前職給与詐称が発覚|給与変更と懲戒処分の3ステップ対応

前職給与詐称が発覚|給与変更と懲戒処分の3ステップ対応 労務管理
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「源泉徴収票の数字が、本人の申告と全然違う——」。採用面接で前職給与を確認し、それをもとに給与を決めたのに、後から虚偽だったとわかった。怒りと困惑の中で「給与を下げたい」「懲戒処分にしたい」と思っても、何から手をつければいいかわからない。専任の人事担当者がいない職場では、こうした局面で立ち往生してしまうケースが少なくありません。この記事では、前職給与詐称が発覚したときに会社が取るべき対応と、給与変更・懲戒処分それぞれの法的な考え方を実務に即して解説します。

「詐称かどうか」の確定が最初のハードル

前職給与の虚偽申告に対して処分や給与変更を行うためには、まず「本当に詐称があったか」を事実として確定させることが不可欠です。証拠が曖昧なまま対応を進めると、後の紛争リスクが高まります。

発覚のきっかけとよくある状況

発覚の経緯は主に3パターンあります。一つ目は、入社後に提出された源泉徴収票や雇用保険被保険者証の数字が、申告内容と明らかに乖離しているケース。二つ目は、社会保険の標準報酬月額通知(算定基礎届や月額変更届の手続きで数字が見えるタイミング)で気づくケース。三つ目は、経理処理や年末調整の際に数字の矛盾が浮かび上がるケースです。いずれも「状況証拠」であり、本人が別の理由(例:前職で非常勤期間があった、複数の源泉があった)を主張する可能性があります。

事実確認の進め方

「詐称の疑いがある」と判断した段階で、まず本人に書面または面談で確認を求めます。口頭だけで終わらせると後の記録が残りません。確認のポイントは「前職の給与を基準に現在の給与を決めたという会社側の認識が正しいか」「申告内容に誤りがあったかどうか」の2点です。このとき、「責める」姿勢ではなく「事実を確認している」姿勢で臨むことが、手続きの公正性を保つうえで重要です。弁明の機会を与えることは、後の懲戒手続きにおいても必要な要件になります。

前職への在籍・給与照会について

前職に直接確認を取ることは、現実的に難しいケースがほとんどです。個人情報保護の観点から、前職企業が詳細を開示しない場合がほとんどであり、また本人の同意なく照会を行うとプライバシー侵害のリスクもあります。確認の主軸はあくまで「本人から提出させた書類(源泉徴収票等)との整合性」に置くのが実務上の現実的な方法です。

給与変更(引き下げ)は「同意取得」が唯一の安全ルート

詐称を理由に給与を下げることは、本人の書面による同意を得ることで初めて適法に実施できます。会社側が一方的に引き下げることは、原則として労働契約法に違反します。

不利益変更の原則と法的根拠

労働条件の引き下げは「労働条件の不利益変更」に該当し、労働契約法第9条は原則として労働者の同意なしにこれを行うことを禁じています。「詐称した本人が悪いのだから下げて当然」という感覚は理解できますが、この感覚と法律の立場は異なります。給与は労働契約の核心であり、一方的に変更すると賃金未払い(労働基準法第24条違反)のリスクが生じます。

引き下げの合理性が認められやすい条件

以下の3つの条件が揃っている場合、給与引き下げの正当性が高まります。

  • 就業規則に「採用時の申告内容に虚偽があった場合、労働条件を変更することがある」旨の規定がある
  • 詐称が給与決定の直接的かつ主要な根拠であったことを会社側が説明できる(例:「前職給与を基準に初任給を設定した」という採用プロセスの記録がある)
  • 本人が詐称の事実を認め、書面による同意が取得できる

この3つが揃っていない場合、特に就業規則に規定がない場合は、法的根拠が薄くなります。就業規則を整備していない20〜50名規模の企業では、まずこの規定の有無を確認することが先決です。

実務上の最安全ルート:合意書の締結

詐称の事実を本人が認めた場合、「新たな労働条件に関する合意書」を締結するのが最も安全な方法です。合意書には「詐称の事実の確認」「新しい給与額と適用開始日」「当事者双方の署名・押印」を盛り込みます。なお、詐称がなければ採用しなかった水準まで給与を下げることが「合理的」かどうかも問われるため、変更幅については慎重に判断することをおすすめします。

