「部長が育休を取りたいと言ってきた。でも、あの人がいないと業務が回らない……」。そう頭を抱えた経験はありませんか。管理職の育児休業取得は、専任人事がいない中小企業にとって、体制設計から権限委譲まで一度に複数の問題が押し寄せる難題です。しかし、法律上は管理職であることを理由に育休を拒否することはできません。だからこそ、「どう対応するか」を早めに整理しておくことが、会社と本人の両方を守ることになります。この記事では、20〜50名規模の企業が実際に取り組める、現実的な体制整備の手順をわかりやすく解説します。
管理職の育休を「断れるか」という疑問に答える
結論から言えば、管理職であることを理由に育児休業の取得を拒否することは、法律上認められていません。「うちの会社では管理職に休まれると困る」という経営判断は、残念ながら法的根拠にはならないのです。
育児介護休業法が定める原則
育児介護休業法では、子が1歳に達するまでの育児休業取得を労働者の権利として保障しています。会社が「管理職だから」「業務が逼迫しているから」という理由で申請を却下することは、同法に違反します。また、同法第10条は「不利益取扱いの禁止」を明記しており、育休取得を理由とした降格・評価の引き下げ・解雇は違法となります。経営者として、まずこの前提を押さえておくことが不可欠です。
「産後パパ育休」という現実的な選択肢
2022年10月に施行された産後パパ育休(出生時育児休業)は、子の出生後8週間以内に最大4週間、分割して2回取得できる制度です。労使協定があり、本人が同意した場合に限り、休業中も就業できる仕組みがあります。ただし、会社側から事実上の就業を求める運用は強要・ハラスメントに該当するリスクがあります。「管理職なら少し動いてもらえるだろう」という前提で業務設計することは、法的リスクと本人の心理的負担を同時に招く危険な落とし穴です。あくまで本人の自発的な意思に基づく場合のみ活用できる制度だという認識を持ってください。
役員と労働者の違いに注意する
育児休業給付金(雇用保険から支給される給付で、休業開始前賃金の67%、180日経過後は50%)は、雇用保険に加入している労働者が対象です。一方、取締役などの役員は雇用保険の被保険者にならないため、給付金の対象外となります。「管理職」であっても雇用形態が労働者であれば給付対象となりますが、役員兼務型の方については事前に確認が必要です。
管理職の業務が「属人化」している問題を整理する
管理職の育休対応が難しい最大の理由は、業務の属人化です。まず「誰が何をどれだけ抱えているか」を可視化することが、体制整備の出発点になります。
管理職が担っている業務を分解する
中小企業の管理職は、チームマネジメントだけでなく、取引先との折衝・決裁権限・社内調整・クレーム対応など、多岐にわたる業務を一手に担っていることが多くあります。これらを「日常業務」「定期的な判断・承認業務」「突発対応」の3カテゴリに分解して書き出すことが、引き継ぎ設計の第一歩です。本人と話し合いながら業務を棚卸しする時間を、育休開始の少なくとも2〜3ヵ月前には設けましょう。
「1人が全部引き継ぐ」は現実的でない
20〜50名規模の会社では、管理職の業務を丸ごと代われる人材が社内にいないケースがほとんどです。重要なのは「1人の代替者を探す」という発想を捨て、業務を分解して複数人に分散させる設計に切り替えることです。例えば、決裁権限は上位職(社長・役員)が直接持ち、チームの日常マネジメントはリーダー職へ委ね、取引先対応は営業担当者が窓口になる、というように役割を切り分けると現実的な体制が組めます。
外部リソース活用の可否を検討する
管理業務の多くは外部委託が難しいものの、定型的な業務処理や一部の事務対応については、派遣スタッフや業務委託の活用が有効な場合があります。ただし、外部人材に「管理職的な判断業務」を任せることは現実的ではないため、あくまで内部体制を補完する位置づけと考えてください。採用コストや引き継ぎコストも加味した上で、費用対効果を判断することが重要です。
権限委譲と引き継ぎドキュメントを整備する
管理職不在中に「誰も決裁できない」空白地帯を生まないために、権限委譲の明文化と引き継ぎドキュメントの整備が欠かせません。書類が整っていても、意思決定の空白が残っていると現場は機能しません。
権限委譲を社内で明確にする
育休中の決裁・承認フローを事前に社内規程または覚書として文書化しましょう。「誰が・どこまでの決裁権を持つか」を曖昧にしたまま育休に入ると、稟議が止まり、現場が判断を迷い続ける状態になります。就業規則や職務権限規程がある場合はそこに追記し、ない場合は育休期間中の臨時取り決めとして覚書を作成することが現実的です。
引き継ぎドキュメントに含めるべき内容
以下の項目を引き継ぎドキュメントに盛り込むことを基本とします。
- 担当業務の一覧と優先度
- 取引先・社内関係者のリストと関係性のメモ
- 定期的な業務のスケジュールと対応ルール
- 使用ツール・システムのアクセス情報の保管場所
- 進行中のプロジェクトの状況と次のアクション
- 緊急時の判断基準と連絡フロー
特に「取引先との関係維持」と「部下への相談対応」は、書類だけでは補えない部分です。育休前に本人が主要な取引先へ挨拶・引き継ぎの連絡を行い、代替の窓口を伝えておくことが重要です。
「部下が誰に相談すればいいか」を明示する
チームメンバーにとって、いつも相談していた上司がいなくなることは心理的な不安を生みます。「困ったときはAさんへ」「判断に迷う案件はBさんまで報告する」というルートを、育休前にチーム全体へ明示してください。心理的安全性の担保がないまま管理職不在が続くと、メンバーが萎縮して問題を抱え込むリスクが高まります。
