「メンタル不調の社員への対応、何か法律があるのは知っているけれど、具体的に何をしなければならないのかがわからない」——管理職として現場を持ちながら人事まで兼務している方なら、そう感じたことが一度はあるはずです。放置すれば会社リスクになり、踏み込みすぎればハラスメントと言われかねない。正解がわからないまま対応している状況は、担当者にとっても社員にとっても不幸です。この記事では、忙しい兼務人事担当者が3時間で全体像をつかめるよう、メンタルヘルス対応に関わる主要な法律・義務を実務目線で整理します。
メンタルヘルス対応に関わる法律の全体像
メンタルヘルス対応は「労働安全衛生法」「労働契約法」「労働基準法」の3つが中心です。それぞれ役割が異なり、組み合わせて理解することで初めて実務の判断ができるようになります。
3つの法律の役割の違いを整理する
まず全体構造を把握しましょう。労働安全衛生法は「会社が社員の健康を守るために何をするか」を定めた法律です。ストレスチェックや産業医選任義務、長時間労働者への面接指導などはすべてこの法律に基づきます。労働契約法は「会社と社員の間の取り決めをどう守るか」を定めており、安全配慮義務や解雇制限はここに根拠があります。労働基準法は「休業・賃金・解雇の手続き」に関するルールを定めています。
「義務」と「努力義務」の違いを理解する
法律の条文には「義務」と「努力義務」があり、違反した場合の扱いが異なります。義務は違反すると行政指導・罰則の対象になります。努力義務は「取り組むことが望ましい」という意味で、すぐに罰則はありませんが、訴訟になった際に「努力すらしていなかった」と評価されるリスクがあります。小規模企業の方は特に「50名の壁」を意識してください。多くの義務が従業員数50名を境に適用範囲が変わります。
まず自社の従業員数と就業規則の有無を確認する
「何が義務か」を判断するための出発点は、自社の常時使用する労働者数です。パートタイマーや契約社員も含めて計算します。次に就業規則の有無と最終改定日を確認してください。就業規則がない、または休職・復職に関する規定がない場合、後述する休職対応が法的根拠を持てなくなります。この2点の確認だけで、自社に何が求められているかの輪郭が見えてきます。
従業員数で変わる義務の範囲
50名以上の事業場と50名未満の事業場では、メンタルヘルス関連の法的義務が大きく異なります。自社の規模に合った優先順位で対応を進めることが実務上の鉄則です。
50名以上の事業場に課される主な義務
常時50名以上の労働者を使用する事業場には、以下の義務が発生します。
- ストレスチェックの年1回実施(労働安全衛生法第66条の10)
- 産業医の選任(労働安全衛生法第13条)
- 高ストレス者が申し出た場合の医師による面接指導の実施
- 衛生委員会の設置(月1回以上の開催)
ストレスチェックを実施しない場合、所轄の労働基準監督署への報告義務が生じ、報告を怠ると罰則の対象になります。産業医の選任も同様に義務であり、選任届の提出が必要です。
50名未満でも適用される義務がある
規模が小さければすべて免除と思われがちですが、そうではありません。長時間労働者への面接指導は50名未満でも義務です。具体的には、時間外・休日労働が月80時間を超えた労働者から申し出があった場合、医師による面接指導を実施しなければなりません(労働安全衛生法第66条の8)。また月100時間超の場合は、申し出がなくても実施義務が発生します。さらに安全配慮義務(労働契約法第5条)はすべての企業に適用されます。規模を問わず「メンタル不調を把握しながら放置した」という状況は、安全配慮義務違反として損害賠償請求の対象になり得ます。
規模別の優先対応をまとめると
| 確認項目 | 50名以上 | 50名未満 |
|---|---|---|
| ストレスチェック実施 | 義務(年1回) | 努力義務 |
| 産業医の選任 | 義務 | 義務なし(地域産業保健センター活用可) |
| 長時間労働者への面接指導(月80h超・申出あり) | 義務 | 義務 |
| 安全配慮義務 | 義務 | 義務 |
