「時短勤務を認めているのに、なぜかその社員はいつも残業している」——気になってはいるけれど、本人から特に申し出もないし、と様子を見ている。そんな状況が続いているとしたら、会社として見過ごせないリスクを抱えている可能性があります。
育児短時間勤務(時短勤務)は「制度を使わせれば終わり」ではありません。業務量の調整、権利の周知、実態の把握——これらがセットで求められており、対応が不十分なままでいると、未払い残業代の請求やハラスメント認定、行政指導といった深刻なリスクにつながります。
この記事では、育児・介護休業法の観点から会社が負う責任の範囲を明確にしたうえで、中小企業でも実践できる業務量調整の具体的な対応策を3つ解説します。「自社の対応は問題があるのか」「何をすれば義務を果たしたことになるのか」を確認しながら読み進めてください。
「時短勤務を認めた」だけでは会社の義務を果たしていない
育児短時間勤務を適用しても、業務量を据え置いたままでは会社の義務を果たしたとは言えません。育児・介護休業法は、制度の適用に加えて「業務量の調整」「権利の周知」「実態の是正」をあわせて会社に求めています。
最も多い誤解——「制度を認めれば十分」
中小企業の現場でよく見られるのが、「時短勤務の申請を受け付けて、勤務時間を短くした。それで対応済み」という認識です。しかし、勤務時間を短くしながら担当業務をそのまま維持していれば、実質的には時短制度が機能していない状態です。
本人が「チームに迷惑をかけたくない」「評価が下がるのが怖い」と感じて、昼休みや退勤後に持ち帰りで業務をこなしているケースも少なくありません。会社がその実態を把握しながら放置していれば、後述するように「黙示の残業命令」とみなされるリスクがあります。
業務量調整は会社の責任である
時短勤務中の社員が勤務時間内で業務を完結できるよう、業務量・業務分担を調整する責任は会社側にあります。「誰かが引き受けてくれるだろう」「本人がうまく調整するだろう」という消極的な姿勢は、会社の責任放棄と判断される可能性があります。
特に従業員数が少ない企業では、業務の分散先が限られるため「調整が難しい」という実情はあります。ただし、「難しいからやらなくていい」とはなりません。業務の優先順位の見直し、外注の活用、業務フローの改善など、手段を検討する努力が求められます。
「本人が文句を言っていない」は免責にならない
本人が残業を断っていない、あるいは自ら申し出て残業しているように見える場合でも、会社の責任が消えるわけではありません。「申し訳ないから残業している」という状況は、会社が意図せず心理的プレッシャーをかけている状態とも解釈できます。実態として過重な業務を負わせていれば、会社側の問題として問われます。
「所定外労働の免除申出権」を知らないまま運用していると危険
育児・介護休業法第16条の8に定められた「所定外労働の免除(残業免除の申出権)」は、時短勤務とは独立した権利です。この権利の存在を従業員に伝えていない場合、それ自体が義務違反になりえます。
所定外労働の免除とは何か
3歳未満の子を育てる従業員は、所定外労働(法定労働時間の範囲内の残業を含む)の免除を会社に申し出ることができます。会社はこの申出を拒否することができません。つまり、時短勤務中であっても残業を命じることは原則として認められず、従業員が申し出れば会社は必ず応じなければならない義務規定です。
時短勤務制度(所定労働時間の短縮)と混同されやすいですが、これは別の制度です。時短勤務を適用していても、さらに残業免除の申出権が独立して存在しています。
周知しないこと自体が義務違反になりうる
育児・介護休業法は、制度の内容を従業員に周知することを会社に義務付けています。口頭・書面・社内掲示・イントラネット等の方法が認められていますが、実務上は「対象となる従業員に個別に説明する」ことがベストプラクティスとされています。
「社内に規程があれば十分」と考えている企業も多いですが、就業規則に記載があっても、当該社員が実際にその内容を理解していなければ周知義務を果たしたとは言いにくい場面があります。育児休業から復帰するタイミングなど、節目ごとに個別説明を行うことが望ましい対応です。
説明していない場合のリスク
所定外労働の免除申出権を説明しないまま、従業員が残業を続けていたとします。後になってその従業員が「権利の存在を知らなかった。知っていれば申し出ていた」と主張した場合、その期間の残業代や精神的損害について会社が責任を問われる可能性があります。「知らなかった」では済まないのが法律上の義務の厳しさです。
放置すると何が起きるか——複合的なリスク
業務量が過大なまま是正されない状態が続くと、未払い賃金の請求・ハラスメント認定・行政指導という3つのリスクが現実化します。これらは独立して発生するのではなく、複合的に重なって会社に打撃を与えることがあります。
未払い残業代の請求リスク
時短勤務中の社員が実態として残業をしている場合、その残業が「会社の指示によるもの」と認定されれば、未払いの割増賃金(残業代)を請求される可能性があります。「本人が自主的にやっていた」という主張は、会社がその実態を知りながら止めなかった場合には通りにくく、「黙示の残業命令があった」とみなされることがあります。
残業代の請求権は現在、労働基準法の改正により3年間遡って請求できます。長期にわたって実態を放置していた場合、まとまった金額の請求につながります。
ハラスメント認定のリスク
