昇格したくない社員への対応と制度改善のポイント

昇格したくない社員への対応と制度改善のポイント 人事制度
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「昇格を打診したら、断られてしまった」——中小企業の経営者や兼務人事担当者から、こんな相談が増えています。以前なら「昇格=喜ばしいこと」という共通認識がありましたが、近年は責任の重さや待遇とのバランスを冷静に見極めて、昇格を敬遠する社員が確実に増えています。この記事では、昇格を断られたときの具体的な対応方法から、再発を防ぐための制度改善のポイントまでを実務目線で解説します。

昇格したくない社員は「意欲が低い」わけではない

昇格を拒否する社員を「やる気がない」と判断するのは早計です。多くの場合、原因は制度設計の側にあります。この前提を理解することが、正しい対応への第一歩です。

昇格忌避の背景にある3つの構造的要因

昇格したくない理由として社員がよく挙げるのは、「責任だけ増えて給与が大して上がらない」「管理職になると残業代がなくなると聞いた」「以前昇格した先輩がつぶれた」という3点です。これらはいずれも個人の問題ではなく、制度や組織の運用に起因しています。

特に多いのが「等級が上がっても賃金の上昇幅が小さい」ケースです。等級ごとの賃金レンジが狭く設定されていると、昇格による手取りの増加がわずかしかないにもかかわらず、対応業務や責任範囲は明確に広がります。社員が「割に合わない」と感じるのは、むしろ合理的な判断といえます。

ピーターの法則が組織に根付いていないか

「ピーターの法則」とは、「人は自分の能力の限界に達するまで昇進し続ける」という組織論の概念です。優秀なプレイヤーが管理職に昇格した後、マネジメントに苦戦して組織全体がぎくしゃくした——そういう前例が社内にあると、昇格そのものへの不信感が残ります。研修制度や降格ルールが整備されていない中小企業では、この問題が放置されがちです。

自社の制度を振り返る視点

「昇格したくない社員が増えた」と感じたら、まず自社の制度を点検することをお勧めします。「昇格後の賃金増加は月いくらか」「管理職の残業代はどう扱っているか」「昇格した社員のその後のフォロー体制はあるか」——これらに明確に答えられない場合、制度側に問題がある可能性が高いです。

昇格を断られたとき、会社は強制できるか

結論からいえば、昇格を一方的に強制することは原則としてできません。ただし、何もできないわけでもなく、対応の仕方によって選択肢は複数あります。

人事権の範囲と労働者の意思の関係

昇格・昇進は使用者の人事権の範囲に属しますが、職種変更や転勤を伴う場合など、労働条件の本質的な変更を含むケースでは、労働者の同意が必要となる場面もあります。また、就業規則や雇用契約書に昇格の手続きや基準が定められている場合は、その記載に従った運用が求められます。「断ったから懲戒処分」という対応は、就業規則上の根拠がなければ無効となるリスクがあります。

昇格を断られた場合に取れる現実的な対応

昇格を断られた場合、まず面談を設定して断った理由を丁寧に聞き取ることが重要です。「責任が増えることへの不安」なのか、「報酬への不満」なのか、「家庭の事情」なのかによって、次の対応が変わります。

  • 理由が「責任への不安」→ 役割の明確化・研修の提供・サポート体制の整備
  • 理由が「報酬への不満」→ 昇格後の賃金テーブルの見直し・役職手当の再設計
  • 理由が「個人の事情(育児・介護等)」→ 時限的な猶予・将来の再打診の合意

面談の内容と本人の回答・理由は必ず記録として残してください。将来的なトラブル防止と、制度改善の参考にもなります。

昇格を断ったことを理由とした不利益取り扱いのリスク

昇格を断ったことを理由に、減給・異動・評価引き下げなどの不利益な扱いをすると、労働契約法や判例上の問題が生じる可能性があります。不利益取り扱いを検討する場合は、必ず就業規則上の根拠があるか、その取り扱いに相当性があるかを確認してください。専門家(社会保険労務士・弁護士)への相談を強くお勧めします。

