「休職中の社員から、転職先が決まったので退職したいと連絡が来た。傷病手当金はどうなるんだろう…」——人事専任者のいない会社では、こうした連絡が突然やってきます。退職を認めていいのか、書類対応は何が必要なのか、転職先で働き始めたら受給はどうなるのか。判断材料がないまま対応を誤ると、社員にとっても会社にとっても大きなリスクになります。この記事では、傷病手当金の継続受給の条件から会社が行う証明書対応の実務まで、わかりやすく整理します。
退職後も傷病手当金を受け取り続けられる条件
結論から言うと、一定の要件を満たせば、退職後(資格喪失後)も傷病手当金を受給し続けることができます。この制度は「継続給付」と呼ばれ、健康保険法第104条に根拠があります。
継続給付が認められる3つの要件
退職後に傷病手当金を受給し続けるには、以下の3つをすべて満たす必要があります。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 受給中または受給できる状態 | 退職(資格喪失)時点で、すでに傷病手当金を受給中であるか、受給できる状態にあること |
| 被保険者期間が1年以上 | 退職日前日までに、健康保険の被保険者期間が継続して1年以上あること |
| 退職日に労務不能であること | 退職日当日に出勤・就労していないこと(出勤してしまうと要件が崩れる場合がある) |
特に注意が必要なのが「退職日に労務不能であること」という要件です。退職の手続きや挨拶のために「退職日だけ出社した」というケースで、継続給付の資格を失うリスクがあります。退職日の扱いについては、事前に本人・会社双方で確認しておくことが重要です。
傷病手当金を受給できる期間の目安
傷病手当金を受給できる期間は、支給が開始された日から通算して1年6か月です。2022年1月の法改正により「通算」方式に変わったため、途中で就労して受給が止まった期間があっても、その分は期間に含まれず、合計1年6か月分を受け取れるようになりました(健康保険法第99条)。
たとえば、6か月受給したのち職場復帰して受給が止まり、再び療養が必要になった場合、残り1年分の受給が可能です。休職中 転職する場合は、受給開始からの通算期間を確認することが先決です。
転職先で働き始めたら傷病手当金はどうなるか
転職先で実際に就労を開始した日以降は、原則として傷病手当金の支給は終了します。傷病手当金は「労務不能」であることが受給の前提条件だからです。
「労務不能」でなくなった時点で受給は停止
転職先で働き始めた=就労可能な状態になった、と判断されます。この時点から傷病手当金の受給資格はなくなります。「転職先が決まっているが、まだ入社日ではない」という期間は、引き続き労務不能の状態であれば受給が継続できる場合があります。ただし、これは主治医の判断と健保組合の審査によりますので、個別に確認が必要です。
就労しながら受給を続けると不正受給になる
転職先で働いているにもかかわらず、傷病手当金の受給を続けることは不正受給に該当します。これは元社員本人だけの問題ではありません。会社側が退職前の休職期間について事業主証明欄に記入・押印している場合、虚偽の内容を証明していたとなると、会社にも責任が及ぶ可能性があります。
担当者としては、退職前に「転職先での就労開始日以降は受給できない」ことを社員に正確に伝え、書類への記載内容に誤りがないよう確認しておくことが大切です。
退職後の傷病手当金はどの健康保険から支給されるか
継続給付の場合、傷病手当金は退職時に加入していた健康保険(協会けんぽまたは健保組合)から支給されます。転職先の新しい健康保険からは支給されません。
新しい会社の健康保険には関係しない
転職先に入社して新しい健康保険に加入した後も、継続給付の要件を満たしている期間中は、元の会社が加入していた健保から給付を受けます。転職先の会社や健保組合に対して、この受給について届け出る義務は基本的にありませんが、就労開始とともに受給資格がなくなるため、実務上は「転職先で働き始めた時点で受給終了」が自然な帰結です。
退職後の健康保険の選択肢と傷病手当金の関係
退職後の健康保険には、主に以下の選択肢があります。
- 任意継続被保険者:退職後も最大2年間、元の健保に任意で加入し続ける制度
- 国民健康保険:市区町村の国民健康保険に加入する
- 転職先の健康保険:入社と同時に新たな健保に加入する
