトラブルに対応できません。

過去の指導記録の有無を確認する

PIPは「これまでの指導に続く、正式な改善プロセス」として機能します。そのため、口頭注意のみで記録が何もない状態でPIPを通告すると、社員側から「突然そんな話は聞いていない」と反論されるリスクがあります。まず、過去に行った注意・指導について、日時・内容・対応者を可能な範囲で文書化しておきましょう。今後の面談・指導はすべてメールや議事録で記録を残すことが大前提です。

就業規則の整備状況を確認する

PIPを超えて懲戒処分(戒告・減給・降格など)を行う場合、その根拠は就業規則に明記されている必要があります(労働基準法第89条・第90条)。常時10人以上の従業員を雇用する事業場では就業規則の作成・届出が義務ですが、規模が小さい企業ではそもそも就業規則が未整備なケースも少なくありません。PIPを導入する前に、就業規則に「業務改善指導に関する条項」「懲戒事由と手続き」が記載されているかを確認してください。

社員の状況を把握する

問題の背景にメンタルヘルスの不調が隠れていることがあります。パフォーマンス低下が「意欲の問題」なのか「健康上の問題」なのかによって、対応の方向性は大きく異なります。産業医が選任されている企業(常時50人以上の事業場では義務)であれば産業医に相談できますが、50人未満の中小企業では独自の判断が難しいこともあります。面談を通じて本人の状態を把握することが、PIP開始前の重要なステップです。

PIPの正しい進め方と設定すべき内容

PIPは「何を・どの水準まで・いつまでに・どんな支援のもとで」という4点が揃って初めて有効な改善ツールになります。曖昧な目標設定は、後のトラブルの最大の原因です。

PIPに盛り込む項目

項目 ポイント
対象期間 一般に1〜3ヶ月。短すぎると「改善機会が不十分」と見なされるリスクがある
改善目標 「何を・どの水準まで・いつまでに」を測定可能な形で設定する
会社側の支援内容 面談・OJT・研修など、会社が提供するサポートを明記する
評価・確認方法 週次面談など進捗確認の頻度と記録方法を定める
未達の場合の扱い 「配置転換の検討」「処分の可能性」を示すが、「必ず解雇」とは書かない
本人への交付・説明記録 署名を強制することは避けつつ、交付・説明を行った事実を記録する

目標設定で詰まりやすいケース

「数値で測れない業務(コミュニケーション・協調性・勤怠態度)をどう目標にするか」という問いは、多くの担当者が直面します。この場合、「協調性を高める」という抽象表現は避け、「週次ミーティングで発言を週2回以上行う」「遅刻を月ゼロ件にする」など、観察・記録できる行動に落とし込むことが重要です。判断が主観に偏ると、後で「恣意的な評価だった」と争われるリスクが高まります。

PIP期間中に会社がすべきこと

PIPを交付して終わりではありません。期間中は定期的な進捗面談を実施し、その記録を残すことが不可欠です。面談では「できていること・できていないこと」を具体的に伝え、追加のサポートが必要であれば提供します。期末には評価結果を本人にフィードバックし、改善が見られた場合は通常業務へ、改善しない場合は次の措置(配置転換の検討・懲戒手続き等)を会社として判断します。

メンタル不調が疑われる場合は、PIPを進める前に専門家へのアセスメントを検討することが、会社にも社員にも重要です。

PIP運用で陥りやすい落とし穴

PIPをめぐるトラブルの多くは、「最初から解雇ありきで設計してしまう」ことと「社員に敵対的に受け取られるコミュニケーション」の二点に起因します。これを知っておくだけで、リスクは大きく変わります。

「解雇のための手続き」として設計してしまう

PIPで最も危険なパターンは、最初から「PIPを経て解雇する」という結論ありきで進めることです。達成不可能な高すぎる目標を設定する、対象期間を極端に短く設定する、会社側のサポートを全く用意しない——こうした運用は「形だけの改善機会付与」として労働審判や裁判所に判断され、解雇が無効になるリスクがあります。PIPはあくまでも「改善を促すためのツール」であり、その姿勢が文書と運用の両面から伝わる設計が必要です。

ハラスメントと受け取られるリスク

PIPの内容や通告の仕方によっては、社員が「パワーハラスメントだ」と受け取るケースがあります。特に、複数の上司が同席して一方的に通告する、過度に詳細な監視・報告を求める、感情的な言葉を交える、といった進め方はリスクが高まります。面談は1対1または上司1名・人事1名の構成で行い、事実を淡々と伝え、記録を残すことが原則です。

社員との信頼関係が突然悪化するケース

PIPを突然通告すると、社員が「退職勧奨ではないか」「解雇の前段階だ」と受け取り、心理的に追い詰められたり、関係が急速に悪化したりすることがあります。これを防ぐには、PIPの前から定期的な1on1面談を行い、「業務上の課題について共に向き合う」というコミュニケーションの土台を作っておくことが有効です。PIPは「ある日突然始まるもの」ではなく、「継続的な対話の延長線上にあるもの」として設計するのが理想的です。

