仕事はできるのにコミュニケーションに難あり、昇格させるべきか迷ったら

仕事はできるのにコミュニケーションに難あり、昇格させるべきか迷ったら 組織運営
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「営業成績はトップクラス。でも、チームメンバーからの相談が絶えない。」そんな社員を前に、昇格の書類を手にしたまま止まってしまう——中小企業の経営者・人事担当者からよく聞く場面です。仕事の実力は疑いようがない。だからこそ、コミュニケーション面の課題をどう扱うべきか判断できずにいる。この記事では、昇格可否の判断軸の設計から、本人へのフィードバックまで、実務で使える考え方を整理します。

「仕事ができる」と「マネージャーが務まる」は別の能力

昇格判断で最初に押さえるべき前提として、個人の業績とマネジメント適性は評価軸が異なります。この区別を社内で共有しないまま議論すると、判断が感情論になりがちです。

プレイヤーとしての能力が高い理由とマネジメントの矛盾

個人として成果を出している社員は、往々にして「自分のやり方」に強い確信を持っています。タスクを自分でコントロールすることで結果を出してきたため、他者に委ねたり、相手のペースに合わせて伝え方を変えたりすることが苦手なケースが少なくありません。マネージャーに求められるのは、自分が動くことではなく、チームが動く仕組みをつくることです。この転換が難しいかどうかを見極めることが、昇格判断の核心です。

コミュニケーション問題の「種類」を見分ける

コミュニケーション課題と一口に言っても、大きく二つの性質に分けて考える必要があります。

種類 具体的な例 昇格判断への影響
スタイルの問題 口下手・報連相が少ない・メールが簡潔すぎる 研修や本人の意識で改善できる可能性が高い
関係性への影響が出ている問題 感情的に詰める・部下が萎縮している・悪口や無視 マネージャー昇格は慎重に。現状でも対応が必要

前者であれば、条件付き昇格や段階的な移行を検討できます。後者であれば、昇格前にチームへの影響を先に解消する必要があります。どちらに当たるかを「感覚」ではなく、具体的な行動事実で確認することが重要です。

背景に発達特性がある場合の考慮

コミュニケーション面の特性が、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD等の発達特性に起因する可能性がある場合、対応の枠組みが変わります。2024年4月から民間企業でも義務化された「障害者雇用促進法」に基づく合理的配慮の観点が必要になります。「なぜこの人はこうなのか」という理解の段階を先に丁寧に踏むことが、その後の判断精度を高めます。診断の有無にかかわらず、「困っていることがあれば話せる場」をつくることが出発点です。

昇格判断で使える評価軸の設計

昇格基準が言語化されていない企業では、「なんとなく不安」という感覚が判断を止めます。評価軸を先に言葉にしておくことで、個人的な好き嫌いと切り離した判断が可能になります。

マネージャー適性を見る四つの観点

業績以外に、次の四つの観点で行動事実を集めると判断の根拠が揃います。

  • 他者理解:後輩や同僚の状況・感情に関心を向けている言動があるか
  • フィードバック受容:上司や同僚からの指摘を受け入れて行動を変えた実績があるか
  • 感情の自己管理:プレッシャー下でも言動が安定しているか。追い詰められたときに他者に怒りを向けないか
  • 役割変化への適応:自分がやるより誰かに教えることを選んだ場面があるか

これらは面接や1on1で直接確認するのではなく、日常の業務行動や周囲への聞き取りから事実として収集することが大切です。

「前例をつくる」プレッシャーへの向き合い方

20〜50名規模の企業では、昇格基準が文書化されていないことが多く、「今回の判断が先例になる」という重圧があります。この機会に、簡易な昇格基準シートを一枚つくることをお勧めします。完璧な制度設計は後回しで構いません。「この役職に求めること」を箇条書きにして、今回の判断理由とともに記録に残しておくだけで、次回以降の判断が格段に楽になります。

産業医・就業規則の整備状況による対応の違い

社内リソースによって、取れる手順が異なります。産業医が選任されている企業(常時50人以上が義務)であれば、コミュニケーション特性に背景がある可能性を含めて相談できます。就業規則に昇格基準の記載がある場合は、その基準に照らした判断であることを記録に残してください。いずれも整備されていない小規模企業の場合は、外部の専門家(社労士・EAP機関)への相談が判断の客観性を担保します。

