退職金規程がなくても請求されたらどうすればいい?

退職金規程がなくても請求されたらどうすればいい? 労務管理
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「退職金規程なんてうちにはない。だから払う必要はないはずだ」——そう思っていた矢先、退職した元従業員から「退職金を払ってほしい」と連絡が入った。こんな状況に直面している経営者・人事担当者は少なくありません。退職金は法律で「必ず払え」とは定められていませんが、だからといって「規程がなければ絶対に不要」とも言い切れないのが実態です。慣行・口頭合意・パートへの均等待遇など、思わぬルートで支払い義務が発生する可能性があります。この記事では、退職金規程がない場合の法的リスクを整理したうえで、今後のトラブルを防ぐ規程整備の手順まで実務目線で解説します。

退職金規程がなければ払わなくていい? 法的な基本構造

結論から言えば、退職金規程がなければ原則として支払い義務は生じません。しかし「原則」には例外があり、その例外を知らずにいるのが最大のリスクです。

退職金は法律上の「任意給付」

労働基準法には、退職金の支払いを使用者に義務づける条文は存在しません。退職金はあくまで各企業が就業規則・労働契約・慣行によって自主的に設ける制度です。したがって、就業規則にも労働契約書にも退職金に関する記載がなく、過去に支給実績もなければ、退職金を請求されても法的には支払い義務は発生しないのが原則です。

ただし「3つのルート」で義務が生まれる

問題は、規程がない状態でも支払い義務が発生しうるルートが三つあることです。一つ目は就業規則や労働契約への明示的な定め、二つ目は口頭・個別合意、三つ目が「労使慣行」です。このうち最も見落とされやすいのが「労使慣行」であり、次のセクションで詳しく説明します。自社がどのルートに該当するかを確認することが、請求への対応の第一歩になります。

「労使慣行」による退職金請求——意図せず義務が生まれているケース

明文の規程がなくても、過去の支給実績や社内での扱いが積み重なると、裁判所が「慣行として支払い義務がある」と認めることがあります。これを「労使慣行」による退職金請求権の認定といいます。

慣行が成立する三つの要素

労使慣行が法的に認められるには、一般的に以下の三つの要素が揃っていることが論じられます。

  • 同種の扱いが反復・継続されていること(複数の退職者に繰り返し支給してきたなど)
  • 使用者がその扱いを認識・黙認していること
  • 労使双方がその扱いを規範(当然のルール)として意識していること

たとえば「退職者が出るたびに社長の判断で数十万円を渡してきた」という実態が5年・10年と続いていた場合、慣行が成立していると判断される可能性があります。代表的な裁判例として、商大八戸ノ里ドライビングスクール事件(大阪高裁)では明文規程がない状況での退職金請求が慣行として認められた事例があります。

「お礼」のつもりが証拠になる

「長年働いてくれたから退職時に少し包んだ」「社長が”退職金は出す”と口頭で言ったことがある」——こうした行為が、慣行や個別合意の証拠として使われるリスクがあります。特に口頭約束は後から否定しにくく、元従業員が録音や証言を持っている場合には交渉が難航します。まず自社の過去の退職者への対応履歴を洗い出し、類似の支給実績がないかを確認することが重要です。

慣行認定を避けるためのポイント

現時点でまだ請求が来ていない企業は、今後の対応を統一することで慣行の形成を防げます。退職時に支払う金銭があれば「退職金」ではなく「功労金」「餞別」として性格を明確にし、その都度、賞与や贈与に近い任意の給付であることを書面で残しておくと慣行認定のリスクを下げられます。

パートタイマーへの退職金請求——均等・均衡待遇の観点から

「うちのパートには退職金なんて関係ない」と思っていても、職務の実態によっては支払いを求められる法的根拠が生まれている可能性があります。

パートタイム・有期雇用労働法が適用されている

2020年4月から中小企業にも適用が拡大されたパートタイム・有期雇用労働法は、正社員と非正規社員の不合理な待遇差を禁じています。退職金も「待遇」のひとつに含まれるため、正社員に退職金制度がある場合、パートへの不支給が「不合理な差」にあたるかどうかが問われます。

最高裁判例が示した判断基準

大阪医科薬科大学事件(最高裁 令和2年)およびメトロコマース事件(最高裁 令和2年)では、退職金の不支給が不合理かどうかは「職務内容」「配置変更の範囲」「その他の事情」を総合的に考慮して判断すると示されました。単に「パートだから」という理由だけでは不支給を正当化できず、正社員と実態が大きく変わらない業務をしてきた長期勤続パートがいる場合は注意が必要です。

長期勤続パートへの対応チェック

特にリスクが高いのは、勤続10年超・フルタイムに近い勤務時間・正社員と同等の職責を担ってきたパートタイマーです。こうした従業員が退職を迎える前に、待遇の整合性を確認しておくことが実務上のポイントです。すでに退職し請求を受けている場合は、当該従業員の職務内容・勤務実態を整理したうえで専門家に相談することをお勧めします。

今まさに請求を受けている場合の対応フロー

元従業員から退職金を請求された場合、まず落ち着いて事実関係を整理することが先決です。感情的な対応や根拠のない即答は、後の交渉を複雑にします。

事実確認で押さえる四つの点

確認項目 チェックの視点
就業規則・労働契約書の記載 退職金に関する条文・特約があるか
過去の退職者への支給実績 金額・名目・頻度を記録で確認
口頭約束・メールでのやり取り 社長・管理職が退職金を示唆した発言がないか
当該従業員の雇用形態・勤務実態 正社員との職務内容の差異を整理

