「休職を申請してきた社員の応募書類を確認したら、前職での休職歴が記載されていなかった——。」そう気づいた瞬間、頭の中で複数の問いが同時に浮かんでくるはずです。経歴詐称として懲戒処理を進めるべきか。それとも先に休職手続きを動かすべきか。メンタル不調の社員に詐称の事実を伝えて大丈夫なのか。専任の人事担当者がいない環境では、この3つが一度に降りかかってくる重さは特別です。この記事では、「経歴詐称」と「休職申請」が重なった場面での判断基準と、実務の進め方を整理します。
「詐称を理由に休職を断れるか」という問いへの答え
結論から述べると、経歴詐称が発覚していても、それを理由に休職申請を拒否することは原則としてできません。懲戒調査と休職手続きは、法的に独立した問題として並行して進める必要があります。
安全配慮義務は懲戒調査中も消えない
労働契約法第5条は、使用者が労働者の生命・身体・健康に配慮する義務を定めています。この義務は、懲戒調査の最中であっても、あるいは経歴詐称の事実が明らかになっていても、止まることはありません。メンタル不調のある社員に対して休職手続きを正当な理由なく止めることは、安全配慮義務違反として会社側が訴追されるリスクを生みます。「詐称があったから休職を認めなくてよい」という発想は、法的に成立しないと理解しておく必要があります。
「詐称→即解雇→休職不要」という思考の危険性
もう一つの落とし穴が、「経歴詐称が確認できたので今すぐ懲戒解雇し、休職手続きは不要にする」という判断です。しかし、休職申請後の解雇は労働契約法第16条(解雇権濫用法理)に問われやすい時期であり、特に不調が業務起因性を持つ可能性がある場合には、労災と不当解雇の二重リスクが発生します。焦って解雇に踏み切ることは、会社を守ることにはなりません。
休職歴の不告知は「経歴詐称」として通用するか
「休職歴(精神疾患歴)を申告しなかったこと」が、就業規則上の経歴詐称として懲戒の根拠になるかどうかは、一概にはいえません。詐称が成立するかどうかは、告知を求めること自体が適法だったかどうかにかかっています。
病歴・健康状態の不開示はプライバシー保護の対象
厚生労働省「公正な採用選考の基本」では、病歴・健康状態は採用選考時に求めてはならない情報として位置づけられています。したがって、採用面接で「過去に休職したことはあるか」「精神疾患の治療歴はあるか」と問うこと自体が、本来は不適切な質問にあたります。企業側が不適切な質問をした上で「答えなかった(または正直に答えなかった)から詐称だ」と主張することは、法的に認められにくいのが実態です。
詐称として処分できる条件・できない条件
一方で、職務の本質的要件に直接関係する資格・免許・職歴の詐称は、懲戒有効性が認められやすい領域です。過去の裁判例でも、懲戒の有効性の判断要素として「告知を求める質問が適法であったか」「職務遂行への影響の大きさ」「使用者側の調査可能性」が挙げられています。休職歴の不告知については、この3要素のいずれも企業側に不利に働くケースが多く、「就業規則に経歴詐称は懲戒解雇事由と書いてあるから自動的に処分できる」とはなりません。処分の相当性(比例原則)の観点からも、慎重な判断が求められます。
自社の就業規則の射程を確認する
まず手元の就業規則を開き、「懲戒事由」の条文を確認してください。「虚偽の申告をした場合」という広い表現であれば、休職歴の不告知が含まれ得ます。しかし、「資格・学歴・職歴を偽った場合」のように限定列挙されていれば、休職歴はそもそも射程外の可能性があります。就業規則の文言と、問題の事実関係を照らし合わせることが、調査を始める前の最初の作業です。
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今この瞬間、何を先に動かすか
「休職手続きと懲戒調査、どちらを先にすべきか」という問いに対する答えは、「休職手続きを止めてはいけない」です。ただし、懲戒調査のための記録収集は本人に接触せずに始められます。
本人への接触なしに動けることから着手する
懲戒調査の初動として有効なのは、採用時の応募書類・面接記録・雇用契約書などの社内資料を確認し、「どの時点で何が記載されていたか」を整理することです。これは本人に接触せずに進められます。一方、休職手続きについては、診断書の受領確認、産業医面談の日程調整(産業医がいる場合)、就業規則上の休職開始要件の確認を、同じタイミングで動かし始めます。この2つは並行して進められます。
詐称と休職が重なった判断は、医学的評価と法的判断の両面が必要になります。産業医や医療の専門家の視点を早めに入れることで、適切な対応判断が可能になります。
