「申告を受けた瞬間、頭が真っ白になった」——そう振り返る経営者は少なくありません。しかし、ハラスメント申告への初動対応を誤ると、申告者のさらなる傷つきや、労働審判・行政指導といった深刻なリスクに発展します。専任人事がいない中小企業こそ、「最初の48時間に何をすべきか」を知っておくことが、会社と社員の両方を守ることにつながります。この記事では、ハラスメント申告を受けた経営者が取るべき具体的な行動を、法的根拠とともに順を追って解説します。
申告を受けたら、まず「安全確保」を最優先にする
ハラスメント申告を受けた直後に経営者がすべきことは、申告者の安全を確保することです。事実確認や管理職への対応より、まずこれが最優先です。
申告者と被申告者を引き離す判断をする
申告者が被申告者(管理職)と同じ職場環境で働き続けている状況は、申告後も精神的なプレッシャーにさらされ続けることを意味します。「まだ事実確認が終わっていないから」と放置するのは、法的にも問題があります。労働契約法第5条が定める安全配慮義務には、ハラスメント申告後の適切な環境整備も含まれると解釈されています。
具体的には、部署や席の一時的な変更、業務上の接触を最小限にする調整、テレワークの活用などが選択肢になります。重要なのは「被申告者を動かす」のか「申告者を動かす」のかという判断で、原則として申告者側に不利益な変更(降格・長距離異動など)は避けることです。
申告者への最初の一言を慎重に選ぶ
申告者と最初に話す場面では、経営者の言葉が大きな影響を持ちます。「話してくれてありがとうございます。申告内容は適切に対応します」と伝えるだけでも、申告者の不安を大きく軽減できます。逆に「本当にそんなことがあったの?」「あの人がそんなことするかな」といった疑念を示す言葉は、申告者を傷つけ、二次被害を生む引き金になります。
この段階では、詳細な事実確認はしなくて構いません。まず「受け取った」「守る」という姿勢を示すことが、経営者として最初にすべきことです。
申告内容の記録は「その日のうちに」書面化する
記録はメモ・メール・Wordファイルのいずれでも有効ですが、重要なのは「作成した日時が証明できる形で残す」ことです。後になって「言った・言わない」の争いになったとき、記録の有無が決定的な差を生みます。
記録に残すべき5つの項目
申告を受けた日に、少なくとも以下の項目を書面に残してください。
- 相談を受けた日時・場所・同席者
- 申告者が語った具体的な出来事(いつ・どこで・何をされたか)
- 申告者の言葉をできるだけそのまま記録した聴取内容
- 申告者が希望する対応(例:謝罪してほしい、部署を変えてほしいなど)
- 経営者側が伝えたこと・約束したこと
作成したファイルは、クラウドストレージ(タイムスタンプが残るもの)への保存か、自分宛にメールで転送することで、作成日時を客観的に証明できます。手書きメモの場合も同様に、写真を撮ってメールするかクラウドに保存しておくと安心です。
録音の扱いはグレーゾーンに注意する
「証拠のために録音したい」と考える経営者は多いですが、会社側が録音する場合は注意が必要です。本人の同意なく行われた録音は、証拠として活用できても、信頼関係を損なうリスクがあります。面談を業務上の調査として実施し、「記録のために録音してもよいですか」と事前に確認する運用が現実的です。申告者本人が録音している場合(いわゆる当事者録音)は、一般的に証拠能力が認められるケースが多いです。
被申告者(管理職)への通知は「順番」が命
被申告者への告知は、申告直後ではなく、申告者の安全確保と初期情報の整理が終わったあとに行うのが原則です。順番を誤ると、調査そのものが機能しなくなります。
なぜ「すぐに管理職に伝えない」のか
申告を受けてすぐ管理職に「あなたへの申告があった」と告げると、管理職が申告者に圧力をかける・口裏合わせをするといったリスクが生じます。また、申告者が誰かを特定できる情報が管理職に伝わると、申告者のさらなる不利益(業務外し・無視・報復)につながる可能性があります。厚生労働省のパワーハラスメント防止指針でも、秘密保持の徹底が明示されています。
管理職に伝えるタイミングと伝え方
申告者への初期ヒアリングと安全確保の手配が完了したあと、「会社としてハラスメントに関する調査を行っている。公正に対応する」という趣旨を管理職に伝えます。この段階では、申告者の名前や具体的な申告内容は明かさず、「申告があった事実」と「調査への協力を求める」という内容に絞ることが重要です。
