賞与支給日前に退職した社員への支払い義務、どう判断する?

賞与支給日前に退職した社員への支払い義務、どう判断する? 労務管理
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「査定期間はずっと働いていたのに、支給日の2週間前に辞めたから賞与はゼロ——それって法的に問題ないんですか?」元社員からこんな連絡が届いたとき、自信を持って答えられる経営者・人事担当者は多くありません。賞与支給日在籍要件をめぐるルールは、就業規則の記載内容や退職の経緯によって判断が変わる複雑な領域です。この記事では、法的根拠と実務上の判断基準を整理し、トラブルを防ぐための規程整備のポイントまで解説します。

賞与に「支払い義務」はあるのか

法律上、賞与の支給そのものは義務ではありません。しかし、就業規則や雇用契約で「支給する」と定めた瞬間、賞与は賃金として法的保護の対象になります。

労働基準法における賞与の位置づけ

労働基準法第11条は、「賃金とは、賃金・給料・手当・賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」と定義しています。つまり、就業規則や雇用契約書に「賞与を支給する」と明記されていれば、賞与は賃金の一部として保護されます。

一方、「業績によっては支給しないことがある」「支給額は会社が随時決定する」といった完全裁量型の規定では、賃金性が弱まり、支払い義務も限定的になります。自社の規程がどちらの書き方に近いか、まず確認してみてください。

支給義務が生じる規程・慣行の例

支給義務が発生しやすいのは、次のようなケースです。就業規則に「毎年6月と12月に賞与を支給する」と具体的に記載されている場合や、長年にわたって業績に関係なく一定額を支給してきた慣行がある場合は、労働者側が支給を当然の権利として主張できる根拠となります。慣行については書面がなくても「事実上の労働条件」として認められることがあるため、過去の支給履歴には注意が必要です。

支給日在籍要件は法的に有効か

就業規則に「支給日に在籍している者に限り支給する」と明記されていれば、原則として有効です。ただし、無条件に払わなくていいわけではなく、退職の経緯や規程の周知状況によってはリスクが残ります。

大和銀行事件・最高裁判決が示した法的根拠

支給日在籍要件の有効性については、最高裁判所が昭和57年10月7日に下した大和銀行事件の判決が基本的な判断枠組みを示しています。この判決で最高裁は、「支給日に在籍していない者に賞与を支給しないとする規定は、合理性を有する限り有効」と判断しました。賞与には「将来の労働への期待」「在籍奨励」という性格があるため、在籍要件を設けること自体に合理性があると認められたのです。

この判決を根拠に、多くの企業が支給日在籍要件を有効な規程として運用しています。

「合理性」が問われる場面と例外

問題になるのは、在籍要件の規定があっても「合理性」に疑問が生じるケースです。会社都合による解雇や退職勧奨の場合、使用者側の事情で退職させておきながら賞与だけ支払わないことは、権利の濫用と判断されるリスクがあります。また、過去に在籍要件を適用せず退職者へ賞与を支給した前例があると、その慣行が法的効力を持つと判断される可能性もあります。規程の存在だけに頼らず、実際の運用との一貫性が重要です。

支払い義務が発生しやすい状況を把握する

支給日在籍要件があっても、退職の状況や規程の整備状況によっては支払い義務が認められるリスクがあります。自社の状況をリスクの高さで分類して確認しておきましょう。

状況別のリスク判定表

状況 リスクの程度 ポイント
就業規則に在籍要件の記載がない 高い 規程がなければ支給日在籍要件を主張する根拠がない
会社都合退職(解雇・退職勧奨)の場合 高い 使用者側の帰責で退職させた場合、権利濫用とみなされる可能性
ハラスメントを原因とする退職の場合 高い 退職原因が使用者側にある場合は在籍要件が形骸化しやすい
全査定期間を勤務後、支給日直前(数日以内)に退職した場合 中程度 個別事情による。全期間勤務という事実が主張の根拠になる
過去に退職者へ賞与を支給した前例がある 中程度 慣行として法的効力を持つと判断されるリスクがある
就業規則に在籍要件が明記され、かつ周知されている場合 低い 自己都合退職であれば原則として不支給が有効

「査定期間はフル勤務したのに」という主張への対応

退職者から「4月から9月まで全期間働いたのだから、賞与を受け取る権利がある」と言われるケースは少なくありません。賞与の性格が「労働の対価」に近い場合は、この主張が法的に認められる可能性があります。一方、「将来の在籍奨励」や「業績への特別報酬」という性格が明確な場合は、在籍要件が優先されやすくなります。就業規則で賞与の性格・目的を明記しておくことが、こうした主張への対応力を高めます。

有効な規程の整備方法と書き方のポイント

支給日在籍要件を法的に有効に機能させるには、就業規則への明記・周知・労働基準監督署への届出という三つの要件を満たすことが必要です。規程の「有無」だけでなく「内容の明確さ」と「実際に社員に知らせているか」が問われます。

就業規則に盛り込むべき記載内容

有効な支給日在籍要件の規程には、次の要素を含めることが推奨されます。

  • 支給日(基準日)を明確に特定していること
  • 「支給日に在籍している者を支給対象とする」と明示していること
  • 自己都合・会社都合を問わず退職者は不支給とする旨の記載(ただし会社都合の場合は別途検討が必要)
  • 査定期間中の休職・欠勤に対する取り扱い(減額・不支給の基準)
  • 支給額の決定方法(完全裁量なのか、査定に基づく算定なのか)

