定年延長65歳の賃金設計と就業規則変更のポイント

定年延長65歳の賃金設計と就業規則変更のポイント 労務管理
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「60歳定年のまま再雇用にするか、いっそ65歳定年に変えるか……。どちらが会社にとっても社員にとってもいいのか、判断がつかない」——人事を兼務している方からよく聞く言葉です。定年延長は一度決めると後戻りしづらい制度変更です。賃金設計を誤れば人件費が膨らみ、手順を踏み間違えれば労使トラブルになりかねません。この記事では、65歳定年延長に踏み切る前に押さえておくべき賃金設計の考え方・就業規則変更の手順高年齢雇用継続給付との関係を、実務視点でわかりやすく整理します。

「定年延長」「再雇用」「継続雇用」——3つの違いを整理する

定年延長・再雇用・継続雇用は、いずれも65歳雇用確保の手段ですが、社員の身分や処遇設計の自由度がまったく異なります。自社に合った方法を選ぶために、まず3つの違いを押さえてください。

高年齢者雇用安定法が定める3つの選択肢

2021年4月に改正された高年齢者雇用安定法では、65歳までの雇用確保は「義務」です。企業はこの義務を、以下の3つのいずれかの方法で果たす必要があります。

方法 社員の身分 処遇の設計自由度 主なメリット
定年廃止 変わらず正社員 低い(現行制度を維持しやすい) 手続きがシンプル
定年延長(65歳定年に変更) 変わらず正社員 中程度(新しい賃金テーブル設計が必要) 社員の身分が安定し、採用力向上に寄与
継続雇用制度(再雇用) 有期契約(嘱託等)に変わる 高い(賃金・職務を柔軟に設定できる) 人件費を抑えやすい

「定年延長」を選ぶと何が変わるか

定年延長を選んだ場合、60歳以降も社員は「正社員」のまま在籍し続けます。これは再雇用(有期契約への切り替え)とは根本的に異なります。身分の継続性が高い分、社員の安心感やモチベーション維持につながる一方で、賃金・退職金・評価制度のすべてを整合させる設計が必要になります。また、パートタイム・有期雇用労働法(同一労働同一賃金)は正社員間には直接適用されないため、60歳以降の賃金を引き下げる場合は「就業規則の不利益変更」として労働契約法の規律に従うことになります。

60〜65歳の賃金水準をどう設計するか

60歳以降の賃金設計に「法定の正解」はありません。ただし、引き下げ幅の目安・設計の考え方・合理性を説明できるかどうかが、現場対応の分かれ目になります。

賃金水準の現実的な考え方

実務上よく採用される考え方は、「60歳時点の賃金を基準に、役割・職務の変化に応じて水準を再設定する」というアプローチです。たとえば60歳以降も同じ職務・責任を担う場合は賃金をそのまま維持し、管理職から外れる・職務の範囲が縮小するといった変化があれば、その変化に見合った水準に引き下げることが合理的とされます。重要なのは「いくら下げるか」ではなく、「なぜその水準なのか説明できるか」です。

賃金テーブルのモデル例

参考として、60歳以降の賃金設計でよく見られるパターンを示します。

  • 職務維持型:60歳以降も同等の職務を担う場合、60歳時点の賃金の90〜100%を維持。定年延長の恩恵(雇用継続)を代償として捉え、大幅な引き下げは行わない。
  • 役割変更型:管理職を退いてプレイヤーに戻る場合、60歳時点の賃金の70〜80%程度に引き下げ。新たな職務等級に基づく賃金テーブルを適用する。
  • 段階的逓減型:60〜65歳にかけて毎年一定額ずつ下げていく設計。退職を促進しすぎないよう、逓減幅を穏やかに設定することが重要。

退職金・企業年金との整合性も忘れずに

定年延長をすると、退職金の支払いタイミングが65歳に後ろ倒しになります。従来60歳で退職金を受け取っていた社員が「65歳まで退職金をもらえない」という状況になるため、現行の退職金規程の読み直しが必須です。また、企業年金(確定給付・確定拠出)がある場合は、掛け金の拠出期間や給付開始年齢の変更が必要になることもあります。退職金・企業年金の設計変更は専門性が高いため、社労士や年金コンサルタントへの相談を早めに検討してください。

