「正社員が5人いて、パートさんも何人か働いてもらっているんだけど、就業規則って作らないといけないの?」——採用が続いているある会社の経営者から、こんな質問を受けました。社員数が増えてくると、いつか向き合わなければならないのが就業規則の整備です。でも、専任の人事担当者もおらず、日々の業務をこなしながら対応するのは簡単ではありません。この記事では、「何人から義務になるのか」「最低限何を書けばよいのか」「どの順番で進めればよいのか」という三つの疑問に、実務的な視点からお答えします。
就業規則の作成義務は何人から発生するか
就業規則の作成・届出が法的に義務となるのは、常時10人以上の労働者を使用する事業場です(労働基準法第89条)。ここでいう「常時」とは「通常の状態」を意味し、「今日たまたま10人いる」ではなく、日常的に10人以上が働いている状態が続いているかどうかで判断します。
「常時10人」のカウント方法
よくある誤解が「正社員だけで数えればいい」というものです。実際には、パートタイム・アルバイト・契約社員など、雇用形態を問わず、その事業場で常時使用しているすべての労働者を合計してカウントします。たとえば「正社員5人・パート6人」の合計11人であれば、作成義務の対象です。なお、「事業場」は会社単位ではなく、店舗・支店・工場など働く場所の単位で判断します。本社と支店が別々にある場合、それぞれの事業場ごとに人数を数えることになります。
9人以下でも整備を始めるべき理由
「まだ9人だから義務じゃない」という判断自体は法令上正しいですが、就業規則がなければ労働条件のルールが曖昧なままになります。退職トラブルや未払い賃金請求、ハラスメント対応が発生したとき、会社側は「ルールが文書化されていない」という状況で対応しなければならず、著しく不利になります。採用が続いて7〜9名になった段階で、「社内ポリシー文書」として準備を始めておくことが実務上の正解です。
就業規則に書かなければならない項目とは
就業規則の記載事項は、法令上「絶対的必要記載事項」と「相対的必要記載事項」の二種類に分かれます。この区別を理解するだけで、「全部一気に書かなければ」という焦りがかなり和らぎます。
絶対的必要記載事項(制度の有無にかかわらず必ず書く)
以下の項目は、会社の方針にかかわらず必ず記載しなければなりません。
- 始業・終業の時刻、休憩時間、休日、休暇(年次有給休暇を含む)
- 労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合の転換に関する事項
- 賃金の決定・計算・支払いの方法、賃金の締め切り・支払いの時期
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
特に賃金と退職に関する規定は、トラブルが発生したときに最初に参照される部分です。「月末締め翌月25日払い」「退職申出は何日前までに」といった具体的な運用を、必ず文書化しておきましょう。
相対的必要記載事項(制度を設けるなら必ず書く)
こちらは「その制度を導入するなら記載が必要」という項目です。制度を設けない場合は記載不要ですが、制度を運用しているのに規定がない状態が最も危険です。代表的なものは以下のとおりです。
- 退職手当(支給要件・計算方法・支払時期)
- 賞与・臨時の賃金
- 安全衛生に関する事項
- 表彰・制裁(懲戒)に関する事項
- 休職に関する事項
たとえば「休職制度は特に設けていない」という会社であれば記載は不要です。しかし後述するように、休職規定を持たないこと自体にリスクがあるため、慎重な判断が求められます。
作成したら必ず行う届出と周知の手続き
就業規則は作っただけでは不十分です。届出と周知を正しく行わなければ、法的な効力が生じない場合があります。
労働基準監督署への届出手続き
常時10人以上の事業場は、就業規則を作成・変更したときに所轄の労働基準監督署へ届け出る義務があります(労働基準法第89条)。届出には労働者代表の意見書を添付する必要があります(労働基準法第90条)。ここで注意すべきは、労働者代表の「意見を聴く」ことが義務であり、同意を得ることは義務ではないという点です。代表が「反対」という意見を述べた場合でも、その内容を意見書に記載して届け出ることで手続きは完了します。
労働者への周知が効力の前提
就業規則は、労働者に周知されて初めて法的効力が生じます(労働契約法第7条)。周知の方法は労働基準法施行規則第52条の2で定められており、以下のいずれかの方法で行います。
- 職場に常時掲示する、または備え付ける
- 労働者に書面で交付する
- 電子データとして、労働者がいつでも閲覧できる状態にする
「共有フォルダに保存した」だけでは周知として認められない場合もあります。「どこを見れば確認できるか」を全員に伝え、確認できる状態を継続して維持することが重要です。
