給与逆転を解消する等級制度導入3ステップ

給与逆転を解消する等級制度導入3ステップ 人事制度
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「あの人、私より仕事してないのに給料高いんですよね」——そう打ち明けてきたのは、入社2年目のエース社員だった。その翌月、彼女は退職した。創業メンバーへの配慮から給与体系を触れずにいた結果、育てた人材が離れていく。このような状況を「なんとかしなければ」と感じながらも、どこから手をつけていいかわからない経営者・人事担当者のために、給与逆転を解消する等級制度の導入ステップを実務的に解説します。

給与逆転を放置すると何が起きるか

給与逆転は「不公平感」にとどまらず、採用力・定着率・経営判断の三つを同時に毀損します。現状の危険度を正確に把握することが、等級制度の整備へ向けた第一歩です。

優秀な人材から先に辞めていく構造

給与逆転が生じている職場では、自分の市場価値を正確に把握している優秀な社員ほど早く気づき、早く動きます。創業メンバーが高い給与を受け取っている一方、成果を出している後発社員の給与が抑えられていると、後発社員は転職市場で同等の給与・処遇を得るほうが合理的だと判断します。「辞めにくい」と感じるのは、むしろスキルの低い社員です。結果として、残るべき人が残らない逆選択が起きます。

採用市場での競争力が落ちる

創業メンバーの給与水準が固定されたまま人件費の上限が決まると、新規採用の提示額も自ずと縛られます。即戦力の中途採用者は複数社を比較するため、給与レンジを開示した段階で選考離脱が起きます。等級制度がなければ「うちではこのポジションでこのくらい払える」という説明ができず、採用コミュニケーション自体が成立しにくくなります。

「なぜ?」に答えられないことで信頼が崩れる

給与の根拠を説明できない状態は、経営への不信感に直結します。「採用時の交渉結果」「当時の会社の事情」という説明は、一度は通るかもしれません。しかし同じ問いが繰り返されるとき、制度の不在が経営の恣意性として映ります。等級制度は「なぜこの給与なのか」を仕組みで説明するための言語です。

等級制度とは何か、どの型を選ぶべきか

等級制度とは、社員を一定の基準でランク分けし、等級ごとに給与レンジや期待役割を定める仕組みです。20〜50名規模の成長企業では、導入・運用のしやすさを優先して「役割等級制度」を選ぶケースが多く見られます。

三つの主要な等級制度の違い

種類 格付けの基準 向いている組織
職能資格制度 個人の能力・スキルの高さ 年功序列が根付いた大企業
職務等級制度(ジョブ型) 担当するポジションの価値 職務が明確に定義できる企業
役割等級制度 担っている役割・責任の大きさ 20〜50名規模の成長企業

役割等級制度が中小企業に合う理由

職能資格制度は能力の評価が主観的になりやすく、職務等級制度はジョブディスクリプション(職務記述書)の精緻な整備が必要です。一方、役割等級制度は「プレイヤー/リーダー/マネージャー」のように現実の組織構造に近い形で等級を定義できるため、専任人事がいない職場でも設計・運用しやすいのが特徴です。まず役割等級制度から始めて、組織の成熟とともに精緻化していくアプローチが現実的です。

等級制度単体では機能しない、三点セットの考え方

等級制度は「等級要件(どんな役割を担う人か)」「評価基準(どう成果・行動を測るか)」「賃金テーブル(等級ごとの給与レンジ)」の三点がそろって初めて機能します。等級だけ作って賃金テーブルと紐づけていないケースが失敗の典型です。制度設計の段階から三点セットを意識してください。

