資格費用を返してほしいのに規程がなくて困ったら

資格費用を返してほしいのに規程がなくて困ったら 労務管理
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「資格を取らせたら半年で辞めてしまった。費用を返してほしいが、うちには規程がない……」。採用・育成に投資する成長フェーズの中小企業では、このトラブルが突然やってきます。請求したいけれど法的に大丈夫なのか、逆に問題になるのではないかと不安で動けない——そのモヤモヤを、この記事で整理します。

「規程がないと請求できない」は本当か

結論から言えば、就業規則に返還規程がなくても、請求の根拠がゼロになるわけではありません。ただし、根拠の強さは状況によって大きく変わります。

書面の有無で変わる請求の現実

就業規則の規程がなくても、事前に本人と交わした誓約書や同意書があれば、それが個別合意として請求根拠になり得ます。一方、口頭での約束だけでは「言った・言わない」の水掛け論になりやすく、相手が拒否した場合に法的に回収するのは現実的に難しくなります。

状況 請求可否の見通し
書面の合意も規程も一切なし 請求根拠が薄く、法的回収は困難
口頭合意のみ 立証が難しく実務上難航する
誓約書あり・就業規則の規程なし 誓約書の内容次第で有効な請求根拠となり得る
就業規則に返還規程あり+誓約書あり 最も有効性が高い

20〜50名規模でよくある「規程の穴」

この規模の会社では、就業規則は作成済みであっても、資格取得費用の返還に関する条項が抜けているケースが珍しくありません。採用時や資格支援の都度、個別に誓約書を交わす運用をしていなければ、書面の証拠が何も残っていないことになります。まず手元の就業規則と過去のやり取りを確認することが、今後の対応方針を決める第一歩です。

「請求するか迷っている」「そもそも当社の状況で請求できるか判断がつかない」という場合は、判断を急がず専門家に相談することで、後の法的トラブルを未然に防げます。

労働基準法第16条「賠償予定の禁止」はどこまで影響するか

労基法第16条が禁じているのは「損害賠償の額をあらかじめ決めておくこと」であり、実費相当の返還請求そのものを禁じているわけではありません。この区別が、合法的な請求設計の出発点になります。

条文の正確な意味を押さえる

労働基準法第16条は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定めています。ポイントは「予定する」という部分です。「退職したら一律50万円を払え」のように金額をあらかじめ固定しておくことが問題になります。実際に支出した費用の実費を返してもらう合意は、この条文とは別の次元で判断されます。

「貸付金返還」として構成すると有効性が高まる

裁判例や行政解釈の積み上げから、返還合意が有効と認められやすい構成があります。それは「会社が費用を立替払いし、一定期間在籍すれば返還を免除する」という貸付金型のスキームです。東京地裁の新日本証券事件(平成10年9月25日判決)では、海外留学費用の返還合意について「労基法16条違反ではない」と判断されており、この方式の有効性を示す代表的な裁判例として参照されています。

有効と判断されるための4つの要件

裁判例の積み上げから、返還合意の有効性を高める要件として以下が挙げられます。まず、貸付金の返還という法的性質で構成すること。次に、事前に書面で本人の署名を得ておくこと。また、返還額は実費相当に限り、在籍期間が長いほど免除額が増える按分設計にすること。そして、会社が業務命令として取得させた資格ではなく、支援・補助の性格が強いものであること——この4点を満たすほど、有効性の評価は高まります。

「業務命令で取らせた資格」は特別なリスクがある

会社が「業務上必要だから取得を命じた」資格については、費用を会社の業務遂行コストと捉える考え方が強くなり、返還請求の合理性が著しく低下します。

命令と支援の違いが判断を分ける

たとえば「○○の資格がないと現場に入れないので、今月中に取得するよう」と指示した場合、その費用は業務遂行費用と評価されやすく、「資格取得を支援するから取得したければ申請して」という任意的な補助制度とは性格が異なります。後者であれば返還の合理性が認められやすくなります。過去のやり取りのメールや社内通知が「命令」か「支援」かの証拠になるため、記録を確認しておきましょう。

取得が「業務に直結するか」も判断材料になる

資格の種類も影響します。法令上の必置資格(例:特定の工事に必要な施工管理技士など)を業務のために取得させた場合は、返還請求が認められにくい傾向があります。一方、スキルアップを目的とした汎用的な資格の取得を補助した場合は、転職市場での価値向上という側面もあるため、会社側の請求が認められやすくなります。

規程がない状態で請求する際に避けるべき落とし穴

規程がないまま請求を進めようとすると、別の法令違反を引き起こすリスクがあります。特に賃金との相殺という方法は、多くの経営者が誤解しているポイントです。

給与・退職金からの天引きは原則できない

「最後の給与から差し引けばいい」と考える方は多いのですが、労働基準法第24条の「賃金全額払いの原則」により、賃金や退職金から一方的に相殺することは原則として禁止されています。本人が書面で個別に同意した場合に限り認められますが、退職の場面でその同意を得るのは現実的に難しいことが多いです。給与天引きで回収しようとすると、逆に労働基準法違反として申告されるリスクがあります。