コミュニケーション課題がある候補者の昇格判断に迷ったら、一度専門家に相談することで判断の誤りを防げます。

昇格させた場合のリスクを整理する

「昇格させたあとに問題が起きたら」というリスクは、頭の中で漠然と大きくなりがちです。リスクを構造化して考えることで、どこに手を打てばよいかが見えてきます。

パワーハラスメントと会社責任の関係

2022年4月から中小企業にもパワーハラスメント防止措置が義務化されました(労働施策総合推進法)。コミュニケーション面に問題のある社員をマネージャーに昇格させ、その後に部下へのパワハラが発生した場合、「会社が予見できたにもかかわらず防止措置を取らなかった」として、民法715条に基づく使用者責任を問われるリスクがあります。昇格前に「マネジメント研修の受講」「行動変容の確認」を記録しておくことが、この観点からのリスクヘッジになります。

安全配慮義務と部下のメンタル不調

労働契約法第5条に定める安全配慮義務の観点からも注意が必要です。昇格後に部下がメンタル不調を発症し、「その上司の言動が原因だ」と主張された場合、会社が事前に問題を把握していたかどうかが争点になります。特に昇格前から社内でその社員の言動に関する相談や申告が上がっていた場合は、「知っていた」と判断されやすくなります。リスクを完全にゼロにすることはできませんが、事前の記録と対策のプロセスが会社を守る証拠になります。

リスクを抑えながら昇格する「条件付き昇格」という選択肢

「昇格させる/させない」の二択ではなく、試行的なマネージャー業務の付与(リーダー職・プロジェクトマネージャー等)から始める段階的なアプローチも有効です。一定期間の行動観察と定期的な1on1によるフォローを組み合わせることで、昇格後のリスクを大幅に下げることができます。この期間中の行動記録が、次の判断材料にもなります。

昇格保留・条件付き昇格を本人に伝えるフィードバック

昇格を保留または条件付きにする場合、伝え方を誤ると優秀な人材の離職につながります。伝える際の原則は、「評価している事実」と「期待していること」を明確にした上で、「今回の判断理由」を具体的に伝えることです。

伝える前に準備すること

感情的な反発が起きやすいのは、「なぜ自分だけ」「何が足りないのか教えてもらっていない」という不満からです。これを防ぐために、フィードバック前に次の三点を用意してください。まず、本人の業績・貢献について具体的な事実を整理します。次に、昇格の判断基準(この職位に求めること)を言語化します。そして、今回の判断でコミュニケーション面のどの行動事実が課題となったかを、評価語ではなく行動として記述します。

伝え方の構造と言葉の選び方

フィードバックの流れは、「あなたの貢献を評価している(事実)」→「この職位に求めること(基準)」→「今回の判断とその理由(行動事実)」→「次に向けて何を期待するか(具体的な行動目標)」の順で話すと、受け取りやすくなります。「コミュニケーションに問題がある」という表現は使わず、「Aさんが担当したプロジェクトで、チームメンバーから進捗共有の方法について相談が複数あった」のように行動と状況に即した言葉を使います。

「次のステップ」をセットで渡す

保留を伝えるだけでは、本人のモチベーションが下がります。「○か月後に再評価の機会を設ける」「この行動が確認できれば昇格の検討に入る」というように、具体的な次のステップを示すことが重要です。これは約束である以上、必ず守ることが前提です。言いっぱなしにならないよう、面談の内容と次のステップを書面(簡単なメモで可)で残しておきましょう。

人事評価基準がない企業がまず取り組むべきこと

完璧な制度設計を目指す前に、今の判断を記録に残すことが最初の一歩です。中小企業では制度の整備よりも実務対応が優先されがちですが、判断の記録が積み重なることで自社の評価文化が形成されていきます。

