「何度口頭で注意しても改善しない。でも、いきなり解雇はまずい気がする。じゃあ、次は何をすればいいんだろう?」——問題行動を抱える社員への対応が長期化するなかで、こんな思いを抱えている経営者・人事担当者は少なくありません。社員の懲戒処分を段階的に進めることが大切だとわかっていても、具体的な手順や記録の残し方がわからなければ、後から「不当処分」と争われたときに会社が不利な立場に追い込まれます。この記事では、口頭注意から懲戒処分までの正しい進め方を、法的根拠と実務の落とし穴も含めて丁寧に解説します。
懲戒処分が「無効」になる会社が見落としている前提条件
懲戒処分を有効に行うためには、処分の内容が適切かどうかよりも前に、就業規則の整備と周知という「前提条件」が満たされている必要があります。この前提が崩れると、どれだけ丁寧に段階を踏んでも処分自体が無効になるリスクがあります。
就業規則に懲戒事由が明記されているか
労働契約法第7条・第9条は、就業規則に定めのない不利益な処分を労働者に課すことを原則として認めていません。「遅刻が多い」「業務命令に従わない」といった問題行動があっても、それが就業規則の懲戒事由として具体的に列挙されていなければ、懲戒処分の法的根拠を失います。まずは自社の就業規則を開き、「懲戒の種類」と「懲戒事由」の条文を確認してください。「その他これに準ずる行為」という包括条項だけでは、行為の悪質性によっては根拠として弱いと判断されることもあります。
労働者に就業規則が「周知」されているか
就業規則は作成・届出だけでなく、社員が「いつでも確認できる状態」に置くことが法律上の義務です(労働基準法第106条)。紙の就業規則を金庫にしまっていた、入社時に渡したきり以降周知していない、といった状態では「周知されていない」とみなされるリスクがあります。社内掲示板への掲示、共有フォルダへの保存、入社時の説明記録などを整えておきましょう。専任人事がいない中小企業では特に見落とされがちなポイントです。
就業規則が未整備の場合はどうするか
常時10人以上の労働者を使用する事業場は就業規則の作成・届出が義務です(労働基準法第89条)。10人未満でも、懲戒処分を検討する段階になって初めて就業規則の不備に気づくケースが後を絶ちません。就業規則が未整備、あるいは懲戒規定が形骸化している場合は、処分の手続きを進める前に社労士や弁護士に相談して規定を整えることを優先してください。既存の問題社員への対応と並行して整備することも不可能ではありませんが、その場合は専門家の指示に従って進める必要があります。
記録が残っていない口頭注意は「なかった」のと同じ
口頭注意は懲戒処分に向けた第一歩ですが、記録として残していなければ法的には「指導の事実がない」のと同じ扱いになりかねません。段階的に対応を進めるうえで、注意した事実と内容を文書化する習慣が、後のすべての対応を支えます。
口頭注意で記録に残すべき4つの要素
口頭注意を行ったその日のうちに、以下の4点を「指導記録票」として文書化してください。日時と場所、問題行動の具体的な事実(「〇月〇日の始業時刻に15分遅刻した」など抽象的にせず特定する)、会社として求めた改善内容、そして本人の反応や言い訳の内容です。第三者(上司・別の管理職など)を同席させると、記録の信頼性が格段に上がります。「また注意した」という漠然とした記録では、後の懲戒手続きで「継続的な指導をした」証拠として使えません。
書面注意(指導書)に切り替えるタイミング
口頭注意を複数回行っても改善が見られない場合、次のステップは書面による注意(指導書)の交付です。指導書には、これまでの問題行動の経緯、改善を求める具体的な行動、改善期限を明記します。交付時は本人に受領サインをもらうことが原則ですが、拒否された場合はその事実と日時を記録し、可能であれば内容証明郵便での送付も検討してください。「受け取っていない」という後日の言い逃れを防ぐための手立てです。
業務改善指示書(PIP)の活用
書面注意を経てもなお改善が見られない場合、業務改善指示書(PIP:パフォーマンス・インプルーブメント・プラン)の形式で改善目標・達成期限・フォロー面談のスケジュールを明文化します。「3か月間で遅刻をゼロにすること」「週次面談で進捗を確認し、記録を残すこと」のように具体的に設定し、進捗の記録を定期的に蓄積することで、「会社は十分な指導機会を与えた」という事実を積み上げることができます。この記録の積み重ねが、その後の懲戒処分の「相当性」を支えます。
段階的な懲戒処分の全体像と処分の重さの判断基準
懲戒処分は軽い順に段階があり、問題行動の重大性・反復性・改善の余地に応じて相当な処分を選ぶ必要があります。重すぎる処分は労働契約法第15条(懲戒権の濫用)により無効になるリスクがあります。
懲戒処分の種類と使い分け
| 処分の種類 | 内容 | 主な適用場面の例 |
|---|---|---|
| 戒告・譴責 | 口頭または書面で厳重注意。始末書を提出させることもある | 初回の規律違反、軽微な服務違反 |
| 減給 | 賃金の一部をカット。法律上の上限あり(後述) | 繰り返す遅刻・欠勤、軽度の業務命令違反 |
| 出勤停止 | 一定期間の就労を停止し、その間の賃金を支払わない | 重大な服務違反、反復する問題行動 |
| 降格・降職 | 職位・役職・賃金等級を引き下げる | 管理職としての職責を著しく怠った場合など |
| 懲戒解雇 | 即時解雇。退職金が支払われないことも。最終手段 | 横領・重大なハラスメント・刑事事件など |
減給処分で必ず守るべき法律上の上限
