「うちの社長は評価されないのに、なぜ私たちだけ目標管理シートを書かされるのか」——人事評価制度を整備した直後に、社員からこんな声が出てきたことはないでしょうか。経営者自身も「自分を誰が評価するのか」という問いに答えられず、制度設計が止まってしまう。この記事では、経営者評価制度をどう設計するか、誰が評価するのか、社員への説明をどうするかを実務目線で整理します。
経営者は人事評価の対象にすべきか
結論から言えば、「評価対象に含めるかどうか」よりも「評価の仕組みをどう設計し、社員にどう説明するか」の方が実務上はるかに重要です。含める・含めないのどちらも正解になり得ますが、何も決めないまま放置することだけは避けなければなりません。
法的地位の整理が先決
人事評価制度を設計する際、まず確認すべきは評価対象者の法的地位です。会社法上の取締役は「委任契約」に基づく機関であり、原則として労働基準法・労働契約法の適用外となります。つまり、社員向けに設計した評価制度(昇降給・懲戒ルールなど)を、そのまま取締役に当てはめることはできません。
ただし、「取締役兼部長」のように業務執行の指揮命令を受けている実態がある場合は、「使用従属性」が認められ、労働者性が認定されるケースがあります。この場合は労働法の保護が及びます。20~50名規模の成長企業では、この二重身分のケースが珍しくないため、まず顧問社労士や弁護士と法的地位を確認することを優先してください。
経営者を含めない場合に必ず行うべきこと
経営者・役員を評価制度の対象外とすること自体は合理的な判断です。しかし、理由を説明しないまま制度を展開すると「社長だけ特別扱い」と映り、制度全体への信頼が損なわれます。「役員は会社法の別プロセス(株主総会での報酬決定)で説明責任を負っている」「事業成果そのものが役員の評価軸だ」というロジックを、平易な言葉で社員に説明する準備が必要です。
経営者評価制度:誰が・何を見るのか
経営者評価制度の設計で多くの人が壁にぶつかるのは「評価者がいない」という構造的な問題です。ただし、評価者を設定する方法は複数あり、会社の規模やガバナンス体制に応じて選択できます。
評価者の候補と現実的な選択肢
| 評価者の候補 | 適合しやすいケース | 注意点 |
|---|---|---|
| 株主(外部) | 投資家・VCが株主に含まれる場合 | 中小企業では経営者=筆頭株主のケースも多く、形骸化しやすい |
| 社外取締役・顧問 | 社外役員を設置している場合 | 実態としての関与度が評価精度を左右する |
| 360度フィードバック(多面評価) | 報酬連動ではなく行動改善を目的にする場合 | 「フィードバック≠報酬評価」と明確に定義しないと不満が増大する |
| 自己評価+外部コーチング | 経営者が評価文化を自ら率先する姿勢を示したい場合 | 外部の視点がないと客観性が担保されない |
360度フィードバックの誤解と正しい使い方
多面評価を導入すれば経営者評価制度が完結する、という思い込みは危険です。360度フィードバックは経営者の行動特性を可視化する手段として有効ですが、「フィードバックの結果として報酬が変わるのか、それとも行動改善のインプットとして使うだけなのか」を設計段階で明確に決めておかなければなりません。社員が「評価したのに何も変わらない」と感じると、むしろ不信感が強まります。
役員報酬との連動は株主総会決議が必要
評価連動型の役員報酬を設計する場合、会社法第361条により株主総会の決議または定款に基づく決定が必要です。「評価結果に応じて報酬を変動させる」という仕組みを内部だけで決めてしまうと、後から法的瑕疵が生じるリスクがあります。設計前に必ず専門家への確認を行ってください。
経営者が評価されないと社員にどんな影響が出るか
経営者が評価を受けない状態を放置することは、単なる「不公平感」にとどまらず、組織のメンタルヘルスや離職リスクに直結します。これは多くの経営者が見落としているリスクです。
評価制度の「抜け穴感」がエンゲージメントを下げる
人事評価制度を整備して社員に展開した直後、「なぜ経営者は評価されないのか」という疑問が生まれるのは自然な反応です。この疑問に答えられないまま目標管理や評価面談を進めると、制度への納得感が損なわれ、形式的な評価シートを埋める作業に変質します。エンゲージメントが下がると、優秀な人材から先に離職するという傾向があります。
心理的安全性とメンタルヘルスへの影響
