「就業規則、たしか作ったはずなんだけど……最後に見たのいつだろう」。そんな会話が、経営者や兼務の人事担当者の間でよく聞かれます。専任の人事担当者がいない20〜50名規模の会社では、労務管理は「誰かがなんとなくやっている」状態になりがちです。問題が起きるまで気づかず、いざ労務トラブルが発生してから「これが違法だったのか」と慌てる——そのパターンを避けるために、今できる労務トラブル予防の仕組みを具体的に解説します。
「知らなかった」が一番のリスクになる
労務トラブルの予防でまず理解すべきことは、「違法かどうか知らなかった」という事情は、法的には免責にならないという現実です。労働基準法の義務は、会社の規模や専任担当者の有無に関わらず適用されます。
小規模企業でも「申告監督」は起きる
「うちは小さいから労基署に目をつけられない」と思っていませんか。実際には、労働基準監督署の調査は行政が抜き打ちで来る「臨検監督」だけではありません。退職した社員や不満を持った現役社員が申告することで調査が始まる「申告監督」も多く存在します。日頃の関係性が崩れた瞬間——たとえば退職時のトラブル、残業代の未払いへの不満——がきっかけになるケースが少なくありません。会社の規模は、この労務トラブルのリスクの大小にほとんど関係しません。
「書類はある」と「書類が機能している」は別物
雇用契約書をテンプレートで作成して以来、内容を更新していない。36協定(時間外・休日労働に関する労使協定)を締結しているが、実際の残業時間が協定の上限を超えている。こうした「書類はあるが形骸化している」状態は、ないよりはマシですが、いざトラブルが起きたときに会社を守る証拠にはなりません。労務トラブルの予防は「書類の存在」ではなく「書類の実態との整合性」で評価されます。
まず確認すべき「法定書類」の現状把握
労務トラブルを防ぐ第一歩は、自社の書類が法律の要件を満たしているかを確認することです。以下に、特に見落としが多い書類と確認ポイントをまとめます。
法定三帳簿と雇用契約書の整備状況
労働基準法では、すべての事業者に「法定三帳簿」の作成・保存を義務付けています。賃金台帳(労働基準法第108条)、労働者名簿(労働基準法第107条)、出勤簿(労働基準法第109条)の3つです。保存年限は賃金台帳・出勤簿が5年(当分の間は3年)、労働者名簿は退職・死亡等の日から3年です。「給与ソフトに入っているから大丈夫」と思っていても、必要な項目が揃っているかどうかを改めて確認してください。
雇用契約書(または労働条件通知書)については、2024年4月の法改正で新たな明示事項が追加されました。就業場所・業務の変更範囲、契約更新の上限、無期転換ルールに関する事項が義務化されています。以前作ったテンプレートをそのまま使っている場合は、改正後の要件を満たしているか確認が必要です。
就業規則の作成・届出・周知の三点セット
常時10名以上の労働者を雇用している場合、就業規則の作成と労働基準監督署への届出が義務です(労働基準法第89条・第90条)。パートやアルバイトも人数に含まれる点は見落とされがちです。また、作成・届出だけでは不十分で、「周知」も義務付けられています(労働基準法第106条)。社内に掲示する、全員がアクセスできる場所に保存するなど、従業員が内容を確認できる状態にしておかないと、就業規則の効力が否定されるリスクがあります。
36協定と有給管理の実態確認
残業が発生している会社で36協定が未締結、または締結しているが実態の残業時間が協定の上限を超えている——このケースは非常に多く見られます。36協定は「締結して届け出る」だけでなく、「協定の上限内で運用する」ことがセットです。また、年10日以上の有給休暇が付与される従業員に対しては、年5日の時季指定取得が義務化されており(労働基準法第39条第7項)、有給管理簿の作成・保存も必要です。管理簿がないこと自体が行政指導の対象になります。
専任人事なしで回せる「日常チェック習慣」の作り方
専任人事がいなくても、チェックのタイミングと項目を決めて「仕組み化」することで、労務管理は日常業務に組み込めます。重要なのは「完璧にやる」ではなく「定期的に確認する」習慣を持つことです。
月次・年次のチェックタイミングを固定する
労務トラブルの予防が属人化・放置される最大の原因は、「いつ確認するか」が決まっていないことです。以下のように、チェックのタイミングをあらかじめ固定しておくと、見落としが大幅に減ります。
