「社労士さんに頼んでいるから、制度のことはお任せしている」——その認識が、人事制度導入の停滞を招いているケースは少なくありません。社労士への相談窓口はある、でも制度が一向に完成しない。そんな状況に心当たりがある方は、まず「誰が何をやるのか」の役割分担を整理するところから始める必要があります。本記事では、社労士・コンサルタント・社内担当それぞれの役割の境界線を明確にし、専任人事のいない中小企業でも人事制度導入を前に進めるための考え方をお伝えします。
社労士に「丸投げ」できない理由
社労士は法令手続きの専門家であり、等級制度や評価制度の設計は原則として業務範囲外です。この認識のズレが、制度導入が止まる最大の原因になっています。
社労士の仕事は「法令の番人」
顧問社労士がいる会社でよく起きる誤解が、「社労士に相談すれば人事制度全体を整えてもらえる」というものです。しかし社労士の主な業務は、就業規則・賃金規程の作成と届出、社会保険・労働保険の手続き、労働基準法や育児・介護休業法などの法改正への対応、そして行政対応や労使トラブルへの法的助言です。これらはすべて「法令に基づく義務的な整備」に集中しています。
たとえば、常時10名以上の従業員を雇用する会社には就業規則の作成・届出が義務付けられています(労働基準法第89条・第90条)。常時50名以上であればストレスチェック制度の実施も法定義務です(労働安全衛生法第66条の10)。これらの法定義務領域は社労士が主担当になれます。
等級制度・評価制度は「任意設計」の領域
一方、等級制度・評価制度・キャリアパス・賃金テーブルの設計は法令で定められた義務ではなく、会社が任意で設計する領域です。この部分は社労士の専門外であることが多く、「別途費用・専門外です」と言われて初めて気づく経営者も多くいます。顧問社労士が優秀であっても、この構造的な分業を理解していないと、相談しているのに前進しないというもどかしい状況が続きます。
就業規則の変更には法的リスクが伴う
既存の賃金体系や評価制度を変える場合、労働条件の不利益変更に該当するリスクがあります。労働契約法第9条・第10条では、労働者に不利益な労働条件の変更は原則として無効とされており、変更の必要性・相当性・代替措置の有無について合理的な根拠が必要です。制度改定時には必ず社労士による法的確認を経ることが実務上の鉄則であり、この点は社労士の出番です。評価制度のリニューアルと法的手続きは一体で進める必要があります。
社労士とコンサルタントの違いと使い分け
社労士は「法令遵守の整備」、コンサルタントは「制度設計と定着支援」と、担う機能が根本的に異なります。どちらが優れているかではなく、目的に応じて使い分けることが重要です。
コンサルタントが得意な領域
人事コンサルタントの強みは、等級制度・評価制度・賃金テーブルの設計、導入プロジェクトの進行管理、評価者向け研修や制度説明会の企画・実施、そして組織の課題分析やHR戦略の策定にあります。社労士が「法令上問題がないか」を守る役割だとすれば、コンサルタントは「どんな制度を作り、どう根付かせるか」を担う役割です。
ただし、コンサルタントは資格業ではないため、法的な手続きや行政届出は行えません。制度設計が完成した後の就業規則への反映・届出は社労士に依頼する必要があります。
「どちらに頼むか」の判断基準
| 状況 | 向いている選択肢 | 理由 |
|---|---|---|
| 就業規則・規程の整備が主目的 | 社労士 | 法令対応が主業務の中心 |
| 等級・評価・賃金制度を一から設計したい | コンサルタント | 制度設計は社労士の専門外のケースが多い |
| 制度設計+法的整備を両方進めたい | コンサルタント+社労士の連携 | それぞれの専門領域を組み合わせる |
| 社内に人事の知見があり、伴走支援だけほしい | どちらか一方でもよい | 社内主導で進めつつ専門家を部分活用 |
規模別の現実的な選択肢
従業員20〜30名規模の会社では、本格的なコンサルティング費用が負担になるケースもあります。この規模であれば、まず社労士と相談しながら就業規則・賃金規程を整え、評価の仕組みはシンプルな目標管理(MBO)から始めるという段階的アプローチが現実的です。一方、従業員40〜50名規模になると、等級定義・評価基準・賃金テーブルの整合性が問われ始めるため、コンサルタントへの相談を検討するタイミングといえます。
社内担当が担うべき役割を明確にする
外部専門家に依頼する場合でも、社内担当者が担うべき役割は必ず残ります。この部分を設計せずに外部に委ねると、プロジェクトは必ず止まります。
社内でしか決められないことがある
どれだけ優秀なコンサルタントや社労士でも、「この会社が何を大切にするか」「どういう人材を評価したいか」という経営方針の核心部分は、外部には決められません。社内担当(経営者・兼務人事)が担うべき主な役割は、会社のビジョン・経営方針の言語化、現場実態や社員の声の収集・社内調整、制度設計への意思決定・承認、そして導入後の運用・定着フォローです。
特に「現場実態の収集」は見落とされやすいポイントです。外部コンサルタントが設計した制度が形骸化する最大の理由は、現場実態とのズレです。社内担当者が現場の声を拾い、コンサルタントにフィードバックするインターフェースの役割を担うことが、制度の定着に直結します。
「主導権の所在」を最初に決める