請求すること自体は問題ないが、方法を誤ると逆リスクになる

民事上の請求は、法的根拠さえあれば退職後でも行うことができます。ただし、少額訴訟や支払督促といった法的手続きに移行した場合、費用と時間がかかる割に回収できる金額が小さくなりがちです。また、「不当な損害賠償請求だ」として相手が労働基準監督署や弁護士に相談するケースもあります。請求前に自社の根拠の強さを冷静に評価することが大切です。

今後のために今すぐ整備できる規程の考え方

同じトラブルを繰り返さないために、返還規程と誓約書のセットを整備することが最も確実な再発防止策です。作成にあたって外さないポイントを押さえておきましょう。

就業規則への記載は「貸付・返還免除」の構成で

就業規則に資格取得費用の規程を設ける場合、「退職した場合は費用を弁償する」という損害賠償型の書き方は避けます。代わりに「会社が費用を立替払いし、○年以上在籍した場合は返還を免除する」という貸付返還型の構成にします。在籍期間に応じた按分免除(例:2年以内に退職した場合は残余月数に応じて返還)を設けると、合理性の評価がさらに高まります。

誓約書は資格取得の支援を決めた時点で必ず取得する

就業規則に規程があっても、個別の誓約書を事前に交わすことで証拠として格段に強くなります。誓約書には「自分が自発的に申請した」「返還条件を理解した」という本人の意思確認の文言を入れておくと、後から「強制された」と言われるリスクを下げられます。資格取得支援を決定した段階で、費用支払いの前に署名をもらうことを運用ルール化してください。

規程の整備は就業規則の変更届出が必要

常時10名以上の労働者を雇用する事業場では、就業規則を所轄の労働基準監督署に届け出る義務があります(労働基準法第89条)。返還規程を追加・変更する際は、労働者代表の意見書を添えて届出を行い、従業員への周知も適切に行う必要があります。20〜50名規模で就業規則の届出がまだ済んでいない会社は、この機会にあわせて確認しておきましょう。

「規程の文言に不安がある」「専門的な文言が必要な場合がある」という場合は、ウェルセンス株式会社に相談いただくと、実務的でかつ法的に堅牢な規程案をご提案できます。

まとめ

資格取得費用の返還は、規程がなくても状況次第で請求できる可能性があります。ただし、労働基準法第16条の「賠償予定の禁止」の範囲を誤解したまま動くと、請求方法によっては別の法令リスクを招くことがあります。今まさに請求を検討している場合は、手元の書面の内容と「業務命令か任意支援か」を確認することが出発点です。今後に備えるなら、「貸付金返還型」の構成で就業規則に規程を設け、支援の都度誓約書を取得する運用を整えることが最も有効な対策です。

一人で判断を進めるより、人事労務の専門家に現状をヒアリングしてもらい、実務に即した対応方法を聞いておくことで、後の実装がずっとスムーズになります。ウェルセンス株式会社では、このようなスポット相談にも対応しています。

よくある質問

Q. 就業規則に規程がなく、口頭で「辞めたら返してほしい」と話していただけです。請求できますか?

A. 口頭合意だけでは、相手が否定した場合に合意の存在を立証するのが困難です。請求自体は民事上できますが、法的に強制回収できる可能性は低くなります。請求前に、当時のメールや社内のやり取りなど、合意を示す間接的な証拠がないかを確認することをお勧めします。

Q. 就業規則に「退職した場合は資格取得費用を全額返還すること」と書けば問題ありませんか?

A. この書き方は労働基準法第16条の「賠償予定の禁止」に違反するリスクがあります。有効にするためには「会社が費用を貸し付け、一定期間在籍すれば免除する」という貸付返還型の構成にし、返還額を実費相当とすることが必要です。規程の文言は専門家に確認することをお勧めします。

Q. 退職者の最後の給与から費用を差し引いて支払いたいのですが、問題ありますか?

A. 労働基準法第24条の「賃金全額払いの原則」により、本人の書面による個別同意なしに賃金から一方的に相殺することは原則禁止されています。同意なしに天引きすると、逆に賃金不払いとして申告されるリスクがあります。返還請求は別途、民事上の手続きで進める必要があります。

Q. 会社が「必ず取得するよう」と指示した資格の費用も返還請求できますか?

A. 業務命令として取得を指示した資格については、費用が会社の業務遂行コストと評価される傾向があり、返還請求の合理性が低下します。「支援・補助」として任意申請を受け付けた資格とは区別して考える必要があります。過去の指示内容や通知文書を確認して、どちらに近いかを整理することが重要です。

Q. 今から規程を整備すれば、過去に支援した費用にも遡って適用できますか?

A. 規程の遡及適用は原則として認められません。今後新たに支援する費用については有効に機能しますが、過去にすでに支出した費用については、新規程ではなく当時の合意内容(誓約書の有無など)が判断の基準になります。過去分と今後分を切り分けて対応方針を検討することをお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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