「今年の賞与、どうやって決めましたか?」と聞かれたとき、すぐに答えられる経営者は、中小企業ではまだ多くありません。毎回、直感と経験で決め、社員には「業績を見て判断した」と伝える。それで何年も回ってきたけれど、最近は社員から「どんな基準で決めているんですか?」と聞かれるようになった——そういう会社が増えています。中小企業の賞与原資の決め方を「感覚」から「ルール」に切り替えることで、社員の納得感が高まるだけでなく、経営の安定にも直結します。この記事では、専任人事がいない中小企業でも実際に運用できる、シンプルな賞与原資の決め方と社員への説明ロジックを解説します。
賞与原資を「感覚」で決め続けることのリスク
賞与原資の決め方がルール化されていない状態が続くと、社員の不信感と経営者の説明コストが年々積み上がっていきます。まずこのリスクを正しく認識することが、仕組みづくりの出発点です。
「同じ業績なのに額が違う」という不満の正体
同程度の売上・利益であっても、年によって賞与額が大きく変わると、社員は「基準がない」と感じます。その感覚は間違っていません。経営者の主観や資金繰りの都合が原資を左右しているなら、結果がブレるのは当然です。一度でも「あの年はよかったのに今年は少ない」という体験をした社員は、賞与を「会社への信頼の指標」として使い始めます。
「業績を見て決めました」では通用しなくなっている理由
求人市場の透明化や、情報リテラシーの高い若手社員の増加により、「根拠のない説明」への耐性が下がっています。「業績を見て決めた」という言葉に対して、「どの数字を、どういう計算で見たのか」と問い返す社員が出てくるのは自然な流れです。答えられなければ、信頼ではなく不信を積み上げることになります。
ルールがないことで、経営者自身も損をしている
原資のルールがないと、毎回「今年はいくら出すべきか」をゼロから考えることになります。これは経営者の意思決定コストを無駄に高めるだけでなく、高業績期に払いすぎて手元資金を圧迫するリスクも生みます。ルール化は社員のためだけでなく、経営者自身の判断を楽にするためにも有効です。
賞与に関する法律の基本を押さえる
賞与原資の仕組みを設計する前に、法的なルールを理解しておく必要があります。知らずに運用すると、あとから大きなトラブルに発展することがあります。
賞与に支給義務はないが、規程があれば話は別
労働基準法上、賞与(一時金)の支給は原則として使用者の裁量です。「出すかどうか」「いくら出すか」は、法律で決められているわけではありません。ただし、就業規則や賃金規程に「業績に応じて賞与を支給する」「毎年7月・12月に支給する」と書いてある場合は、その定めが労働契約の内容になります。支給しない・大幅に減らすには、合理的な根拠と手続きが必要です。また、労働基準法第89条第4号により、賞与の支給条件・計算方法・支払方法に関する定めがある場合は就業規則への記載が義務づけられています。
「慣行」が労働条件になっているケースに注意
長年にわたって「夏冬それぞれ基本給の2ヶ月分」を支給し続けていた場合、明文化されていなくても、その支給実績が「労使慣行」として労働契約の内容になっているとみなされる可能性があります。この状態で業績連動型に切り替えようとすると、「労働条件の不利益変更」(労働契約法第10条)として問題になるケースがあります。切り替えには、就業規則の正式な改定手続き(労働者代表の意見聴取と労働基準監督署への届出)と、社員への丁寧な説明・合意形成が欠かせません。
育休・産休中の社員の扱いも事前に決めておく
産前産後休業・育児休業中の社員を賞与算定から完全除外することには、育児・介護休業法との関係で制限があります。「休業期間中の日数分を日割りで不支給にする」という方法は認められる場合がありますが、一律にゼロとする運用は問題になり得ます。賞与規程を整備する際は、この点も明記しておくことが重要です。
賞与原資の算出ロジック——シンプルな2つの方式
中小企業に適した賞与原資の決め方は、「経常利益連動型」と「粗利分配型」の2つが代表的です。自社の経営管理の習熟度に合わせて選択することをお勧めします。
経常利益連動型——利益の一定割合を原資にする
最もシンプルな方法は、「経常利益の○%を賞与原資とする」というルールです。たとえば「経常利益の20%を賞与原資とし、夏冬に折半して支給する」と決めれば、業績が上がれば原資も増え、下がれば減るという連動が自然に生まれます。経常利益は損益計算書(P/L)で確認できる数値であり、経営管理の習慣がある会社なら導入しやすい方式です。社員への説明時も「会社の経常利益をもとに計算している」と一言伝えるだけで根拠が明確になります。
粗利分配型——売上総利益から原資を逆算する
もう一つは「粗利(売上総利益)から固定費と目標利益を差し引いた残余を原資にする」方式です。計算式のイメージは以下のとおりです。
| 項目 | 説明 |
|---|---|