制度設計の複雑さに困ったら、人事の専門家に相談することで方針を整理し、スムーズに進めることができます。

高年齢雇用継続給付と定年延長の関係

定年延長によって賃金水準が変わると、高年齢雇用継続給付の受給可否や給付額が変わります。さらに2025年4月から制度自体が縮小されており、この点を踏まえた設計が必要です。

高年齢雇用継続基本給付金とは

高年齢雇用継続基本給付金は、雇用保険の制度です。60歳到達時点の賃金と比較して、60歳以降の賃金が75%未満に低下した場合に、賃金額の最大15%(現行)が支給されます。現行の再雇用制度では、賃金を大幅に引き下げた分をこの給付で補填するケースが多く見られました。定年延長の場合、賃金を60歳時点の75%以上に維持する設計をとれば給付対象外となり、社員は給付を受け取れません。一方、定年延長後も賃金を70〜74%程度に引き下げる設計にすれば給付対象になりますが、引き下げ幅の合理性をしっかり説明できることが前提です。

2025年4月からの制度縮小への対応

2025年4月から、高年齢雇用継続基本給付金の給付率の上限が現行の15%から10%に引き下げられました。将来的な廃止に向けた見直しも議論されており、「給付ありき」の賃金設計はリスクが高まっています。定年延長の制度設計にあたっては、給付がなくなっても成立する賃金水準と人件費計画を前提に考えることを強くお勧めします。

就業規則変更の手順と不利益変更への対応

定年延長に伴う就業規則の変更は、法定の手順を踏むことが必須です。また、60歳以降の賃金引き下げを伴う場合は「不利益変更」として特別な配慮が必要になります。

就業規則変更の基本的な手順

まず、変更内容の草案を作成します。定年年齢の条文・賃金規程・退職金規程など、影響を受けるすべての条文を洗い出してください。次に、従業員の過半数で組織する労働組合がある場合はその組合、ない場合は従業員の過半数代表者から意見を聴取し、意見書を作成します。この意見聴取は「同意を得る」ことではなく「意見を聞く」ことが法律上の要件ですが、変更内容の合理性を丁寧に説明することが信頼関係の維持につながります。その後、変更後の就業規則を全従業員に周知(掲示・配布・イントラ掲載など)し、意見書を添えて所轄の労働基準監督署に届け出ます。

不利益変更への対応——合理性と個別同意

労働契約法第9条は就業規則による一方的な不利益変更を原則禁止しており、第10条では「変更の合理性と周知」があれば変更の効力を認めています。合理性の判断要素は、変更の必要性・変更内容の相当性・代償措置の有無・労使間の交渉経緯などです。定年延長の場合、「定年延長による雇用の保障自体が代償」という主張が成り立ちますが、引き下げ幅が大きい・対象者(特に50代後半の在職社員)の反発が予想されるケースでは、個別に同意を取得することを強く推奨します。同意書を書面で取得しておくと、後のトラブル防止につながります。

専任人事がいない場合の実務上の注意点

就業規則の条文修正・意見書の作成・労基署への届出は、社労士に依頼することで確実に対応できます。特に賃金規程・退職金規程は条文の書き方一つで解釈が変わるため、担当者だけで進めるのは大きなリスクです。また、従業員代表の選出プロセス(管理職ではない社員から正式に選出されているか)も確認が必要です。形式だけ整えた意見聴取は、後に無効と判断されることがあります。

自社の状況に合わせた判断チェックポイント

定年延長が自社に向いているかどうかは、会社規模・現行制度の状況・社員構成によって異なります。以下のポイントで自社の状況を確認してください。

定年延長に向いているケース

技術・知識・経験の蓄積が業務の中核を担っている業種(製造業・建設業・専門サービス業など)では、ベテラン社員の長期在籍が事業継続に直結します。また、採用難が続いており60代前半の即戦力社員を引き留めたいケースや、現行の再雇用制度で「身分が嘱託に変わることへの不満」が出ているケースは定年延長を検討する価値があります。

