賞与支給基準を明文化していないと何が起きる?

賞与支給基準を明文化していないと何が起きる? 労務管理
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「賞与はどうやって決めていますか?」と聞かれたとき、自信を持って答えられる会社はどれくらいあるでしょうか。中小企業では「社長が判断している」「例年と同じくらい」という感覚的な運用が少なくありません。しかし、賞与支給基準を明文化していないまま賞与を運用し続けると、従業員との信頼関係が崩れるだけでなく、法的なトラブルに発展するリスクも抱えることになります。この記事では、賞与支給基準を明文化していない場合に何が起きるのか、そしてどう整備すればよいのかを具体的に解説します。

賞与支給基準が曖昧なままだと何が起きるのか

従業員が「説明のない金額」に不満を持つ

賞与を受け取った従業員が「なぜこの金額なのか」と疑問を持ったとき、人事担当者が根拠を説明できなければ、不満は一気に膨らみます。「隣の同期より少ない」「去年より減った」といった声に対して、「社長が決めました」としか答えられない状況は、従業員との信頼関係を着実に損ないます。特に専任人事がいない中小企業では、この「説明責任の欠如」が離職や職場の雰囲気悪化につながるケースが多く見られます。

「例年もらえていた」という期待が権利になる

法的な観点から見ると、慣行として毎年賞与を支給してきた事実は、従業員側に「賞与への期待権・既得権」を生じさせる可能性があります。これは判例上の「慣行法理」と呼ばれる考え方で、明文規定がなくても繰り返された慣行が権利として認められることがあります。業績が悪い年に突然賞与をゼロにしようとすると、「不当な労働条件の不利益変更」(労働契約法第10条)として争われるリスクが生まれます。就業規則に「業績連動」の文言がない場合は特に注意が必要です。

社内公平性への疑念が組織全体に広がる

評価基準が曖昧なまま個人間で賞与に差をつけると、「あの人の方が頑張っていないのになぜ多いのか」という疑念が生まれます。この疑念は直接文句を言う人だけでなく、周囲の従業員全体のモチベーションにも影響します。特に小規模組織では賞与額が口コミで広まりやすく、一度失われた公平感を取り戻すのは容易ではありません。

就業規則に賞与の記載がないと法的にどうなるのか

賞与は「相対的必要記載事項」に当たる

労働基準法第89条では、就業規則に記載すべき事項が定められています。賞与(臨時の賃金等)は「相対的必要記載事項」に分類されます。これは「定めをする場合には必ず記載しなければならない」という意味です。つまり、「賞与を支給する」と決めた瞬間に、就業規則への記載義務が生じます。「賞与は会社の業績に応じて支給することがある」という一行だけでは、支給基準として不十分な場合がほとんどです。

就業規則の整備には手続き要件がある

就業規則を新たに作成・変更する際には、いくつかの手続きが必要です。まず従業員代表への意見聴取(労働基準法第90条)が求められます。次に労働基準監督署への届出(同第89条)が必要で、従業員への周知(同第106条)も義務付けられています。従業員数が10名以上の場合、就業規則の作成と届出は法的義務です。10名未満であっても、整備しておくことで労使トラブルの予防に大きく役立ちます。

賞与支給基準の記載には「支給根拠」と「支給基準」が両方必要

就業規則や賃金規程に賞与を記載する際は、大きく二つの要素を分けて整理することが重要です。支給根拠とは、支給条件・支給日・算定対象期間のことです。支給基準とは、計算方法・評価の反映方法・業績連動の仕組みのことを指します。この二つが揃って初めて、従業員への説明責任を果たせる賞与規程になります。「いつ・誰に・なぜ・いくら払うのか」を規程として残すことが出発点です。

休職者への賞与対応はなぜ特にリスクが高いのか

根拠規定なしの減額は賃金未払いになるリスクがある

メンタルヘルス不調などで休職している従業員への賞与をどう扱うか、悩んでいる経営者・人事担当者は多くいます。「休んでいた期間分は減額したい」という判断自体は合理的に思えますが、就業規則や賃金規程に「休職期間は賞与の算定対象期間から除く」といった根拠規定がなければ、独自判断での減額が労働基準法第24条(賃金全額払いの原則)違反となるリスクがあります。規定なしで行った賞与の減額や不支給は、後から従業員に賃金未払いとして請求される可能性があります。

復職後の関係性にも影響する

規定が整備されていないまま賞与を減額すると、金額の問題だけでなく「会社に正当な扱いをされなかった」という感情が復職後の信頼関係を損ないます。特にメンタルヘルス不調からの復職者は、職場環境への感度が高い状態にあることが多く、不透明な賞与対応が再休職のきっかけになるケースも実際に起こっています。復職後の職場定着を支えるためにも、休職者への賞与の扱いを規程化しておくことは重要な施策の一つです。

他の従業員への示しとして規程化が機能する

休職者への賞与対応を規程として文書化しておくことは、休職していない従業員にとっても「万一自分が休んだときにどう扱われるか」という安心感を与えます。逆に規定がなければ、「あの人はなぜ休んでいるのに賞与をもらえたのか」「なぜ減らされたのか」という疑念が職場全体に広がります。明文化された基準は、公平性の担保として組織全体に機能します。

パート・有期雇用への同一労働同一賃金リスクも見落とせない

賞与支給基準の差異には合理的説明が求められる

パートタイム・有期雇用労働者と正社員の間で賞与に差を設ける場合、その差の合理的な説明が法律上求められます。パートタイム・有期雇用労働法第8条・第9条では、「不合理な待遇差」を禁じています。明文化された支給基準がなければ、従業員や行政機関から「なぜ差があるのか」と問われたとき、反論する材料がありません。

