「入社のとき、なんとなく身元保証書を取っているけれど、本当に必要なのだろうか」——採用の手続きを見直す中で、そう感じた経営者・人事担当者は少なくありません。保証人探しで求職者が採用辞退したり、何年も前の書類がそのまま棚に眠っていたり。慣習として続けてきたものの、廃止できるかどうかを確認したいと思うのは自然なことです。この記事では、身元保証書の法的な位置づけ、有効期限の落とし穴、そして廃止・見直しを検討するときの代替策まで、実務に即して解説します。
身元保証書は法律上の義務ではない
結論から言えば、身元保証書の提出を求めることは会社の任意であり、法律上の義務はありません。求めなくても違法にはならず、廃止しても罰則はありません。
根拠となる法律
身元保証に関する唯一の法律として「身元保証ニ関スル法律」(昭和8年法律第42号)が存在します。この法律は身元保証契約を結ぶことができると解されていますが、採用時に身元保証書を取得しなければならないとは定めていません。つまり「慣習として続けてきた」という会社がほとんどで、法的な強制力に基づいているわけではないのです。
「義務がない」だからこそ判断が必要
義務がないということは、身元保証書の運用を続けるかどうかは会社が自由に判断できるということです。だからこそ、「とりあえず続ける」ではなく、取得することで本当にリスクヘッジになっているかを確認することが重要です。後述するように、書類があっても法的効力が失われているケースが多く、「書類がある安心感だけ」になっている会社は珍しくありません。
身元保証書の有効期限と民法改正の影響
身元保証書には法律上の有効期限があり、さらに2020年の民法改正によって、古い書類の多くが実質的に無効になっている可能性があります。「入社時に一度取れば永久に有効」という思い込みは、今すぐ見直す必要があります。
有効期間は最長5年、自動更新は認められない
身元保証ニ関スル法律の第1条・第2条では、期間の定めがない場合の有効期間を3年、当事者が合意した場合でも最長5年と規定しています。5年を超える定めをしても、自動的に5年に短縮されます。また、自動更新は法律上認められていません。入社から5年以上経過した身元保証書は、法的効力が既に消滅している可能性が高いのです。
2020年民法改正で「極度額なし」の書類は無効リスクあり
2020年(令和2年)4月1日に施行された改正民法により、個人根保証契約には「極度額(保証の限度額)」の記載が必須となりました(民法第465条の2)。身元保証契約はこの個人根保証契約の性質を持つと解されるため、極度額が記載されていない身元保証書は無効と判断されるリスクがあります。2020年以前に作成・取得した書類については特に注意が必要です。
書類があっても効力ゼロのケースが多い
「棚に身元保証書が保管されている」という事実だけでは、リスク管理にはなりません。有効期限が切れている、極度額の記載がない、という2つの問題を両方抱えている書類は、会社に「安心感」を与えるだけで実際の法的効力はゼロという状態になり得ます。今手元にある身元保証書がいつ取得されたものか、極度額の記載があるかを確認することが、まず必要な実務対応です。
身元保証書の限界を正しく理解する
身元保証書があっても、従業員が起こした損害の全額を保証人に請求できるわけではありません。連帯保証と混同されやすいですが、法律上の仕組みは大きく異なります。
裁判所が賠償額を減額できる仕組み
身元保証ニ関スル法律第5条では、裁判所が身元保証人の賠償責任を判断するにあたって、使用者側の過失の有無、身元保証人が保証契約に至った事情、従業員の任務・身上の変化など諸般の事情を考慮して、賠償額を減額できると定めています。つまり「保証人がいれば損害を全部カバーできる」という前提の運用は、法的に誤りです。
通知義務を知らないと保証人に逃げられる
同法第3条では、従業員が業務上不誠実な行為をした場合や、損害賠償の責任が生じる恐れのある事由が発生した場合、使用者は遅滞なく身元保証人に通知しなければならないと定めています。この通知を怠った場合、身元保証人は契約を解除できます(同法第4条)。専任人事がいない中小企業では、誰がいつ通知するかのルールが決まっていないことが多く、いざというときに「通知していなかった」として保証人に逃げられるリスクがあります。
身元保証書を廃止・見直す際の代替リスク管理策
身元保証書の廃止は、リスク管理を諦めることではありません。実効性の高い代替策を整備すれば、むしろリスク管理の質を高められます。
採用プロセスでの情報取得と誓約書の活用
身元保証書の主な目的の一つは「採用候補者の素性確認」と「問題行為があった場合の抑止力」です。この目的は、採用面接での丁寧なリファレンスチェックや、入社時に本人が署名する「誓約書」によっても果たすことができます。誓約書には、秘密保持義務・競業避止義務・社内規程の遵守義務・損害賠償義務の承認などを明記し、従業員本人との契約として効力を持たせます。
就業規則と懲戒規定の整備
従業員が問題行為を起こした場合の対応手段として最も実効性があるのは、就業規則の懲戒規定です。懲戒解雇・損害賠償請求の根拠を就業規則に明記しておくことで、保証人への請求よりも直接的かつ確実なリスク管理ができます。身元保証書の廃止を検討する際は、就業規則の整備状況を同時に確認することを強くお勧めします。
採用競争力の観点からも廃止のメリットがある
20〜50名規模の中小企業にとって、採用力の強化は経営課題です。身元保証人探しを採用条件にすることで、特に20〜30代の求職者から「保証人が見つからない」「親に頼みにくい」という理由で内定辞退されるケースが増えています。身元保証書を廃止・省略し、誓約書に切り替えることは、採用のハードルを下げながらリスク管理の実効性を維持する現実的な選択肢です。
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廃止・継続・見直しの判断基準
身元保証書の扱いは、会社の状況によって「廃止」「継続しながら整備」「誓約書への切り替え」の3つの選択肢から判断します。以下の表を参考に、自社のケースを確認してください。
| 状況 | 推奨される対応 |
|---|---|
| 身元保証書が5年以上前に取得されたものばかり | 有効期限切れの可能性大。再取得か誓約書への切り替えを検討 |
| 2020年以前に作成した書類で極度額の記載なし | 民法改正により無効リスクあり。書式の見直しが必要 |
| 保証人への通知ルールが決まっていない | 継続するなら通知義務の管理体制を整備。困難なら誓約書切り替えを検討 |
| 身元保証人探しで採用辞退が発生している | 廃止・誓約書切り替えで採用競争力を高める |
| 就業規則・懲戒規定が整備済み | 身元保証書を廃止しても代替リスク管理が機能する |
| 就業規則が未整備または古い | 身元保証書の廃止前に就業規則の整備を優先 |
専任人事がいない場合の優先順位
専任人事がいない中小企業では、すべての対応を一度にやろうとすると手が回りません。まず現在手元にある身元保証書の取得日と極度額記載の有無を確認し、有効期限切れ・記載不備があるものを把握します。次に、新規採用者への対応を誓約書に切り替えるかどうかを経営判断します。既存社員の書類の取り扱いは、就業規則の整備と合わせて専門家に相談しながら進めるのが現実的です。
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まとめ
身元保証書は法律上の義務ではなく、廃止しても違法にはなりません。ただし廃止を検討する前に、現在手元にある書類が有効期限内かどうか、2020年の民法改正に対応した極度額の記載があるかどうかを確認することが先決です。多くの中小企業では、書類があるという安心感だけがあって、実際の法的効力はすでに失われているというケースが起きています。身元保証書を廃止・見直す場合は、誓約書の整備と就業規則の懲戒規定の確認をセットで行うことで、実効性の高いリスク管理体制に切り替えることができます。
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よくある質問
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