兼務役員の評価軸を分離する設計と処遇根拠の作り方

兼務役員の評価軸を分離する設計と処遇根拠の作り方 人事制度
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「うちの営業部長は取締役も兼務しているけど、評価はどうすればいいんだろう」——中小企業の経営者や兼務人事担当者から、こうした声をよく耳にします。役員としての責任を担いながら、現場のプレイヤーとしても活躍している人材の評価と処遇は、一般社員向けの評価制度をそのまま当てはめることも、役員として一括りにすることもできません。設計を誤ると、税務リスクや社員からの不公平感、退任・降格時のトラブルにまで発展することがあります。この記事では、兼務役員の評価軸を正しく分離し、社内外に説明できる処遇根拠を作るための実務的な考え方を解説します。

「兼務役員」とは何か、まず整理する

兼務役員の評価設計を考えるうえで最初に押さえておきたいのは、「使用人兼務役員」という法的概念です。この概念を正しく理解しないまま処遇を設計すると、税務上のリスクが生じる可能性があります。

使用人兼務役員の定義と要件

使用人兼務役員とは、取締役でありながら部長・営業部長などの「使用人(従業員)」としての地位も持つ者を指します。会社法第2条15号や法人税法第34条などに基づく概念であり、適切に設計すれば、使用人としての給与部分を役員報酬とは別に損金算入できるという税務上のメリットがあります。

ただし、使用人兼務役員として認められるには実態面での要件があります。具体的には、部長など特定の使用人としての職務が明確に存在し、その職務に対して一般社員と同水準の給与が支払われていることが求められます。

代表取締役には適用できない、重要な例外

よくある誤解として、「代表もプレイヤーとして現場をこなしているから、使用人兼務役員として給与を分けよう」と考えるケースがあります。しかし、法人税法施行令第71条第1項により、代表取締役・副社長・専務・常務などは原則として使用人兼務役員として認められません。代表取締役が受け取るすべての報酬は役員報酬として扱われるため、「使用人給与」として切り出すことはできません。この点を誤ると、損金算入が認められないリスクが生じます。

取締役(代表ではない)が対象となるケース

使用人兼務役員として処遇設計を行えるのは、代表権を持たない取締役が営業部長や製造部長などを兼任しているケースです。たとえば「取締役営業部長」という肩書きで、現場の営業活動にも従事している場合が典型例です。このような方に対しては、役員報酬と使用人給与を明確に分離し、それぞれの根拠を文書化することが重要です。

兼務役員の評価軸を「役員」と「プレイヤー」で分離する設計

兼務役員の評価は、役員としての評価軸とプレイヤーとしての評価軸を別々に設計することが基本です。一つの評価シートに混在させると、処遇根拠が曖昧になり、社員や税務調査への説明が困難になります。

役員評価軸で見るべき観点

役員として評価すべき観点は、会社全体への貢献度・意思決定の質・リスク管理・経営目標の達成度です。個人の数字ではなく、組織の方向性を決め、問題を早期に察知し、経営資源を適切に配分しているかどうかが評価の中心になります。これらは取締役会の場や期初の目標設定によって定め、期末に振り返る形で設計します。

プレイヤー評価軸で見るべき観点

使用人としての職務(たとえば「営業部長」)については、一般社員と同様の評価基準を適用します。担当案件の売上・受注件数・部下への指導行動・業務の質など、職種に応じた具体的な指標を設定します。この部分の評価結果が使用人給与の昇降給に連動するルールを明確にしておくことが重要です。

評価シートは物理的に分ける

実務的には、評価シートを別シートまたは別セクションとして明確に分けて運用します。「役員評価シート」と「使用人(部長)評価シート」を別書類として用意し、それぞれの処遇(役員報酬改定・使用人給与改定)への連動ルートも分けて記載します。評価結果と処遇決定のプロセスを取締役会議事録や社内規程に残しておくことで、後々の説明責任を果たすことができます。