人事制度導入プロジェクトが止まる場面の多くは、「誰が最終的に決めるのか」が曖昧なときです。社労士やコンサルタントは「選択肢の提示」はできても、「会社としての決断」はできません。プロジェクト開始前に、意思決定者(多くは経営者)、事務局(兼務人事担当)、外部支援者(社労士・コンサル)の役割と承認フローを明文化しておくことが、スムーズな推進の前提条件です。
兼務人事が現実的に動ける工数を把握する
専任人事がいない環境では、制度導入プロジェクトに割ける時間が限られています。「週に何時間、プロジェクト業務に使えるか」を事前に把握し、外部に任せる範囲を逆算することが重要です。外部に手厚く依頼するほど費用は上がりますが、社内工数が過剰にかかり通常業務に支障が出るよりは費用対効果が高いケースもあります。自社の工数キャパシティを正直に外部専門家に伝えることが、適切な支援設計につながります。
費用対効果の考え方と稟議の通し方
人事制度導入のコストは「投資」として捉えることが重要です。何に対する投資なのかを明確にすれば、経営者への説明の軸が立ちます。
費用対効果を「離職コスト」で考える
人事制度の整備が最も直接的にインパクトを与えるのは、採用・定着・離職のコストです。中途採用にかかる費用(求人媒体費・エージェント手数料・採用にかかる担当者工数)に加え、入社後の教育期間・戦力化までの期間を考えると、1名の離職が会社に与えるコストは想像以上に大きくなります。人事制度が整うことで「評価への不満」「キャリアの見通しが立たない」という離職理由が減少すれば、採用・育成コストの削減として費用対効果を測ることができます。
「制度がない状態のリスク」を可視化する
稟議が通りにくい理由の一つは、「制度導入後のメリット」だけを語ることです。それと同時に「制度がない状態を続けた場合のリスク」を可視化することが説得力を高めます。評価基準の不透明さによるエース社員の離職、同一労働同一賃金対応の不備による法的リスク、賃金体系の整備不足による採用競争力の低下——これらは「制度を作らないコスト」として経営者に示せる論点です。
外部費用の相場感と段階的投資
コンサルタントへの依頼費用は、支援の範囲・規模・期間によって大きく異なります。具体的な数字は依頼先により異なりますが、一般的に制度設計フェーズだけの単発支援より、導入・定着フェーズまで含めた継続支援のほうが制度が機能しやすいとされています。予算に制約がある場合は、すべてを一度に整えようとするより、就業規則整備→評価制度設計→賃金テーブル整備という段階的な投資計画を立て、各フェーズの効果を検証しながら進む方が経営者の承認も得やすくなります。
🔗 社労士かコンサルタントか、判断に迷ったら、まずは現状整理から始めましょう。 →
人事制度導入プロジェクトを前に進める進め方
役割分担が整ったら、プロジェクトを実際に動かす進め方の骨格を設計します。小さく始めて確実に積み上げる構造が、中小企業には最も適しています。
現状把握から始めるアセスメントの重要性
制度設計の前に、現在の課題を整理するアセスメント(現状把握)のフェーズが不可欠です。「なぜ今、人事制度を整えるのか」「現状のどんな問題を解決したいのか」を明確にしないまま制度設計を始めると、完成した制度が課題とズレる可能性があります。社員へのヒアリング、既存規程の確認、他社との報酬水準の比較などを通じて、自社の「人事制度の現在地」を把握することが最初のステップです。
「完璧な制度」より「動かせる制度」を優先する
中小企業では、大企業の精緻な制度をそのまま導入しようとして失敗するケースが多くあります。制度が複雑すぎて評価者が使いこなせない、運用に時間がかかりすぎて現場の負担になる、といった問題です。最初から完璧な制度を目指すより、「今の規模と体制で実際に運用できる制度」を設計し、毎年見直しながら育てていく発想が重要です。制度は作った時点が完成ではなく、運用を重ねながら改善していくものです。
定着フェーズを設計に組み込む
制度が完成した後の「定着フェーズ」をプロジェクト設計に組み込むことが、導入成功の分岐点です。評価者向けの研修・フィードバック面談の練習・社員への制度説明会・初回評価後の振り返りミーティングなど、制度を「使えるようにする」ためのプロセスが必要です。コンサルタントへの依頼範囲にこの定着フェーズが含まれているかを契約前に確認することが重要なチェックポイントです。
🔗 人事の課題は、社内だけで抱えずプロの視点を取り入れることが解決の近道です。 →
まとめ
人事制度導入における役割分担の基本は、社労士が法令遵守の整備を担い、コンサルタントが制度設計と定着支援を担い、社内担当が経営方針の明示と意思決定・現場との橋渡しを担うという三者連携にあります。どれか一方に丸投げしても制度は完成せず、動いても定着しません。
専任人事がいない中小企業だからこそ、「自社は何を外部に任せ、何を社内でやるか」を最初に整理することが、プロジェクトを前に進める最短ルートです。就業規則の法的整備と評価制度の設計を混同せず、自社のフェーズに合った支援者を選ぶことが、費用対効果の高い制度導入につながります。
ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない成長企業の経営者・兼務人事担当者の方を対象に、人事制度の現状把握から役割分担の整理、支援体制の設計まで、一緒に考える相談の場を設けています。「何から始めればいいかわからない」という段階からでも、ぜひお気軽にご相談ください。
よくある質問
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