懲戒処分・解雇の可否と判断の基準

前職給与詐称を理由とした懲戒処分は、就業規則に根拠規定があり、かつ詐称の程度が採用の意思決定に重大な影響を与えたと認められる場合に正当性を持ちます。ただし、懲戒解雇のハードルは高く、軽微な申告の誇張で解雇に踏み切ることはリスクが大きいです。

懲戒処分に必要な2つの要件

懲戒処分を適法に行うためには、次の2つが必要です。一つ目は「就業規則に懲戒事由として明記されていること」。労働契約法第15条は、就業規則の根拠なしに懲戒処分を行うことを禁止しています。「経歴・申告内容の虚偽」が懲戒事由として列挙されていない場合、処分そのものが無効になるリスクがあります。二つ目は「処分の重さが詐称の程度・悪質性・業務への影響と均衡していること」(懲戒権の濫用禁止)。数万円程度の申告の誇張と、数十万円規模の虚偽では、適切な処分の重さが異なります。

懲戒解雇が認められるケースと認められにくいケース

詐称の状況 処分の妥当な水準
給与額を数万円程度上乗せして申告した 厳重注意・戒告が上限の目安。解雇は困難
前職給与を大幅に(数十万円規模で)偽り、採用・給与決定に直接影響した 降給・減給処分が視野に入る。解雇は状況次第
虚偽申告がなければ採用しなかったと明確に言える状況で、悪意をもって詐称した 普通解雇・懲戒解雇の検討が可能(要法律専門家への確認)

懲戒解雇が認められるかどうかは、「その詐称がなければ採用しなかったか、または労働条件が異なっていたか」という因果関係が重要な判断軸となります。採用面接でどう伝えていたか、給与決定のプロセスをどう記録しているかが、会社側の立証において重要になります。

「解雇したい」と思ったときの注意点

不当解雇(解雇権の濫用:労働契約法第16条)となった場合、解雇は無効とされ、未払い賃金の支払い義務が生じます。詐称があったことへの怒りで拙速に解雇通知を出すことは、会社にとって大きなリスクです。解雇を検討する場合は、必ず事前に社会保険労務士または弁護士に相談することを強くおすすめします。

発覚から処分決定までの対応フロー

前職給与詐称が発覚した後の対応は、「事実確認→規定確認→処分・合意」という順序で進めます。この順序を守ることが、後の紛争リスクを最小化するうえで重要です。

事実の確認と記録化

まず最初に行うのは、詐称の事実を客観的に確定させることです。源泉徴収票や雇用保険被保険者証など、給与水準が読み取れる書類を提出させ、申告内容との差異を文書として整理します。次に、本人に面談または書面で事実確認を求め、その内容を記録(メモ・議事録)として残します。このとき、弁明の機会を与えることが手続き的公正性の観点から必要です。確認した事実・本人の応答・日付・担当者名を記録しておくことで、後の対応の根拠が明確になります。

就業規則の確認と規定の有無チェック

次に、就業規則を確認します。チェックすべきポイントは「懲戒事由」の条項に「経歴・申告内容の虚偽・詐称」が含まれているかどうかです。含まれていない場合、懲戒処分は法的根拠を欠くことになります。また、「採用時申告内容の虚偽が発覚した場合の労働条件変更」に関する規定も確認します。就業規則が未整備、または10年以上改定されていないという場合は、今回の対応と並行して整備を検討することをおすすめします(常時10人以上の従業員がいる場合、就業規則の作成・届出は労働基準法第89条の義務です)。

処分内容の決定と合意書・辞令の整備

事実が確認でき、就業規則の根拠規定が存在する場合、処分内容を決定します。給与変更を行う場合は本人の書面による同意を取得し、合意書を締結します。懲戒処分(戒告・減給等)を行う場合は処分通知書を文書で交付し、写しを会社側で保管します。解雇を検討する場合は、この段階で必ず法律の専門家に確認を取ってから手続きに進みます。処分に関するすべての書類を日付とともに保存することが、後の紛争対応において会社を守る基盤になります。

