内定者が逮捕されたら?犯罪による内定取り消しの判断基準と手順

内定者が逮捕されたら?犯罪による内定取り消しの判断基準と手順 コンプライアンス
Photo by Kindel Media on Pexels

「内定者が逮捕されたという報道を見た。うちの会社の内定者だったら、どう対応すればいいのか」——人事の専門部署を持たない中小企業では、こうした非常事態が突然降りかかると、何から手をつければよいか判断できないまま時間だけが過ぎてしまいます。しかも、「まだ入社前だから自由にキャンセルできる」という思い込みのまま動くと、後から損害賠償請求や労働審判を申し立てられるリスクがあります。この記事では、内定取り消しの法的根拠・判断基準・通知手順を実務の流れに沿って解説します。

内定はすでに「労働契約」が成立している

内定取り消しを「採用の辞退」と同じように扱うことはできません。判例上、採用内定は「解約権留保付き労働契約の成立」と解されており、内定取り消しは事実上「解雇」に準じた扱いを受けます。この法的位置づけを理解することが、適切な対応の第一歩です。

大日本印刷事件が示した法的位置づけ

最高裁昭和54年7月20日判決(大日本印刷事件)は、採用内定通知によって「解約権を留保した労働契約が成立する」と明確に示しました。つまり、内定通知を出した時点で雇用関係はすでに始まっており、「入社していないから自由に撤回できる」という認識は法的に誤りです。この誤解がトラブルの起点になるケースが後を絶ちません。

「解約権留保」とは何を意味するか

解約権留保付き労働契約とは、一定の事由が生じた場合に限り会社側が契約を解約できる権利を持つ、という契約形態です。この「一定の事由」が認められない限り、内定取り消しは無効となります。また、内定取り消しが解雇に準じる以上、理由なく取り消した場合には損害賠償責任を負う可能性があります。

内定通知書・誓約書の記載が重要な理由

解約権留保の範囲は、内定通知書や誓約書に記載された内定取り消し事由によっても左右されます。事前に「入社前に刑事事件(逮捕・起訴・有罪判決を含む)に関与した場合、内定を取り消すことがある」といった文言を盛り込んでおくことが、後のリスク低減に直結します。この文言がない場合でも取り消しが認められることはありますが、書面上の根拠がある方が法的な立場は格段に強くなります

犯罪・逮捕事案で内定取り消しが認められる条件

内定取り消しが有効とされるには、内定時点では知ることができなかった客観的事由が発生し、かつその事由が社会通念上、採用取り消しをやむを得ないと認められる程度に重大であることが必要です。

判断の2つの柱:知り得なかった事由と重大性

まず「内定時に知り得なかった事由」という要件については、逮捕・犯罪が内定後に発覚したケースは基本的にこれを満たします。問題になるのは「重大性」の判断です。軽微な事案であれば、たとえ逮捕という事実があっても内定取り消しが認められない場合があります

犯罪の種類・刑事手続きの段階による判断軸

内定取り消しの可否は、犯罪の性質と刑事手続きの進行状況を組み合わせて判断します。以下の表を参考に、自社のケースを当てはめてください。

判断軸 取り消しが認められやすい方向 慎重になるべき方向
犯罪の種類 暴力・性犯罪・詐欺・横領など 軽微な交通違反・過失犯
業務との関連性 職種・業務内容と親和性が高い 業務と全く無関係
刑事手続きの段階 起訴・有罪判決・実刑確定 逮捕のみ・不起訴・嫌疑なし
社会的影響 取引先・顧客への影響が明白 社外への影響なし
本人の告知義務違反 採用時に故意に隠蔽・虚偽申告 内定前の事案を知らなかった

逮捕直後に取り消してよいか——推定無罪の原則

逮捕はあくまで「捜査上の身柄拘束」であり、有罪確定ではありません。推定無罪の原則のもと、逮捕報道だけを根拠に即座に内定取り消しを行うことは法的リスクが高いと言えます。特に不起訴や嫌疑なしで釈放された場合、取り消しは無効とされる可能性が大きくなります。逮捕直後の段階では、事実確認と弁護士への相談を優先し、拙速な通知は避けることが原則です。

内定取り消しの実務フロー

内定取り消しを検討する場合は、事実確認→法的確認→弁明機会の付与→書面通知という順序で進めることが、後のトラブルを防ぐ基本です。

事実確認と記録の保全

まず最初に、報道記事・警察への照会・弁護士を通じた情報収集により、事実関係を可能な限り整理します。この段階で取得した資料(報道のスクリーンショット、メール、通話記録など)は必ず保管してください。後の紛争において証拠として機能します。なお、内定者本人への連絡は「事実確認のための連絡である」ことを記録に残した上で行うことが重要です。

弁護士への事前相談と弁明機会の付与

次に、内定取り消しの可否についての法的判断は必ず弁護士に確認してください。専任人事がいない企業では、この判断を担当者一人で行うことは避けるべきです。また、一方的に取り消しを通知する前に、内定者本人に弁明の機会を与えることが手続き的な正当性の観点から重要です。「事実に相違があれば申し出てほしい」という機会を明示的に設け、その対応記録を残してください。

書面による通知と入社日までの距離感

取り消しを決定したら、必ず書面で通知します。口頭のみの通知は後のトラブルの温床になります。書面には、以下を必ず明記してください。

  • 取り消しの具体的な理由
  • 内定通知書・誓約書の根拠条項
  • 弁明機会を付与した旨
  • 取り消し日
  • 異議申し立て窓口

また、入社日まで30日を切っている場合は、解雇予告に準じた扱いとして、予告手当(平均賃金の30日分)の支払いが必要となる可能性があります。入社日まで余裕がある段階での対応を心がけてください。

