「アルバイトに交通費を出していないけど、これって問題あるの?」——採用の見直しや新しいスタッフの入社をきっかけに、ふと不安になった経営者・人事担当の方は少なくありません。法律で義務があるのか、正社員との差は許されるのか、就業規則にはどう書けばいいのか。この記事では、法的なポイントから実務的な整備方法まで、専門知識がなくても判断できるよう順を追って解説します。
交通費を支給しないこと自体は法律違反ではない
結論から言うと、アルバイトに交通費を支給しないこと自体は、現時点で法律違反にはなりません。ただし、「違法ではない」と「問題がない」は別の話です。
交通費は「任意の手当」である
労働基準法には、「交通費(通勤手当)を支給しなければならない」という明文規定はありません。交通費は会社が自由に設計できる任意の手当であり、支給するかどうか、支給するとしたら金額や条件をどう設定するかは、就業規則や労働契約で会社が決めるものです。
つまり「支給しない」という選択自体は合法です。ただしその判断を裏付けるルールが整備されていないと、トラブルの火種になります。
「決めていない」こと自体がリスクになる
問題になりやすいのは、「支給しない」と決めているのではなく、「特に決めていない」状態で運用しているケースです。採用時の口約束で一部のスタッフにだけ実費支給していたり、担当者によって説明がバラバラだったりすると、スタッフ間の不公平感が生まれ、退職やトラブルの原因になります。
「法律上の義務がないから何もしなくていい」ではなく、「ルールを明確に決めて、全員に同じ基準で適用する」ことが重要です。
正社員に出してアルバイトに出さないのは同一労働同一賃金に違反するリスクがある
正社員には交通費を支給しているのにアルバイトには支給しない、という運用をしている場合は注意が必要です。合理的な理由がなければ、同一労働同一賃金のルールに抵触するリスクが高くなります。
パートタイム・有期雇用労働法が適用される
2020年4月(中小企業は2021年4月)に施行されたパートタイム・有期雇用労働法により、正規・非正規間の「不合理な待遇差」が禁止されました(第8条:不合理な待遇の禁止、第9条:差別的取扱いの禁止)。アルバイト・パートも「有期雇用労働者」に含まれるため、この法律の対象です。
厚生労働省が定めた「同一労働同一賃金ガイドライン(短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針)」では、通勤手当について「通勤に要する費用を補填する」という性質を持つ手当であることを踏まえ、同一の通勤実態があれば同様に支給することが原則とされています。
裁判例でも交通費の格差は問題になりやすい
令和2年10月15日の最高裁判決(大阪医科薬科大学事件、メトロコマース事件)では、正社員と非正規社員の待遇差についての判断基準が示されました。特に通勤手当については、業務内容や責任の違いとは関係なく「通勤コストの補填」という性質が強いため、正社員との差は不合理と判断されやすい傾向にあります。
ケース別のリスクレベルを確認する
自社の状況に当てはめて、以下の表でリスクの度合いを確認してください。
| 状況 | 同一労働同一賃金上のリスク | 対応の優先度 |
|---|---|---|
| 正社員・アルバイト全員に交通費なし | 低い(格差がないため) | 就業規則への明記が望ましい |
| 正社員のみ支給、アルバイトは不支給 | 高い(合理的理由がなければ違法リスク) | 早急に対応が必要 |
| 双方支給だが上限額が異なる | 中程度(差の理由が合理的かどうかによる) | 差の根拠を文書化する |
就業規則・規程に交通費のルールを明文化する方法
交通費のルールは、就業規則または別規程に明確に書き込むことで、会社・スタッフ双方にとってのトラブルを防ぐことができます。
就業規則への記載は義務か、任意か
常時10名以上の労働者を使用する事業場は、就業規則の作成と労働基準監督署への届出が義務付けられています(労働基準法第89条)。交通費(通勤手当)は「相対的必要記載事項」に当たります。これは、「支給する場合には必ず記載しなければならない」一方で、「支給しないと決めた場合も、その旨を就業規則に記載することが強く推奨される」という意味です。
パート・アルバイト向けに別の就業規則(パートタイム就業規則)を作成している場合は、そちらにも交通費に関するルールを明記してください。別規程がない場合は、正社員向け就業規則にアルバイトへの適用範囲を明示することが必要です。
就業規則への書き方の具体例