給与変更や懲戒判断に迷ったときは、実務経験豊富な専門家に相談することで、会社のリスクを大幅に軽減できます。判断に不安がある場合は、お早めにご相談ください。

就業規則がない・古い場合に取るべき現実的な対応

就業規則が未整備、または経歴詐称に関する規定がない場合でも、とれる対応はゼロではありません。ただし、選択肢は限られ、より慎重な進め方が求められます。

規定がない場合に使える手段

就業規則に懲戒事由の規定がない場合、懲戒処分という形式での対応は原則として困難です。ただし、以下の手段は残ります。一つ目は「本人が詐称を認めた場合に、合意に基づく給与変更を行う」こと。これは懲戒ではなく、「実態に即した労働条件の再設定」として位置付けられます。二つ目は、普通解雇の可能性を法律専門家と検討することです。普通解雇は「解雇の合理的な理由と社会通念上の相当性」が必要ですが(労働契約法第16条)、就業規則の懲戒規定を必ずしも必要としない面があります。

今後の再発防止のために整備すべきこと

今回のケースを教訓に、採用時の確認フローを見直すことも重要です。具体的には「採用内定時に源泉徴収票または給与明細の提出を義務付ける」「採用時申告書に虚偽があった場合の対応を明記した書面を取り付ける」「就業規則に経歴・申告内容の虚偽を懲戒事由として追加する」という3点が有効です。人事専任者がいない環境だからこそ、採用時の書類整備と就業規則の整備が、後のトラブルへの最大の防御になります。

就業規則の整備・見直しは、採用トラブルだけでなく他の人事課題も予防します。今のうちに基盤を整えることが重要です。

まとめ

前職給与詐称が発覚したとき、会社が取れる対応は「感情」ではなく「法的な手順」に基づく必要があります。給与の引き下げは本人同意なしに行うことができず、懲戒処分には就業規則の根拠規定が必要です。発覚後にまず行うべきは「事実の確認と記録化」、次に「就業規則の確認」、そして「処分内容の決定と文書化」という順序で進めることが、会社のリスクを最小化する基本です。

対応を一社で判断することに不安があれば、人事・労務の専門家との相談も選択肢です。ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない中小企業の経営者・兼務担当者の方が直面する人事課題に対し、実務に即した対応の整理をサポートしています。「このケースはどう判断すればいいのか」「就業規則をどう整備すればいいのか」といった段階からでも、お気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 前職給与の詐称が発覚したら、すぐに給与を下げることはできますか?

A. 会社が一方的に給与を引き下げることは、労働契約法第9条に基づき原則として認められません。詐称の事実を本人に確認し、本人が認めたうえで書面による合意(合意書の締結)を得ることが、適法に給与を変更する唯一の安全なルートです。同意なく引き下げると賃金未払いのリスクが生じます。

Q. 就業規則に経歴詐称の規定がない場合、懲戒処分はできないのですか?

A. 就業規則に懲戒事由として明記されていない行為に対して懲戒処分を行うことは、労働契約法第15条の観点から法的根拠が薄く、処分が無効とされるリスクがあります。ただし、本人が詐称を認めた場合に合意ベースで労働条件を変更することや、普通解雇の可能性を検討することは別途ありえます。いずれも法律専門家への事前確認が強く推奨されます。

Q. 前職給与を数万円程度サバ読みしていた場合でも懲戒解雇にできますか?

A. 数万円程度の申告の誇張で懲戒解雇を行うことは、処分の重さが詐称の程度と釣り合わないとして解雇権の濫用(労働契約法第16条)と判断されるリスクが高いです。処分の重さは「詐称の程度・悪質性・採用の意思決定への影響」と均衡している必要があります。軽微なケースでは、厳重注意・戒告にとどめることが現実的な対応です。

Q. 入社から1年以上経過してから詐称が発覚した場合、対応は難しくなりますか?

A. 発覚が遅れても、対応の基本的な手順(事実確認→規定確認→処分・合意)は変わりません。ただし、在職期間が長くなるほど「その間の業務実績・職場への貢献」が懲戒処分の重さの判断に影響する場合があります。また、同意を得て給与変更を行う場合も、遡及して過去分を返還請求させることは基本的に困難です。変更の適用は発覚後・合意後からが原則です。

Q. 採用時に前職給与を確認する際、どのような書類を求めればよいですか?

A. 最もよく使われるのは「直近の源泉徴収票」の提出です。源泉徴収票には支払金額が記載されており、年収ベースでの確認が可能です。雇用保険被保険者証も在職期間の確認に使えます。内定時または入社時に提出を義務付ける旨を採用条件として明示しておくことで、後のトラブルを予防できます。提出を求める書類と時期を採用プロセスに組み込んでおくことが再発防止の基本です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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