採用給与と既存社員の逆転、どう防げばいい?

採用給与と既存社員の逆転、どう防げばいい? 人事制度
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「優秀な人を採りたいけど、提示できる給与が市場相場に届かない。思い切って相場に合わせたら、今いる社員の給与を超えてしまいそうで怖い」——中小企業の経営者や兼務人事担当者から、こうした声をよく聞きます。採用給与と既存社員給与の「逆転現象」は、放置すれば既存社員の不満や離職を招きますが、かといって採用を抑制すれば人手不足が続きます。この記事では、採用給与の逆転がなぜ起きるのかという構造的な原因を整理したうえで、採用レンジの上限設計・制度整備・既存社員への説明方針まで、実務に即した対策を解説します。

採用給与の逆転現象とは何か、なぜ起きるのか

採用給与の逆転現象とは、新たに採用した社員の給与が、同等ポジションで働く既存社員の給与を上回ってしまう状態を指します。違法ではありませんが、放置すると組織の公平感が損なわれ、既存社員のモチベーション低下につながり、場合によっては離職を招く重大な組織リスクになります。

市場相場の上昇と自社給与テーブルのズレ

近年、IT職種・営業職・特定の専門職を中心に、採用市場の給与水準が上昇傾向にあります。一方で既存社員の給与は、入社当時の基準をベースに毎年少しずつ昇給する形が多く、市場の動きに追いつけていないケースが少なくありません。結果として、外部から経験者を採用しようとすると「市場相場に合わせれば既存社員を超える」という状況が構造的に発生するのです。

給与テーブルがなく、都度の個別判断で給与を決めている

20〜50名規模の企業では、等級制度やグレード制度が未整備なことがほとんどです。採用するたびに「この人を採りたいから」という個別判断で給与を決めると、一貫したルールが存在しないため、気づけば社内に給与の根拠が説明できない状態が蓄積されます。これが採用給与の逆転現象を生む温床になるのです。

逆転現象は「違法」ではないが「制度設計の問題」である

採用給与が既存社員を上回ること自体を直接禁じる法律は存在しません。ただし、逆転を解消しようとして既存社員の給与を引き下げる場合は、労働契約法第10条(就業規則の不利益変更の禁止)に抵触するリスクがあります。合理的な理由と適切な手続きなしに引き下げることは原則として困難です。つまり、逆転の「後解消」は難しく、「事前に防ぐ」制度設計が不可欠なのです。

採用給与の逆転を防ぐ:採用レンジの上限設計

採用給与の上限は、既存社員の同等ポジションの最高給与を基準点として設定し、そこに一定のバッファを加える形で設計するのが現実的です。これにより採用競争力を保ちながら、採用給与の逆転を最小限に抑えることができます。

「採用レンジ」の考え方を整理する

採用レンジとは、あるポジション・職種に対して「最低いくらから最高いくらまで提示できるか」の幅のことです。採用レンジを設定する際には、まず社内の職種・ポジションを定義し、それぞれについて既存社員の給与分布を把握することが出発点になります。その最高値を「採用上限の基準点」として、そこに105〜110%程度のバッファをもたせる形が一つの目安です。

たとえば、営業職の既存社員で同等ポジションの最高給与が月給35万円だとすれば、採用給与の上限の目安は36万5,000〜38万5,000円程度となります。これにより、突出した逆転を防ぎながら、採用市場でも一定の競争力を持てるようになります。

ポジション定義がない場合は先に「職種×グレード」を整理する

給与レンジを設定しようとしても、「同等ポジション」の定義がなければ比較の基準がありません。まず社内の職種を大まかに整理し、経験年数・役割・責任の大きさで2〜3段階のグレードを設けることが先決です。完璧な人事制度を目指す必要はなく、「採用給与の判断基準を内部で共有できる程度の枠組み」で十分です。

採用給与決定プロセスをルール化・文書化する

採用のたびに経営者が感覚で給与を決めている状態は、一貫性を失わせる最大のリスクです。「採用給与決定基準書」を内部文書として整備し、決定者・承認フロー・採用給与決定の根拠を記録する習慣をつけましょう。これは外部への開示を目的とするものではなく、社内の意思決定を透明にするための仕組みです。

項目 内容の例
対象ポジション 営業職・グレードB(経験3〜7年相当)
採用給与レンジ 月給30万〜38万円
既存社員の最高給与 月給36万円(同ポジション)
採用上限の設定根拠 既存最高給与×105%=37万8,000円を上限とする
決定承認者 代表取締役・人事責任者の合議
記録の保管場所 採用管理フォルダ(人事のみ閲覧可)