「長年の功労者だから」「辞められたら困るから」という感情は、経営者として自然な感覚です。しかし、それを理由に告知を遅らせたり、管理職に有利な情報を先に渡したりすることは、「公正な調査をしなかった」という評価につながり、後の労働紛争で経営者側が不利な立場に置かれます。
事実調査を進めるときの「3つの落とし穴」
「申告者と管理職の両方に話を聞いた」だけでは、公正な調査とは言えません。聴取の順番・質問の仕方・情報管理のどれかを誤ると、調査全体の信頼性が損なわれます。
「話し合い」で解決しようとしない
申告者と被申告者を同じ場に呼び、「お互い話してみましょう」と促すのは、ハラスメント対応として最も避けるべき対応のひとつです。権力関係が残ったまま向き合わせることは、申告者に心理的強制を与え、二次被害を生みます。「丸く収めたい」という経営者の気持ちは理解できますが、こうした対応が行政への申告・労働審判・民事訴訟に発展した際に、「適切な対応をしなかった」証拠になりかねません。
聴取の順番を守る
事実確認を行う際の順番は、申告者→関係者・証拠の確認→被申告者の順が基本です。被申告者に先に話を聞いてしまうと、その内容が申告者への質問に影響し、公平な調査が担保できなくなります。また、各聴取は個別に行い、他の聴取内容を別の人物に漏らさないことが原則です。
専任人事がいない場合の「利益相反」を認識する
中小企業では、相談窓口・調査担当・最終判断者がすべて経営者(または兼務担当者)に集中しがちです。被申告者が長年の側近であれば、経営者が「中立」であることは客観的に証明しにくい状況になります。社外の専門家(社労士・弁護士・ハラスメント対応の支援機関)に調査の一部を委託したり、第三者的な立場の人物を関与させることは、調査の公正性を担保するうえで有効な選択肢です。
企業規模・体制別の対応チェックポイント
ハラスメント申告への対応は、会社の体制によって現実的な選択肢が変わります。自社の状況に合わせて確認してください。
| 状況 | 確認・対応すべきポイント |
|---|---|
| 就業規則にハラスメント規定がある | 規定に沿った手順・懲戒基準を確認し、手順通りに進める |
| 就業規則にハラスメント規定がない | 対応の根拠が薄くなるため、早急に整備を検討。当面は厚生労働省指針に準じて対応する |
| 産業医・保健師と契約がある | 申告者の心身の状態を確認し、必要に応じて面談を設定する |
| 産業医がいない(50人未満) | 地域の産業保健総合支援センターへの相談や、EAP(従業員支援プログラム)の活用を検討する |
| 被申告者が役員・共同経営者 | 経営者単独での対応は利益相反が大きい。外部専門家の関与が実質的に必須になる |
パワーハラスメント防止法(労働施策総合推進法第30条の2)は、2022年4月より中小企業にも義務適用されています。「うちは小さい会社だから関係ない」という認識は、すでに通用しません。申告への対応を怠ること自体が、使用者の安全配慮義務違反(民法415条・労働契約法5条)を構成し得ると認識しておくことが重要です。
申告を受けた当初は判断が難しく、どの段階で誰に相談すべきか悩む経営者が多くいます。ウェルセンス株式会社に状況をお聞きして、次のステップを一緒に整理してみませんか。
まとめ
ハラスメント申告を受けた経営者がまずすべきことは、申告者の安全確保・秘密保持の徹底・記録の書面化という3つの初動です。被申告者への通知は調査の準備が整ってから行い、「話し合いで解決」「両方から話を聞けばOK」という安易な対応は避けてください。専任人事がいない中小企業ほど、一人で抱え込まずに外部の専門家を早期に巻き込むことが、会社と社員の両方を守る現実的な選択肢になります。
「人事の専門知識がない」「判断に自信がない」という経営者・兼務人事の方へ。ウェルセンス株式会社では、初期段階からの相談・サポートを行っています。初回相談はお気軽にお問い合わせください。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
不調者対応を、人事だけで抱えない。
メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。