処遇根拠を明文化するための設計ステップ

処遇の根拠を明文化するには、役員報酬と使用人給与それぞれの決定プロセスと基準を文書として整備することが必要です。「社長が決めた」では、退任・降格時や社員への説明が成立しません。

役員報酬の決め方と文書化

役員報酬は、法人税法第34条に基づき、定期同額給与として毎月同額を支払うことが損金算入の基本要件です。金額は株主総会または取締役会で決議し、議事録に残します。改定できるのは原則として期の始め(事業年度開始後3か月以内)であり、年度途中の変更は原則損金算入不可となるため、改定タイミングを社内スケジュールとして管理しておくことが大切です。

使用人給与の根拠と比較基準の設定

使用人給与の金額が損金として認められるには、「同等の職務を行う一般の使用人(従業員)と比較して不相当に高額でないこと」が要件です(法人税法施行令第70条)。たとえば、取締役営業部長の使用人給与を設定する際は、同社の一般営業部長クラスの給与水準を基準として、その範囲内に収める形が望ましいです。この比較根拠を文書として残しておくことで、税務調査への対応が格段に楽になります。

社内規程・議事録に残すべき事項

処遇根拠の明文化において最低限整備しておきたい文書は以下の通りです。

文書の種類 記載すべき内容
株主総会・取締役会議事録 役員報酬の総額・個別金額の決議、改定理由
使用人兼務役員に関する社内規程 使用人部分の給与水準、評価連動ルール、昇降給の基準
評価記録(役員・使用人それぞれ) 評価結果、評価者・被評価者、処遇への反映内容
職務分掌規程 役員としての役割と使用人としての役割の区別

社員からの「なぜ評価基準が違うのか」への対応

兼務役員の評価制度を整備する際、社員から「なぜ役員が別の評価基準なのか」という疑問や不満が生じることがあります。この問いに対しては、「責任の範囲と期待される役割が異なるから」という論理を、丁寧かつ透明性をもって説明することが有効です。

役割と責任の違いを言語化する

役員と一般社員では、求められる役割と負う責任の性質が根本的に異なります。役員は会社全体の方針決定・リスク管理・長期的な組織の存続に責任を持ちます。一方、一般社員は与えられた職務範囲でのパフォーマンス向上が期待されます。この違いを「役職定義書」や「等級定義」として文書化し、社員に開示することで、評価基準の差異が恣意的なものではないことを示すことができます。

評価プロセスの透明性を高める

社員の不満の多くは、「何をどう評価されているかわからない」という不透明感から生じます。兼務役員の評価制度を設計する際は、役員評価の観点と結果の概要(すべてを開示する必要はありません)を社員に伝える仕組みを作ると効果的です。たとえば、期末に「今期の経営目標に対する振り返りと来期方針」を役員自ら社員に説明する機会を設けるだけでも、評価の透明性という点でプラスに働きます。

代表者自身の評価をどう担保するか

代表取締役兼プレイヤーの場合、自己評価しか存在しない状況になりがちです。客観性を担保する方法として、社外取締役・顧問・外部の経営コンサルタントなどによる定期的なフィードバックの仕組みを取り入れることが有効です。また、株主がいる場合は株主への定期報告の場を評価機能として活用することも一つの選択肢です。

労務リスクを見落とさない

兼務役員の設計では、税務上の論点だけでなく、労働基準法上の労働者性についても確認が必要です。特に長時間労働が常態化している兼務役員がいる場合には注意が求められます。

使用人兼務役員と労働者性の関係

役員は原則として労働基準法上の「労働者」ではありません(労働基準法第9条)。ただし、使用人兼務役員が実態として指揮命令下で労務提供している場合は、その部分について労働者性が認められることがあります。行政解釈や裁判例でも、形式上の役職名だけでなく、実態での指揮命令関係・業務内容・報酬の性質などが総合的に判断されています。

