「この社員に辞めてもらいたいけど、どう伝えればいいのかわからない」「強引に進めて訴えられたらどうしよう」——そんな不安を抱えながら、対応を先送りにしている経営者・人事担当者は少なくありません。退職勧奨は正しい手順を踏めば適法な手続きですが、進め方を誤るとトラブルに発展するリスクがあります。本記事では、退職勧奨の基本から面談の進め方、合意書の整備まで、実務で使える5つのポイントを解説します。
退職勧奨と解雇の違いを正しく理解する
退職勧奨は「お願い」、解雇は「命令」
退職勧奨とは、会社が労働者に対して「自発的に退職してほしい」と促す行為です。あくまでも労働者が自由意思で応じるかどうかを決められる点が最大の特徴です。一方、解雇は会社側が一方的に労働契約を終了させる行為であり、日本の労働法では「客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当でない解雇は無効」(労働契約法第16条)とされており、ハードルが非常に高い手続きです。
この違いを理解することが、退職勧奨を進める上での出発点になります。「解雇が難しいから退職勧奨で乗り切ろう」という発想自体は間違いではありませんが、退職勧奨も適切に行わなければ違法になるという認識を忘れてはいけません。
退職勧奨が「強要」になる瞬間
退職勧奨が違法な退職強要と判断されるのは、労働者の自由な意思決定を侵害したときです。裁判例から見えてくる問題行為の典型例を整理すると、次のようなものが挙げられます。
- 短期間に何度も繰り返す面談(1か月以内に5回以上など)
- 「解雇にするぞ」「訴えるぞ」といった脅迫的な言動
- 複数の上司で囲み、逃げ場をなくす状況設定
- 数時間にわたる長時間の拘束
- メンタル疾患の罹患を知りながら実施する
一般的な目安として、面談の回数は3回以内、1回あたりの時間は30〜60分程度に収めることが実務上の基準とされています。また、労働者が明確に「辞めたくない」と意思表示した時点で、面談を継続することは強要に当たるリスクが高まります。
退職勧奨を始める前に整える事前準備
客観的な事実の記録を揃える
退職勧奨を進める最大の失敗は、「なんとなく辞めてほしい」という感覚だけで面談に臨むことです。面談後に「不当な圧力を受けた」と申告された場合、会社側が正当性を示すためには客観的な根拠となる記録が不可欠です。具体的には以下のような資料を事前に整理しておきましょう。
- 業績・成果に関するデータ(目標達成率、売上数字など)
- 勤怠記録(遅刻・欠勤・早退の回数と日付)
- これまでの業務指導・注意・面談の記録
- 就業規則上の懲戒・解雇事由との対応関係
これらの記録が揃っていることで、退職勧奨の理由を「具体的な事実に基づいて」説明でき、「言いがかり」と受け取られるリスクを大幅に下げられます。
退職条件をあらかじめ検討しておく
退職勧奨をスムーズに進めるためには、会社側から合理的な条件を提示することが重要です。条件もなく「辞めてほしい」と伝えるだけでは、労働者にとって応じるメリットがなく、合意に至りにくいだけでなく、悪感情を生むきっかけにもなります。
検討すべき条件の例としては、「通常の退職金に加えた割増退職金の支給」「残有給休暇の全消化」「離職票の退職理由を会社都合とすること(雇用保険の給付に有利)」などが挙げられます。条件の具体的な内容は会社の規模や状況によって異なりますが、「誠実に対応しようとしている」という姿勢を示すことがトラブル抑制につながります。
面談の進め方と記録の残し方
面談の基本設計を間違えない
退職勧奨の面談は、会社側2名・労働者1名の体制が実務上の標準です。会社側が1名だと「言った・言わない」の争いが起きやすく、3名以上になると圧迫感が増して強要と受け取られるリスクがあります。2対1は証人確保と心理的プレッシャーの抑制、双方のバランスが取れた構成です。
面談の冒頭では必ず「今日お話することは退職をお願いするものですが、断っても不利益はありません」と任意性を明示してください。この一言が後のトラブルを防ぐ重要な布石になります。また、面談場所は個室を確保し、ドアを完全に施錠しないなど、「閉じ込め」と受け取られない配慮も必要です。
面談記録は「その日のうちに」作成する
面談後のトラブルを防ぐ最大の手段が、正確な面談記録の作成です。記録には以下の項目を必ず含めてください。
- 日時・場所・参加者の氏名と役職
- 会社側が伝えた内容の要旨(退職勧奨の理由、提示した条件)
- 労働者の発言・反応(「検討したい」「断る」など)