採用給与の逆転が避けられない場合の対処法

市場相場が大きく上昇している職種では、採用レンジを設定しても既存社員との逆転を完全に防げないケースがあります。その場合は、「逆転そのものをゼロにする」より「逆転による不満を最小化する」視点で対処することが重要です。

既存社員の給与を段階的に引き上げる計画を立てる

採用給与の逆転が生じた場合の根本対策は、既存社員の給与を適切に引き上げることです。一度に全員分を引き上げると人件費が急増するため、評価制度と連動した昇給ルールを設け、優先度の高い社員から段階的に対応する計画を持つことが現実的です。財務的余力が限られている場合でも、「いつ・どのくらいを目安に引き上げていくか」という方針を経営者が持っていることが、既存社員の不満緩和につながります。

採用時の給与を後から変更することは原則できない

入社時に書面(労働条件通知書・雇用契約書)で合意した給与は、労働契約法第3条に基づく契約として拘束力を持ちます。後から「給与テーブルを整備したので下げます」と伝えることは、労働条件の不利益変更に該当するリスクがあります。採用時の提示は慎重に行い、入社後に整備するテーブルとの整合性を最初から意識した設計が必要です。

採用給与を「特例」として位置づける場合のリスク管理

市場相場の理由でやむを得ず上限を超える給与を提示する場合は、「この採用は市場水準への対応として例外的に承認した」という記録を内部に残しておくことが重要です。根拠のない特例が積み重なると、後に制度を整備する際の障壁になります。また、例外を認める際には「将来的な制度整備で給与テーブルに組み込む方針」を採用候補者にも伝えておくと、後のトラブルを防げます。

既存社員にどう説明するか:納得感を得るためのアプローチ

採用給与の逆転に対する既存社員の不満を和らげるためには、「他の社員の給与情報を開示する」のではなく、「給与の決め方・自分の給与がどう変わるかの基準」を丁寧に説明することが有効です。

個人の給与情報を開示することは避ける

他の社員の給与を具体的に開示することは、個人情報管理・労務管理の両面でリスクがあります。また、就業規則に「給与に関する情報の取り扱い」を定めていても、そもそも「口止め」で逆転問題を封じ込めようとするアプローチは機能しません。社員が自分の給与を同僚に話すことを会社が一律に禁止することには、法的な限界があります。「バレない前提」で動くのではなく、「バレても説明できる制度」を整備することが根本的な対処法なのです。

「給与の決め方」を言語化して共有する

既存社員が納得できる説明の核心は、「自分の給与がなぜこの金額なのか」「どうすれば上がるのか」を示すことです。具体的には、次のような情報を整理して共有することが有効です:

  • 職種・グレードごとの給与レンジの存在(金額でなく「レンジがある」という事実)
  • 昇給の評価基準と、評価サイクルのタイミング
  • 採用時の給与は「経験・スキルの市場価値」を反映したものであること
  • 入社後は同じ評価基準のもとで処遇が決まること

「なぜ新入りが自分より高いのか」という疑問に直接答えるより、「自分の給与はこのルールで決まっており、こうすれば上がる」という将来の見通しを示す方が、現場での納得感を得やすい傾向があります。

企業規模・制度整備状況別の対応方針

就業規則や評価制度の整備状況によって、説明できる内容の深さが変わります。自社の状況に照らして、対応できるレベルを確認しましょう:

  • 就業規則も評価制度も未整備の場合:まず「給与の決め方に関する内部基準」を文書化することが先決。社員への説明は「現在制度を整備中であり、透明なルールを作る方針である」ことを伝えることが誠実な対応です。
  • 就業規則はあるが給与基準が曖昧な場合:就業規則の給与関連条項を補足する形で「採用給与決定基準書」を整備し、運用実態との整合性を取ることを優先します。
  • 評価制度・グレード制度がある程度整備されている場合:制度に基づいた説明が可能です。採用レンジがグレード定義と連動していることを示すことで、より具体的な説明ができます。

採用競争力を保ちながら給与テーブルを整備するポイント

採用競争力と社内公平性は、どちらか一方を諦める問題ではありません。給与テーブルを整備しながら採用レンジを段階的に見直すことで、両立を目指すことができます。

給与テーブルを「採用に使える形」で設計する

中小企業でよくある失敗は、人事コンサルタントに依頼して複雑な等級制度を作ったものの、採用現場では使いにくくて機能しないケースです。まず採用で使えることを優先し、「職種×3段階程度のグレード×給与レンジ」という簡易な枠組みから始めることをおすすめします。精緻な制度より、「ルールとして全員が参照できる状態」を作ることが先です。