| リスク類型 | 認定される可能性がある状況 |
|---|---|
| マタニティハラスメント(マタハラ) | 育児を理由とする制度利用に対して不利益な扱いをしている、または制度を実質的に機能させていない |
| パワーハラスメント | 業務量の過大な要求(厚生労働省が定める6類型の一つ)として認定される可能性がある |
| 安全配慮義務違反 | 過重労働による健康障害が生じた場合、労働契約法第5条に基づく損害賠償請求の対象になりうる |
特に「業務量の過大な要求」によるパワハラは、加害者が管理職や会社自体になりえるため、会社として組織的な対応が求められます。
行政指導・企業名公表のリスク
育児・介護休業法の規定に違反した場合、従業員が都道府県労働局雇用環境・均等部(室)に申告することができます。申告を受けた場合、行政指導・勧告の対象となり、改正育児・介護休業法の施行に伴い、企業名の公表規定も強化されています。中小企業であっても企業名公表の対象となりえます。採用活動への影響や取引先への信頼低下など、実害は小規模企業ほど大きくなりがちです。
会社が取るべき3つの対応策
育児短時間勤務中の業務量問題に対して、会社がまず着手すべきは「権利の個別説明」「業務実態の把握と調整」「チーム全体の負荷管理」の3点です。この順番で進めることで、法的リスクを抑えながら現場の実情にも対応できます。
権利の個別説明と記録化
まず最初に行うべきは、時短勤務を開始する従業員に対して、所定外労働の免除申出権を含む関連制度を個別に説明し、その記録を残すことです。説明したことが後から証明できなければ、周知義務を果たしたとは言えません。
説明の際は、書面(制度説明書や確認書)を用意し、本人が内容を理解したうえでサインをもらう形式が実務上有効です。就業規則に規程があるかどうかにかかわらず、個別の書面対応を行ってください。なお、就業規則が未整備の場合(従業員10人未満で作成義務がない場合も含む)は、別途制度説明書を整備することを検討してください。
業務実態の把握と分担の再設計
次に、当該社員が現在担当している業務を洗い出し、時短勤務時間内で完結できる量かどうかを確認します。「感覚」ではなく、実際の業務ログ・勤怠データ・本人へのヒアリングをもとに実態を把握することが重要です。
業務量の調整手段としては、以下のような選択肢が考えられます。
- 担当業務の一部を他のメンバーに移管する
- 業務の優先順位を見直し、時短期間中は一部業務を停止・縮小する
- 外注・アウトソーシングを活用する
- 業務フローを見直して処理時間を短縮する
従業員数が少なく引き受け手が限られる場合でも、「どれを削るか・どれを外注するか」という視点で考えると、現実的な解が見えやすくなります。
周囲の社員への負荷管理と情報共有
業務を再分担した場合、カバーする側の社員に過大な負荷がかかることがあります。これを放置すると、時短社員本人ではなく周囲が先に疲弊・離職するリスクがあります。カバーする側の社員に対しても、業務量の変化を定期的に確認し、必要に応じてさらなる調整や評価上の反映を検討してください。
また、「なぜ業務分担が変わったのか」を丁寧に説明しないと、チーム内に「不公平だ」という感情が生まれやすくなります。法的な背景を過度に強調する必要はありませんが、会社として公平な環境づくりのために対応していることを、誠実に伝える姿勢が重要です。
対応の優先度は「今の状態」によって変わる
会社が取るべき対応の緊急度は、現在の状況によって異なります。自社の状態を確認し、優先すべき対応から着手することが現実的な進め方です。
まだ問題が表面化していない段階
時短勤務の申請があったばかり、または制度適用はしているが特にトラブルは起きていないという段階であれば、まず個別説明と記録化を整備し、業務量の実態確認を行うことが優先です。「問題がないから大丈夫」と思わず、仕組みとして運用できる状態を作っておくことがリスク予防になります。
本人が残業している実態がある段階
時短勤務中なのに本人が残業している状況が確認できる場合は、早急に業務量の実態把握と調整に着手してください。この段階では未払い残業代のリスクがすでに発生している可能性があり、状況次第では労務専門家への相談も検討してください。就業規則・36協定の整備状況によっても対応が変わるため、自社の状態を確認したうえで判断することが重要です。
業務量の調整が自社内で判断しにくい場合、または実際に問題が生じているなら、労務の専門家に一度相談することをお勧めします。
本人から不満・申告があった段階
本人から「業務量が多すぎる」「残業させられている」という申し出や不満が出ている段階では、問題はすでに表面化しています。この場合は事実確認・記録保全・当事者との面談を速やかに行い、弁護士や社会保険労務士など専門家の関与も含めて対応することを強くお勧めします。対応が遅れるほどリスクは拡大します。
まとめ
育児短時間勤務の業務量問題において、会社が取るべき対応策は「権利の個別説明と記録化」「業務実態の把握と分担の再設計」「周囲の社員への負荷管理」の3点です。時短勤務を認めただけでは会社の義務は果たされておらず、業務量の調整・所定外労働の免除申出権の周知・実態の是正がセットで求められます。放置した場合は、未払い残業代の請求・ハラスメント認定・行政指導という複合的なリスクにつながります。
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