「簡易昇格基準シート」を一枚つくる

項目は多くなくて構いません。「この職位が担う役割」「求める行動の例」「判断に使った事実と根拠」の三項目を書き留めるだけで、次回の判断に活用できます。これを今回の昇格審査に合わせて作成し、人事ファイルに保存しておくことで、後日本人や第三者から判断の根拠を問われた際にも対応できます。

外部リソースの活用で判断の客観性を確保する

専任人事がいない企業では、経営者や兼務担当者が一人で判断を抱え込みがちです。社労士・産業カウンセラー・EAP(従業員支援プログラム)機関といった外部の専門家を活用することで、判断の客観性と法的な整合性を高めることができます。特に、コミュニケーション問題の背景に健康上の課題が疑われる場合は、早期に専門家の関与を求めることがリスク軽減につながります。

判断に迷ったら、判断基準づくりから相談できる専門家を活用しましょう。一人で抱えるより適切な対応につながります。

まとめ

「仕事ができる」と「マネージャーが務まる」は別の能力です。昇格判断で迷うとき、その迷いの多くは評価軸が言語化されていないことから来ています。コミュニケーション問題のタイプ(スタイルの問題か、関係性への影響が出ているかか)を見極め、マネージャー適性を業績以外の観点から確認し、判断理由を記録として残す——この流れを踏むことで、感覚に頼らない昇格判断が可能になります。また、昇格を保留する場合も、行動事実と次のステップをセットで伝えることで、本人との関係を損なわずに対話を続けることができます。

ウェルセンス株式会社では、メンタルヘルス対応・休職復職支援だけでなく、こうした人事判断の場面で「どう整理すればいいかわからない」という段階からご相談をお受けしています。制度がない・専任人事がいない企業でも対応できる形でサポートしています。一人で抱え込む前に、まず話してみてください。

よくある質問

Q. コミュニケーション問題を理由に昇格を見送ることは法的に問題ありませんか?

A. 昇格・昇進は使用者の人事権の範囲内であり、原則として広い裁量が認められています。ただし、判断理由が客観的・合理的に説明できること、および性別・障害等を理由とした差別に当たらないことが条件です。「コミュニケーション面のどの行動が課題だったか」を具体的な事実として記録に残しておくことが、後日のトラブル防止につながります。

Q. 発達障害の可能性がある社員の昇格はどう判断すればよいですか?

A. 診断の有無にかかわらず、コミュニケーション特性に発達上の背景が疑われる場合は、2024年4月に民間企業でも義務化された障害者雇用促進法に基づく合理的配慮の検討が必要です。まずは産業医や外部の専門機関に相談し、本人が何に困っているかを把握するプロセスを踏むことが重要です。障害を理由とした不利益取扱いとならないよう、配慮の検討プロセスを記録に残してください。

Q. 昇格させた後に部下がメンタル不調になったら、会社に責任はありますか?

A. 労働契約法第5条の安全配慮義務の観点から、「予見できたにもかかわらず対策を取らなかった」と判断される場合、会社の責任が問われる可能性があります。特に昇格前から当該社員の言動への相談が社内で上がっていた場合はリスクが高まります。昇格前のマネジメント研修受講・行動確認の記録を残しておくことが会社を守る手立てになります。

Q. 昇格保留を本人に伝えたところ、強く反発されました。どう対応すればよいですか?

A. 反発が起きる主な原因は、「評価基準が事前に共有されていなかった」「具体的な行動事実なく評価語だけで伝えた」ことにあります。まずは本人の気持ちを受け止めつつ、判断の根拠となる行動事実を改めて丁寧に伝え直してください。感情が落ち着いた後に、次の昇格に向けた具体的なステップを一緒に確認する場を設けることが、関係修復と動機づけにつながります。

Q. 人事制度がない小規模企業でも昇格基準は整備できますか?

A. 整備できます。完璧な等級制度は必要ありません。「この職位に求める役割と行動」を箇条書きにした一枚のシートから始めることが現実的です。今回の昇格判断を記録に残す作業自体が、自社の評価基準の第一歩になります。制度の形よりも「判断理由が説明できる状態を保つ」ことを優先してください。外部の社労士やコンサルタントにシート作成を手伝ってもらうことも有効な選択肢です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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