採用市場の相場を定期的に確認する仕組みを持つ

採用給与の適切な上限は、一度決めれば永続するものではありません。市場の給与水準は職種・地域によって変動します。年に一度は求人情報・採用媒体の相場データを参照し、自社の採用レンジが現実から乖離していないかを確認する運用習慣を持ちましょう。その結果を踏まえて、既存社員の昇給計画にも反映することが、採用給与の逆転の再発防止につながります。

同一労働同一賃金・男女同一賃金との整合性も確認する

採用レンジを設計する際には、正社員以外の雇用区分との整合性も確認が必要です。パートタイム・有期雇用労働法および労働者派遣法に基づく均等・均衡待遇の要件は、正社員間の給与差には直接適用されませんが、採用レンジの運用が雇用区分をまたいで一貫しているかを確認することは重要です。また、採用レンジの設計が性別によって異なる運用にならないよう、労働基準法第4条(均等待遇)の観点からも注意が必要です。

まとめ

採用給与と既存社員給与の逆転現象は、違法ではありませんが放置すると既存社員の不満・離職につながる重大な組織リスクです。根本的な対策は「バレない工夫」ではなく、採用レンジの上限設計・給与決定プロセスのルール化・既存社員への説明できる制度整備の三つを組み合わせることです。採用給与の逆転が生じた後に引き下げで解消することは労働契約法上困難であるため、事前の設計が不可欠です。また、逆転が避けられない場面では既存社員への昇給計画を持ち、「給与がどう決まり、どうすれば上がるのか」を言語化して共有することが不満緩和のカギになります。

「自社に給与テーブルがなく、採用のたびに個別判断している」「採用給与の逆転が起きてしまったが既存社員にどう説明すればよいかわからない」といった課題を抱えている場合、制度の整備方針を一緒に整理することが近道です。ウェルセンス株式会社では、20〜50名規模の企業における人事労務の課題について、実務に即した形でご相談を承っています。「まず現状を整理したい」という段階からでも、お気軽にご連絡ください。

よくある質問

Q. 採用給与が既存社員を上回ること自体は違法ですか?

A. 違法ではありません。採用給与の逆転現象を直接禁じる法律は存在せず、あくまで制度設計・組織運営上の問題として捉える必要があります。ただし、採用給与の逆転を解消するために既存社員の給与を引き下げる場合は、労働契約法第10条(就業規則の不利益変更の禁止)に基づく合理的な理由と適切な手続きが必要です。引き下げによる後解消は困難なため、事前の制度設計が重要です。

Q. 採用給与の上限は、既存社員のどの給与を基準に考えればよいですか?

A. 同等のポジション・職種で働く既存社員の中で最も高い給与を基準点とし、その105〜110%程度を採用給与上限の目安とする考え方が現実的です。ただし、この数値はあくまで目安であり、自社の財務状況・採用市場の実態・職種の希少性に応じて調整が必要です。まずポジション定義と社内の給与分布を把握することが先決です。

Q. 就業規則で「給与の話を社員同士でしてはいけない」と定めていれば、採用給与の逆転がバレないですか?

A. 実質的な対策にはなりません。労働者が自分の給与を同僚に話すことを会社が強制的に禁止することは、労働関係法令の趣旨に照らして機能しにくいとされています。「バレない前提」で給与を設計するのではなく、「バレても説明できる制度と基準を持つ」ことが根本的な対策です。給与の決め方・昇給の仕組みを言語化して社内に共有することが、不満の発生を防ぐ最も有効なアプローチです。

Q. 採用給与を入社後に変更することはできますか?

A. 入社時に書面(労働条件通知書・雇用契約書)で合意した給与は、労働契約法第3条に基づく契約として拘束力があります。後から「給与テーブルを整備したため」という理由で引き下げることは、労働条件の不利益変更に当たるリスクがあります。採用給与の提示は慎重に行い、将来の制度整備との整合性を最初から意識した水準で提示することが重要です。

Q. 給与テーブルを整備する余裕がない小規模企業は、どこから手をつければよいですか?

A. 精緻な等級制度を一から作る必要はありません。まず「職種×2〜3段階のグレード×給与レンジ」という簡易な枠組みを内部文書として整理することから始めましょう。次に採用給与の決定プロセスを文書化し、誰が・何を根拠に・どう承認するかを明確にします。この二つだけでも、属人的な判断による採用給与の逆転発生を大幅に減らすことができます。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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