IPO前に人事制度は何を優先して整えればいい?

IPO前に人事制度は何を優先して整えればいい? 人事制度
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「証券会社から”人事制度を整備してください”と言われたけど、何をどこまでやればいいのかわからない」——IPOを目指す成長企業の経営者・管理部長から、こうした声を聞くことが増えています。等級制度、賃金制度、評価制度、労務管理……やるべきことは多いのに、専任人事がいない状態でリソースは限られています。この記事では、IPO審査で実際に何が問われるのか、どの順番で整備すれば効率的かを、実務の観点から整理します。

IPO審査で人事制度はどう評価されるのか

IPO審査における人事制度の評価は、「制度があるかどうか」ではなく、「制度が実際に機能しているか」が問われます。この前提を理解しておくことが、整備の優先順位を正しく決める出発点です。

審査の位置づけ:内部管理体制の一部として見られる

東京証券取引所への上場審査では、「内部管理体制の整備」が要件のひとつとされています。人事制度はこの「組織的運営体制」の一部として審査対象に含まれます。賃金や評価の仕組みが属人的な判断で運用されている状態は、「内部統制が機能していない」と評価されるリスクがあります。

審査で具体的にチェックされる項目

主幹事証券会社や監査法人からのヒアリングでは、おおむね以下のような観点が確認されます。

  • 等級制度:職位・役割の定義が文書化されているか
  • 賃金制度:基本給・諸手当・昇給・賞与の決定根拠が賃金規程として規程化されているか
  • 評価制度:目標設定・評価・フィードバックのサイクルが実際に回っているか
  • 労務管理体制:36協定の締結・届出、時間外労働の実態管理、未払い賃金リスクの排除
  • 人事権の決裁ルール:採用・昇格・異動の承認フローが整備されているか

「制度を作れば通過できる」という誤解に注意

IPO直前に慌てて制度を整備しようとする企業は少なくありませんが、審査では制度の”存在”より”運用の実績と定着”が重視されます。評価制度を申請3ヶ月前に作成しても、評価サイクルを1〜2回回した実績がなければ「機能している制度」とは認められない傾向があります。制度整備は、上場申請期(N期)の2〜3期前(N-2〜N-3期)から着手することが実務上の標準的なスケジュールです。

整備すべき人事制度の優先順位

リソースが限られる中小企業では、すべてを同時に整備しようとすると何も完成しません。審査上のインパクトと整備にかかる工数を踏まえて、着手順序を決めることが重要です。

最優先:就業規則と賃金規程の法的整備

まず最初に手をつけるべきは、法的に整備が義務づけられている就業規則と賃金規程です。労働基準法第89条により、常時10名以上の労働者を使用する事業場は就業規則の作成・所轄労働基準監督署への届出が義務となっています。賃金規程は就業規則の附属規程として位置づけられ、基本給・諸手当・昇給・賞与の決定基準を明文化する必要があります。古い雛形のまま実態と乖離している場合は、現状に合わせた改訂が必須です。また、正社員とパートタイム・有期雇用労働者が混在している企業は、パートタイム・有期雇用労働法に基づく均等・均衡待遇の確保と待遇差の説明義務への対応も同時に進めてください。

次に着手:等級制度と賃金の決定根拠の整理

次に取り組むべきは等級制度の整備です。「なぜこの人がこの給与なのか」を第三者に説明できる状態を作ることがゴールです。複雑な等級体系を作る必要はありません。職位(例:メンバー・リーダー・マネジャー・部長)に対して、役割・期待行動・賃金レンジを定義し、文書化するだけでも大きく前進します。審査では「透明性のある賃金決定の仕組みがあるか」が問われるため、精緻な制度より「説明できる根拠」があることが優先されます。