「自分たちだけが評価される側」という非対称な関係が続くと、社員は経営者に対して本音を言いにくくなります。これは心理的安全性の低下につながり、問題が表面化しにくい組織文化を生み出します。ウェルセンス株式会社が関わるメンタルヘルス不調や休職事例の中には、「経営者の言動が評価されない・フィードバックが届かない」という構造的問題が背景にあるケースが少なくありません。
特に20~50名規模では経営者の影響力が組織全体に直接及ぶため、経営者自身が評価・フィードバックを受ける仕組みは、単なる人事制度の問題ではなく職場環境の問題として捉える必要があります。
経営者評価制度を設計するための実務ステップ
経営者評価制度の設計は「完璧な仕組みを最初から作る」ことを目指すと必ず止まります。まず最低限の骨格を作り、運用しながら改善するアプローチが現実的です。
評価の対象と目的を分けて整理する
まず「何のための経営者評価か」を明確にします。報酬決定のためか、行動改善のためか、社員への説明責任のためか。目的が混在すると設計の方向性がブレます。多くの中小企業では、最初のステップとして「360度フィードバックによる行動改善」から始め、制度が成熟してから報酬連動に発展させる段階的アプローチが現実的です。
評価指標は業績とコンピテンシーの両輪で設計する
経営者の評価指標を売上・利益だけに設定しようとすると、「外部環境に左右されるため自分ではコントロールできない」という感覚に陥り、制度設計が止まります。業績目標(KPI)に加えて、組織づくり・人材育成・意思決定の質・コミュニケーションスタイルといった行動特性(コンピテンシー)を評価軸に加えることで、具体的な改善行動につながります。
社員への説明方針をあらかじめ決めておく
評価の結果として何が変わるか(報酬・役割)を社内向けにどこまで開示するかは、法令上の義務はありませんが、方針を事前に定めておくことが実務的に重要です。開示範囲・タイミング・伝え方を決めずに制度を動かすと、情報の非対称性から不信感が生まれます。
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経営者評価制度に関する「よくある誤解」を解消する
制度設計の現場では、正しい知識がないまま進めてしまうことで後から大きな問題に発展するケースがあります。代表的な誤解を事前に把握しておくことが失敗を防ぐ第一歩です。
「評価制度は社員向けのもの」という思い込み
人事評価制度を「社員のパフォーマンス管理ツール」として位置づけている経営者は少なくありません。しかし、評価制度の本質は組織の方向性を揃え、行動変容を促すものです。経営者が評価される仕組みを持つことは、組織全体の「評価文化」を根付かせるために不可欠です。社員は経営者の行動を見ています。
「役員と管理職は同じ評価制度でよい」という混同
20~50名規模では「取締役兼部長」のように役職が重なるケースが多いですが、法的地位(委任契約か雇用契約か)によって適用される制度が異なります。管理職としての職務部分は雇用契約に基づく人事評価の対象になり得ますが、取締役としての役割は別の軸で評価する必要があります。この区別を曖昧にしたまま制度を設計すると、後から整理が困難になります。
「制度を作れば文化が変わる」という過信
評価制度はあくまでも仕組みです。制度があっても、評価者(経営者を含む)がフィードバックスキルを持っていなければ、面談は形式化し、社員の不満が積み重なるだけです。評価者訓練(評価者研修・フィードバック研修)をセットで設計することが、制度を機能させるための前提条件です。経営者自身も評価を受け、フィードバックをもらう経験を積むことで、評価者としての精度が上がります。
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まとめ
経営者評価制度の設計は、人事制度の中でも特に「正解が見えにくい」領域です。法的地位の整理、評価者の設定、報酬連動の可否、社員への説明方針——これらを一つひとつ丁寧に積み上げる必要があります。「自分だけ評価されない」状態を放置することは、社員のエンゲージメントを下げ、メンタルヘルスリスクや離職の遠因になりえます。一方で、制度を作るだけでは文化は変わりません。仕組みと運用を両輪で整えることが重要です。
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よくある質問
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