支給しない場合と支給する場合、それぞれの記載例を示します。
- 支給しない場合の例:「通勤手当は支給しない。ただし、会社が必要と認める場合はこの限りでない。」
- 実費支給の場合の例:「通勤手当は、公共交通機関を利用する場合、1ヶ月の定期代相当額(上限〇〇円)を支給する。」
- 距離に応じた定額支給の例:「通勤距離が片道2km以上の場合に限り、距離区分に応じた通勤手当を支給する。」
いずれの場合も、「全正社員・全アルバイト共通のルール」として統一基準を設けることが重要です。特定のスタッフだけ「口約束で別扱い」という状態は早めに解消してください。
パート・アルバイト用の就業規則がない場合
10名未満の事業場で就業規則の作成義務がない場合でも、雇用契約書に交通費の支給有無と金額を明記することが必要です(労働基準法第15条、労働条件の明示義務)。「交通費なし」であれば、その旨を雇用契約書に記載した上でスタッフに説明し、署名・捺印をもらうことで後のトラブルを防ぐことができます。
交通費を支給する場合に確認すべき実務ポイント
「では支給しよう」となった場合にも、いくつか実務上の確認事項があります。特に所得税との関係は、給与計算の担当者が把握しておく必要があります。
非課税限度額を超えると課税対象になる
所得税法上、電車・バスなどの公共交通機関を利用する場合の通勤手当は、1ヶ月あたり15万円を上限に非課税とされています。この範囲内であれば、スタッフの所得税・住民税の計算に影響しません。ただし、15万円を超えた部分は給与所得として課税対象になります。
自動車・バイク通勤の場合は距離区分に応じた非課税限度額が別途定められています。支給ルールを設計する際は、利用交通手段ごとに上限額を定め、給与システムへの反映漏れがないよう注意してください。
支給開始前に確認・整備するチェックリスト
- 就業規則(またはパートタイム就業規則)への記載・改定
- 雇用契約書・労働条件通知書への反映
- 給与計算システムへの非課税区分設定
- 既存スタッフへの変更内容の説明と記録
- 新規採用時の説明フローへの組み込み
🔗 社員のメンタル不調に、精神科・心療内科医によるスポット産業医サービス →
今の運用が問題ないか確認するための判断ポイント
「自社は大丈夫か」を判断するために、以下の視点で現状を整理してみてください。
正社員とアルバイトの交通費に差があるなら理由を説明できるか
同一労働同一賃金の観点から、待遇差には合理的な理由が必要です。通勤手当については「通勤コストの補填」という性質が強く、業務内容や役職の違いで差を正当化するのが難しい手当です。もし差をつける場合は、「転勤の有無」「勤務時間帯」「雇用形態に応じた職責の違い」など、具体的な根拠を文書化しておくことが必要です。
スタッフ全員に同じ説明ができるか
現状の運用をスタッフに問われたとき、一貫した説明ができるかどうかが重要な判断基準です。「以前から出していないから」「採用担当が口頭で約束した」といった曖昧な根拠では、トラブルが生じたときに会社側が不利になります。
就業規則(または雇用契約書)に交通費の記載があるか
支給する・しないに関わらず、文書でルールが定まっているかを確認してください。記載がない場合は、早めに整備することが優先事項です。特に正社員向けの就業規則にしか記載がなく、アルバイト向けに何も書いていない状態は、グレーゾーンとして問題になりやすい典型例です。
まとめ
アルバイトに交通費を支給しないこと自体は、法律違反ではありません。ただし、正社員には支給してアルバイトには支給しないという運用を合理的な理由なく続けると、パートタイム・有期雇用労働法(同一労働同一賃金)に抵触するリスクがあります。また、ルールが就業規則や雇用契約書に明文化されていない状態は、スタッフとのトラブルや採用上の信頼低下につながります。
まず「全員不支給か全員支給か」を会社として決め、その方針を就業規則や雇用契約書に正確に記載することが最初のステップです。
「自社のルールが適切かどうかチェックしたい」「就業規則の交通費の記載を整備したい」「同一労働同一賃金への対応を相談したい」という場合は、ウェルセンス株式会社にご相談ください。人事の専門担当者がいない企業でも、実態に合わせた実務的なサポートを提供しています。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
不調者対応を、人事だけで抱えない。
メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。