管理職の残業代問題が昇格忌避を生んでいる

「管理職になったら残業代がなくなる」という認識が社内に広がっている場合、それは制度上・法律上の重大な問題を含んでいる可能性があります。この点は経営者・人事担当者として正確に理解しておく必要があります。

「管理監督者」の法的要件を正確に知る

労働基準法第41条第2号は、「管理監督者」について労働時間規制(残業代支払い)の適用を除外しています。しかし、この「管理監督者」に該当するかどうかは、役職名ではなく実態で判断されます。要件は以下の3点です。

要件 実態での確認ポイント
経営上の重要事項への関与 採用・解雇・予算執行などの決定権限があるか
出退勤の自由 始業・終業時刻を自分で決められるか
相応の待遇 管理監督者としてふさわしい賃金水準か

「名ばかり管理職」が招く法的リスク

課長・部長などの役職を付けながら実態として上記要件を満たさない場合、会社は過去にさかのぼって残業代を支払う義務が生じるリスクがあります。労働基準法違反として是正勧告を受けた事例も複数存在します。「課長に昇格したら残業代なし」という慣行がある場合は、まず現状の運用が適法かどうかを専門家に確認することが先決です。

社員の認識を正確に伝えることの重要性

社員が「管理職=残業代ゼロ」と誤解している場合、正確な情報を伝えるだけで昇格への抵抗感が和らぐことがあります。自社の管理職が法的な「管理監督者」に該当するのかどうか、該当しない場合は残業代をどう扱うのかを、明文化して社員に開示することが重要です。

昇格インセンティブが機能する制度設計のポイント

昇格を前向きに捉える組織をつくるには、「昇格すると明らかに得をする」と社員が実感できる制度設計が必要です。制度の見直しは大規模なリニューアルでなくても、ポイントを絞った改善から始められます。

等級定義(グレードディスクリプション)を明文化する

「何ができれば次の等級に上がれるのか」が不明確な制度では、昇格の目標が立てられず、達成感も生まれません。等級ごとに「期待される役割・権限・責任の範囲・賃金レンジ」を文書化し、社員に開示することが基本です。これが整備されていない場合、まず等級定義の作成から着手してください。

賃金レンジと役職手当の設計を見直す

等級が上がったときの賃金増加額が実感できるレベルでなければ、昇格インセンティブは機能しません。昇格による月額増加の目安として、「担う責任の重さに見合う水準」を設定することが重要です。役職手当を別途設ける場合も、その金額が責任の増加に見合っているかを検証してください。

降格ルールを整備して心理的ハードルを下げる

「昇格したら後戻りできない」という感覚が、昇格への躊躇を生んでいることがあります。就業規則に降格(ダウングレード)のルールを明文化することで、「うまくいかなければ戻れる」という安心感が生まれ、昇格への心理的なハードルが下がります。ただし、就業規則上の根拠なく降格・降給を行うと、労働契約法第10条(労働条件の不利益変更の合理性)の問題が生じるため、降格ルールの整備は専門家と連携して行うことをお勧めします。

専任人事がいない会社が制度改善に取り組む現実的な手順

「制度を見直したいが、どこから手をつければいいかわからない」という声は、中小企業の兼務人事担当者からよく聞かれます。完璧な制度を一度につくろうとせず、優先順位をつけて段階的に進めることが現実的です。

現状の「見える化」から始める

まず、自社の等級制度・賃金テーブル・就業規則の現状を書き出すことから始めます。「等級が何段階あるか」「各等級の賃金レンジはどう設定されているか」「管理職の残業代の扱いはどうなっているか」「降格ルールは就業規則に記載があるか」——これらを一覧にするだけで、改善すべき箇所が見えてきます。