給与逆転を解消する等級制度導入の実務ステップ

導入は大きく「現状把握」「制度設計」「移行・合意形成」の三段階で進めます。順番を守ることで、感情的な対立を最小限に抑えながら等級制度を定着させることができます。

現状把握:給与マップをつくる

まず最初に、全社員の「現在の給与・入社年次・主な業務内容・成果の印象」を一覧化した給与マップを作成します。このとき、創業メンバーと後発社員を分けて並べると、給与逆転の構造が視覚的に見えてきます。給与マップは等級制度設計の素材であり、経営層が現実を直視するための材料でもあります。担当者一人で抱え込まず、経営者と共有しながら進めることが重要です。

制度設計:等級・評価・賃金テーブルの三点を同時に組む

次に、自社に合った等級数を決めます。20〜50名規模であれば、等級は4〜6段階が運用しやすい目安です。各等級に「この等級の社員は何を担い、どんな成果を出せる人か」を簡潔に言語化します。その後、各等級に対応する賃金レンジ(下限・基準・上限)を設定します。市場データ(求人情報・業界給与調査など)を参照しながら、自社の支払い能力の範囲内で設計します。この段階では「現実の給与がテーブルに収まらない人」が必ず出てきます。それは問題ではなく、移行設計で対処します。

移行・合意形成:現給保障と個別対話を組み合わせる

等級制度を導入したとき、現在の給与が新テーブルの上限を超えている社員(多くの場合、創業メンバー)には「現給保障期間」または「個人調整額」を設けて段階的に移行させるのが実務上の標準的な手法です。一方、現給与が新テーブルを下回っている社員(給与逆転の被害を受けている側)は、査定サイクルに合わせて段階的に引き上げます。いずれの場合も、変更の意図・経緯・移行スケジュールを個別に説明し、記録を残すことが重要です。

創業メンバーの給与を下げるときの法的リスクと実務対応

創業メンバーの給与を新テーブルに合わせて引き下げる場合、労働契約法上の不利益変更に該当する可能性があります。個別の同意取得と十分な説明が、法的トラブルを防ぐ実務上の鉄則です。

労働契約法が定める不利益変更のルール

労働契約法第9条は、労働者の同意なく労働条件を不利益に変更することを原則として禁じています。例外として同法第10条では、就業規則の変更が「合理性」を有し「周知」されている場合に変更が有効になりうると定めています。ただし、給与の引き下げは「不利益の程度が大きい」と裁判所に判断されやすく、就業規則の変更だけで対応しようとすると紛争リスクが高まります。実務的には、個別の同意書を取得したうえで、変更の必要性・代償措置・移行期間を丁寧に説明する経緯を記録に残すことが求められます。

「形式的な同意」では不十分という判例の教訓

最高裁平成28年2月19日の山梨県民信用組合事件では、同意書が存在していても、その同意が「真意に基づくもの」でなければ無効とされうると判断されました。同意書を取得するだけでなく、説明の内容・機会・タイミングが適切であったかが問われます。変更の背景にある経営課題や等級制度の目的を、感情的にではなく事実として説明する場を設けることが、合意の実質を担保します。

就業規則・賃金規程の整備と届出

等級制度と賃金テーブルを新設・変更する場合、賃金に関する事項は就業規則または賃金規程への記載が義務付けられています(労働基準法第89条)。常時10名以上の労働者を使用する事業場では、就業規則の作成・届出義務(同第89条・第90条)が生じます。10名未満の場合でも、実務上は書面で整備しておくことを強く推奨します。変更後の就業規則は、全社員がいつでも確認できる形で周知することが法令上の要件です。

移行後の運用を属人化させないために

等級制度を作ることよりも、継続的に運用することのほうが難しいと感じる担当者が多くいます。評価者が経営者一人に集中しない仕組みをあらかじめ設計することが、制度の持続性を決めます。

評価サイクルと意思決定フローを明文化する

等級の昇降格・給与改定のタイミング(年1回または半期ごと)、評価者と承認者の役割分担、評価結果のフィードバック方法を文書化します。「社長が全部決める」という状態は制度があっても属人的運用であり、社長が多忙になると機能しなくなります。直属の上長が一次評価を行い、経営者が承認するという二段階フローが、20〜50名規模では現実的な設計です。