通知後に起こりうるリスクと備え

内定取り消しの通知は「終わり」ではなく、むしろその後に損害賠償請求や労働審判が申し立てられるリスクが発生します。事後の紛争リスクを最小化するための備えも、実務上欠かせません。

損害賠償・労働審判のリスク

内定取り消しが無効と判断された場合、企業は内定者が失った賃金相当額の損害賠償を求められる可能性があります。また、内定者は労働審判や訴訟により地位確認を申し立てることもできます。特に、以下の場合は企業側の手続きの瑕疵として不利に働く可能性があります。

  • 弁明機会を与えずに一方的に通知した場合
  • 取り消し事由が書面に明記されていなかった場合
  • 事実確認の記録が残されていない場合

就職活動への配慮という実務的な対応

法的義務ではないものの、内定を取り消された本人が次の就職先を探せるよう、一定の配慮を行うことは紛争リスクの低減につながります。再就職支援の情報提供や、転職活動のための期間を確保する配慮などが考えられます。また、厚生労働省は「採用内定の取り消しに関する指針」を公表しており、やむを得ず取り消しを行う場合には、内定者への誠実な対応を求めています。

内定通知書・誓約書の事前整備が最大の予防策

事後対応のコストを考えると、採用書類の整備が最も費用対効果の高いリスク対策です。内定通知書・誓約書に内定取り消しの事由を具体的に列挙し、入社前の刑事事件への関与を明示的に含めておくことで、万一の場合に法的根拠を持って対応できます。現在の採用書類にこの記載がない場合は、次回採用サイクルに向けて見直すことをお勧めします。

会社の状況別・判断のポイント

内定取り消しの判断は、企業の規模や就業規則の整備状況によっても対応の優先順位が変わります。自社の状況を確認しながら対応方針を決めてください。

就業規則がない・整備不十分な場合

常時10人以上の従業員を雇用する事業所では就業規則の作成・届け出が義務付けられています(労働基準法第89条)。就業規則が未整備の場合、解雇や内定取り消しの根拠条項が存在しないため、法的な立場が弱くなります。内定取り消しの検討と並行して、就業規則の整備も急務と考えてください。

弁護士・社労士との顧問契約がない場合

専任人事が不在の中小企業では、法的判断を担う専門家との接点がないケースも多くあります。内定取り消しのような法的リスクの高い判断は、顧問弁護士や社会保険労務士に事前に確認することが不可欠です。単発の相談でも対応している専門家は多いため、まず相談の場を作ることを優先してください。

採用規模が小さく前例がない場合

年間採用人数が数名程度の企業では、こうした事態への対応マニュアルが存在しないことが一般的です。前例がないからこそ、外部の専門家や支援機関に早期に相談することで、対応の方向性を早く固めることができます。社内で結論を出そうとして時間が経過すると、入社日が近づき対応の選択肢が狭まります。

まとめ

内定者の逮捕・犯罪発覚時に最初に押さえるべき点は、「内定はすでに労働契約が成立している」という法的前提です。内定取り消しは解雇に準じた扱いを受けるため、事実確認・弁護士への相談・弁明機会の付与・書面通知という手順を踏まずに対応すると、損害賠償請求や労働審判のリスクを招きます。取り消しの可否は犯罪の種類・業務との関連性・刑事手続きの段階を総合的に判断する必要があり、逮捕直後の拙速な通知は避けることが原則です。また、内定通知書・誓約書への取り消し事由の明記は、こうした事態への最大の予防策になります。

ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない中小企業の経営者・兼務人事担当者からの人事労務に関する相談を受け付けています。「内定取り消しをどう対応すればよいかわからない」という段階からでも、実務に即したアドバイスをお伝えできます。初回相談は無料で承っていますので、まずはお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 内定者が逮捕されたという報道を見ました。すぐに内定取り消しを通知してもよいですか?

A. 逮捕直後の通知は避けることをお勧めします。逮捕は有罪確定ではなく、推定無罪の原則が適用されます。不起訴や嫌疑なしで釈放された場合、取り消しが無効と判断されるリスクがあります。まず事実確認と弁護士への相談を行い、刑事手続きの進行状況を確認した上で判断することが原則です。

Q. 内定通知書に取り消し事由を記載していなかった場合、犯罪を理由に取り消せませんか?

A. 書面上の根拠がなくても、判例法理上「重大な事由」があれば取り消しが認められる場合はあります。ただし、書面に記載がある場合に比べて法的な立場は著しく弱くなります。今後のためにも、内定通知書・誓約書への取り消し事由の明記を検討してください。

Q. 入社日まで1週間しかない状況で内定取り消しを行う場合、何か特別な対応が必要ですか?

A. 入社日まで30日を切っている場合、解雇予告に準じた扱いとして、平均賃金の30日分に相当する予告手当の支払いが必要となる可能性があります。また、内定者が既に転居や退職の準備を進めていた場合は、その損害についても考慮が必要です。弁護士に相談しながら対応を進めてください。

Q. 軽微な交通違反(速度超過など)で内定者が罰金刑を受けました。取り消しは可能ですか?

A. 軽微な交通違反による罰金刑のみでは、内定取り消しが認められる可能性は低いと考えられます。ただし、職種によっては業務との関連性が問われる場合もあります(例:ドライバー職での飲酒運転など)。取り消しを検討する前に、弁護士に個別の状況を相談することをお勧めします。

Q. 内定者本人に直接連絡を取って事実確認することはリスクがありますか?

A. 事実確認のための連絡自体に法的リスクはありませんが、「何を・どう聞いたか」の記録を必ず残してください。弁明の機会を与えるという手続き的な正当性の観点からも、この連絡の記録は重要な証拠になります。連絡の内容・日時・相手の反応を記録に残すことを徹底してください。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

詳しく見る →

タイトルとURLをコピーしました