「同じ仕事なのに賞与がない」は争われやすい

正社員と同じ業務をこなしているパートタイム従業員に賞与が支給されないケースは、特に問題になりやすいポイントです。最高裁判例(大阪医科薬科大学事件・メトロコマース事件など)でも、賞与支給基準の格差の合理性についての判断が示されています。賞与の支給基準が明文化されていれば、「正社員には業績評価・職責評価を反映しているが、有期雇用には適用しない理由」を書面で示すことができます。この書面の有無が、争われたときの結果を大きく左右します。

賞与支給基準を明文化するために何から始めるか

現状の賞与運用を整理する

まず最初に取り組むべきことは、現在の賞与運用を「見える化」することです。過去3年分の支給実績を振り返り、誰に・いくら・どんな理由で支給したかを整理します。この作業を通じて、暗黙的に使われてきた判断基準が浮かび上がってきます。その基準を言語化することが、規程化の第一歩になります。評価制度がない場合でも、「業績連動部分」と「個人評価部分」を大まかに分けるだけで、規程のベースを作ることができます。

会社の規模・文化に合った設計を選ぶ

賞与の算定方式には、基本給連動型(基本給×支給月数)、業績連動型(会社業績に応じてポイントや係数を変動させる)、評価連動型(個人評価をスコア化して金額に反映する)など複数のアプローチがあります。20~50名規模の成長企業であれば、複雑な制度より「業績連動の基本部分+簡易的な個人評価」の組み合わせが現実的です。重要なのは、「運用できる複雑さ」に収めることです。精緻すぎる制度は現場が回らなくなります。

規程化と周知をセットで進める

賞与支給基準を規程に落とし込んだ後は、従業員への周知が法的要件です。就業規則や賃金規程の変更手続き(従業員代表への意見聴取・労働基準監督署への届出)を経て、従業員全員が確認できる形で掲示・配布・社内システムへの掲載などを行います。規程があっても周知されていなければ、法律上の効力が認められない場合があります。「作ること」と「伝えること」は必ずセットで進めましょう。

まとめ

賞与支給基準を明文化していないと、従業員への説明責任が果たせないだけでなく、慣行による期待権の発生・休職者への賃金未払いリスク・同一労働同一賃金違反など、複数の労務リスクが重なります。「支給する・しない」の判断が恣意的に見えてしまうことは、組織の信頼関係を静かに、しかし確実に損ないます。賞与規程の整備は、「大企業がやること」ではなく、成長途上の中小企業にこそ必要な経営インフラです。

何をどこから手をつけてよいかわからない場合、まず現状の賞与運用を一緒に整理するところからお手伝いします。ウェルセンス株式会社では、休職・復職対応の文脈も踏まえながら、貴社の規模と文化に合った賞与基準の設計・規程化をサポートしています。「うちの場合はどうすればいい?」という段階からお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 就業規則に「業績によって支給することがある」と書いてあれば、賞与支給基準の明文化は問題ないですか?

A. 「支給することがある」という一文だけでは、支給基準として不十分なケースがほとんどです。労働基準法第89条が求めるのは、支給条件・算定期間・支給日・計算方法など、従業員が賞与の内容を理解できる程度の記載です。一文だけの場合、支給基準の不明確さを理由に「不合理な不支給」として争われるリスクが残ります。具体的な算定方式や業績連動の仕組みを規程に加えることをお勧めします。

Q. 評価制度がない会社でも、賞与支給基準を決めて差をつけることはできますか?

A. 評価制度が整備されていなくても、賞与に差をつけること自体は可能です。ただし、差の根拠を後から説明できる仕組みが必要です。正式な評価シートがなくても、「職責・勤怠・会社業績への貢献度」などを簡易的にスコア化して記録しておくだけで、差の合理性を説明しやすくなります。重要なのは差をつけることではなく、差の根拠を文書で残せる状態にしておくことです。

Q. 休職中の従業員に賞与を支給しないことは、法的に問題になりますか?

A. 就業規則や賃金規程に「休職期間は賞与の算定対象期間に含まない」等の規定があれば、不支給または減額は合法的に行えます。問題になるのは、根拠規定がないまま独自判断で不支給・減額した場合です。この場合、労働基準法第24条の賃金全額払いの原則違反として請求を受けるリスクがあります。休職者への賞与対応は、規程に明確に書いておくことが最大の予防策です。

Q. 従業員数が10名未満の場合でも、賞与支給基準を明文化する必要はありますか?

A. 従業員数10名未満の場合、就業規則の作成・届出の法的義務はありません。ただし、賞与に関するトラブルや労使紛争は規模に関わらず発生します。「法律上の義務がないから作らない」という判断は、短期的にはコスト削減に見えますが、一件のトラブルが発生したときの対応コストははるかに大きくなります。成長フェーズにある企業ほど、早めの整備が組織拡大時のリスクを防ぐ投資になります。

Q. 賞与支給基準を新たに明文化する際、既存の従業員に不利益になる可能性はありますか?

A. 賞与支給基準を明文化する際、これまでより不利な条件に変更する場合は「不利益変更」として慎重な対応が必要です。労働契約法第10条では、就業規則の不利益変更には変更の合理性と従業員への周知が求められます。一方、これまで曖昧だった基準を文書化するだけで、従業員の待遇水準を維持する場合には不利益変更には当たりません。現状の運用内容を維持しながら明文化するアプローチで進めることが、トラブルを避けながら整備を進める現実的な方法です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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