「診断書に”時短勤務が望ましい”と書いてある。でも、うちには時短勤務の制度がない……どう対応すればいいんだろう?」
メンタル不調を抱えた社員から時短勤務を申し出られたとき、こうした状況に直面する経営者・人事担当者は少なくありません。制度がないから断れるのか、診断書通りに認めなければならないのか、安全配慮義務をどこまで果たせばいいのか——判断の根拠がわからず、後回しにしてしまいがちです。この記事では、専任人事がいない中小企業が現実的に取れる対応ステップを、法的な根拠とともに整理します。
「制度がないから断れる」は通用しない
就業規則に時短勤務の規定がなくても、安全配慮義務の観点から何らかの合理的な措置を検討する必要があります。「制度がないから対応できない」という理由だけで申出を退けることは、法的リスクを生む可能性があります。
安全配慮義務とは何か
労働契約法第5条は、使用者が労働者の「生命・身体・健康」を危険から保護するために必要な配慮をする義務を定めています。この義務は「結果を保証すること」ではなく、「合理的に予見できるリスクに対して相当な措置をとること」が求められます。メンタル不調の場合、悪化や再発を防ぐための就業上の措置がこれに当たります。
制度がなくても措置は必要
就業規則に時短勤務の規定がない場合でも、安全配慮義務の観点では「個別の合意」として時短勤務を実施することが可能であり、状況によっては必要です。重要なのは、制度の有無ではなく、「その社員の健康状態に照らして、会社として合理的な対応をとったかどうか」です。仮に時短勤務を認めない場合でも、業務量の軽減・業務内容の変更・テレワーク活用など、別の配慮手段を検討した形跡が求められます。
49名以下の企業も例外ではない
産業医の選任義務があるのは従業員50名以上の事業場です(労働安全衛生法第13条)。ただし、49名以下の中小企業であっても、健康診断結果に基づく就業上の措置(同法第66条の4・第66条の5)については努力義務として同等の対応が求められる方向で行政指導が行われています。「小さい会社だから関係ない」という認識は改める必要があります。
診断書は「命令書」ではなく「参考意見」
診断書に「時短勤務が望ましい」と記載されていても、それは医師の意見であり、就業条件を法的に強制する効力はありません。会社には、診断書の内容を参考にしながら独自に就業措置を判断・決定する権限と責任があります。
診断書で確認すべき3つの項目
診断書を受け取ったら、まず以下の3点を確認します。
- 傷病名(病名が記載されているか、または「疾患名は非開示」となっているか)
- 就労制限の内容(時短勤務・残業禁止・出張禁止など、具体的に何が記載されているか)
- 対象期間(いつまでの制限なのか、または「当面の間」など期間が曖昧か)
傷病名の開示は本人の同意が前提です。本人が同意しない場合でも、就労制限の内容と期間は確認できます。記載が曖昧な場合は、本人の同意を得たうえで医療機関に問い合わせることも可能です。
「丸ごと受け入れ」も「全部拒否」も避ける
診断書の内容を会社がそのまま実施したとしても、「プロセスとして会社が独自に状況を把握・評価した」という記録がなければ、安全配慮義務を果たしたことにはなりません。逆に、診断書の記載を一切考慮せず通常勤務を続けさせ、症状が悪化した場合は安全配慮義務違反と認定されるリスクが高くなります。診断書はあくまで判断材料のひとつとして扱い、会社としての判断を別途記録に残すことが重要です。
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実務で使える対応ステップ
制度がない状態でメンタル不調社員の時短勤務申出に対応する場合、以下の流れで進めることが現実的です。口頭だけで対応を進めてしまうと、後の「言った言わない」トラブルの温床になります。
| ステップ | 内容 | ポイント |
|---|---|---|
| 診断書の内容確認 | 傷病名・就労制限・期間を整理する | 不明点は本人同意のもと医療機関へ確認可 |
| 本人との面談 | 現在の症状・通院頻度・業務負荷の実態を把握する | 面談内容は必ず記録(日時・参加者・合意事項) |
| 会社としての就業措置の決定 | 診断書と面談内容をもとに会社が判断する | 診断書の丸ごと受け入れでも全拒否でもない |