| 売上総利益(粗利) | 売上から原価を差し引いた額 |
| マイナス:固定費 | 人件費・家賃・設備費など |
| マイナス:目標利益 | 経営として確保したい内部留保・投資原資 |
| =賞与原資(残余) | この金額を原資として分配する |
この方式は「会社として必要なお金を確保した上で、残りを社員に還元する」という考え方です。経営者の意図が明確に伝わりやすく、社員への説明時に「会社の必要経費を除いた後の利益を分けている」と伝えることができます。管理会計の整備がある程度できている会社に向いています。
下限・上限のルールも同時に設定する
どちらの方式を選んでも、業績の振れ幅に対応するために「下限」と「上限」を設けることが重要です。たとえば「原資の下限は月例賃金総額の0.5ヶ月分とする。ただし経常赤字の場合はゼロとすることがある」「上限は月例賃金総額の3ヶ月分とする」のように明文化しておくと、赤字期・超高業績期どちらにも対応できます。上限を設けることは経営リスクの管理にもなります。
ここまでの仕組みづくりは、決して専任人事がいなければできないものではありません。むしろ、経営者自身が「根拠」を言語化できることが、組織全体の信頼につながります。
原資から個人配分へ——評価と接続するロジック
原資が決まった後、それを個人にどう配分するかを設計しないと、結局「一律支給」になってしまいます。評価との接続はシンプルな計算式で実現できます。
「基本給×支給月数×評価係数」が現実的な出発点
中小企業での個人配分に使いやすい計算式は、「基本給 × 支給月数 × 評価係数」です。支給月数は全社一律で設定し(例:1.5ヶ月)、評価係数によって個人差をつけます。評価係数の例としては、S評価=1.3、A評価=1.1、B評価=1.0(標準)、C評価=0.8といったシンプルな設計から始めるのが運用しやすく、社員にも説明しやすいです。
開示する情報の範囲を先に決める
業績連動型賞与を導入すると、社員は「どの数字を見て原資を決めたか」を知りたがります。「業績連動と言いながら数字を見せない」という運用は、かえって不信感を高めます。経常利益の金額をそのまま開示するのが難しければ、「経常利益の水準に応じた支給ランク(例:AA・A・B・C)」という形で間接的に開示する方法もあります。どこまで開示するかを先に決め、その範囲内で誠実に説明する姿勢が信頼につながります。
赤字・低業績期の賞与をどう扱うか
業績が悪化したときの賞与の扱いこそ、ルール化の真価が問われる場面です。「ゼロにするか、少し出すか」の判断基準を事前に決めておくことで、毎回の苦しい説明を避けられます。
「ゼロ支給」を明文化することで、かえって信頼が生まれる
就業規則や賃金規程に「経常損失が発生した期は賞与を支給しないことがある」と明記しておくことで、実際にゼロにする必要が生じたとき、「ルールどおりの判断」として社員に説明できます。曖昧なまま運用を続けると、ゼロにしたとき「会社が勝手に決めた」という受け取られ方をされます。明文化はマイナスのサプライズを防ぐ手段です。
低業績期でも「少し出す」場合の論理的な説明の仕方
赤字ではないが業績が低調なとき、モチベーション維持のために最低限の賞与を出す判断をする経営者は多くいます。その場合も「なぜ少額でも支給するか」を言語化しておくことが大切です。「赤字ではなく、下限ルール(月例賃金の0.5ヶ月分)に基づいて支給する」「会社として社員の努力に最低限応えるための措置」など、感情的ではなくロジックで説明できる準備をしておきましょう。
ここまでの仕組みを整える過程で、法的な観点から「これは大丈夫か」と不安になることもあると思います。就業規則の改定手続きや個別の労務相談は、ウェルセンス株式会社でも承っています。
まとめ
賞与原資の決め方をルール化することは、社員への説明責任を果たすだけでなく、経営の意思決定を安定させることにも直結します。まず自社の経営管理の習熟度に合わせて「経常利益連動型」か「粗利分配型」のどちらかを選び、下限・上限と赤字期の取り扱いを明文化する。次に個人配分の計算式を設計し、開示できる情報の範囲を決める。この順序で進めれば、専任人事がいない会社でも十分に運用可能な仕組みができます。
とはいえ、「就業規則の改定が必要か」「今の慣行がどの程度労働条件化しているか」「評価制度との接続をどう設計するか」といった個別判断は、会社の状況によって大きく異なります。ウェルセンス株式会社では、人事制度の整備や就業規則の見直しを含む人事労務の課題について、中小企業の実情に合った形でご支援しています。賞与ルールの構築について「どこから手をつけたらいいか分からない」「現在の慣行との調整に不安がある」という場合でも、まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
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