「休職中の社員がアルバイトをしているらしい」——そんな情報が耳に入ったとき、経営者や人事担当者は何をどう確認すればいいのか、すぐには動けないことが多いものです。傷病手当金は健康保険から支払われる制度であり、「会社が直接損をするわけではない」と感じてしまうかもしれません。しかし、対応を誤ると会社が不利な立場に立たされることもあります。この記事では、傷病手当金受給中の副業が発覚した場合に会社が取るべき手順を、法的根拠とともに実務レベルで解説します。
傷病手当金と副業の関係:何が問題になるのか
傷病手当金の受給中に副業(就労)をしていた場合、不正受給として返還義務が生じる可能性があります。ただし、判断するのは会社ではなく保険者(協会けんぽ・健康保険組合)と担当医です。
傷病手当金が支給される条件
傷病手当金は健康保険法第99条に基づく給付制度で、「療養のため労務に服することができない状態」にあることが支給要件です。つまり、働けない状態であることが前提となっています。この状態で実際に就労(副業・アルバイト・業務委託など)をしていた場合、支給要件を満たしていない期間が発生したとみなされ、受給した金額の返還を求められる可能性があります。「少しだけなら問題ない」「軽い仕事だから大丈夫」といった例外的な扱いは制度上存在せず、就労の事実があれば原則として支給停止・返還の対象になりえます。
会社には直接の金銭的損害は発生しにくい
傷病手当金を支払うのは健康保険の保険者であり、会社の財布から直接出ていくお金ではありません。そのため「うちに実害はないのでは」と感じる経営者も少なくありません。しかし、問題はそれだけではありません。休職中の社員には「療養に専念する義務」があると解釈されており、副業によってその義務に違反したと会社が判断できる場合には、就業規則に基づく懲戒処分の検討が可能になります。
会社が受けうる間接的な影響
直接的な金銭損害がなくても、休職者の副業を放置することには組織上のリスクがあります。他の社員に「休職中に副業しても問題ないのか」という誤ったメッセージを与えかねませんし、後述するように就業規則の整備が不十分な場合には、発覚後の対応に大きく差し支えます。発覚した事実を記録し、段階的に対応を進めることが重要です。
副業の事実確認:適法な証拠収集の方法
副業の疑いがある場合、会社が取れる確認手段は「公開されている情報の確認」と「本人へのヒアリング」が中心です。プライバシーを侵害する調査方法は証拠として使えないうえ、会社側が法的リスクを負う原因になります。
公開情報の確認(適法な範囲)
まず着手できるのは、公開情報の確認です。本人が公開設定にしているSNSアカウント、求人サイトや業務委託プラットフォームへの登録、Googleマップや口コミサイトへの事業主としての掲載などは、誰でも閲覧できる情報であり、これを確認・記録することに違法性はありません。確認した内容はスクリーンショット等で保存し、確認した日時とともに記録に残しておきましょう。また、知人や他の社員から情報提供があった場合も、「いつ・誰から・何を聞いたか」を記録しておくことが後々の対応に役立ちます。
やってはいけない調査方法
一方で、以下のような方法は絶対に避けなければなりません。本人の自宅周辺での張り込みや尾行、第三者を使ったなりすまし接触、本人のSNSや個人アカウントへの無断アクセスなどは、プライバシーの侵害・不法行為に該当する可能性があります。こうした方法で取得した情報は証拠として採用されないだけでなく、会社が損害賠償を請求される側になりうる危険があります。「副業の証拠をつかみたい」という焦りが、かえって会社を不利な立場に追い込む原因になります。
本人へのヒアリング
公開情報の確認を経て疑いが高まったら、本人に対して書面または面談で事実確認を行います。この際のポイントは「問い詰め」ではなく「事実確認」として進めることです。面談を行う場合は日時・出席者・やり取りの内容を記録し、できれば本人にも回答を書面で求めると、後の手続きの根拠として機能します。メンタル不調による休職者の場合は、ヒアリング自体が状態を悪化させるリスクもあるため、実施のタイミングや方法については慎重に判断してください。
発覚後の対応フロー:会社が踏むべき手順
副業の事実が確認できたら、保険者への情報提供と社内の懲戒手続きという二つのラインで対応を進めます。それぞれの役割と順序を整理しておくことが重要です。
| 対応の段階 | 主な内容 | 対応主体 |
|---|---|---|
| 情報の整理・記録 | 入手した情報の記録、公開情報のスクリーンショット保存 | 会社(人事担当) |
| 本人へのヒアリング | 事実確認の面談・書面回答の取得 | 会社(人事担当) |
| 保険者への情報提供 | 協会けんぽ・健康保険組合への相談・情報提供 | 会社→保険者 |
| 社内手続き(懲戒) | 就業規則の懲戒規定に基づく手続き | 会社(要専門家相談) |
保険者(協会けんぽ・健保組合)への連絡