整備を進める優先順位の考え方
すべてを一気に整えるのは現実的ではありません。以下の順番で優先度をつけて進めるのが実務上のセオリーです。
まず固めるべき「土台」の規定
最初に整えるべきは、絶対的必要記載事項に相当する労働条件の基本部分です。労働時間・休日・休暇(年次有給休暇を含む)・賃金の計算と支払い・退職の手続きが骨格となります。これらが曖昧なまま人が増えると、後から修正するときに不利益変更(既存社員の労働条件を下げる変更)のリスクを伴うことがあります。労働契約法第10条では、不利益変更には「合理的な理由」と「周知」が必要とされており、初期段階での正確な設計が重要です。
次に整える「トラブル防止」の規定
服務規律・懲戒規定・ハラスメント禁止規定は、問題社員対応やハラスメント対応が発生したときに会社が適切に動けるかどうかを左右します。懲戒処分は「就業規則に根拠規定があること」が法的な有効要件のひとつとされており(最高裁判例等参照)、規定のない懲戒処分は無効とされるリスクがあります。採用が進み組織が大きくなってきたタイミングで必ず整備してください。
後回しにしがちだが重要な「休職・復職」の規定
休職制度は法律上の義務規定がないため(育児・介護の一部を除く)、「使うことがないと思っていた」として後回しになりがちです。しかし、メンタルヘルス不調による長期欠勤が発生したとき、休職規定がないまま解雇に踏み切ると解雇無効のリスクが高まります。このような判断に迷った際は、早めに人事の専門家に相談することで、後々の対応が大きく変わってきます。規定を「設けない」という選択にも法的リスクがあることを認識した上で、休職の要件・期間・復職手続き・休職期間満了時の対応を明文化しておくことが重要です。
| 優先度 | 整備すべき規定 | 放置した場合のリスク |
|---|---|---|
| 高 | 労働時間・休日・休暇・賃金・退職 | 未払い賃金請求・退職トラブル |
| 高 | 懲戒・服務規律・ハラスメント禁止 | 懲戒処分が無効と判断されるリスク |
| 中 | 休職・復職の手続き | メンタル不調対応時の解雇無効リスク |
| 低〜中 | テレワーク・副業・育児介護関連 | 制度運用の混乱・採用競争力の低下 |
ひな形コピーの落とし穴と自社への適合
ネット上のひな形をそのまま使うことには、見落とされがちなリスクがあります。ひな形は「一般的な会社」を想定して作られており、自社の実態と合わない規定が混入する可能性があります。
ひな形がそのまま使えないケース
たとえば、シフト制で働く店舗スタッフがいる場合、変形労働時間制の適用を想定した規定が必要になります。テレワークを認めている場合は、労働時間の管理方法や情報セキュリティに関する記載が求められます。また、裁量労働制を導入している場合は、所定の労使協定の締結と規定への明記が必要です。ひな形にこれらの記載がないまま運用すると、実態と規則が乖離した状態になります。
ひな形を「出発点」として使う正しい活用法
ひな形は「ゼロから書く手間を省く」ためのツールとして有用です。ただし、以下の点を必ず確認してください。まず、自社で実際に行っている労働時間の管理方法と規定が一致しているか。次に、賃金の計算方法や支払日が実態どおりに記載されているか。さらに、休職・懲戒の要件が自社の判断基準と矛盾していないか。最終的には、労働基準法や労働契約法の最新の内容に対応しているかどうかも確認が必要です。作成後は社会保険労務士や弁護士によるチェックを受けることを強くおすすめします。
まとめ
就業規則の作成・届出義務は、常時10人以上の労働者を使用する事業場に発生します(労働基準法第89条)。パートやアルバイトを含めた合計人数でカウントするため、雇用形態が混在している会社は早めの確認が必要です。義務がない段階でも、9人以下のうちから整備を始めておくことがトラブル予防につながります。
記載事項は「絶対的必要記載事項(必ず書く)」と「相対的必要記載事項(制度を設けるなら書く)」に分かれます。一気にすべてを整えようとせず、まず労働時間・賃金・退職などの基本部分から着手し、次に懲戒・ハラスメント規定、その後に休職・復職規定という順番で進めるのが現実的です。作成後は所轄の労働基準監督署への届出と、労働者への周知を忘れずに行ってください。
就業規則の整備は、経営者や人事担当者が一人で抱え込むには複雑な領域です。ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・人事担当者から、就業規則の整備や休職・復職対応についてのご相談をよくいただきます。「どこから手をつければいいかわからない」という段階からお気軽にお声がけください。自社の状況に合った進め方を一緒に整理するところからお手伝いします。
よくある質問
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