規程例として参考にできる記載イメージは次のとおりです。「賞与は、別途定める支給基準日(支給日)において在籍する者に支給する。ただし、支給日以前に退職した者(自己都合・会社都合を問わず)には支給しない。なお、査定期間中の欠勤・休職期間については、別に定める基準に従い減額または不支給とする場合がある。」このイメージはあくまで一例です。自社の実態や運用方針に合わせて専門家と相談のうえ整備してください。

周知と届出——規程を有効に機能させるための手続き

就業規則は、作成・変更しただけでは効力を持ちません。労働基準法第106条は、就業規則を「常時各作業場の見やすい場所への掲示」や「書面の交付」などの方法で労働者に周知することを義務づけています。また、常時10人以上の労働者を使用する事業場では、労働基準法第89条に基づき、就業規則を所轄の労働基準監督署に届け出る義務があります。9人以下の事業場でも、周知義務は同様に適用されます。入社時に就業規則を渡す、イントラネットで閲覧できるようにするなど、「社員に知らせた」という記録を残しておくことが重要です。

休職中・退職予定者の賞与査定をどう扱うか

メンタルヘルス不調による休職者や、退職届を提出済みで支給日前に退職する予定の社員の賞与取り扱いは、特にトラブルになりやすい領域です。事前に基準を定めておくことが、公平性の確保とリスク低減につながります。

休職中の社員への賞与支給

メンタルヘルス不調などで休職中の社員が支給日に在籍している場合、支給日在籍要件上は支給対象になります。しかし、査定期間中の出勤実績がない・少ないことを理由に減額することは、就業規則に減額基準が定められている場合に限り認められます。根拠のない減額や一方的な不支給は、差別的取り扱いとして問題になる可能性があります。休職中の社員については、「査定期間中の出勤日数に応じて按分する」「休職期間を除いた勤務実績で算定する」など、あらかじめ基準を規程化しておくことが安全です。

退職届提出済みで支給日前に退職する社員への対応

退職の意思表示をしており、支給日前に退職することが確定している社員に対しては、支給日在籍要件を適用して不支給とすることが基本です。ただし、退職の原因が職場環境やハラスメントに起因する場合は、在籍要件の適用が権利濫用と判断されるリスクがあります。退職理由を記録し、会社都合的な要素がないかを確認したうえで判断することが重要です。また、退職予定であることを理由に査定を著しく不利に扱うことも、別の法的問題につながる可能性があるため注意が必要です。

まとめ

支給日在籍要件は、就業規則への明確な記載・周知・届出がそろっていれば、原則として法的に有効です。しかし、会社都合退職・ハラスメントを原因とする退職・過去の支給慣行などがある場合は、規程があっても支払い義務が認められるリスクがあります。また、規程の記載が曖昧だったり、社員に周知できていなかったりする場合は、そもそも支給日在籍要件が機能しません。

賞与トラブルを防ぐために必要なことは、自社の就業規則が「実態に合っているか」「支給日在籍要件と査定基準が明確に書かれているか」「社員に周知されているか」を定期的に確認することです。専任人事がいない中小企業では、こうした規程の見直しが後回しになりがちです。

ウェルセンス株式会社では、メンタルヘルス対応・休職復職支援にとどまらず、賞与支給日在籍要件の規程整備や退職者への対応など、人事労務の実務的な課題についてご相談をお受けしています。「うちの規程で問題ないか確認したい」「退職者から支払い請求が来て困っている」といったご状況でも、まずはお気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 就業規則に「支給日在籍者のみ支給」と書いてあれば、退職者への支払いは一切不要ですか?

A. 原則として、自己都合退職の場合は就業規則の支給日在籍要件が有効に機能し、支払い義務は生じません(大和銀行事件・最高裁昭和57年判決)。ただし、会社都合退職・解雇・退職勧奨・ハラスメントを原因とする退職の場合は、在籍要件があっても支払い義務が認められる可能性があります。規程の存在だけでなく、退職の経緯を踏まえた判断が必要です。

Q. 就業規則に賞与の記載はあるものの、支給日在籍要件が明記されていません。今からでも追加できますか?

A. 追加は可能ですが、就業規則の不利益変更に該当する場合は注意が必要です。新たに支給日在籍要件を設けることで社員が不利益を受けると判断される場合、変更の合理性・周知・社員への説明が求められます(労働契約法第10条)。変更の際は、社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談したうえで進めることをお勧めします。

Q. 過去に退職した社員に賞与を支給した前例があります。今後は支給しないことにできますか?

A. 難しいケースです。過去の支給実績が「慣行」として定着していると判断された場合、その慣行が法的効力を持つ可能性があります。今後の方針を変更するには、就業規則に支給日在籍要件を明記し、社員に十分な周知を行ったうえで、合理的な理由を説明する必要があります。個別の状況によってリスクが異なりますので、専門家への相談をお勧めします。

Q. メンタルヘルス不調で休職中の社員が支給日に在籍している場合、賞与を減額してもいいですか?

A. 就業規則に「査定期間中の休職期間に応じて減額する」などの基準が明記されていれば、合理的な範囲での減額は可能です。ただし、根拠のない減額や、病気休職であることを理由とした差別的な取り扱いは問題になります。減額する場合は、他の欠勤・休業との取り扱いと一貫性を持たせ、規程に基づいて判断することが重要です。

Q. 従業員数が10人未満でも就業規則を整備すべきですか?

A. 労働基準法上、就業規則の作成・届出義務が生じるのは常時10人以上の労働者を使用する事業場ですが、10人未満の事業場でも就業規則を整備しておくことは強くお勧めします。賞与の支給日在籍要件をはじめ、労働条件に関するトラブルは規模に関係なく発生します。書面で明確にしておくことが、経営者・社員双方にとって安心につながります。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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