不正受給の疑いがある場合、会社は保険者に情報提供・相談を行うことが可能です。実際に調査し、返還請求を行う権限を持つのは保険者側であり、会社が独自に返還を求めることはできません。協会けんぽであれば各都道府県の協会けんぽ支部、健康保険組合であれば加入している健保組合の担当窓口に連絡します。情報提供の際は、どのような情報をどのように確認したかの記録をまとめて提出できるよう準備しておくと対応がスムーズです。
就業規則に基づく懲戒処分の検討
懲戒処分(戒告・減給・出勤停止・懲戒解雇など)を行うためには、就業規則にその根拠となる規定が必要です。「休職中の副業禁止」「療養専念義務違反」などの規定があるかどうかを確認してください。規定がある場合でも、処分の重さは違反の内容・程度・本人の状況に応じた相当性が求められます。特にメンタル不調による休職者への懲戒処分は、後のトラブルに発展しやすいため、社会保険労務士や弁護士への相談を強く推奨します。
事実確認の段階から判断に迷ったら、早めに専門家に相談することが、後のトラブルを最小限に抑えるコツです。「どう進めたらいいか」という相談だけでも、大きく事態を改善できることが多くあります。
中小企業が陥りやすい「就業規則の落とし穴」
20〜50名規模の企業では、就業規則に休職中の副業禁止や報告義務が明記されていないケースが多く、これが処分の根拠を弱める最大の要因になります。
規定がないと処分根拠が曖昧になる
「就業規則に書いていないから処分できない」という事態は、実際の中小企業でよく起きています。就業規則に副業禁止の明文規定がない場合、懲戒処分を行っても「不当処分」として争われるリスクが高まります。また「副業を禁止している事実を社員が知らなかった」という主張が成り立ってしまう場合もあります。発覚後の対応と並行して、就業規則の整備・見直しに着手することが将来的なリスク管理につながります。
就業規則に追加しておくべき主な規定
休職中の副業・兼業に関して就業規則に盛り込んでおきたい主な内容は以下のとおりです。就業規則がそもそも存在しない、または10年以上更新されていないという場合は、専門家への依頼を含めて整備を検討してください。
- 休職中の副業・兼業の禁止または事前申請・報告義務
- 傷病手当金受給中における療養専念義務
- 上記に違反した場合の懲戒規定(種類・手続き)
- 懲戒手続きの公正性を担保する条項(弁明の機会の付与など)
会社の規模と就業規則整備の判断基準
常時10名以上の従業員を雇用する使用者は、就業規則の作成・届出が労働基準法第89条により義務付けられています。10名未満であっても、就業規則の整備は労使トラブルを防ぐうえで有効です。また従業員数が50名を超えるタイミングでは、産業医の選任義務なども生じるため、それに合わせて就業規則の総合的な見直しを行うことをお勧めします。
🔗 判断に迷ったら、早めに専門家に相談することが、後のトラブルを最小限に抑えるコツです。 →
メンタル不調の休職者への対応:慎重さが求められる理由
副業が発覚した社員がメンタル不調による休職者の場合、通常の懲戒対応と同じ手順を踏もうとすると、本人の状態悪化や訴訟リスクにつながることがあります。
「追い詰めた」と見なされるリスク
メンタル不調で休職中の社員に対して、証拠をもとに強い調子で問い詰めたり、復職前に懲戒処分の手続きを始めたりすることは、「使用者が従業員の健康状態に配慮しなかった」として安全配慮義務違反に問われるリスクがあります。ヒアリングを行う場合も、主治医の見解や産業医(選任している場合)の意見を踏まえて実施タイミングを判断することが重要です。
復職後の対応も選択肢に入れる
副業の事実が確認できた場合でも、すべての懲戒手続きを休職中に進める必要はありません。記録をしっかり残したうえで、復職の手続きと並行して対応するという判断も実務上は有効です。重要なのは「何もしなかった」という状態を作らないことであり、記録・情報提供・専門家への相談という最低限の対応を進めておくことが、後のトラブル防止になります。
産業医・専門家との連携
産業医を選任している(常時50名以上規模の場合は選任義務あり)企業は、ヒアリングや復職判断において産業医の意見を活用できます。産業医がいない規模の企業でも、社会保険労務士や弁護士に事前相談することで、対応の「順序」と「言い方」を整理できます。感情的な対応や場当たり的な対処が最もトラブルを招きやすいため、専門家の助言を得た上で動くことを強くお勧めします。
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まとめ
傷病手当金受給中の副業が発覚した場合、会社がまずすべきことは「記録」と「公開情報の確認」です。プライバシーを侵害しない範囲で事実を確認し、保険者への情報提供と就業規則に基づく社内手続きという二本立てで対応を進めます。ただし、メンタル不調による休職者への対応は通常の懲戒フローとは異なる配慮が必要であり、社内だけで完結させようとすると後のトラブルを招くリスクがあります。就業規則の整備が不十分な場合は、今回の発覚を機に見直しに着手することを検討してください。
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よくある質問
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