請求への初期対応で避けるべき行動

「支払う義務はありません」と書面で即答したり、逆に「少し払えばいいか」と安易に応じたりすることは避けてください。前者は後から慣行や合意の証拠が出てきたときに不誠実な対応とみなされるリスクがあり、後者は新たな慣行を形成したり、支払い額をめぐってさらに紛争が拡大するリスクがあります。まず事実確認を行い、法的な判断が必要な場合は社会保険労務士・弁護士に相談するのが安全です。

交渉相手が代理人(労働組合・弁護士)の場合

元従業員の代理人として労働組合や弁護士から通知が届いた場合は、個人交渉よりも法的根拠の整理が重要になります。通知書を受け取ったら内容を保存し、回答期限を確認したうえで専門家に状況を共有してください。感情的な返答や無視は紛争をエスカレートさせる原因になります。

退職金規程の整備手順——トラブルを防ぐための現実的な進め方

退職金規程を新たに整備することで、将来的なトラブルリスクを大きく下げられます。重要なのは「今から作れば、過去分を遡って払う義務は原則生じない」という点です。

新設と不利益変更の違いを理解する

退職金の慣行や合意が成立していない状態から規程を新しく作る場合、その規程の施行日以降の勤続期間に対して適用するのが原則です。過去分まで遡って支払い義務が生じるわけではありません。一方、すでに慣行・合意がある状態で「規程を作ってそれ以下に切り下げる」行為は、労働契約法第10条の不利益変更に該当し得るため注意が必要です。自社に慣行・合意がないことを確認したうえで、新設作業に入ることがスタートラインになります。

就業規則への記載と労働基準監督署への届出

常時10名以上の労働者を使用する事業場は、就業規則の作成・届出が労働基準法第89条により義務づけられています。退職金制度を設ける場合は、就業規則または別規程(退職金規程)に記載し、就業規則本体と一体として所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。なお、従業員数の計算にはパートタイマーも含まれます。就業規則の変更・新設には従業員への周知と、過半数代表者または過半数組合からの意見聴取(第90条)も必要です。

規程内容を設計するポイント

退職金規程を設計するうえで最低限決める必要があるのは、支給対象者の範囲(正社員のみか、パートを含むかなど)、算定方法(基本給連動型・ポイント制・確定拠出型など)、支給事由の区分(自己都合・会社都合・懲戒など)の三点です。特にパートタイマーの扱いは、職務実態に応じた合理的な差異を設定することが均等・均衡待遇の観点からも重要です。自社の財務体力に見合った制度設計を行うため、社会保険労務士への相談を早めに検討することをお勧めします。

まとめ

退職金規程がなければ法的な支払い義務は原則として発生しません。しかし、過去の支給実績による労使慣行の成立、口頭や個別合意による債務の発生、パートタイマーへの均等・均衡待遇義務など、複数のルートで予期せず請求権が認められるリスクがあります。請求を受けた場合はまず就業規則・支給実績・発言記録の三点を確認し、感情的な即答を避けることが大切です。今後のトラブルを防ぐためには、退職金規程を新設し、就業規則と一体として整備・届出を行うことが有効です。規程の新設であれば施行日以降の勤続分への適用が原則であり、過去分の遡及支払い義務は原則生じません。「うちの会社は慣行に当たるか」「パートへの対応をどうすべきか」など、個別の判断が必要な場面では、一人で抱え込まず専門家と一緒に整理することが最短ルートです。ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・兼務担当者の方からのご相談を受け付けています。退職金をめぐる不安や就業規則整備のお困りごとがあれば、お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 退職金規程がない会社でも、退職金を払わなければならないケースはありますか?

A. はい、あります。規程がなくても、複数の退職者に継続して支給してきた実績がある場合は「労使慣行」として支払い義務が認められる可能性があります。また、採用時や在籍中に口頭で退職金支給を約束していた場合は、個別合意として債務になりえます。まず自社の過去の退職対応履歴を確認することが第一歩です。

Q. パートタイマーから退職金を請求された場合、正社員と同じように支払う必要がありますか?

A. 必ずしも正社員と同額を支払う必要があるわけではありませんが、職務内容や配置変更の範囲が正社員と実質的に変わらない場合は、パートタイム・有期雇用労働法の均等待遇の観点から、不支給が不合理と判断される可能性があります。大阪医科薬科大学事件・メトロコマース事件(いずれも最高裁 令和2年)が示したように、実態に応じた個別判断が必要です。

Q. 今から退職金規程を作ると、現在の社員全員に過去分まで払わなければなりませんか?

A. 慣行や個別合意がない状態から新たに規程を設ける場合、原則として規程の施行日以降の勤続期間を対象とする設計となり、過去分への遡及支払い義務は生じません。ただし、すでに慣行や合意が存在する状態でそれを下回る内容の規程を作ると「不利益変更」の問題が生じる場合があります。新設前に自社に慣行・合意がないことを確認することが重要です。

Q. 従業員が10名未満の会社でも退職金規程は必要ですか?

A. 常時10名未満の事業場は就業規則の作成・届出義務がないため、法律上は退職金規程の作成も義務ではありません。ただし、退職金を支給する運用を行う場合はトラブル防止のために書面で明確にしておくことを強くお勧めします。従業員数が増えて10名を超えた時点で就業規則の整備義務が生じますので、早めに準備しておくことが得策です。

Q. 元従業員の代理人弁護士から退職金請求の通知書が届きました。どう対応すべきですか?

A. まず通知書を保存し、回答期限を確認してください。期限内に根拠のない即答や無視をすることは避け、自社の就業規則・支給実績・過去の発言記録などを整理したうえで、社会保険労務士または弁護士に相談することをお勧めします。代理人が付いている段階では法的な検討が不可欠であり、感情的な対応や口頭だけのやり取りは後の交渉を不利にするリスクがあります。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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