「メンタル不調で復職した社員に時短勤務を認めたところ、育児時短中の社員から『なぜあの人だけ特別扱いなんですか』と言われてしまって……」。人事を兼務している経営者や担当者から、こういった相談が後を絶ちません。病状を詳しく説明するわけにもいかず、かといって黙っていれば現場のモヤモヤは深まるばかり。この記事では、復職時短と育児時短がそもそも何の制度なのかを整理したうえで、職場に向けた公平性の説明方法、そして「次に同じことが起きても困らない」制度設計のポイントをお伝えします。
育児時短と復職時短は、根拠となる法律がそもそも違う
両者を「時短勤務」というくくりで同一視してしまうことが、「特別扱い」という誤解の出発点です。根拠法令と目的が異なる別々の制度であることを押さえれば、説明の軸が定まります。
育児時短の法的根拠
育児のための短時間勤務は、育児・介護休業法 第23条に基づく制度です。3歳未満の子を持つ労働者に対して、会社は1日6時間の短時間勤務制度を設けることが義務づけられています(小学校就学前までは努力義務)。「仕事と育児の両立支援」を目的とした制度であり、要件を満たす社員であれば誰でも請求できる権利が法律によって保障されています。
復職時短(疾病配慮時短)の法的根拠
一方、傷病からの復職時に行う時短措置の根拠は、労働契約法 第5条(安全配慮義務)です。この条文は、使用者が労働者の「生命・身体等の安全を確保しつつ労働させる義務」を負うことを定めています。復職者に対して時短や業務制限を行うことは、「特定の社員への優遇」ではなく、会社として法律上果たさなければならない義務の具体的な実施です。また、労働契約法 第3条第4項が定める信義誠実原則も、雇用継続を支援する根拠のひとつになります。
両制度の違いを一覧で確認する
| 区分 | 根拠法令 | 趣旨・目的 | 対象者 |
|---|---|---|---|
| 育児のための短時間勤務 | 育児・介護休業法 第23条 | 仕事と育児の両立支援 | 3歳未満の子を持つ労働者(義務)、就学前まで努力義務 |
| 疾病・傷病に伴う復職時短 | 労働契約法 第5条(安全配慮義務) | 雇用継続・職場復帰支援 | 傷病からの復職者(安全配慮義務の履行として実施) |
| 障害者への合理的配慮 | 障害者雇用促進法 第36条の3 | 障害のある労働者の均等機会・待遇確保 | 障害者手帳所持者等(一定規模以上に義務) |
この表を見ると、それぞれの制度がまったく異なる目的・対象・根拠を持っていることがわかります。「時短」という見た目が同じでも、制度の出発点が違うのです。
「公平性」と「平等性」は違う——社員向け説明の核心
現場への説明でもっとも有効な切り口は、「公平(Equity)」と「平等(Equality)」の概念の違いです。この区別を使えば、プライバシーを守りながら制度の正当性を説明できます。
「全員同じ」が公平とは限らない
平等(Equality)とは、全員にまったく同じ措置を与えることです。一方、公平(Equity)とは、それぞれの状況に応じた必要な措置を与えることを指します。骨折した社員に松葉杖を貸し出すことを「他の社員には松葉杖がないのに不公平だ」とは言いません。それと同じで、医療的な必要性に基づく措置は、「状況が異なる人への、その状況に応じた対応」であり、育児時短とは比較の前提が異なります。
病状を明かさずに説明する伝え方
個人の健康情報は、本人の同意なく開示することはプライバシー保護の観点から避けるべきです。現場への説明では、「本人の具体的な状況」ではなく「会社としての姿勢・制度の仕組み」を伝えることが基本です。たとえば次のような伝え方が参考になります。
- 「会社には、社員が安全に働き続けられる環境を整える法的な義務があります。今回の措置はその一環です」
- 「医療的な観点から必要と判断された場合、会社として就業上の配慮を行う仕組みがあります」
- 「育児時短は育児・介護休業法に基づく制度、こちらは安全配慮義務に基づく措置で、制度の根拠が異なります」
「特別扱い」という言葉への反応として「特別扱いではなく、法律上の義務の実施です」と一言添えるだけでも、聞いた側の受け止め方は変わります。
上司・チームへのフォローも忘れずに
直属上司や同僚が「仕事量は違うのに給与が同じ」というモヤモヤを感じるケースは少なくありません。この感情を放置すると、チーム内の空気が悪化し、復職者本人への目に見えない圧力になることもあります。上司に対しては個別に、「医療上の理由に基づく暫定的な措置であること」「段階的に通常業務に戻る見込みがあること」を伝え、協力を求めることが現実的な対処です。
「前例になってしまう」不安への対処法
「今回認めたら、次も断れなくなる」という不安は、多くの担当者が感じることです。この不安は、制度を明文化することで解消できます。
属人的な対応が「前例」になる
就業規則や復職支援規程に根拠がないまま口頭・個別対応で時短を認めると、それ自体が「前例」として機能してしまいます。「Aさんのときは認めてもらった」という記憶が残り、次の申し出を断る根拠がなくなるのです。逆に言えば、きちんとした規程があれば「制度の要件に該当するかどうか」という客観的な判断基準ができるため、恣意的な運用という批判を避けられます。
主治医・産業医の意見書で客観性を担保する
