「先月入社したばかりなのに、もう辞めてしまった。社会保険料はどうすればいいんだろう?」——こうした状況に直面したとき、何をどう処理すればよいのか、判断に迷う経営者・人事担当者は少なくありません。給与が少ないケース、同月内に入退社が重なるケース、退職後に請求が必要なケースなど、入社後すぐ退職した場合の社会保険料処理には複数の落とし穴があります。この記事では、実務上の正しい対応を順を追って解説します。
社会保険料の控除タイミング——「翌月控除の原則」を押さえておく
保険料はいつの給与から引くのか
健康保険・厚生年金の保険料は、前月分を当月の給与から控除するのが法律上の原則です(健康保険法第167条、厚生年金保険法第84条)。たとえば4月分の保険料は、5月に支給される給与から差し引きます。この「翌月控除の原則」を理解していないと、退職月の処理で誤りが生じやすくなります。
なお、労使協定を締結している場合は「当月分を当月控除」とする運用も認められていますが、中小企業では翌月控除が一般的です。自社がどちらの運用かを、まず確認しておきましょう。
退職月の控除はどこまでか
翌月控除の原則に従うと、退職月の給与から控除できるのは「退職月の前月分の保険料」が最後になります。たとえば4月15日に退職した社員の場合、4月支給の給与から控除するのは3月分の保険料です。4月分についてはどう扱うか——これが「同月得喪」のルールと深く関わってきます。次のセクションで詳しく説明します。
同月得喪とは何か——入社と退職が同月に重なった場合の特殊ルール
同月得喪では1か月分の保険料が発生する
同月得喪とは、同じ月に社会保険の資格を取得し(入社)、かつ喪失した(退職)状態を指します。たとえば4月1日入社・4月20日退職がこれにあたります。通常、社会保険料は「資格喪失日の属する月の前月まで」が対象ですが、同月得喪の場合は例外として1か月分の保険料が必ず発生します(健康保険法第156条、厚生年金保険法第19条)。
「在籍期間が数日しかないのに1か月分?」と驚かれることもありますが、これは法律上のルールです。在籍日数に関係なく、入社と退職が同月であれば1か月分の保険料が生じます。
厚生年金は2015年の改正で還付制度が導入された
ただし、厚生年金については2015年(平成27年)9月の法改正により、重要な変更が加わっています。同月得喪後、その月内に国民年金や別の会社の厚生年金に加入した場合、事業主(会社)が負担した厚生年金保険料は年金事務所から還付されます。
この場合、会社は退職者から徴収した本人負担分も返金する必要があります。手続きの流れとしては、まず年金事務所への資格喪失届を提出し、年金事務所が元従業員の新しい加入状況を確認した後、事業主へ還付が行われます。還付のタイミングは数か月後になることもあるため、いったん立替払いが生じる点を念頭に置いておきましょう。
健康保険は還付制度がない
一方、健康保険については同月得喪でも還付制度はなく、1か月分の保険料を会社・本人それぞれが負担する仕組みが維持されています。厚生年金と健康保険でルールが異なるため、「両方還付されると思っていた」という誤解が生じやすい点には注意が必要です。この違いを正確に把握した上で精算処理を進めることが重要です。
給与が少ない・ゼロの場合——不足分はどう回収するか
給与から控除できる上限は「支給額の範囲内」
社会保険料の控除は給与支給額の範囲内が基本です。たとえば、月の途中で退職した社員に支払う給与が日割り計算で5万円だった場合、そこから差し引ける保険料は5万円が上限になります。保険料が6万円であれば、1万円分が不足します。この場合、給与から引ける分だけ控除し、残りは別途回収する必要があります。
不足分は退職者へ請求できる
不足した保険料は、民法上の債権として退職者本人に請求することが可能です。社会保険料の控除は法律上の義務であるため、就業規則に特別な規定がなくても、会社側に請求の根拠はあります(労働基準法第24条但し書き)。
実務上は、退職時に「社会保険料精算に関する同意書」を取り交わしておくか、就業規則に「退職時に保険料等の未控除分を精算する」旨を明記しておくと、請求の根拠がより明確になります。退職後に請求することへの心理的なハードルを感じる担当者も多いですが、法的に正当な請求ですので、丁寧かつ速やかに連絡することが大切です。
消滅時効と回収できない場合の対処
民法改正(2020年)により、この種の債権の消滅時効は原則5年(民法第166条)です。退職後すぐに請求できれば理想ですが、時間が経っても請求権が消えるわけではありません。ただし、退職者が請求を拒否した場合に強制回収するには裁判手続きが必要になり、費用対効果の面から現実的でないケースもあります。少額であれば小額訴訟の利用も選択肢の一つです。こうしたリスクを避けるためにも、入社時に精算ルールを明確にしておくことが最善の予防策です。