等級定義を「生きた言葉」で書き続ける

等級要件は一度作ったら終わりではありません。事業が変わるにつれて、各等級に期待する役割も変化します。年に一度、等級定義を見直す機会を設け、現場のマネージャーが「この表現は実態に合っていない」と言える場をつくることが、制度の形骸化を防ぎます。定義が現実から乖離すると、評価への納得感が失われ、せっかく整備した等級制度が機能しなくなります。

まとめ

給与逆転は放置するほど、優秀な後発社員の離職・採用力の低下・経営への不信という三重の損失をもたらします。解消の鍵は等級制度の導入ですが、制度を作るだけでは不十分です。「等級要件・評価基準・賃金テーブル」の三点セットを設計し、創業メンバーへの移行設計と個別合意形成を丁寧に行うことで、初めて等級制度は実効性を持ちます。また、給与の引き下げを伴う場合は労働契約法第9条・第10条への対応と、山梨県民信用組合事件の教訓を踏まえた「真意に基づく同意」の取得が不可欠です。

「どこから始めればいいかわからない」「創業メンバーへの説明が不安」という段階からでも、ウェルセンス株式会社では具体的な実務相談をお受けしています。給与逆転の解消に向けた等級制度の設計から個別の対話支援まで、御社の規模・状況に合わせた伴走支援が可能です。お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 従業員数が15名ほどです。等級制度を導入するには早すぎますか?

A. 早すぎることはありません。むしろ10〜20名の段階で整備しておくと、その後の採用・評価・賃金改定がスムーズになります。等級数は4段階程度のシンプルな設計から始め、組織の成長に合わせて精緻化するアプローチが現実的です。この規模では就業規則の作成・届出義務(常時10名以上)が生じているため、賃金規程の整備も同時に進めることをお勧めします。

Q. 創業メンバーの給与を下げずに給与逆転を解消する方法はありますか?

A. あります。後発社員の給与を段階的に引き上げる方法が、法的リスクが最も低く、合意も得やすいアプローチです。その場合、総人件費の増加を前提にした資金計画が必要になります。また、創業メンバーの給与が新テーブルの上限を超えている場合でも、即時引き下げではなく「現給保障期間を設けて自然に収束させる」という移行設計を取ることが実務上の標準的な手法です。

Q. 等級制度を導入したのに社員の納得感が得られないケースはなぜ起きますか?

A. 最も多い原因は「等級要件の言語が曖昧なため、なぜ自分がその等級なのかが説明できない」ことです。等級定義が「高いコミュニケーション力を持つ」のような抽象表現にとどまると、評価者の主観に左右される余地が大きくなります。等級要件は「何をアウトプットできる人か」を具体的な行動・成果で記述し、評価者と被評価者が同じイメージを持てるレベルまで落とし込むことが納得感の前提です。

Q. 創業メンバーへの説明は誰がすべきですか?外部の専門家に同席してもらうことはできますか?

A. 最終的な説明は経営者が行うことが基本です。ただし、制度の内容説明・法的根拠の提示・同意書の取得プロセスなど、専門的な部分については社労士や人事コンサルタントが同席または事前に資料を整備することで、感情論に陥らずに議論を進めやすくなります。特に「給与が下がる可能性がある」という内容を伝える場合は、専門家の関与が合意形成の実質を高める効果があります。

Q. 等級制度の導入期間はどのくらい見積もればいいですか?

A. 20〜50名規模で専任人事がいない場合、現状把握から制度設計・賃金規程整備・全社への説明・就業規則届出まで含めると、おおむね3〜6か月が目安です。創業メンバーとの個別対話や合意形成の期間を短く見積もりすぎると、後から修正が必要になります。特に就業規則の変更を伴う場合は、労働基準監督署への届出タイミングも考慮したスケジュール設計が必要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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