- 次回の確認事項や期日
記録は面談当日中に作成し、参加した会社側の2名がそれぞれ内容を確認・署名することが理想です。さらに効果的な方法として、面談後に「本日確認した内容」をメールで本人に送付することをお勧めします。受信記録が客観的な証拠になるため、後から「そんな話は聞いていない」と言われた際の防衛策として機能します。なお、記録は退職後最低3年間保管することが目安です(民事時効との関係)。
合意書と退職届で「後戻り」を防ぐ
口頭合意だけでは不十分な理由
「辞めます」という言葉が出ても、その後に「やっぱり撤回したい」「ハラスメントで辞めさせられた」と主張されるケースは実際に起きています。口頭合意には法的効力がないわけではありませんが、証明が困難という大きな弱点があります。退職の合意が成立したと判断できる段階では、速やかに書面による合意書と退職届を整備することが不可欠です。
合意書に盛り込むべき項目
退職勧奨による退職合意書には、以下の内容を明記することが推奨されます。
- 退職日(具体的な年月日)
- 退職理由(「一身上の都合」または「合意退職」など、双方が納得した表現)
- 退職金・割増金の金額と支払い時期
- 有給休暇の取り扱い
- 離職票の退職理由の記載内容
- 口外禁止・守秘義務に関する取り決め(任意)
- 「本合意は自由な意思に基づくものであり、強制・脅迫等はなかった」旨の確認条項
最後の確認条項は、後から「強要された」という主張を封じるための重要な一文です。合意書は2通作成し、会社と本人がそれぞれ署名・押印した上で1通ずつ保管します。退職届は合意書の署名と同日に受理することで、「合意したはずなのに届が出ない」という事態を防げます。
メンタルヘルス不調社員への退職勧奨は特別に慎重に
通常の退職勧奨以上に高まるリスク
メンタル疾患を抱えている社員への退職勧奨は、通常のケース以上にリスクが高く、慎重な対応が求められます。精神的な不調を抱えている状態では、労働者の判断能力や意思表示の自由が通常より制限されている可能性があり、合意の有効性そのものが争われやすいという特徴があります。また、休職中の社員に対して退職勧奨を行うこと自体が「不当な圧力」と見なされるケースもあります。
特に注意すべき状況は、診断書が出ている休職期間中、主治医から「就労困難」の意見が出ている期間中、本人が「体調が悪くて話し合える状態にない」と申告しているときです。このような状況での面談強行は、後に損害賠償請求や労働基準監督署への申告につながるリスクがあります。
「退職勧奨の前段階」からの対応が重要
メンタルヘルス不調社員への対応で最も重要なのは、退職勧奨を検討しなければならない状態になる前に、適切な支援と記録を積み重ねておくことです。休職開始時からの復職支援プログラムの設計、定期的な状態確認の記録、産業医や主治医との連携、復帰後の業務調整——これらが適切に行われていれば、たとえ最終的に退職勧奨に至る場合でも、会社の誠実な対応が記録として残り、トラブルのリスクを大幅に下げることができます。
逆に言えば、「何も支援しないまま、いきなり退職勧奨」という流れが最も危険です。メンタルヘルス対応の専門知識を持つ外部の支援機関と連携し、早い段階から適切なプロセスを踏んでいくことが、経営者・人事担当者を守ることにもつながります。
まとめ
退職勧奨は、正しく進めれば適法な手続きです。しかし、「なんとなくの感覚」で動くと、退職強要・パワハラ・不当解雇と受け取られ、大きなトラブルに発展するリスクがあります。本記事で解説した5つのポイント——「解雇との違いを理解する」「客観的な記録で事前準備をする」「面談を正しい体制で進め記録を残す」「合意書と退職届で書面化する」「メンタルヘルス不調社員には特別な配慮をする」——を押さえることで、トラブルを大幅に抑えることができます。
とはいえ、実際に対応を進める際には「ここまで自社でできるだろうか」と感じる場面が必ず出てきます。特に、メンタルヘルス不調社員への対応や面談記録・合意書の整備は、専門的な知識と経験が求められます。ウェルセンス株式会社では、休職・復職支援の専門家として、退職勧奨の前段階からの伴走支援を提供しています。「まだ退職勧奨を始めていないが、そろそろ考えなければならない」という段階からのご相談も歓迎しています。一人で抱え込まず、まずは気軽にお問い合わせください。
よくある質問
社会保険労務士・産業カウンセラーと連携し、中小・成長企業の人事課題に向き合う実務ノウハウをお届けします。