再雇用(継続雇用)を選んだほうがよいケース

人件費の見通しが立てにくい・職務や責任の軽減が明確な場合は、再雇用制度のほうが賃金設計の自由度が高く、人件費コントロールがしやすいです。また、社員ごとに業務量や貢献度が大きく異なる場合は、個別に雇用契約条件を設定できる再雇用制度のほうが運用しやすいことがあります。定年延長は「全員を同じ制度で処遇する」前提になるため、個別対応の余地が小さくなる点に注意が必要です。

まず確認すべき社内の現状整理

定年延長の検討を始める前に、次の点を確認してください。現在60歳を超えて働いている社員は何人いるか・現行の再雇用制度の賃金水準と本給の比率はどうなっているか・退職金規程に「60歳定年」の前提が埋め込まれていないか・就業規則の定年条文はどこにあるか。これらを整理せずに制度変更に着手すると、後から見落としが次々と出てきます。

まとめ

65歳定年延長は、社員の雇用安定と採用力強化につながる有効な制度ですが、賃金設計・退職金・就業規則変更・高年齢雇用継続給付との関係を一体で整理しなければ、後から修正が難しいトラブルになりかねません。特に60歳以降の賃金水準の合理性と、在職社員への丁寧な説明・同意取得のプロセスは、制度の成否を左右する重要なポイントです。

「複数の法律と制度変更が絡むので、判断に自信がない」という場合は、専門家のサポートを活用することで制度設計から導入後の運用まで安心して進めることができます。ウェルセンス株式会社では、人事労務の専門家が中小企業の実態に合わせた定年延長制度の設計から就業規則変更の手続きまで、実務的なご支援をしています。ご不明な点やお困りのことがあれば、お気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 定年延長すると、60歳以降の賃金は必ず維持しなければなりませんか?

A. 必ずしも維持しなければならないわけではありません。職務・役割の変化に見合った引き下げは合理的とされる場合があります。ただし、就業規則の不利益変更(労働契約法第10条)として合理性と周知が必要です。引き下げの根拠(職務変更・役割縮小など)を明確にし、できれば個別の同意書を取得することを推奨します。

Q. 定年延長後も高年齢雇用継続給付を受け取れますか?

A. 定年延長後に60歳時点の賃金の75%未満に賃金が下がる設計にした場合は、受給対象になります。ただし2025年4月から給付率の上限が15%から10%に縮小されており、将来的な廃止も議論されています。給付を前提とした賃金設計は中長期的にリスクがあるため、給付なしでも成立する人件費計画を基本に設計することをお勧めします。

Q. 就業規則の変更に社員全員の同意が必要ですか?

A. 法律上は全員の同意は必須ではありません。従業員の過半数代表者(または過半数組合)からの意見聴取と、変更後の就業規則の周知・労基署への届出が法定要件です。ただし、60歳以降の賃金引き下げなど不利益変更を伴う場合は、対象となる社員(特に50代後半の方)から個別に同意書を取得しておくことが、後のトラブル防止として実務上強く推奨されます。

Q. 退職金の支払いタイミングはどうなりますか?

A. 定年延長をすると、原則として退職金の支払いは新たな定年年齢(65歳)に後ろ倒しになります。現行の退職金規程に「60歳定年時に支払う」という前提が書かれている場合は条文の改定が必要です。また、中途退職した場合の取り扱いや、勤続年数の計算方法も合わせて見直してください。退職金規程の変更も就業規則変更の手続きが必要です。

Q. 専任人事がいなくても定年延長の手続きはできますか?

A. 手続き自体は社労士に依頼することで確実に対応できます。就業規則の条文修正・意見書の作成・労基署への届出は、専門家のサポートがあれば兼務担当者でも進められます。一方で「どんな制度設計が自社に合っているか」という判断は、事前に専門家と相談しながら進めることが重要です。制度設計を誤ると後の修正が困難なため、早い段階での相談をお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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