中小企業が特に注意すべきポイント

専任人事がいない中小企業では、PIPの設計・運用がすべて現場担当者の判断に委ねられます。だからこそ、「自社の状況に合ったチェックポイント」を持っておくことが重要です。

就業規則が未整備の場合のリスク

常時10人未満の事業場では就業規則の作成義務はありませんが、懲戒処分の根拠が就業規則に記載されていなければ、PIPを経ても処分を行うことが難しくなります。PIPの導入と並行して、就業規則の整備(または簡易な労働条件通知書の見直し)を社労士に相談しておくことを強くおすすめします。

産業医・専門家が社内にいない場合の対応

常時50人以上の事業場では産業医の選任が義務ですが、それ以下の規模の企業では産業医がいないのが一般的です。この場合、「地域産業保健センター(産保センター)」が無料で相談・面談に応じています。また、対象社員のパフォーマンス低下の背後にメンタルヘルス不調の可能性がある場合、専門家のアセスメントなしにPIPを進めると、後でより深刻な問題に発展することがあります。

記録の残し方——シンプルでも続けられる方法

「記録を残す」と聞くと大がかりに感じるかもしれませんが、必ずしも専用システムは必要ありません。面談後にメールで「本日確認した内容」を本人にも送付する、Googleドキュメント等で日時・内容・発言者を記録するだけでも有効です。重要なのは「記録の精度」よりも「記録の習慣」です。特に口頭で指導を行ったときは、その日のうちに内容を文書化するルールを社内で徹底してください。

就業規則の整備やメンタル判断に不安があれば、PIP導入前に社労士への相談をお勧めします。

まとめ

PIPは、日本の法律に定められた制度ではありませんが、「業務改善の機会を文書で与えた記録」として、解雇の相当性を補完する手続きとして機能します。ただし、その効果を発揮するには、達成可能な目標設定・適切な期間・会社側のサポート・定期的な記録という四つの要素が揃っている必要があります。「解雇のための形式的な手続き」として使うと、逆に法的リスクを高める結果になりかねません。

また、中小企業では就業規則の未整備、メンタルヘルス不調の見落とし、専門家の不在、記録の習慣のなさという複数の課題が重なりやすく、自己判断だけでPIPを進めることは慎重に考える必要があります。

ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・人事担当者の方からの「どこから手をつければいいかわからない」というご相談を多くお受けしています。PIPの設計に悩んでいる、社員の状態が気になる、就業規則との整合性が不安、メンタルヘルスの見極めが難しい——そうした段階のご相談でも、ぜひ一度お気軽にお声がけください。

よくある質問

Q. PIPを実施すれば、その後に解雇しても問題ないですか?

A. PIPを実施しただけで解雇が正当化されるわけではありません。日本では労働契約法第16条により、解雇には「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の両方が必要です。PIPは「改善機会を与えた記録」として相当性を補完する材料にはなりますが、目標設定が適切でない、期間が短すぎる、支援がないといった場合は「形式的な手続き」と判断され、解雇が無効になるリスクがあります。

Q. PIPの期間はどれくらいが適切ですか?

A. 一般的には1〜3ヶ月が目安とされています。1ヶ月未満は「改善の機会が不十分」と見なされるリスクがあり、逆に半年以上だと問題が長期化して現場への影響も大きくなります。対象となる業務の性質や改善目標の難易度によって調整することが大切です。期間中は定期的な面談と記録が必要になります。

Q. PIPを通告したら社員が「退職勧奨だ」と言ってきました。どう対応すればいいですか?

A. まず、退職を強要したり示唆したりしていないことを、冷静かつ明確に伝えてください。PIPはあくまでも「改善を支援するための取り組み」であることを説明し、その旨を書面・メール等で記録に残しておくことが重要です。感情的な対立に発展しないよう、以後の面談記録もすべて文書化してください。社員が労働組合や弁護士に相談している場合は、社労士や専門家に早めに相談することをおすすめします。

Q. 就業規則がない(または整備されていない)状態でPIPを進めても大丈夫ですか?

A. PIPの実施自体は可能ですが、PIPを経て懲戒処分(降格・減給・出勤停止など)を行う場合、就業規則にその根拠が明記されていなければ処分の有効性が認められません。PIPの導入を検討するタイミングで、就業規則の整備状況を社労士に確認・相談することを強くおすすめします。

Q. 問題社員のパフォーマンス低下が、メンタル不調からきている可能性があります。この場合もPIPを進めてよいですか?

A. メンタルヘルス不調が疑われる場合は、PIPを先行させるのではなく、まず本人の健康状態を把握することが優先です。産業医が選任されている場合は産業医面談を設定し、いない場合は地域産業保健センターへの相談や、専門的な支援機関の活用を検討してください。不調の状態でパフォーマンス改善を求めることはハラスメントと受け取られるリスクもあり、症状の悪化につながる可能性もあります。状態の確認と適切なサポートを先に行うことが、会社・社員双方にとって重要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

人事だけで抱えない。産業医にスポットで相談
タイトルとURLをコピーしました