「実は以前、うつ病を患っていまして——」。面接の途中で応募者にそう打ち明けられたとき、あなたはどう対応しますか?「どこまで聞いてよいのか」「不採用にしたら差別になるのか」「記録はどう残すべきか」。専任人事がいない企業ほど、その場の判断が後のトラブルにつながりやすい局面です。この記事では、法的リスクを踏まえながら、中小企業が取るべき実務対応を解説します。
まず知っておくべき法律の基本構造
採用選考でメンタル不調の開示があった場合、関係する法律は大きく3つあります。それぞれの役割を正確に理解することが、適切な判断の出発点になります。
障害者雇用促進法が禁じる「不当な差別的取扱い」
障害者雇用促進法第34条・第35条は、事業主が障害を理由に応募や採用の機会を不当に制限することを禁止しています。ここで重要なのは「不当に」という言葉です。メンタル不調の既往歴があるというだけで一律に不採用にすることは、この条文に抵触するリスクがあります。一方で、「当該業務の要件を客観的に満たさない」という判断に基づく不採用は、差別的取扱いには該当しないとされています。つまり、判断の構造が「メンタル不調があるから×」ではなく、「この業務に必要な〇〇の要件を満たさないから×」になっているかどうかが問われます。
合理的配慮の提供義務(障害者雇用促進法第36条の3)
2016年施行の改正障害者雇用促進法により、民間事業主にも合理的配慮の提供が義務付けられました。これは中小企業も例外ではなく、努力義務ではありません。採用選考の段階で応募者から配慮の申し出があった場合、企業はその内容を検討する義務があります。ただし、「事業主に過重な負担を及ぼす場合」は義務の例外とされており、企業規模・業務内容・コストを総合的に考慮して判断します。20〜50名規模の企業では、大企業より負担の閾値が低く認められやすい面がありますが、「対応が面倒だから」は理由になりません。
病歴は「要配慮個人情報」として厳格に扱う
個人情報保護法第2条第3項により、病歴・障害の有無・精神疾患に関する情報は「要配慮個人情報」に分類されます。取得には原則として本人の同意が必要で、利用目的の範囲内でのみ使用しなければなりません。応募者が自発的に話してくれた情報であっても、それを詳細に掘り下げて聞いたり、選考上の判断に不要な形で記録したりすることは問題になりえます。この点は多くの企業が見落としがちなリスクです。
開示があった瞬間の受け止め方と初期対応
応募者からメンタル不調の開示があった直後の対応が、その後のリスクを大きく左右します。まず心がけるべきは「深く掘り下げない」こと、そして「業務要件の観点から丁寧に確認する」ことです。
自発的な開示と、こちらからの質問は性質が異なる
応募者が自分から話してくれた場合と、面接担当者が「健康状態に問題はありますか」と質問した場合では、法的な取り扱いが異なります。前者は本人の意思による情報提供ですが、後者は企業側が要配慮個人情報を能動的に収集しようとしている行為になります。厚生労働省の「公正採用選考基準」においても、応募者の健康状態を選考の基準とすることは原則として不適切とされており、不必要な質問は避けることが基本です。面接で健康状態を聞く場合は、「この業務を遂行するうえで、配慮が必要なことはありますか」という業務要件に紐づけた形が適切です。
開示直後にやってはいけない3つの行動
応募者が開示してきたとき、以下の対応は後のトラブルの種になります。まず、病名・治療歴・服薬状況などを深掘りして聞くことは、要配慮個人情報の過剰収集にあたります。次に、開示を受けた直後に「それでは今日の面接はここまでにします」などと打ち切ることは、差別的取扱いの証拠となりやすい。そして、「うちの会社には難しいですね」と即座に否定的な反応をすることも同様です。基本姿勢は、他の応募者と同様に選考を続けながら、業務遂行可能性を確認するプロセスに移ることです。
業務要件に紐づけた確認の進め方
開示を受けた後は、感情的な反応を避け、業務要件の観点から冷静に確認を進めます。たとえば「ご共有いただきありがとうございます。業務上で配慮が必要なことがあれば教えていただけますか」と促し、「週5日のフルタイム勤務は可能か」「電話対応や外出を伴う業務に支障はないか」「現時点での主治医からの就労制限はあるか」という形で、業務要件に照らした確認をします。この段階で得た情報は、選考の判断材料として正当に使用できます。
合理的配慮の範囲と「過重な負担」の判断基準
応募者から配慮の申し出があった場合、企業はその内容を検討しなければなりません。しかし、すべての申し出に応じる義務はなく、「過重な負担」に該当するかどうかを合理的に判断することが求められます。
20〜50名規模企業での現実的な判断軸
合理的配慮の「過重な負担」は、企業規模・業務内容・経済的負担・他の従業員への影響などを総合的に考慮して判断します。部署が2〜3しかない企業では、業務の融通が利く範囲が限られており、大企業と同等の配慮を求めることは現実的ではありません。たとえば「週3日勤務希望」や「電話対応不可」という条件が、その職務の本質的な要件と矛盾する場合、過重な負担として断ることは合理的と判断されやすいです。ただし、「制服のサイズ変更」「受験場所の移動」「試験時間の延長」などの小さな配慮は、負担が軽いため対応が求められます。
配慮の可否を判断するための比較表
| 申し出の内容 | 過重な負担になりやすいか | 判断のポイント |
|---|---|---|
| 面接場所を1階に変更 | ならない | コスト・影響ともに軽微 |