残業・深夜労働の割増賃金リスク

使用人兼務役員であっても、労働者性が認められる部分については、残業や深夜労働に対して割増賃金が発生する可能性があります。特に中小企業では、「役員だから残業代は不要」という認識のまま長時間労働が続いているケースが見られます。万が一、退任後や紛争発生時に未払い割増賃金を請求された場合、過去にさかのぼって多額の支払いが生じることがあるため、実態に即した確認が必要です。

規模・体制別の対応方針

  • 従業員20名未満・就業規則未整備の場合:まず使用人兼務役員の概念と自社への適用可否を確認し、役員報酬と使用人給与の切り分けを文書で整理することを優先する。
  • 従業員20〜50名・就業規則あり・専任人事なしの場合:既存の就業規則に役員(兼務)の扱いが明記されているか確認し、評価制度の空白部分(役員・マネジメント層)を補完する設計を行う。
  • 社外取締役・顧問税理士がいる場合:評価設計と処遇根拠の整備を税理士・社労士と連携して行い、税務と労務の両面からリスクチェックを受ける。

まとめ

兼務役員の評価設計は、「役員としての経営貢献評価」と「使用人としてのプレイヤー評価」を明確に分離することが出発点です。その前提として、使用人兼務役員という法的概念の適用可否(特に代表取締役には適用不可)を正確に把握し、役員報酬と使用人給与の切り分けを議事録・社内規程として文書化することが欠かせません。評価制度の空白を放置すると、社員との不公平感・税務リスク・退任時のトラブルが重なって表面化します。

「うちの会社の兼務役員の評価、このままでいいのだろうか」と感じたとき、その直感は正しいことが多いです。ウェルセンス株式会社では、中小企業の経営者・兼務人事担当者の方が抱える評価制度・処遇設計・人事労務の課題について、実態に即した整理をご支援しています。まずは気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 代表取締役も使用人兼務役員として給与を分けることができますか?

A. できません。法人税法施行令第71条第1項により、代表取締役は原則として使用人兼務役員として認められません。代表取締役が受け取る報酬はすべて役員報酬として取り扱われます。「自分もプレイヤーとして現場をやっているから給与として切り出したい」という意図であっても、税務上は認められないため注意が必要です。

Q. 使用人兼務役員の給与はどのくらいの金額まで認められますか?

A. 法人税法施行令第70条により、「同等の職務を行う一般の使用人と比較して不相当に高額でないこと」が損金算入の要件です。具体的には、社内で同じ職位・職務内容の一般社員の給与水準を基準として、その範囲内に収めることが安全です。比較根拠を文書化しておくと、税務調査の際に説明しやすくなります。

Q. 兼務役員の評価制度を一般社員向けの評価制度とまったく別に作る必要がありますか?

A. 完全に別の制度を一から作る必要はありません。既存の一般社員向け評価シートに「使用人(部長等)としての評価」の部分を流用し、「役員としての経営貢献評価」のセクションを別シートとして追加する形が現実的です。重要なのは二つの評価軸が混在しないよう物理的に分けて運用することです。

Q. 兼務役員が退任・降格するときに処遇根拠がないとどんな問題が起きますか?

A. 退任・降格時に処遇根拠が明文化されていない場合、「なぜ給与が下がるのか」「役員報酬と給与はそれぞれいくらだったのか」が不明確なまま交渉になりやすく、労働紛争や訴訟リスクが高まります。また、一般社員への降格を伴う場合は、使用人給与として支払われていた金額の根拠がないと、適切な処遇変更の説明ができません。事前に文書として整備しておくことが重要です。

Q. 兼務役員に残業させても問題ないですか?

A. 使用人兼務役員であっても、実態として指揮命令下で労務を提供している部分については労働者性が認められる場合があります(労働基準法第9条および関連する行政解釈・裁判例)。その場合、残業・深夜労働に対する割増賃金が発生する可能性があります。「役員だから残業代は不要」と一律に判断するのは危険で、実態の確認と適切な対応が必要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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