従業員規模・状況別の優先対応

会社の規模や状況によって、優先すべき対応は異なります。就業規則が5年以上更新されていない場合は、まず就業規則の法令適合性の確認が先決です。等級制度はあるが賃金レンジが不明確な場合は、等級定義の明文化から着手します。管理職の残業代を一律ゼロにしている場合は、法的リスクの確認を急いでください。専任人事がいない会社では、社会保険労務士や外部の人事コンサルタントを活用することで、作業負荷を大幅に抑えながら制度改善を進めることができます。

制度改善と並行して「対話」を続ける

制度の整備には時間がかかります。その間も、昇格候補者との定期的な面談を続け、「会社として何を期待しているか」「どんな支援ができるか」を継続的に伝えることが重要です。制度が変わる前でも、対話を通じて社員の不安を減らし、昇格への意欲を育てることは可能です。

まとめ

昇格を断る社員が増えているとき、原因の多くは個人の意欲ではなく制度設計にあります。まず「昇格後の賃金増加が実感できるか」「管理職の残業代の扱いが適法か」「降格ルールが整備されているか」の3点を点検することが出発点です。昇格を断られた場合は強制せず、面談で理由を丁寧に確認し、記録を残した上で制度改善につなげることが正しい対応です。

ウェルセンス株式会社では、メンタルヘルス対応・休職復職支援と並行して、人事制度の課題整理や社内対応の相談も承っています。「等級制度を見直したいが何から手をつければいいかわからない」「昇格拒否への対応が正しいかどうか確認したい」という段階からでも、お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 昇格を断った社員に対して、業務命令として昇格を強制することはできますか?

A. 原則として、昇格を一方的に強制することはできません。特に職種変更や転勤など労働条件の本質的な変更を伴う場合は、労働者の同意が必要となるケースがあります。断ったことを理由に減給や不当な処遇をすると、就業規則上の根拠がない場合は違法と判断されるリスクがあります。まずは面談で断った理由を丁寧に確認し、制度や支援体制の見直しにつなげることが現実的な対応です。

Q. 課長以上は残業代を支払わなくてよいと思っていましたが、問題がありますか?

A. 役職名ではなく実態で判断されます。労働基準法第41条第2号の「管理監督者」に該当するには、経営上の重要事項への決定権限、出退勤の自由、相応の待遇という3要件を実態として満たす必要があります。これらを満たさない「名ばかり管理職」に残業代を支払わない運用は違法となり、過去にさかのぼって残業代を請求されるリスクがあります。現状の運用が適法かどうか、社会保険労務士への確認を強くお勧めします。

Q. 等級制度はありますが、賃金テーブルが細かく設計されていません。どこから見直せばよいですか?

A. まず各等級の「期待役割・権限・責任・賃金レンジ」を文書化することから始めてください。これを「等級定義(グレードディスクリプション)」といいます。この定義が不明確なままでは、社員は昇格の意味を実感できず、インセンティブとして機能しません。定義を作成したうえで、昇格による月額増加が社員に実感できる水準かどうかを検証し、必要であれば賃金テーブルを再設計します。専任人事がいない場合は、外部の社会保険労務士やコンサルタントを活用することで効率よく進められます。

Q. 降格制度を導入したいのですが、就業規則への記載はどうすればよいですか?

A. 就業規則に降格(ダウングレード)の発動要件・手続き・賃金への影響を明記することが必要です。就業規則上の根拠なく降格・降給を行うと、労働契約法第10条に定める労働条件の不利益変更の合理性が問われます。また、既存社員への適用には労働者への説明と合理的な理由が求められます。降格ルールの整備は、社会保険労務士と連携して行うことを強くお勧めします。

Q. 昇格打診を断られた際、面談の記録はどのように残せばよいですか?

A. 面談記録には、実施日・面談者・打診内容・本人の回答・断った理由・その後の対応方針を記載します。メモ書きではなく、書面またはデータとして保存してください。可能であれば、本人に記録内容を確認してもらい、署名または同意のメールをもらっておくとトラブル防止に有効です。この記録は将来の評価・処遇の根拠にもなり、制度改善の参考データとしても活用できます。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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