| 就業制限内容の書面化 | 勤務時間・業務内容・給与の扱い・期間・見直し条件を明記した覚書を作成する | 双方署名で合意を明確化する |
| 定期フォローと終了条件の設定 | いつ・どういう状態になったら通常勤務に戻るかを事前に合意する | 月1回の状況確認面談を設定するのが目安 |
書面化が最大のリスク回避策
時短勤務を個別対応として実施する場合、必ず「覚書」または「就業措置確認書」を作成し、双方が署名した状態で保管してください。記載すべき内容は、開始日・終了予定日・勤務時間・対象業務・給与の扱い・見直しの時期・終了(通常勤務復帰)の条件です。口頭での運用は、症状の変化・人事異動・担当者の退職などがあった際に、経緯が追えなくなる大きなリスクとなります。
終了条件を最初に決めておく
時短勤務の「出口」を決めないまま運用を始めると、期間がずるずると延び、他の社員との不公平感が生まれたり、本人の復職意欲が低下したりすることがあります。開始時点で「主治医が通常勤務可と判断した場合」「所定の業務を遅延なく遂行できる状態が2週間継続した場合」など、具体的な復帰条件を設定し、本人に説明したうえで書面に残します。
時短勤務中の給与はどう扱うか
時短勤務に伴う給与の扱いは、法的には減額することが可能ですが、書面による合意が必要です。また、傷病手当金との関係や社会保険料の扱いも含めて、事前に整理しておくことが重要です。
減額する場合の手続き
労働条件の不利益変更に当たるため、本人の同意を書面で取得することが原則です(労働契約法第8条・第9条)。たとえば「所定労働時間8時間のうち6時間勤務とし、給与は実働時間に応じた額を支給する」と覚書に明記します。口頭での合意は後に争いになるケースがあるため、必ず書面に残します。
傷病手当金との関係
傷病手当金(健康保険)は、業務外の傷病による療養のため仕事に就けず、かつ「報酬を受けない日」が支給対象となります。時短勤務で一部給与が支払われている場合、傷病手当金の支給額が調整(減額)されることがあります。この仕組みを本人に説明しないまま進めると、後になって「給付が少なかった」「説明が不十分だった」というトラブルにつながります。詳細は社会保険労務士または健康保険組合への確認を推奨します。
満額支払いという選択肢
会社の判断で減額せず満額を支払うことも可能です。ただし、その場合は傷病手当金との調整のほか、他の社員との公平性や、時短期間が長期化した際の経営への影響も考慮に入れてください。「今回だけの特例」として個別対応する場合も、書面に「本措置は個別の事情に基づく特例であり、会社の制度として確立されたものではない」と明記しておくことで、後の前例化リスクを軽減できます。
就業規則がない・古いままの企業が今すぐすべきこと
メンタル不調社員への対応を機に、就業規則の整備に着手することが中長期的なリスク管理につながります。ただし、就業規則の改定を待たずに今すぐ動ける対応もあります。
就業規則がない場合の個別対応
就業規則がない、または時短勤務の規定がない場合でも、個別の労働条件変更合意書(覚書)によって時短勤務を実施することは法的に可能です。ただし、この対応が複数人・複数回にわたる場合は、実質的な「慣行」として認められるリスクがあります。個別対応の都度、「本措置は個別の特例対応である」旨を書面に残すことを忘れないでください。
就業規則への反映を検討するタイミング
従業員が常時10名以上の場合、就業規則の作成・届出は義務です(労働基準法第89条)。10名未満であっても、メンタルヘルス対応・時短勤務・休職・復職の手続きを就業規則や別規程に整備しておくことで、今後の個別対応がスムーズになります。「1人目の対応をきっかけに整備する」のが、現実的な中小企業の進め方です。
まとめ
メンタル不調社員から時短勤務の申出があった場合、「制度がないから断れる」という判断は通用しません。安全配慮義務(労働契約法第5条)の観点から、制度の有無にかかわらず合理的な措置を検討することが求められます。診断書はあくまで参考意見であり、会社が独自に状況を把握・評価・判断したプロセスを記録に残すことが、リスク回避の核心です。具体的には、本人との面談記録・就業措置の覚書・終了条件の設定・給与の合意・定期的なフォローという流れを書面で管理することが基本となります。
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