| 就業規則(休職・復職規定)の整備 | 義務 | 10名以上で義務 |
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安全配慮義務——すべての対応の根幹にある考え方
安全配慮義務とは、会社が社員に対して「安全かつ健康に働けるよう必要な配慮をする義務」です(労働契約法第5条)。メンタルヘルス対応の法的判断は、ほぼすべてこの概念を軸に行われます。
「結果義務」ではなく「配慮した事実」が問われる
安全配慮義務は結果責任ではありません。「配慮したか」「何をしたか」が問われます。たとえばメンタル不調の兆候があった社員が休職に至ったとしても、会社が早期に声をかけ、面談を行い、必要な措置を講じていた記録があれば、裁判になっても配慮の事実として評価されます。逆に「知っていたが何もしなかった」という状況は義務違反と判断されるリスクが高まります。日時・事実・対応内容を記録する習慣をつけることが、実務上最も重要なポイントです。
「不調を知りながら放置」が最もリスクが高い
休職や療養に至った社員から安全配慮義務違反を主張された裁判例では、「会社が不調のサインを認識しながら業務負荷を下げなかった」「上司が相談を受けていたにもかかわらず対応しなかった」といった事実が会社の義務違反の根拠として用いられています。「本人が大丈夫と言っていたから」という弁明は通じにくいため、発言の記録と継続的なフォローアップが不可欠です。
早期に気づくための行動変容チェック
安全配慮義務を履行するには、まず不調に気づく仕組みが必要です。専門知識がなくても確認できるサインとして、遅刻・欠勤の増加、業務ミスや集中力の低下、表情・発言・コミュニケーションの変化などがあります。気づいた際は「いつ・何が・どの程度あったか」を具体的な事実として記録してください。「なんとなく元気がない」ではなく「○月○日、定例会議で発言がなく、終了後に声をかけたところ目に涙があった」という記録が、後の判断根拠になります。
不調に気づいても「判断に自信がない」「どう声をかけたらいいか不安」という場合、地域産業保健センターやウェルセンス株式会社など外部専門家に一度相談することで、対応の方向性が明確になります。
休職・復職対応と就業規則の整備
休職と復職のプロセスは、就業規則に明確な規定がなければ会社側が主導できません。規定がない状態での場当たり対応は、後々大きなトラブルに発展します。
休職は「就業規則の規定」があって初めて有効に運用できる
法律上、休職制度は会社が任意に設ける制度です(法律が一律に「何ヶ月休職させよ」と定めているわけではありません)。ただし就業規則に休職規定がある場合、その規定に従って対応しなければなりません。規定すべき内容は、休職事由・休職期間・給与の取り扱い・社会保険料の扱い・復職条件・期間満了時の取り扱い(退職扱いとなる場合の明記)などです。常時10名以上の労働者を雇用している会社は就業規則の作成・届出が義務です(労働基準法第89条)。
復職判断は誰がどのように行うかを事前に決めておく
復職の判断は「主治医の復職可能の診断書」だけで自動的に行うものではありません。主治医は日常生活が送れるかを判断しますが、業務遂行能力があるかは別の評価が必要です。産業医がいる場合は産業医の意見を踏まえた判断が標準的なフローです。産業医がいない50名未満の企業では、地域産業保健センター(各都道府県の産業保健総合支援センター内)に相談することが現実的な選択肢になります。「誰が最終判断するか」を就業規則または別途のガイドラインに定めておくことが重要です。
復職後の再発リスクに備えるルールを持つ
復職後の再発は珍しくありません。「試し出勤制度」や「復職後の業務軽減期間」を設けている会社では、段階的な復帰が再発防止に効果的とされています。また復職後に再び休職が必要になった場合に備え、就業規則に「同一疾病による休職期間の通算」の規定を設けておくことで、無制限に休職期間が延長される事態を防ぐことができます。
声かけ・面談で「やってはいけないこと」