減給処分を行う場合、労働基準法第91条により上限が定められています。1回の問題行動に対する減給額は「平均賃金の1日分の半額」以内、同一賃金支払期における減給の総額は「その賃金支払期の賃金総額の10分の1」以内でなければなりません。この上限を超えた減給は、それだけで違法となります。就業規則に「減給とする」と書かれていても、計算上の上限を超えないよう注意してください。
「処分の重さが行為に見合っているか」を判断する視点
同じ遅刻でも、初回か反復かによって相当な処分の重さは異なります。判断の視点は「行為の内容と悪質性」「会社への損害・影響の大きさ」「過去の指導歴と本人の改善努力の有無」「他の社員との処分の均衡」の4点です。特に「他の社員が同じことをしたときにどう処分したか」という一貫性は、不当処分の訴えに対して重要な防衛線になります。処分の重さに迷う場合は、必ず社労士や弁護士に確認してから手続きを進めてください。
弁明の機会の付与と面談の進め方
懲戒処分(特に重い処分)を行う前に、本人に弁明の機会を与えることは判例上も強く求められています。この手続きを省略すると、処分自体が無効になるリスクがあります。
弁明の機会とは何か、なぜ必要か
弁明の機会とは、処分を通知する前に本人から事実関係・言い分を聴く場を設けることです。就業規則に「懲戒委員会を開催する」「本人から弁明書を提出させる」などの手続き規定がある場合は、その手続きを忠実に踏まなければ処分が無効になる可能性があります。規定がない場合でも、面談の場を設けて本人の言い分を聴き、その内容を記録することが実務上の標準です。弁明の機会を与えた事実と、本人が述べた内容を必ず書面で残してください。
面談で想定しておくべき場面と対応
懲戒処分を通知する面談では、本人が感情的になる・泣き崩れる・「弁護士に相談する」と言い出す・その場で退職を申し出るといった反応が起こりえます。面談には必ず上司や別の管理職など2名以上で臨み、1人が話し、もう1人が記録を取る役割分担をしておくことが重要です。本人が激昂した場合は「今日はいったん時間を置きましょう」と席を外させ、場を収めることを優先します。その場で処分の撤回を迫られても、その場で即答せず「確認して回答します」と伝えてください。
処分通知書の交付と記録の保管
口頭での通知だけでなく、処分通知書(書面)を作成して交付することが実務上の原則です。通知書には処分の種類、処分の理由(問題行動の事実を具体的に記載)、処分の根拠となる就業規則の条項番号を明記します。本人の受領サインを取得し、控えは会社で保管してください。受領を拒否された場合は、その事実と状況を記録します。これらの書類は、労働審判・訴訟に発展した場合の証拠として機能します。
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懲戒解雇・普通解雇に踏み切る前に確認すべきこと
解雇は懲戒処分のなかで最も重く、法律上の要件を満たさなければ「不当解雇」として無効になるリスクが最も高い行為です。特に懲戒解雇は、弁護士への確認なしに進めることは避けてください。
懲戒解雇が認められる事由の水準
横領・重大な背任行為・刑事事件への関与・重大なハラスメント(被害者に深刻な被害が生じた場合)など、「会社との信頼関係が完全に破壊された」と社会通念上認められる重大な事由が必要です。「遅刻が多い」「業務態度が悪い」という理由だけで懲戒解雇に踏み切ることは、ほぼ確実に不当解雇と判断されます。また、同一の問題行動に対してすでに別の懲戒処分を行っている場合、同一事案に対して再度処分を重ねることは「二重処分の禁止(一事不再理の原則)」に触れます。
「普通解雇」との違いを理解する
懲戒解雇が「制裁」としての解雇であるのに対し、普通解雇は「職務能力・適性の問題」を理由とした解雇です。長期にわたる業務能力不足や、指導を重ねても改善しない業務遂行能力の問題に対しては、懲戒処分ではなく普通解雇の手続きを検討する場面もあります。どちらの枠組みで対応するかによって、必要な手続きと証拠の積み上げ方が変わります。自社の状況がどちらに当たるかが判断できない場合は、早めに専門家に相談することを強くお勧めします。
解雇に踏み切る前の最終チェックリスト
- 就業規則に解雇事由として明記されているか
- 口頭注意・書面注意・業務改善指導の記録が残っているか
- 弁明の機会を与え、その記録があるか
- 処分の重さが問題行動に対して相当であるか
- 同様の事案で他の社員を同等に扱っているか
- 弁護士・社労士に事前確認をしているか
これらをすべて確認してから手続きを進めることが、不当解雇トラブルを防ぐための最低限の備えです。
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まとめ
社員への懲戒処分を段階的に進めるうえで最も重要なのは、「就業規則の整備と周知」「各ステップでの記録の文書化」「弁明の機会の付与」という3つの柱です。記録のない口頭注意は法的に存在しないも同然であり、就業規則に根拠のない処分は無効になります。また、処分の重さは問題行動の深刻さに見合ったものでなければ懲戒権の濫用(労働契約法第15条)として争われるリスクがあります。
専任人事がいない環境では、「今の対応が正しいかどうか」を自分だけで判断することに限界があります。ウェルセンス株式会社では、問題社員への対応方針の整理から記録のつくり方、面談の進め方まで、経営者・兼務人事担当者の方の実情に合わせてサポートしています。「この状況、どこから手をつければいいかわからない」という段階からでも、お気軽にご相談ください。
よくある質問
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