育休中の緊急連絡ルールを事前に合意する
育休中の管理職に「どうしても相談が必要な場合」のルールを、事前に本人と合意しておくことが重要です。ルールがないまま放置すると、本人への無断連絡が続き、育休が形骸化するリスクがあります。
「連絡していい条件」を明文化する
緊急連絡が許容される条件(例:会社存亡に関わる事態、本人しか知り得ない情報が必要な場合)と、連絡してはいけないケース(通常業務の確認・日常的な判断依頼)を文書で明確にしておきましょう。「少し聞くだけ」の積み重ねが、育休の実質的な取得を妨げます。
育休中は「動いてもらう前提」にしない
産後パパ育休の就業可能制度を悪用するケースとして、「会社側が管理職に対して就業を事実上強要する」運用があります。本人の同意なく連絡を繰り返したり、「少し確認するだけ」と称して業務負荷をかけることは、育児介護休業法の趣旨に反するだけでなく、パワーハラスメントやカスタマーハラスメントに類する問題に発展するリスクもあります。育休期間中は、本人が「仕事から離れて育児に専念できる」環境を会社側が守る姿勢を持つことが大切です。
復職に向けた職場環境を整える
育休後の復職を円滑にするためには、復帰前からの準備が鍵を握ります。復職後の体制を事前に設計しておかないと、「育休前と同じ状況に戻るだけ」になり、再発リスクや本人の意欲低下につながります。
職場復帰支援プランを作成する
育児介護休業法上の義務ではありませんが、職場復帰支援プランの策定は中小企業にも推奨されます。復職の時期・復帰後の業務範囲・短時間勤務や時差出勤の活用有無・評価基準の確認など、本人と事前に対話しておくことで、復職後のミスマッチを防ぐことができます。
育休取得が「キャリアのブランク」にならない仕組みを作る
管理職本人が「育休を取ると自分のキャリアが止まる」と感じていると、取得を自ら諦めるケースが生じます。育児介護休業法第10条が定める不利益取扱いの禁止は、降格・評価引き下げ・解雇を明確に禁じています。会社として、育休取得が人事評価に不利に働かないことを、事前に本人へ明示することが、制度の実効性を高めるために不可欠です。
20〜50名規模だからこそできる柔軟な対話
大企業と異なり、経営者や人事担当者が直接本人と対話できる規模感は、中小企業の強みです。育休前・育休中・復職後のそれぞれのフェーズで、管理職本人と定期的にコミュニケーションを取る機会を設けることで、孤立感の解消と復職への安心感を生み出すことができます。「制度として整えた」で終わらせず、人としての対話を続けることが、最終的な取得率向上と職場全体の風土改善につながります。
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会社の状況に応じた対応方針を選ぶ
管理職の育休対応は、会社の規模・就業規則の有無・現場の体制によって、優先すべきアクションが変わります。自社の状況を確認しながら、現実的な対応を組み立てましょう。
状況別の対応方針
| 会社の状況 | 優先すべき対応 |
|---|---|
| 就業規則・職務権限規程がない | 育休期間中の権限委譲を覚書で明文化することから始める |
| 代替できる人材が社内にいない | 業務を3〜4人に分散させる設計を、育休前2〜3ヵ月から着手する |
| 本人が「自分が休むと迷惑をかける」と感じている | 不利益取扱い禁止の説明と、復職後のキャリア設計の対話を先行させる |
| 産後パパ育休(短期取得)を検討している | 就業可能制度のルールを確認し、強要にならないよう本人同意を明確化する |
| 復職後の体制が不透明 | 職場復帰支援プランを育休中に作成・本人と共有しておく |
「何から手をつければいいかわからない」場合の進め方
まず最初に取り組むべきは、管理職本人との業務棚卸しの対話です。次に、権限委譲の範囲を決め、それを文書化します。その後、引き継ぎドキュメントの作成・緊急連絡ルールの合意・復職計画の検討という順番で進めると、整合性のある体制が組み上がります。人事担当者が兼務で対応している場合、この一連の作業をゼロから設計するのは時間と労力がかかります。外部の専門家や支援サービスを活用することも、現実的な選択肢の一つです。
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まとめ
管理職の育児休業は、法的に拒否できない権利である一方、会社にとっては業務体制の再設計が必要な局面でもあります。業務の棚卸しと分散化、権限委譲の明文化、引き継ぎドキュメントの整備、緊急連絡ルールの合意、そして復職支援の対話——この一連の流れを育休前から計画的に進めることが、会社と本人の双方にとって最善の結果をもたらします。
ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない中小企業の経営者・兼務人事担当者の方向けに、育休対応を含む人事労務・組織体制の相談をお受けしています。「業務の整理をどう進めればよいかわからない」「権限委譲をどこまでするべきか判断がつかない」といった段階からでも、一緒に整理していきますので、まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
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