退職後の手続きタイムライン——何を・いつまでに行うか
資格喪失届は5日以内が期限
社員が退職したら、退職日の翌日から5日以内に健康保険・厚生年金の資格喪失届を年金事務所(または健康保険組合)へ提出する必要があります(健康保険法第48条、厚生年金保険法第27条)。この手続きが遅れると、会社が余分な保険料を立て替えることになり、後の精算が複雑になります。
短期退職が発生した場合、通常の退職手続きと同様に「5日以内」の期限を意識して迅速に動くことが重要です。特に同月得喪の場合は厚生年金の還付手続きにもつながるため、速やかな届出が後の精算を楽にします。
健康保険証の回収と保険料精算は別の問題
よく混同されますが、健康保険証の回収と保険料の精算は、法律上は別の話です。保険証の回収が遅れていても、社会保険料の計算・精算を止める理由にはなりません。資格喪失届を提出すれば保険証は無効になるため、退職者が返却しない場合でも使用された際には不正使用となり、会社の責任ではなくなります。精算処理はできるところから進め、保険証回収は別途追いかける形で対応しましょう。
同月得喪の還付が来たら従業員へ返金する
厚生年金の還付が年金事務所から会社に入金された場合、会社は退職者から徴収していた本人負担分を返金する義務があります。還付が来るまでの間に連絡先が変わっていることもあるため、退職時に「厚生年金の還付が生じた場合は連絡する」旨を伝え、振込先口座を確認しておくと後の対応がスムーズです。
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短期退職を繰り返さないために——根本的なアプローチ
入社後すぐの退職にはメンタル不調が潜んでいることがある
入社後すぐ退職した社員は、単なる「ミスマッチ」として処理されがちですが、背景に適応障害やメンタル不調が潜んでいるケースは少なくありません。特に20〜30代の若手社員では、入社後1〜3か月のいわゆる「オンボーディング期間」に不安や孤立感が高まり、体調を崩して離職するパターンが見られます。社会保険料の精算問題は「事後対応」に過ぎず、本質的には早期離職そのものを防ぐ取り組みが重要です。
入社時の労務フローを整備することで次回に備える
短期退職が発生した後に「次も同じ対応をしなければならないのか」という不安を感じる担当者は多いです。社会保険手続きのフローをあらかじめ文書化し、誰でも対応できる状態にしておくことが、属人化リスクの解消につながります。たとえば「入社時チェックリスト」「退職時チェックリスト」として手続き順を明文化しておくだけで、次回の対応スピードが大きく変わります。
専任人事がいない企業ほどサポートが必要
20〜50名規模の企業では、総務や経理との兼務で人事対応をしているケースが大半です。そうした環境では、個別の労務トラブルが発生するたびにゼロから調べる必要があり、対応に時間がかかるうえミスのリスクも高まります。社会保険料の精算のような実務上の疑問を素早く相談できる外部の専門窓口を持っておくことが、経営者・人事担当者の負担を大きく軽減します。
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まとめ
入社後すぐ退職した社員の社会保険料対応は、「翌月控除の原則」「同月得喪の特殊ルール」「給与不足時の別途請求」という三つの柱を正しく理解することが出発点です。特に同月得喪では、健康保険と厚生年金でルールが異なる点を見落とさないよう注意が必要です。また、資格喪失届の5日以内提出という期限も忘れずに。退職後の精算は法的に正当な対応であり、就業規則や入社時の取り決めを整備しておくことで、スムーズに進められます。
同時に、入社後すぐ退職が繰り返されているのであれば、その背景にあるメンタル不調の予防や、新入社員のオンボーディング強化といった根本的な対策も重要です。社会保険料の処理と同じくらい、早期離職を防ぐための環境整備に目を向けることをお勧めします。
ウェルセンス株式会社では、こうした労務上の実務的な疑問への対応はもちろん、入社後すぐの退職につながる可能性のあるメンタル不調の予防・早期対応まで、中小企業の人事担当者を幅広くサポートしています。「うちの会社の場合、どう対処すればいいか」という具体的なご相談も歓迎しています。まずはお気軽にお問い合わせください。
よくある質問
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