不調が疑われる社員への声かけや面談は、やり方を誤ると本人の信頼を失い、ハラスメントの申告につながることもあります。事前に「言ってよいこと・いけないこと」を整理しておくことが重要です。
面談では「事実ベース」で話す
声かけの際に感情論や憶測を持ち込むのは禁物です。「最近元気ないよね、うつじゃない?」という発言は、診断でも何でもなく、本人を傷つけるうえにハラスメントと受け取られるリスクがあります。代わりに「先週から欠勤が続いていますが、体調はいかがですか」「最近、業務量についてはどう感じていますか」のように、確認できる事実をベースに話すことが基本です。面談の内容・日時・本人の発言も記録しておきましょう。
受診勧奨は「勧める」ことはできる、「強制」はできない
「医療機関を受診してほしい」「診断書を取得してきてほしい」と依頼することは会社の正当な対応です。ただし「〇〇クリニックに行け」と受診先を指定することや、受診を拒否した社員を懲戒処分の対象にすることは慎重な対応が必要です。また「精神科に行け」「心療内科に行け」と断定的な言い方は避け、「専門の医師に一度相談してみてはどうでしょうか」という表現にとどめましょう。
「聞いてはいけない」プライバシーの範囲
病名・過去の通院歴・家庭の事情などは本人が自発的に話した場合以外、会社側から踏み込んで聞くべきではありません。業務上必要な範囲(現在の体調・業務継続の可否・通院の頻度が業務に影響するか)に絞って確認し、それ以外の情報は求めないことが原則です。また知り得た健康情報は、業務上必要な最小限の関係者にしか共有してはなりません。
産業医がいない中小企業が使える外部リソース
産業医の選任義務がない50名未満の企業でも、相談できる外部リソースは複数あります。「専門家がいないから対応できない」と諦める必要はありません。
地域産業保健センターは無料で活用できる
産業医を選任する義務がない小規模事業場向けに、各都道府県の産業保健総合支援センター内に「地域産業保健センター」が設置されています。無料で産業医・保健師・カウンセラーへの相談が可能で、長時間労働者への面接指導も対応しています。まず自社の所在地を管轄するセンターを調べておくことをお勧めします。
社労士・EAPとの連携で実務対応力を上げる
就業規則の整備や休職・復職の手続きサポートには、社会保険労務士(社労士)の活用が有効です。EAP(従業員支援プログラム)は外部のカウンセリング機関が社員の相談を受け付けるサービスで、中小企業向けの低コストプランも増えています。社員が「会社の人には話しにくいこと」を外部に相談できる窓口があるだけで、早期発見・早期対応につながります。
まず「相談できる専門家の連絡先リスト」を作ることから始める
実際に問題が起きてから専門家を探すのでは遅すぎます。地域産業保健センター・かかりつけの社労士・近隣の精神科・心療内科(紹介先として使える医療機関)の連絡先を事前にまとめておくだけで、いざというときの対応スピードが大きく変わります。このリストを作ることが、専任人事のいない企業が最初にできるリスク管理の一歩です。
まとめ
メンタルヘルス対応に関わる法律は複数ありますが、兼務人事担当者がまず押さえるべき柱は「安全配慮義務(労働契約法第5条)」「従業員規模に応じた労働安全衛生法の義務」「就業規則の休職・復職規定の整備」の3点です。50名以上ならストレスチェックと産業医選任が義務となり、50名未満でも長時間労働者への面接指導と安全配慮義務はすべての会社に適用されます。不調を把握したら記録を残し、事実ベースで声をかけ、外部リソースと連携しながら対応する——この流れを社内の共通認識にするだけで、リスクの多くは軽減できます。
「うちの会社に当てはめると何が必要か」「就業規則の休職規定はこれで大丈夫か」「不調の社員がいるが、どう対応すればいいか」「複数の案件を同時に抱えて判断に困っている」。こうした個別の状況については、人事の専門知識をもつウェルセンス株式会社にお気軽にご相談ください。中小企業の実態に即した実務サポートを提供しています。
よくある質問
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