| 筆記試験の時間延長 | 状況による | 他応募者との公平性を検討 |
| 週3日勤務・残業不可 | なりやすい | 業務の本質的要件と照合が必要 |
| 電話対応・接客業務の全面免除 | なりやすい | 職務記述書に明記された要件なら断れる |
| 静かな執務スペースの確保 | 状況による | 物理的・経済的コストを確認 |
「できないこと」を伝える際の丁寧な対話
過重な負担と判断した場合でも、頭ごなしに断るのではなく、「現状ではこの条件での対応は難しいですが、他に工夫できることがあれば一緒に考えます」という姿勢を示すことが大切です。対話のプロセスを踏んだことを記録として残しておくことも、後のトラブル防止に役立ちます。対話なしに即座に拒否した場合、合理的配慮義務を果たしていないと見なされるリスクが高まります。
不採用にする場合のリスク管理と記録の残し方
メンタル不調の開示後に不採用にする場合、最も重要なのは「不採用理由の記録内容」です。記録の書き方を誤ると、それ自体が差別の証拠になりかねません。
「メンタル不調を理由に不採用」という記録は絶対に避ける
日本では、企業が応募者に不採用理由を開示する法的義務はありません。しかし、内部記録として「精神疾患の既往があるため不採用」と書いた場合、その記録が開示・漏洩した際には差別を証明する有力な証拠となります。不採用理由の記録は必ず「業務要件に照らした客観的な評価」に基づいて作成してください。たとえば「当職務に必要な週5日フルタイム勤務が困難とのことであり、業務遂行要件を満たさないと判断した」という記録であれば、健康情報を理由とした差別とは切り離せます。
選考評価シートに残すべき内容と残すべきでない内容
選考記録には、スキル・経験・コミュニケーション能力・業務要件への適合性といった、客観的な評価項目を記載します。病名・治療状況・服薬内容・通院頻度などの医療情報は、評価シートに記録する必要はありません。「業務上の配慮事項として〇〇の申し出があり、当社の現状では対応が困難と判断した」という形であれば、業務要件に基づく判断として記録できます。選考終了後、不要になった医療情報は速やかに廃棄することも個人情報保護の観点から重要です。
応募者から「なぜ不採用か」と問い合わせがあったとき
開示とほぼ同時期に不採用通知が届いた場合、応募者が「開示したから落とされた」と感じ、問い合わせや苦情につながることがあります。この場合、「選考全体を通じた総合的な判断の結果」と伝えることは一般的ですが、開示情報を理由にしていないことを裏付ける記録が残っていることが重要です。問い合わせへの対応内容と日時も記録として残し、もし紛争に発展した場合の対応準備をしておくことが望ましいです。就業規則や採用基準の整備が進んでいない企業ほど、このリスクは高まります。
個別のシチュエーションで判断に迷ったら、早期の専門家相談が双方のリスク軽減になります。
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試用期間中に開示された場合の取り扱い
選考中ではなく、入社後の試用期間中にメンタル不調が開示・発覚した場合は、対応の枠組みが変わります。この段階では労働契約が成立しているため、より慎重な対応が必要です。
試用期間中の解雇・本採用拒否には「客観的合理性」が必要
試用期間中の本採用拒否は、判例上「解雇に準じた」取り扱いがなされており、合理的な理由なく行うことは違法とされるリスクがあります(最高裁昭和48年12月12日・三菱樹脂事件判決が採用の自由と試用期間の法的性質を整理しています)。「メンタル不調があることが判明したから」だけでは、本採用拒否の理由として不十分です。「業務遂行能力や健康状態が、雇用条件として提示した職務を果たすに足らないと客観的に判断できる」という根拠が必要です。
選考中の開示との主な違い
選考段階では採用しない自由が企業側に広く認められていますが、雇用関係が成立した後は労働者保護の観点が強くなります。試用期間中に開示があった場合は、まず産業医(50人未満でも嘱託産業医を活用することが可能です)や専門家への相談、就業規則に基づく休職制度の案内など、雇用を継続するための対応を検討するプロセスを踏むことが重要です。このプロセスを記録に残しておくことが、後のトラブル防止になります。
試用期間中の対応は選考段階よりも複雑です。人事部門がない企業こそ、専門家のサポートを早めに検討することをお勧めします。
まとめ
採用選考でメンタル不調の開示があったとき、専任人事がいない企業ほど「その場の感覚」で対応しがちです。しかし、障害者雇用促進法・個人情報保護法・判例の積み重ねは、対応の誤りを後から問われる根拠になります。
重要なポイントを改めて整理すると、まず「病気を理由にした判断」ではなく「業務要件に基づいた判断」の構造を持つこと。次に、合理的配慮の申し出があれば対話のプロセスを踏んで記録に残すこと。そして、不採用記録には医療情報を書かず、業務要件ベースの評価内容のみ記載することが、自社を守る基本線です。
「うちの会社に当てはめたらどうなるのか」「どこからが過重な負担になるのか」——そうした個別の判断に迷ったとき、一人で抱え込まずに専門家に相談することが最も確実なリスク管理です。ウェルセンス株式会社では、採用時のメンタルヘルス対応から休職・復職支援まで、中小企業の実情に合わせた人事労務の相談に対応しています。「こんな些細なことを聞いてもいいのか」という段階からでも、お気軽にご相談ください。
よくある質問
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