並行して進める:評価制度の設計と運用実績の積み上げ

評価制度は「運用実績」が問われるため、早期に設計・導入して実際の評価サイクルを回し始めることが重要です。目標設定(期初)→中間レビュー→評価・フィードバック(期末)という基本的なサイクルを1〜2回回すことができれば、審査上の説明材料になります。ただし、評価制度は現場マネジャーの運用が定着しなければ形骸化します。制度設計と並行して評価者向けの説明・トレーニングを実施することが、定着のカギです。

労務コンプライアンスのクリーンアップを同時に進める理由

人事制度の整備と労務コンプライアンスの対応は、別々のプロジェクトではなく一体で進める必要があります。制度が整っていても、労務上の法的リスクが残っていると審査の大きな障害になります。

残業代未払いと36協定の実態確認

IPO審査では過去の法令違反も問われます。特に多いのが、未払い残業代と36協定の形骸化です。勤怠管理が実態に即していない、または36協定の上限時間を実際には超えているケースは、発覚した場合に審査上のリスクとなります。まず自社の時間外労働の実態と協定内容を照合し、乖離がある場合は修正対応の計画を立ててください。

年次有給休暇の取得管理

労働基準法の改正(2019年施行)により、年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対して、年5日の確実な取得が使用者に義務づけられています。取得管理の記録が整備されていない企業は、審査前に台帳の整備と取得促進の仕組みを導入しておく必要があります。

業務委託・パートが混在する場合の整理

20〜50名規模の企業では、正社員・パートタイム・業務委託が混在しているケースが多くあります。業務委託契約が実態として「労働者性」を持つ場合(指揮命令関係がある等)は、偽装請負として問題になるリスクがあります。雇用形態の実態を確認し、必要に応じて契約の見直しを行っておくことが求められます。

20〜50名規模での現実的な整備スケジュール

専任人事がいない中で人事制度を整備するには、スコープを絞り込み、優先度の高いものから着実に完成させていく進め方が現実的です。以下は、上場申請2〜3年前からの標準的な整備ステップの目安です。

時期 整備すべき内容 ポイント
N-3期以前 就業規則・賃金規程の整備、労務実態の棚卸し 法的義務の充足が最優先
N-3〜N-2期 等級制度の設計・文書化、評価制度の導入 シンプルな制度でよいので早期に稼働させる
N-2〜N-1期 評価サイクルの運用実績積み上げ、評価者トレーニング 制度が機能している証拠を作る
N-1〜N期 内部統制との整合確認、人事情報管理体制の整備 J-SOX対応と連動させる

専任人事がいない場合の対処法

CFOや管理部長が兼務で対応している場合、外部の社労士・人事コンサルタントを活用することが現実的な選択肢です。ただし「丸投げ」では審査に通りません。自社の担当者が制度の内容を理解し、説明できる状態にあることが審査では前提とされます。外部を使う場合でも、自社担当者が設計の意図と運用ルールを把握した上で進めることが重要です。

「制度を作る」と「運用を定着させる」は別の工数

整備スケジュールを立てる際によく見落とされるのが、制度設計後の「定着工数」です。評価制度を設計してドキュメントを作成するのに1〜2ヶ月かかるとすれば、評価者へのレクチャー・試行運用・フィードバックの収集・改善には別途3〜6ヶ月程度の期間が必要です。設計完了をゴールに設定してしまうと、審査直前に「制度はあるが機能していない」という状態に陥ります。

現状の整備水準をチェックする視点

自社の人事制度が審査に向けてどの程度整っているかを把握するには、「説明できるか」という基準で現状を評価するのが最もわかりやすい方法です。

「第三者に説明できるか」が合格水準の基準

IPO審査における人事制度の合格水準は、「精緻な制度があるか」ではなく「なぜそのように運用しているか、根拠をもって説明できるか」にあります。次の問いに答えられるかどうかで、現状のギャップを確認してください。

  • この社員の給与がこの金額である根拠を、規程を示しながら説明できるか
  • 昇格・降格の基準と意思決定プロセスを文書で示せるか
  • 過去1〜2回の評価サイクルの記録(目標シート・評価結果等)が保管されているか
  • 全従業員の時間外労働の実績と36協定の内容が整合しているか
  • パートタイム・有期雇用労働者との待遇差について合理的な説明ができるか