復職時短を「医学的根拠のある措置」として位置づけるためには、主治医の診断書や産業医の意見書を取得し、就業制限の内容を書面で確認しておくことが重要です。「体調不良だから時短にして」という申し出が来たとき、「主治医の意見書を確認したうえで判断します」と答えられれば、感情的な主張と医療的な必要性を区別できます。産業医がいる場合(常時50人以上の事業場では選任義務があります)は、産業医の就業意見書を活用してください。産業医がいない規模の会社でも、主治医の診断書と相談機関の助言を組み合わせる方法があります。
制度の要件を事前に決めておく
復職時短を認める際の要件として、たとえば「主治医または産業医が時短勤務を必要と判断していること」「休職からの復職である場合に限定すること」「期間を原則3〜6か月として更新審査を行うこと」のように条件を定めることで、際限なく拡大する運用を防げます。これらを就業規則または別規程として整備しておくことが、属人的対応からの脱却につながります。
就業規則・復職支援規程の整備をどう進めるか
復職時短をめぐる職場の混乱を根本から防ぐには、制度の明文化が不可欠です。ここでは、規模や状況に応じた整備の進め方を整理します。
就業規則に定めるべき内容
就業規則には、少なくとも「傷病からの復職時における短時間勤務の適用条件・期間・手続き」を盛り込むことが望ましいです。具体的には、「復職後一定期間(例:最初の3か月)は、主治医または産業医の意見に基づき短時間勤務を適用できる」「適用期間は更新審査を経て延長できる」といった内容です。就業規則の変更手続きには、労働者代表への意見聴取と労働基準監督署への届出が必要ですので(常時10人以上の事業場)、社会保険労務士に相談しながら進めるのが現実的です。
復職支援規程(別規程)という選択肢
就業規則本体を改定するハードルが高い場合、「復職支援に関する規程」を別規程として作成する方法もあります。就業規則に「別途定める復職支援規程による」と一文加えるだけで、詳細は別文書に委ねることができます。規程の中には、復職の判断基準、段階的な業務復帰のステップ(試し出勤→短時間勤務→通常勤務)、関係者の役割(人事・上司・産業医・本人)を明記しておくと、運用の一貫性が保ちやすくなります。
会社規模による対応の分岐
会社の規模や体制によって、現実的な整備の範囲は異なります。まず確認すべきは「産業医の選任義務があるかどうか(常時50人以上)」「社会保険労務士と顧問契約があるかどうか」の2点です。産業医がいない場合でも、地域産業保健センター(47都道府県に設置)の無料相談を活用して医学的な意見を得ることができます。顧問社労士がいない場合は、規程整備のタイミングで一度相談することをお勧めします。
制度の整備が必要だけれど、どこから始めるか判断に迷っている場合は、専門家の一度の相談が選択肢を広げます。
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「合理的配慮」という言葉を使うときの注意点
復職時短の説明で「合理的配慮」という言葉を使う場面がありますが、法令上の定義と実務的な使い方には微妙なズレがあります。この点を押さえておくと、説明の精度が上がります。
法令上の「合理的配慮」は障害者が対象
法律の言葉としての「合理的配慮」は、障害者雇用促進法 第36条の3に定められており、障害者手帳を持つ労働者への配慮義務を指します。メンタル不調で復職した社員が障害者手帳を取得していない場合、厳密には同法の「合理的配慮義務」の対象外となります。この点を理解せずに「合理的配慮として認めました」と社員に説明すると、「ではうちの会社は全社員に合理的配慮をする義務があるのか」という誤解を招く場合があります。
実務では「安全配慮義務の履行」を軸にする
法的に正確な説明軸は「安全配慮義務(労働契約法 第5条)の履行」です。「合理的配慮の考え方を参考にした安全配慮義務の実施」という表現は実務的に適切であり、誤りではありませんが、社内向けの説明では「会社として安全に働ける環境を整える義務があり、その一環として実施した」とシンプルに伝える方が誤解を生みにくいでしょう。
精神・発達障害のある社員の場合
うつ病や適応障害で休職・復職した社員が、精神障害者保健福祉手帳を取得している場合は、障害者雇用促進法上の合理的配慮義務の対象となります。この場合は、安全配慮義務と合理的配慮義務の両方が根拠になります。手帳の有無は会社が直接確認を強制できるものではありませんが、本人が開示を希望した場合には、より明確な法的根拠のもとで支援を組み立てることができます。
まとめ
復職時短と育児時短は、根拠となる法律も目的もまったく異なる別々の制度です。育児時短が育児・介護休業法に基づく権利であるのに対し、復職時短は労働契約法 第5条に基づく安全配慮義務の履行であり、「特別扱い」ではなく「会社としての法的義務の実施」という位置づけになります。社員への説明では「公平と平等は違う」という考え方を軸にしながら、プライバシーを守った形で制度の正当性を伝えることが重要です。また、属人的な口頭対応を続けることが「前例」を生む温床になるため、就業規則や復職支援規程への明文化と、主治医・産業医の意見書を活用した客観的な手続きの整備が、長期的な混乱を防ぐ根本的な対策になります。
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よくある質問
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