重要なのは、どの保険に加入したとしても、継続給付の傷病手当金は「元の健保(協会けんぽ・健保組合)」から支払われる点です。任意継続被保険者になった場合は、引き続き同じ健保の被保険者として申請できます。ただし、国民健康保険には傷病手当金制度が原則としてないため、任意継続を選ぶ方が受給上有利になるケースもあります。
会社側が行うべき書類対応の実務
休職中の社員が退職する際、会社(事業主)には傷病手当金の申請書類における「事業主記入欄」への対応が求められることがあります。何をどのタイミングで行うべきか、整理しておきましょう。
事業主記入欄に記載する内容
傷病手当金の申請書(協会けんぽまたは各健保組合の様式)には、事業主が記載する欄があります。主な記載事項は次のとおりです。
- 休職(欠勤)期間の確認
- 当該期間中の賃金(給与)の支払いの有無とその金額
- 出勤状況の確認(出勤した日がないかどうか)
記載内容に誤りがあると、給付の遅延や不正受給とみなされるリスクがあります。給与明細・勤怠記録を参照しながら、正確に記入・押印してください。
退職前と退職後で対応が変わる
退職前の休職期間に関する申請分については、元会社が事業主証明欄への記入を求められます。一方、退職日以降の申請分については、事業主証明欄が不要となるケースが多く、本人が健保組合に直接申請する形になります(健保組合によって様式が異なるため、確認が必要です)。
担当者として実務上やるべきことを時系列で整理すると、まず退職前の休職期間分の事業主証明欄に記入・押印し、次に退職日・雇用期間・給与支払い状況を正確に記載します。そして退職後の申請については、本人が健保組合に直接申請することを社員に案内します。退職後に元社員から「申請書類を送ってほしい」と連絡が来ることもあるため、対応窓口を決めておくと安心です。
健保組合への問い合わせで止まりやすいポイント
専任人事がいない企業では、「どこに何を確認すればいいかわからない」まま手続きが止まりがちです。まず確認すべき窓口は、会社が加入している健康保険の種類によって異なります。
- 協会けんぽ加入の場合:全国健康保険協会の各都道府県支部
- 健保組合加入の場合:当該健保組合の事務局
申請書様式も窓口のウェブサイトからダウンロードできます。「傷病手当金 申請書 事業主証明」で検索するか、健保組合に直接問い合わせると、現在の様式と記載例を入手できます。
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退職日の設定と社員への説明で注意すること
退職日の取り扱いは、傷病手当金の継続給付に直接影響します。社員への説明と退職日の設定を誤ると、受給資格を失うリスクがあるため、慎重に対応することが必要です。
退職日に出勤させてはいけない理由
前述のとおり、継続給付の要件のひとつが「退職日に労務不能であること」です。退職の挨拶や私物の引き取りのために「退職日だけ出社した」という場合でも、その日に「就労した」と判断される可能性があります。退職日は有給休暇の消化日や自宅療養中の日付にするなど、出勤記録が残らない日に設定することが望ましいです。
社員への事前説明が会社を守る
社員が「退職後も傷病手当金をもらいながら転職先で働ける」と誤解したまま退職するケースがあります。会社として、退職前に「転職先での就労開始日からは受給できないこと」「就労しながら受給を続けることは不正受給になること」を明確に伝えておくことが重要です。口頭だけでなく、メールや書面で記録を残しておくと、後日のトラブル防止になります。
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まとめ
休職中に転職先が決まった社員が退職する場合、健康保険法第104条の継続給付の要件(被保険者期間1年以上・退職日に労務不能)を満たしていれば、退職後も傷病手当金を受給し続けることができます。ただし、転職先で就労を開始した時点で受給は終了します。会社側は、退職前の休職期間分の申請書に正確に事業主証明を行い、退職後の申請は本人が直接健保組合へ申請するよう案内することが基本的な対応です。退職日の設定と社員への事前説明を適切に行うことで、不正受給リスクと会社側の責任リスクを回避できます。
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