本人への事情聴取は病状の安定後に設計する
懲戒調査では本人への弁明機会の付与が手続き要件です(適正手続きの観点)。しかし、メンタル不調の状態にある社員に対して「休職歴を隠していたことを知っている」と直接伝えることは、病状の悪化・自傷リスクをはらんでいます。事情聴取のタイミングは、主治医や産業医の意見を踏まえ、本人の状態が一定程度安定してから行うことが現実的です。急いで追い詰めることは、会社にとっても本人にとってもリスクになります。
状況に応じた優先順位の整理
| フェーズ | 休職手続き側でやること | 懲戒調査側でやること |
|---|---|---|
| 今すぐ動く | 診断書受領・休職開始要件の確認・産業医面談の調整 | 応募書類・面接記録・契約書類の確認と保全 |
| 病状に配慮しながら進める | 主治医との情報連携(本人同意のもと)・休職期間の設定 | 就業規則の条文確認・社労士・弁護士への相談 |
| 病状が落ち着いた段階 | 復職判断の準備・職場環境の見直し | 本人への弁明機会の付与・処分の判断 |
本人への伝え方をどう設計するか
「詐称の事実を本人に伝えるタイミング・伝え方・伝える人」は、事前に設計しておく必要があります。場当たり的に伝えると、本人の状態悪化と法的リスクの両方が生じます。
誰が伝えるかを最初に決める
メンタル不調の社員への連絡窓口は、原則として1名に絞ることが推奨されます。複数の担当者から別々に連絡が入ること自体が、本人にとってのストレス要因になります。上司ではなく人事担当(または経営者)が窓口になることが望ましく、「業務上の指示をする立場の人」と「休職に関する手続きを担う人」が同一人物でない方が、本人が話しやすい環境になりやすいです。
詐称の指摘は休職開始後が原則
休職申請と詐称発覚が重なっている段階では、まず休職手続きを完了させることを優先します。詐称に関する事実確認の連絡は、少なくとも休職が開始し、本人の状態が落ち着いてからにすること。産業医がいる場合は「本人への接触が可能かどうか」について事前に意見を求めることが有効です。産業医がいない場合は、主治医への情報提供依頼(本人の同意が必要)も選択肢になります。
専任人事がいない環境での相談先の整理
懲戒・休職・医療連携の3領域を横断した判断は、どれか1つの専門家だけでは完結しません。どこに何を相談するかを事前に整理しておくことが、混乱を防ぐ最大の準備です。
領域ごとの相談先を明確にする
- 懲戒・解雇の法的判断:社労士または労働法専門の弁護士。就業規則の射程確認と、処分の相当性の見立てを依頼する。
- 休職手続きの実務:社労士。休職期間の設定、傷病手当金の手続き案内、復職基準の整備などをサポートしてもらう。
- 本人の状態確認・接触可否の判断:産業医(いる場合)または主治医(本人同意のもと)。
- 経営判断・対応方針の統合:メンタルヘルス対応と労務管理の両方に詳しい外部支援者。個別の専門家の意見を統合して方針を決める役割。
産業医・就業規則の有無で対応が変わる点
従業員50名以上の事業場では産業医の選任が義務付けられており、休職の可否判断や本人への接触タイミングについて産業医の意見を求めることができます。50名未満の事業場で産業医がいない場合は、地域の産業保健総合支援センター(各都道府県に設置)を通じて産業医に相談できる仕組みもあります。また、就業規則に休職制度の規定がない場合は、今回のケースをきっかけに整備することを、社労士に相談する機会としてください。
この判断を一人の人事責任で抱えると、後々の法的リスクや本人への対応ミスにつながります。複数の領域の専門家に相談できる環境づくりが、組織全体のリスク低減になります。
まとめ
休職申請と経歴詐称が重なった場面では、まず「休職手続きを止めない」という原則を守ることが最優先です。経歴詐称(休職歴の不告知)が懲戒の根拠になるかどうかは、告知を求めた質問が適法だったかどうかによって大きく変わり、自動的に処分できるわけではありません。懲戒調査は本人への接触を伴わない記録確認から始め、事情聴取は病状が落ち着いてから設計する。この2つのラインを並行して、かつ慎重に動かすことが求められます。専任人事がいない環境でこの判断を一人で抱えるのは、現実的に難しい場面です。ウェルセンス株式会社では、メンタルヘルス対応・休職復職支援・人事労務の課題を横断してサポートしています。「何から手をつければいいかわからない」という段階からでも、まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
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