未着手の項目があっても「計画と着手」が重要

審査時点ですべての整備が完了している必要はありませんが、「課題を認識しており、対処の計画がある」状態であることが求められます。特にN-1期(直前期)は審査のヒアリングが本格化する時期であるため、この時点では主要な制度の運用実績が積み上がっている状態が理想です。現状の棚卸しと課題整理を早期に行い、整備計画を具体化することが、審査準備の第一歩になります。

まとめ

IPO審査で問われる人事制度の整備は、「制度の存在」ではなく「制度が機能している実績」が評価の核心です。整備の優先順位は、まず就業規則・賃金規程の法的整備、次に等級制度による賃金決定根拠の透明化、そして評価制度の早期導入と運用実績の積み上げという順序が現実的です。労務コンプライアンスの対応(未払い残業代・36協定・有給休暇管理)は人事制度整備と一体で進める必要があります。上場申請の2〜3年前からスケジュールを逆算して着手することが、審査を乗り越えるための最大のポイントです。

ウェルセンス株式会社では、専任人事が不在の成長企業向けに、IPO準備期の人事制度整備・労務コンプライアンス対応のサポートを提供しています。「何から手をつければいいかわからない」という段階からでも、現状の棚卸しと優先順位の整理をご支援できます。まずはお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 従業員が20名規模でも就業規則の整備は必要ですか?

A. はい、必要です。労働基準法第89条により、常時10名以上の労働者を使用する事業場は就業規則の作成・所轄労働基準監督署への届出が義務とされています。IPO審査においても就業規則の整備は基本要件のひとつです。10名未満の場合でも、上場準備を始めている段階であれば早期に整備しておくことを推奨します。

Q. 評価制度は必ずMBO(目標管理制度)にしなければなりませんか?

A. 審査でMBOが指定されているわけではありません。目標設定・評価・フィードバックのサイクルが仕組みとして機能していることが重要です。シンプルな評価シートで期初に目標を設定し、期末に評価を行って本人にフィードバックする、という一連の流れが記録として残っていれば、形式はシンプルなもので構いません。重要なのは「制度の複雑さ」ではなく「運用の実績と定着」です。

Q. 未払い残業代が発覚した場合、IPO審査は通らないのでしょうか?

A. 未払い残業代が存在すること自体が即座に審査不通過になるわけではありませんが、未精算のまま放置している状態は審査上のリスクとなります。一般的には、問題を把握した上で適切に遡及支払いを行い、再発防止のための勤怠管理・賃金計算の体制を整備したことを説明できる状態にすることが求められます。発覚を恐れて先送りにすることが最もリスクが高いため、早期に実態を把握して対処することをお勧めします。

Q. 業務委託のフリーランスを多く使っていますが、IPO審査で問題になりますか?

A. 業務委託契約の実態が「労働者性を持つ」と判断される場合、偽装請負として問題になるリスクがあります。具体的には、業務の遂行方法について詳細な指示を出している、勤務時間・場所を拘束している、などの場合が該当します。IPO審査前に契約内容と実態を照合し、問題がある場合は雇用への切り替えや契約内容の見直しを進めることが求められます。

Q. 上場申請まで1年を切っています。今から人事制度を整備することは可能ですか?

A. 残り期間によりますが、1年を切っている場合は審査スケジュールとの兼ね合いを慎重に確認する必要があります。評価制度は運用実績が問われるため、申請直前の整備では間に合わない可能性があります。まず就業規則・賃金規程の法的整備と労務コンプライアンスのクリーンアップを優先し、評価制度については主幹事証券会社や監査法人と整備状況を共有しながら対応を判断することをお勧めします。早期に現状を棚卸しして、対応できる範囲を確定することが重要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
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