| タイミング | 確認項目 |
|---|---|
| 毎月末 | 残業時間の集計・36協定上限との照合、有給取得状況の確認 |
| 雇用・更新のたび | 雇用契約書(労働条件通知書)の再締結・内容の最新化 |
| 年に一度(4月または年度初め) | 就業規則の内容確認・法改正への対応、36協定の更新届出確認 |
| 退職者が出たとき | 法定書類の保存確認、離職票・社会保険手続きの期限管理 |
担当者が変わっても引き継げる状態にする
労務管理が「属人化」していると、担当者が退職したときにどんな運用をしていたかすら不明になります。これを防ぐには、チェックリストと書類の保管場所を文書化しておくことが有効です。難しく考える必要はなく、「何の書類を」「どこに」「いつ確認するか」を1枚にまとめたシートをクラウドストレージに保存しておくだけで、引き継ぎの際の混乱を大幅に減らせます。
ハラスメント対応と書類整備のつながり
メンタルヘルス問題やハラスメントのトラブルは、実は書類整備と密接につながっています。対応の初動が遅れる会社の多くは、「何を相談窓口にすればいいかわからない」「就業規則に規定がない」という状態に陥っています。
ハラスメント防止措置は中小企業にも義務化されている
2022年4月から、パワーハラスメント防止のための措置義務が中小企業にも適用されています(労働施策総合推進法)。セクシャルハラスメント(男女雇用機会均等法)、マタニティハラスメント(育児介護休業法)も含め、相談窓口の設置・就業規則への規定・従業員への周知が必要です。「ハラスメントはうちには関係ない」ではなく、「問題が起きたときに会社が適切に対応できる体制があるか」が問われます。
就業規則にハラスメント規定がないと何が起きるか
就業規則にハラスメントに関する条項がない場合、問題が起きたときに懲戒処分の根拠を欠くことになります。また、相談窓口が形式的にしか機能していないと、被害者側から「会社が放置した」として使用者責任を問われるリスクが生じます。就業規則の見直しは、ハラスメント対応・メンタルヘルス対応の土台でもあります。
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「何を聞けばいいかわからない」を解消する相談の持ち方
専任人事がいない環境では、問題が起きてから専門家に駆け込む「事後対応」になりがちです。しかし事後対応は、費用も時間も精神的負担も大きくなります。予防の観点から、日頃の相談体制を整えることが重要です。
顧問社労士がいる場合・いない場合でアプローチが変わる
顧問社労士がいる場合でも、「何を聞けばいいかわからない」「細かいことを聞きにくい」という声はよく聞かれます。まずは「書類チェックをお願いしたい」「36協定の内容を確認してほしい」と具体的なテーマで相談してみることをお勧めします。顧問社労士がいない場合は、単発での書類チェック相談や、人事労務のサポートサービスを活用することが選択肢になります。
メンタルヘルス・休職対応は「入り口」の書類整備が重要
従業員がメンタル不調で休職になったとき、就業規則に休職規定がなかったり、復職の判断基準が明記されていなかったりすると、対応が迷走します。「休職期間は何日か」「復職の条件は何か」「復職できなかった場合の扱いは」——こうした項目が就業規則に明記されていることが、会社と従業員双方を守る基盤になります。メンタルヘルス対応が増えてきた会社は、休職・復職規定の見直しを優先してください。
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まとめ
専任人事がいなくても、労務トラブルの予防は「仕組み」で対応できます。まず法定書類の現状把握から始め、次に月次・年次のチェックタイミングを固定し、担当者が変わっても引き継げる状態を作ることが基本の流れです。就業規則・雇用契約書・36協定・有給管理簿など、書類の「存在」と「実態との整合性」を定期的に確認する習慣を持つことが、トラブルを未然に防ぐ最も確実な方法です。
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よくある質問
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